暴風龍クエスト①
結論から言おう、ネルの予想はズバリ的中、ドンピシャリと当たってしまった。
「えっと次は……赤いたてがみを持った猿みた……いや、クソザルみたいな顔で、えー、鱗に覆われてる尻尾、か?なんか蛇……いや、小さな竜みたいな……」
[鵺の一種!毒の息を吐いて、それでえっと、尻尾にも目が付いてるから死角が無いよ!]
今更ながらここは異世界である。そのため猿や蛇等々を別の魔物に言い換えながらも、苦労してネルに対象の情報を通知。
「了解。」
地を蹴り飛ばし、瞬時に鵺に肉薄。急加速という不意打ちで真正面から突っ込み、まずは目隠しの要領で猿の口にマスクをピッタリ貼り付ける。
「お、おい猿!目の前だ!さっさと毒吐けや!……ふぐぅぅ!」
尻尾が頭を叱咤し、頭が何も言い出せず、吐き出せない間に猿の首を斬り落とし、念の為に蛇を縦に斬って二つに裂く。
このように、龍眼により強化した視界を用い、一際気配が強かったり気配が消えてたりする、厄介そうな魔物を見つけてはネルに報告、受付嬢の知識を総動員してもらい、それを仕留める。この流れを繰り返している。
『後ろから黄色の魔法じゃ。』
無色魔素を適当に荒れ狂わせつつ弓矢を作成、背後を振り向き、散り散りになった電撃の合間から見える術者、久方ぶりに見るトロルの首を射抜いた。
こんな感じで、爺さんのサポートも活かさせてもらっている。面倒な事に完全言語理解も付いてくるけどな。
『もう慣れたじゃろ?』
まぁ、確かに支障はない。
『あと今更じゃが、説明を変に考える必要はないぞ、お主の言葉は分かりやすいものに勝手に翻訳されるからの。なんのための完全言語理解じゃと思っておる。』
本っ当に今更だな!?俺の苦労を返せ!
と、目の前の犬の頭に矢文付きの金色の矢が刺さった。
見れば一言、「下がれ。」とある。
ドワーフを総動員して作ったとされる堅牢な大壁へ向けて駆け出すのと壁から黒い帯が上に登っていくのは同時だった。
イナゴの大群を想起させるような黒いモヤの帯が、何千何万もの矢の塊だと視認できた頃には俺はもう退却を諦めていた。
作るのは厚めの板2枚。
片方はもちろん矢を防ぐため。頭上に浮遊させ、もう一枚は目の前に斜めに構えることで押し寄せる魔物の勢いを逸らさせる。
そして、矢の雨が降り注いだ。
運が良いものは急所に、運が悪かった他は体の至るところに矢を受け、次々と地に伏していく。
さて、分かっているであろう通り、俺が今いるのはエルフの森から溢れ出た、地を埋め尽くすほどの魔物に対する討伐戦、その戦場真っ只中。
この魔物の大群(通称スタンピード)はエルフが森を乗っ取られてからというもの5〜6年毎に周期的に起こっているもので、それ自体は大して珍しい事ではないらしい。
また、スタンピードの量が前回より増えているのもいつも通りとのこと。毎度毎度右肩上がりで増えているそうな。
だがもちろん、ケツァルコアトルが助力を頼むくらいなので、全てがいつも通りと言う訳ではない。
溢れ出た魔物の量が多い、もちろんこれだけで大変なのだが、今回異例なのは、エルフに次いで、ある種族が丸ごと森を追い出されたのである。
その種族というのは、緑色の肌、牛を思わせる面長の顔やその側面から生える短い角、そして小学校で作る緑のカーテンのような衣服を纏う体長3メートル程の巨人、先程も射抜いたが、トロルである。確かネル曰くAかBランク相当の魔物だった筈だ。
その特性として、まずデカイというのが一つ。別名森巨人と呼ばれているそうで。
食べ物は木の皮から生肉までと、ほぼ何でも食べるが、肉の方を好む模様。同じく雑食の人間にも野菜嫌いはよくいるが、肉嫌いは菜食主義者以外あまりいないのと同じらしい。
気性は総じて温厚、敢えて人を襲うような事はしないが、空腹のとき、そして火を見たとき、見境なく攻撃的になる。
彼らの体はかなり頑丈で、その上体の自然回復速度も早い。が、しかしその動きは鈍い。
……ん?トロルだからトロいの方が合ってるのかね?
『くだらん!』
へーい。
取り敢えずまぁトロルについて、ネルからされた解説はそんな所だ。
「オォォ……新天地へ……いざ……。」
なので矢の雨の中、俺みたいに傘もささず、全身を矢の雨に打たれているというのにこちらへ前進するトロルがいても、大して驚く事ではない。
聞くだけならば、そういう事実を言伝に聞いたとしたら、だ。百聞は一見に如かずとはこの事。こんな異様な光景、分かってはいても肝を潰す。腰が抜けなかっただけまだマシか。
まぁ何はともあれ、さっき上げた特性より、トロル相手にすべき事は一つ。
「鈍いのは本当に助かる、な!」
「カ……ハッ……。」
脳天、首元、心臓等々、正中線にある急所を突くなどして、致命傷を与える事である。……股間をやると釣られて俺も行動不能になってしまうので避けるが。
人間の共感能力が実に恨めしい。
それから少しして矢の雨が止み、辺りには赤い水たまりがポツポツと残る。
多量の魔物が一気に死に、一瞬だけ静寂が訪れるが、この程度で収まるほどスタンピードは甘くないらしい。地面は既に振動を伝え始めてるし、遠目にも地を駆ける鹿のような奴らがチラホラ。
だがまぁしかし、今は取り敢えず砦に戻ろう。そろそろ日が沈む。
振り返り、案外遠くにあって内心驚いたのは、このスタンピードを受け止め、ラダンへの被害を抑えている、壁と呼んだ方がしっくりくるような石造りの砦。
ラダンはスタンピードの起こる際、本来なら勝手気ままに魔物達が拡がってしまうのを、山がちな地形を用いつつ、漏斗状の囲いを作る事で、魔物達を一方向に否応なく進ませている。
この砦はそんな(元)エルフの森から溢れた魔物が行き着く先。漏斗の足。切り立った渓谷にその両脇を挟まれた、最も重要な防衛線である。
そんな砦への道中、異様な魔物がいたので念話。
「ネル、聞こえるか?」
[ホッ、うん。]
ネルの安堵の息が聞こえてきた。まぁ連絡がないと俺の生死が分からないからな、そりゃ心配もするわな。ありがたい事だ。
「えっとな、スライムはスライムでも大きくて赤くて笑顔が無いものなーんだ。」
[どうしてなぞなぞ調なのか知らないけど……え、笑顔?]
そういやこの世界のスライムには元々顔はないか。
「顔はないぞ気にしないでくれ。ちょっとしたミスリードだ。」
[変な工夫しないの!もう、全く。……それで、たぶんそのスライムは血を吸い過ぎただけだと思うよ。ただ大きいとそれだけ物を溶かす強さも量も段違いだから、無視して良いよ。]
「あのままにして大丈夫なのか?」
あのスライムに軽くのしかかられれば、たっただけで味方が甚大な被害を被りそうな気がする。
[むしろ間違ってスライムに突っ込む分、魔物の数は減るでしょ?それにスライムは大きくなっても最終的には分裂するから。]
「へぇそうなのか。」
ならば、とスライムへ向いていた俺の走る進路を再び砦の方に向ける。
[ふふん、あとね、知ってる?スライムの成長に連れて、その核も大きくなるんだ、だから分裂する直前ギリギリで抜き取られた巨大な核はその希少価値のせいで、高く売れるんだよ。]
「ほっほぉ。」
ネルの小話に耳を傾けつつも、凶悪な角を生やした牛や鹿、そして巨体に物を言わせて突進する猪のような魔物の脇を通り抜けざまにその足を切り落とし、転けさせていく。
止めを刺さないのは、後続の魔物がこいつらを踏み潰してくれるだろうという計算故だ。
うーむ、それにしても我ながら、走る獣を楽に追い抜ける自分には驚いてしまう。鎧の骨組みと鉄塊のスキル補助、これが非常に有用だと再確認できた。
だがまぁ理想は鎧、黒銀、双龍の同時行使であることに変わりはない。その上でワイヤーや煙幕を使えれば文句無しだ。今はその繋ぎとして、鎧そのものではなく、鎧の骨組みの併用を目指している。
[あ!ちょっと、変な事考えなくていいからね!?20000ゴールドなんて一生で使いきれる訳がないんだから!無駄に危険な事しないでよ!?]
ネルは俺を金の亡者か何かだと思っているんだろうか?涙が出そうだ。
「はは、お前が希少価値があるとか教えてくれたんだろう?つまりそういう事じゃ……[ない!]……そうか。」
[うん、大丈夫、アリシアの散財は最近抑えられてる自信があるし。]
「そりゃ朗報だ、な!」
時折襲ってくる魔物を返り討ちにしつつ話してる間に、砦の前で奮戦しているラダン軍が見えてきた。
「盾!押せぃッ!」
号令に合わせて聞こえる戦太鼓。
体長の1.5倍はありそうな重厚な大盾を構え、一列になって魔物の突進を受け止める、いや、跳ね除けるドワーフの隊列。
「槍ぃッ!」
ドン!と太鼓が空気を震わせ、呼応して槍がその盾の隙間から伸びる。盾に動きを制された魔物達はなすすべもなく貫かれ、絶命した。
「盾!押せぃッ!」
槍持ちのドワーフ達は槍を素早く引き、次の魔物の波を盾隊が再び防ぎ、弾く。
この繰り返しがドワーフの得意とする戦術であり、鉄壁の守りを実現している所以だ。
背は小さいが、獣人ですら敵わない程の頑強な体、足が短い故に低い移動力。それを勘案すれば割と納得の行く選択だと思う。
ドワーフの更に後方からは――数は少ないものの――ドワーフの魔法使いや魔術師による支援、そして砦の上からは矢が降り注いでいる。
この矢、実はフェリルのような射手によるものではなく、連弩――一度に何十本かの矢を一度に飛ばす大型クロスボウみたいな機械――によって放たれている。
精度は落ちるが、この乱戦だ、そもそもそんな物が必要ない。フェリルの仕事は飛ぶ魔物の撃退と、矢文による連絡役になっていたはずだ。
いわゆる機械化って奴だな。……フェリルの見せたかなり嫌そうな顔はまだ記憶に新しい。
前方にいる、熊のような大型の魔物の背に飛び乗り、その眉間に黒龍を突き立てて、俺は大盾の列を飛び越えた。
「ふぅ、これで粗方片付けたか?」
もう一度戦場を見、特段強い気配を持った魔物がいない事を確認しながら体を覆う骨組みを霧散、ロングコートを着直す。
と、おもむろにロングコートがめくり上げられ、風が背を通り抜けた。寒い。
「怪我は隠してない……わね。」
背後を見れば、シーラにコートをグイッと持ち上げられており、顕になったの背をユイが睨み付け、そんな事を言っていた。
「怪我してたら言うぞ?」
「あなた、よくもまぁそんな事が言えたわね?」
「はは、は……。」
キッツい視線に軽く怯みながらも、何とか苦笑する。むしろそれぐらいしかできないまでもある。
「ふん、まぁいいわ。シーラさん、行きましょう。」
「あ、ユイちゃん待って。」
ロングコートから手が放される。
ホッと息をつくとギロリと睨み付けられたので、無理矢理真剣な顔を作って誤魔化した。
シーラがユイの肩を抱き、どうどうと抑えながら遠ざかっていくのを尻目に、もう一度辺りを一望。
ドワーフ達の奮戦があれば心配はないと判断し、俺は取り敢えずルナの所に向かった。
「……たく、信じられん、人間がホーンベアを単身で倒したどころか、そのまま厄介な魔物を幾つも倒しながらあの大群の中を無事に生還しよったわ。ふはは、お前が負けるわけじゃの。のう、タイソン。」
この討伐戦の司令室に入ると、ドワーフに褒められた。
髭もじゃでも笑顔と分かる表情で、隣のドワーフ、ファーレンで神器ミョルニルを手に実戦担当教師になろうとした、タイソンの背に己の手の平を叩き付けている。
ほぼ一年半ぶりの再会で、あっ!と互いを指差し合ったとき、俺はルナが俺の奴隷だってことが露見するんじゃないかと心配したが、今のところそれを知っている様子はない。
暗殺の必要はなさそうだ。
「わしはあいつには負けておらん!わしはアルベルトに負けただけじゃ!」
「そのアルベルトがあいつに負けたんじゃろ?結果は変わらんわい。それで北の巫女さん、いつまであんたらの助力に期待できるのかね?」
そうルナに聞いたドワーフの名前はダンガ、タイソンの親で、ケツァルコアトルの神殿の長。
若気の至りでミョルニルを勝手に持ち出し、そして颯爽と敗けて帰ってきたタイソンには、まだそのとき落とされたたんこぶが頭に残っているらしい。
だが大事な事はつまり、今回の報酬は神鎚ミョルニルだという事である。
「溢れ出た魔物を殲滅し終えるまでです。」
「おお!それは心強い!」
「ケツァルコアトル様直々のお言葉ですから。」
喜ぶダンガにそう言って微笑むルナ。
「それで、俺は何をすれば良い?」
この討伐軍を率いるそんな二人に聞く。
タイソンの件もあって、俺はルナがファーレンから引き抜いた護衛ということになっている。奴隷という身分の詐称をしてここにいる事もドワーフ二人には納得してもらえた。
「お前は巫女さんの護衛じゃ。儂は指示できん。」
「それなら、コテツは上でフェリルの手伝いを。」
「はいよ。何かあったら呼んでくれ。」
壁の上ではドン、ドン、ドン、と腹を振るわせるような太鼓の音が鳴り響いていた。
一定の間隔で鳴らされるそれに合わせ、壁の上に並べられたドワーフ製の連弩が一度に数十本の矢を放つ。それが隣同士の連弩と交互に弓を放つようにすることで絶えない矢の雨を迫り来る魔物に振らせている。
「なぁフェリル!いつまでこうするんだ!?」
日はとっくの昔に落ち、夜、俺は太鼓の音に負けないよう、隣で矢を射るフェリルに大声で聞く。
「さぁね!」
俺とフェリルの役割は、壁の上を端から端まで駆け回り、トロルのように、矢がテキトーな場所に刺さっただけでは何とも思わないような魔物の急所を射抜き、殺す事。
「正直疲れたぞ!?」
「僕達はここでは一兵隊さ!指示が出るまで頑張るしかない!」
「はぁ……、だよな。」
壁の下、ドワーフ達の防衛線は、昼のときと全く変わらず、その堅牢さを見せ付けている。が、それでも疲労が溜まれば何が起こるか分からない。
翻って魔物は未だに大地を埋めており、その数は計り知れない。
……はたしてこのままで大丈夫なのか?