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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第五章:賃金の出るはずの無い職業
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暴風龍クエスト②

 結局、一睡もさせてもらえないまま朝を迎え、そのまま戦い続けて日は天頂に達した。

 しかしさすがと言うべきか、ドワーフの防御は尚も堅牢盤石。対する魔物の数が未だ減る兆候さえ見せていない事実に目を瞑れば、これ程心強い事はない。

 しかし、実際問題、魔物は減るどころかその勢いすら衰えていない。

 ただただ守って、魔物の数が打ち止めを迎えるまで耐え抜こうというハラなのだろうか?と思った俺とフェリルは既に走るのを止めて、壁の上をテクテク歩きながら、特に警戒べき魔物がいたときだけ、その都度矢を射かけるようにしている。

 少し頑丈な程度の魔物を一々相手にしていては、こっちの体力が持たない。

 「キリがないな。」「キリがないね。」

 俺とフェリルは同時に同じ結論を口にした。

 互いに顔を見合わせ、出るのはため息。

 「なぁ……」

 「駄目。」

 「……アンデッドを使わないでおいて良いか?ああ、そうか、じゃあお言葉に甘え……っと、冗談だって。」

 少々無理矢理、復活の指輪を使おうとすると、フェリルがエルフの矢を俺の右手に突き出して来たので、それをサッと避けつつ、笑って謝る。

 「人じゃなくて魔物だぞ?それでも駄目か?」

 「まぁた説教されたいのかい?」

 駄目らしい。

 「オオォォ……邪魔だぁァ……」

 「頭!」「首!」

 あと少しでドワーフの盾をその巨体で圧し潰すところだったトロルは、首と眉間を射抜かれ、後ろに仰向けに倒れる。

 事前に狙う箇所を言い合うのは互いの矢が互いを邪魔してしまうのを防ぐためだったのだが、宣言と同時に、互いの言葉を聞く前に放っているので、実際に被ったときどうするかは甚だ疑問だ。

 言い出しっぺは俺なので、早々に何かを、目標が被る前に思い付かなければならないが、今の所被らない事を願うだけに終始している。

 そんな俺の小さな焦りなぞ知りもせず、魔物の大群は尽きる事も飽きる事もなくこの砦を突破しようと襲い掛かってくる。

 当事者でなければ壮観と思えただろうと光景に、ふと思った。

 「エルフの森ってこんなのがウジャウジャいるのか?」

 とんだ故郷だな、と。

 「森に魔物が多いのは当然の事さ。ここまで多くは無かったけど。」

 「よく住んでられたな?」

 「僕達は魔物達と良い関係を築いていたのさ。彼らが襲ってこない限り、こちらからも手を出さない。肉なんて森を出てから初めて食べたよ。」

 「ハッ、それがエルフの長寿の秘訣なのか?」

 例えそうだとしても菜食主義者になる気は毛頭ない。

 「なら僕の寿命は相当削られてるだろうね。……どうして彼らは僕達を襲ったんだろう?」

 軽く笑った後、フェリルはそう、ポツリと呟いた。

 「案外その魔物達も自分達の棲家から追いやられてたりしてな?竜の群れとか。」

 「アハハ、竜が森にいるわけないじゃないか。そもそも群れるような生き物じゃない。竜の巣なんて言われる物がどこかに存在するって噂はあるけど、それだって地下の話さ。それに僕達を襲ったのはエルコンダに鵺、フェンリルとか、森の中でも屈指の力を持った魔物の大群だよ?彼らを棲家から追いやるような魔物は竜を含めてもそうそういないさ。」

 フェリルは当然のように言うが、俺には鵺って魔物しか分からなかった。

 ま、つい昨日殺したばっかりだしな。俺はボケるにはまだまだ早い。少なくとも誰かさんよりはマシなはずだ。だよな、ボケ老人。

 『誰がボケ老人じゃ!エルコンダはとにかく長く、力の強い蛇!そしてフェンリルは緑の魔法を駆使する、言ってしまえば大きな狼じゃよ!そのくらい覚えておるわい!』

 じゃあ今襲ってきてる奴らには混じってないんだな?

 チラリと戦場を眺め、聞く。

 『……うむ、まぁの。無事、森での住処を確保できているようじゃの。お主が屠ったあの鵺は例外じゃろ。』

 流石はエルフの森屈指の魔物だ。にしても竜って地下に住んでるのかよ……恐ろしいなぁおい。

 「まぁ何にせよ、このまま何も起こらなけりゃ俺達の勝ちな訳だ。」

 「そう願ってるよ。」

 フラグだったのだろうか?

 「皆ぁッ行くぞぉッ!」

 「「「「「ウォォォォォォ!」」」」」

 雄叫びが聞こえ、そちらを見てみれば蛇に翼が生えたような、青みがかった体色の魔物の群れが遠くにあった。

 あといつの間にか爺さんの悪戯が働いていた。

 「ワイバーン、じゃあないよな?」

 両の前腕が翼になった蜥蜴共に実に似ているが、ワイバーンにもちゃんと足はあったはずだ。

 俺の言葉に反応してフェリルが同じ方を向き、口を開く。

 「いや、あれもワイバーンさ。より速く飛べて、力もより強い、ただ尻尾に毒はないね。でも鋭利なことに変わりはないし、口から酸の塊を吐くのも変わらないよ。尻尾を地面とか木に刺して寝るのが特徴かな?」

 「あの群れが同じところで寝るのか?」

 「そうさ、なかなか見応えあるよ。」

 「へぇー。」

 ダベりながら、俺とフェリルはそれぞれ近くの連弩の射角を調整する。初めは俺達の行動を訝しんでいた連弩係のドワーフ達も、空の脅威を見るなり矢の装填を急ぎ始め、ワイバーンの存在が他の連弩隊にも伝わっていく。

 ドン、と太鼓が空気を振るわせ、ワイバーンへ向けて何十もの矢が飛んだ。

 しかし落下したのは数匹のみ、大部分は未だ空の上。

 「怯むな!進め進めぇッ!」

 「当然よ!この程度の傷、唾つけときゃ治るぜ!」

 ったく、元気な事で。

 ドン!と太鼓が俺達を急かす。

 矢の束を脇から取り、ドワーフに投げ渡し、装填がされてる間、連弩の弦に黒色魔素を少し通して強化した。

 「何じゃ!?重いぞ、何か引っ掛かったか!?」

 弦を引くために回すレバーが重くなってしまったらしい。まぁ弦が固くなった故に当然の事なのだが、威力を上げるためだから許してほしい。

 「何も無いぞ、正常じゃ!」

 「ハッ、何じゃもう疲れたのか、情けない!」

 「そ、そんな事ないわ!フンッ!」

 回すのを手伝おうとしたが、周りに煽られたドワーフはさらに力を込め、レバー回しきった。

 重いとは言ってもこいつ等にとってはちょっとした違和感程度なのかもしれん。

 空気が震え、矢が放たれる。

 前のときより距離が近いからか、多くのワイバーンが落ちていった。

 強化した連弩が、その矢に複数のワイバーンを貫けるだけの力を宿したのも一つの理由だと思う。

 「くっ、何としても、後続を届けるぞ!主命は果たして見せる!」

 「「「「ウォォォォォォォ!」」」」

 主命?

 さっきから号令を発しているワイバーンの言葉に疑念を覚え、矢の束をドワーフに放り寄こしてフェリルに声を掛ける。

 「なぁ、あのワイバーンはどうして襲って来てると思う?」

 「え?……何を言ってるんだいリーダー、住処を追い出されたんだから、当たり前じゃ……ないね。彼らは飛んで他の森に移住できるはずだから……。」

 やっぱりそうだよな。

 「ああ、態々こっちを襲う必要がない。たまたま俺達を狩りの対象にする可能性もあるにはあるけどな。」

 「それで、リーダーはどうしようと思うんだい?」

 「どうも何も、まずはワイバーンを殲滅するしかないだろ?ただまぁ、油断するなよ。」

 「了解。」

 フェリルが短剣を取り出し、俺は黒龍を右手に握る。

 ドドッ、ドドッ、と太鼓の調子が変わり、ドワーフ達は身の丈あるだろう武器を軽々と担ぐ。

 そして、数を減らしていながらもまだ数える気にもならない程多いワイバーン共が砦の上の俺達弓隊に到達した。

 巻き起こる怒声、掛けられる罵声、変なスキルが爺さんに付与されてるせいでそれが敵味方どちらのものかは分からない。

 ワイバーンのすれ違いざまに振るう尻尾の鋭利な先はかなり硬いらしく、ドワーフ達の鎧ですら弾けず、逆に食い込まれている。そのまま中身を貫通したりしなかったりと違いはあるが、ワイバーンはそのまま砦から落とす事で何とか貫通されなかった者を落下死させてしまっている。

 対するドワーフの扱う巨大な武器は、当たれば一撃必殺、しかし動き回る彼らを捉えるのに適していない。ワイバーンの中には遠巻きから酸の塊をペッペと吐いている者までいるから尚更まずい。

 要はまぁ、開始早々劣勢だ。

 そんな中、俺はフェリルの側に立ち、起こるであろう異変に警戒しながら堅実な防御に徹する。

 槍のような尻尾は黒龍で脇に流し、柔らかい根っこの部分で切り落とす。酸の塊は盾で防げば済む。

 が、それもそろそろ限界だ。死角より飛んできた酸から、フェリルに既に2度ほど救われている。

 「リーダー、撤退しよう」

 「俺もそう言おうとしてた。ただその方法がなぁ……。」

 いつも通り運の悪いことに、俺達がいるのは、複数ある壁の上から中への出入り口の真ん中あたり。

 「アハハ、何言ってるんだい、リーダーらしくもない。飛び降りればすぐじゃないか。」

 「あ!そうだな。」

 魔物を止める厚い壁とは言っても、その厚さは大体9歩ぐらい。壁の端はすぐそこだ。

 黒龍一本でワイバーン達を捌きつつ、黒い板を作成。俺は壁の端まで魔力のみでそれを押し切る。

 「行け!」

 「了解!」

 そしてワイバーン達を押し退けてできた、小さな通路を駆け抜けた。


 「タイソン!ミョルニルを貸せ!」

 着地した後フェリルと分かれ、俺は司令室に駆け入るなり怒鳴った。

 「阿呆!貸せるか!」

 神殿のシンボルとしてか、壁に堂々と飾ってある鎚を庇うように立ち、タイソンが怒鳴り返す。

 一度勝手に持ち出したのに、そのまま任せてやっているダンガの太っ腹さには頭が下がる。だが今はそんなことしている暇はない。

 「じゃあ一緒に来い!上のワイバーンを蹴散らすぞ!」

 「えっと、親父?」

 恐る恐るダンガを見るタイソン。

 親子だからか、ヒゲで顔の半分が隠れているからかもしくはその両方だからか、服装でしか見分けが付かないなぁ、と初めてあった当初から何度となく思った事を再度感じていると、ダンガはゆっくり頷いた。

 「くれぐれも……」

 「行くぞォッ!」

 流石タイソン、許してくれた父親に感謝の欠片も感じさせず、素晴らしい瞬発力で走り出し、俺を押し退け、そのまま猛ダッシュで上に駆け上がって行った。

 「……お前が先導するんかい。」

 他人が熱くなるのを見ると自分の気持ちが冷え込むのは本当らしい。

 小さく手を振るルナに振り返し、追い掛ける。


 「……ミョルニルッ!」

 ドワーフの種族的な短足では考えられない程のスピードで走ったタイソンは、俺が追いついた頃にはもう、ミョルニルを頭上に掲げて幾つもの雷を天の暗雲から落としていた。

 ……本人はたぶんこうして助けに来たくて仕方が無かったのだろうが、うまいきっかけが見つからなくて困っていたのかもしれん。

 タイソンは雷を縦ではなく、斜めに落とす事で、仲間のドワーフ達を守り、ワイバーンのみを狙い撃っている。

 意外な器用さ、そして何百という雷が落ち、がなり立てる中、屹立と立つ勇ましい姿に思わず舌を巻いたのは内緒だ。

 さっきまで鳴り響いていた戦太鼓なんぞ可愛い物だと思えるぐらい空気を切り裂く破砕音が鳴り響き、あまりの大音量に逆に静かに感じられる。ワイバーンの悲鳴なんて聞こえやしない。

 そして、壁の下で尚も戦い続けているドワーフと魔物の喧騒が段々はっきりと聞こえ始める。

 空飛ぶワイバーンはいなくなり、空の暗雲が散っていった。

 「おお、やったな。」

 「ふははは!見たか!これがわしの……あ、いえ、ケツァルコアトル様の武器のお力です。」

 タイソンは俺に背中を叩かれると笑い声を上げ、俺の後ろを見て萎れる。

 振り向くと、いつからいたのか、古龍二人が立っていた。

 「いえいえ、君の力に違いありません。ミョルニルをあれ程上手く使う者はなかなかいませんのでな。」

 「ハッハッハ!ユイの奴もあれぐらいできるよう、鍛えないとな!」

 ケツァルコアトルが柔らかな言葉でタイソンを褒め、バハムートがいつもながらの大笑いと共にそう言った。

 斬撃を飛ばす刀で雷を操る鎚と似たような事をどうやってやるのか皆目検討も付かないが……ユイ、頑張れ。

 「あ、ありがとうございます!」

 苦笑いする俺の隣で、タイソンは心の底から感激したように喜んでいた。髭は生やしていても、まだ童心は残っているらしい。

 「それで、何かご用で?」

 「ハッハッハ!そう構えるな!ケツァルコアトルの神器を使うって聞いたからな!見に来ただけだ!」

 一体この二人はどこから観戦しているのだろうか?

 まぁ今は取り敢えず……

 「軽傷の者は重傷者を治療室へ運べ!重傷だとしてもまだ這う力があるのじゃったら自分の力で動け!時間がないぞ!そら動け動け動かんかい!」

 怪我人を運ぶか、と思ったところに、檄が飛ばされた。

 見れば、ダンガがいつの間にか上がってきて、手を叩きながら皆を急かし、叱咤していた。

 ダンガのカリスマ性か、ケツァルコアトルの神官という権力からか、言われ、ノロノロとドワーフ達が動き出す。

 「遅い!ワイバーンを相手にした程度で疲れるな!お前達はドワーフの恥晒しじゃぞ!」

 うひゃ、鬼がいらっしゃる。

 しかしダンガの発言はドワーフ達を上手く刺激する事に成功したようで、ドワーフ達が段々活発になってきた。

 指示通りに怪我人を運び、重軽傷者が治療室へと向かい始める。

 手持ち無沙汰になった俺も、何人かを助けようとしたのだが、人間の手など借りぬ、と全員に断られた。

 ……まぁそう言った手前、助けを借りることはできず、ドワーフ達は痩せ我慢のために自ら治療室へゆっくり動き始めたので、俺も良い仕事をしたって事にならないだろうか。

 「イテテ……」

 「ほれ、立てるか?」

 「恩に切るわい。」

 そこかしこで見られる助け合いの精神……うーん、素晴らしい。

 ん?

 ふと気になった。

 あるドワーフの足鎧には大穴が空いており、そこから流れ出た大量の血が黒くこびり付いている。

 だがその穴からはドワーフの赤茶けた、健康的な肌が見えていた。

 そいつがたまたま回復魔法を少し扱うことができた、という理由ならそれでも良い、何の不思議もない。

 だが、周りを眺めればいるいる、そういう奴らがそこかしこにたくさん。

 中には足首から下の鎧が無く、切れ目には血の跡がこびりついているのに、無傷の裸足で平気に元気よく歩き回っている者。明らかに脇腹を鎧ごと抉りとられた跡があるのに、そこにガッシリした健康的な筋肉が露わになっている者。

 明らかに鎧の中身が入れ変わっている。

 ……しかし一体何人入れ替わったんだ?

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