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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第五章:賃金の出るはずの無い職業
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雷龍クエスト⑪

 「この野郎ォォッ!」

 振り下ろされる剣を陰龍で弾き上げ、顎の下から黒龍を突き刺す。

 「ウォォッ!」

 俺の真横から槍を片手に突っ込んでくる素っ裸の男。

 その突きを軽くいなし、一歩そいつに踏み込めば、男は後ろに大きく跳んで距離を取ろうとする。しかし俺がすかさず繰り出したけたぐりにコけさせられ、地面に体が落ちる前に首を刎ねられた。

 そう、人魚達との話し合いは敢え無く破綻した。

 ラダンに攻め込むなという単純明快な、たった一つの要求は議論されもされずに突っぱねられ、トリアイナは我々の物だから大人しく返せの一点張り。

 ま、要は話にならなかったのだ。

 早々に見切りを付け、気配察知でトリトン以上、またはトリトン並の力を持った奴が――人魚の社会構造上当然ながら――いない事を確認し、強襲した。

 「ああ!アダムまで……ぐぇっ!?」

 この場で俺の唯一の保護対象、レンはたぶん俺が殺した誰かの名前を呼んだかと思うと唐突に奇声を上げ、地の上を勢い良く後ろ向きにその体が引き摺られていく。

 苦しそうにジタバタ暴れ、喘ぎながら、その手は首元を何度も引っ掻く。

 「お前を殺せば、お前さえ殺せば!」

 「ご名答、そうなると好きに人魚を動かせないからな。」

 「ぐぁぁっ!?」

 レンの首に水のムチを巻き付け、自らへと手繰りよせていた男のその腕をすれ違いざまに切り飛ばす。

 直後、光の矢がそいつの胸に三つ突き立つ。

 ……フェリルの野郎め、俺の援護はほとんどしないくせに。

 「お前を……殺……」

 案外しぶとかった男は血を吐きながら進む。その目はおそらくレンしか写していないだろう。

 とどめに陰龍で突きを繰り出す。

 「アァァアア!」

 しかしその前に、命の危険に晒されたからか、レンが叫び、トリアイナでその男を突いた。

 表皮が一瞬で四散、中の血肉を撒き散らす。

 フェリルの説得の効果もあるかもしれないが、どうやら彼女はもう自身の命を差し出そうとはしなくなったようだ。

 つまり――俺達が干渉することはほぼ無いとはいえ――いわゆる傀儡の女王となる彼女が、人魚のためなんてアホらしい理由で自害、王位を譲る事は早々無いだろう。

 我に返った彼女の悲痛な顔。しかしやはりそこに自決の意思は見られず、彼女はトリアイナを構え直す。

 俺の口角が上がった。


 すっぽんぽんの男を蹴ってそいつの喉を貫いた黒龍を抜き、残党がいないか辺りにザッと視線を巡らせる。。

 「さて、これで本当に全員か?」

 「(コク。)」

 悲しそうな表情で、レンが頷く。

 「……何にせよ、これでお前は晴れて人魚共の女王様だ。即位とは違うかもしれんが、くははは、おめでとさん。」

 「そんな……こんな事、で………」

 死体が積み上がり、殺戮現場と化した草野。レンはよろよろとトリアイナに体を巻き付かせるように縮こまったまま、少し歩き、しゃがみこんだ。

 ……うーむ、レンは裸の上に申し訳程度の布を掛けただから、目のやり場に非常に困る。俺にまだ黒魔法で吸湿素材を作る技術がなかったための苦肉の策だったのだが、これはこれで蠱惑的な雰囲気があるな。だから人魚の死体と一緒に倒れているフェリルのあの鼻血はシーラに殴り飛ばされたからってだけで流れている訳ではないと思う。

 俺の場合、羞恥心皆無の師匠と二人暮らしをしたという精神訓練が久しぶりに役に立っていくれている。……まぁ羞恥心皆無では言い過ぎだな、それは人魚にこそ当て嵌まる。

 「なぁ、人魚は文化を見直した方が良いんじゃないか?政治体系も含めて。」

 実際、こんな事で権力の座が回ってくるなんて変な話だ。上手く利用させてもらったが。

 「……アベル様……ポセス様……カタロフ様まで……」

 「はぁ……、にしても、肩透かしを食らった気分だな。」

 放心状態で、こっちの話が聞こえていない様子のレンを尻目にため息を吐き、自分に呟く。

 こうして、重装・無装問わず何人もの人魚と戦い、分かった事がある。

 トリトンは強い。それはもう、ずば抜けて。

 水中の戦いではトリトンに肉薄する者がいたりして評価が変わるかもしれないが、少なくとも陸上戦では俺の評価に間違いはないだろう。

 トリトンもその他大勢も足元が下手くそなのは変わらないが、彼にはそれを少しでも補えるような技術があった。その他大勢の方はと言うと、ただの的と言っても過言じゃない。

 ……少しは期待してたのにな。

 「しっかし、本当にこれで全てが丸く収まるかね?」

 あまりに単純な計画には、成功したとしても不安にさせられるから始末が悪い。

 ともあれ、結果は結果だ。あとは適当な対応をするしかない。

 「フェリル、早く起きろ。」

 「ん?どうしたんだい?」

 脇腹を軽く蹴ってやると、フェリルはパチリと目を開き、上半身を起こした。狸寝入りをしていたらしい。

 「レンに付いていてやれ。あいつにはしっかりしていて貰わないとな。」

 むしろ起きていたのなら、フェリルはレンの側にすっ飛んでいきそうなものなのだが、もしかして一ヶ月足らずでもう不仲になり始めてるとかかね?

 「レンちゃんにはしばらく、一人の時間をあげた方が良いんじゃないかい?」

 フェリルなりの配慮だったらしい。

 「そうか……まぁそうだな。」

 「それよりリーダー、ユイちゃんは大丈夫なのかい?」

 「ああ、ユイなら向こうでバハムートに訓練させられてる。大丈夫なのかどうかは知らん。」

 さっきからバハムートの笑い声が聞こえてくるが、ユイの悲鳴はまだだ。大丈夫だと信じよう。

 「目の前で人が死んでいって、気分を悪くしてなかったかい?」

 「ハッ、流石のユイもそれには慣れただろ。」

 俺も何人か殺したが、何よりも二週間ぐらい前に目の前で重装備の人魚達がルナの炎で焼け死んだのを目の当たりにした筈だしな。

 「安心して良いのか、悔やんだ方が良いのか……。」

 「……そうだな。」

 フェリルの思案顔に、俺は笑顔を引っ込める。笑い事じゃあなかった。

 だがそれでも、とも思う。この世界に勇者としている限り、人の死を見るのは避けられない事だと断言できる。しかしユイが元の世界に帰るには勇者でい続けないといけない。……ままならないなぁ。

 『つまりお主は率先して人を殺しておる、ということかの?』

 ……これからは自重しよ。

 『フォッフォッ、そんな事ができるかの?』

 人を殺人鬼みたいに言うな。俺はルナとは違ってバトルジャンキーでもないんだからな!?

 「はむ。」

 「ふん!?」

 背後から、なんの脈絡もなく首筋に歯が食い込んだ。

 俺の耳元を撫でるふさふさの耳と、くすぐったい長い銀髪で犯人はすぐに分かった。

 「ル、ルナか。あー、どうした?」

 ご丁寧にも俺が人魚達を始末する前とは反対側を咥えているルナに、前を向いたまま聞く。

 「私の事で変な事を考えませんでしたか?」

 読心術者がここにも一人。何なんだ一体、女の勘って奴か?それとも野生の……

 「ガブ。」

 「んんん!?」

 声にならないうめき声が漏れる。

 またか!?

 「お、おいルナ……。」

 「……しょっぱい……キュゥン!?」

 とりあえず謝るだけ謝って解放してもらおうとするとルナが味の感想を伝えてきたので、俺は手を後ろに回してルナの尻尾を着物越しに探り当て、掴むことで首がそのまま噛み千切られるのを回避する。

 ったく、味見するんじゃない!

 「ご、ご主人様、こ、こんなところで……そんな……。」

 一喝してやろうと振り向くも、背中辺りを抑えて赤面したルナを見てその気が失せる。

 「なぁルナ、そろそろしっ「わぁぁ!」……その意味を教えてくれないか?」

 尻尾という言葉を相変わらず掻き消そうとするルナに、流石に慣れてきたので動じず、そう聞くと、ルナはふるふると首を横に振り、

 「バ、バハムート様に稽古をつけてもりゃい……ます。」

 逃げ口上を言おうとして噛み、その事に少ししょぼくれ、恥ずかしそうに俯いたままぽつりと言い訳を口走り、走り去っていった。

 「くく、こっちまで恥ずかし……ぐふぅっ!?」

 うるさいフェリルの脇腹は蹴った。


 その後、フェリルの助けもあって少しは立ち直ったレンの元、何が悲しくて、と文句たらたらではあったが、俺は敵であった数十人の裸の男を一人ずつ地に埋めた。そしてレンが祈りの言葉のようなものを一人一人に掛けていき、やっと終わったときにはもう空が明るみ始めていた。

 なので、一応敵に対してとは言え、葬式だってのにユイがあくびを――噛み殺してはいたが――していたのはまぁ仕方のない事かもしれん。

 「フェル、できるならば、私と一緒に……」

 「できないわよ!ほら、フェルもさっさと後腐れのないようにお別れを言って!」

 「え?あ……」

 「私はお前ではなく、フェルに聞いている。」

 「私はフェルが言い難そうだから、背中を押してあげているだけよ!」

 そして今現在、海と陸の狭間にて、目の前で一人のエルフをかけての痴話喧嘩が勃発している。

 今にも魔法攻撃をぶっ放しそうなシーラを抑える役割が俺になっているのが実に解せない。せっかく手に入れたトリアイナも人魚の統率をするのに必要だからとレンに渡さなければならなくなったし、これでカンナカムイの神器がロンギヌスみたいな効果だったり爺さんの作品だったりしたらもう目も当てられない。

 『わしの作品は優秀じゃ!』

 はいはい。

 ちなみに痴話喧嘩の結果はハナから分かってはいる。

 「レンちゃん、気持ちは嬉しいよ。僕だって行きたいさ……でも無理なんだ。ごめん。」

 フェリルがそう言って謝る。

 そもそもアトランティスが空気の満たされた空間であり、そこでは人魚が二本足で歩き回っているなんて事がある訳がない。もしそうなら彼らは陸上戦にもうちょっと慣れていたはずだ。

 「どうして、フェル……一緒に、行こう?」

 海の中から上半身を出してフェリルへと手を伸ばし、戦士としての言葉遣いから素のそれへ変えてレンがそう呼び掛ける。

 そんな人魚しか住めないところにフェリルを連れて行く?あり得ない。それに何らかの手段で呼吸の確保が確実にできたとしても、フェリルは絶対に人魚と同じようには泳げないから、サメみたいな奴等の格好の餌食になるのは想像に難くないだろうに。

 それが分からないってことは、人魚ってのは本当に脳筋馬鹿なのか?

 「……僕は、故郷を取り戻さなくちゃならないんだ。だから、君とは行けないよ。」

 レンの手を両手で包み、フェリルの言った答えは、俺が考えていたのとは全く別方面からの、大真面目な理由だった。

 「そう……」

 「でもきっと、また会おう。」

 掴んだ手を引っ張る事で、項垂れたレンを自分に向かせるフェリル。

 「人魚は海の声が聞こえる。だから、いつか私の名前を海に向かって呼んで。……私の、名前は〜〜。」

 最後の肝心な部分がフェリルにだけ聞こえるよう、顔をグッと近付けてに囁くレン。

 ていうか人魚ってそんな事ができるのか。

 「ああ、分かった。……!」

 「……ん。呼んでね、約束。」

 頷いたフェリルにキスをして、レンは海の中に消えていった。

 俺はシーラの肩から手を放す。

 そして数秒後、あいつの脳みそからレンの名前が消えるんじゃないか、と宙を飛ぶフェリルを見ながら俺は少しだけ心配した。

 ……案外シーラはそれを狙ってるのかもしれん。



 「は?巫女殿、もう一度お聞かせ願えますか?」

 「ええ、ではもう一度、人魚族は貴方方の働きのおかげで恐れをなし、撤退しました。もうこれ以上の進軍は必要ありません。」

 指揮官のテントにて、口をあんぐりと開けた指揮官に向かってルナは淡々と俺が教えた台本通りの言葉を紡いでいる。

 「ど、どのようにしてそれを知ったのでしょうか?」

 「昨夜、人魚の女王と話しあいました。」

 「私を何故その場に呼んでくださらなったのですか?」

 「夜でしたので、日々お疲れであろう方の眠りを妨げる訳にはいきません。」

 「そ、そうですか、ご配慮痛み入ります。」

 指揮官の気持ちは痛いほど伝わってくる。今の彼は小説に良く出てくる、無能なくせに勝手な上司に翻弄される部下ってところだ。

 テントの端から見ていて可哀想だなぁとは思うが、そうさせてるのは俺なので、どうしようとも思わない。

 「それで人魚の方は何を差し出すと?何か、賠償等は?」

 「ええ、彼らは漁業を許してくださるそうです。それに彼ら自身も海の幸を採って、売ってくださるそうですよ?」

 ルナの「ええ」という肯定の意思表示に指揮官が浮かべた笑みが強張る。背中で右手首を左手で握るように指揮官立っているのだが、その右手首が真っ白になっていくのが俺のいる位置からはよく見える。

 無理もない、ルナの言ったことはつまり、勝手に攻めてきてラダンの人民の命、領土を奪い去った人魚には何のペナルティーも課されず、それどころか図々しくも水産物を売りに来るという事だ。加えて言うならば人魚が攻めてきたのがその水産物の搾取を禁じるためだったのに、である。

 本当、権力って怖い。

 「本気で、おっしゃられているのですか?」

 「え?もちろんです。素晴らしいでしょう?」

 うーん、いい笑顔。ルナには事前に馬鹿に徹せとは言ってあったが、ここまで演じきるとは。……案外素だったりして……やめておこう、ルナがこっちを睨んだ。

 「え、ええ、巫女殿の、おっしゃる通り、です、な。」

 あまりに可哀想な指揮官を見兼ねてか、「ルナがどうしましょう」と心配そうな目をしてこちらを見てきたが、対して俺は「そのまま続けろ」と頷く。

 「これも全て、貴方方ラダン防衛軍のお力あってこそです。ご苦労様でした。それでは、私達はこれでお暇させていただきますので、本当に、です心から感謝申し上げます。」

 「こ、光栄で、あります。」

 指揮官よ絞り出したような声に全く気付いていない風を装い、ルナはニッコリ会釈してテントを出た。

 「……ああ、なんという、ことだ。」

 椅子に倒れるように座り込み、指揮官が天幕を仰ぎ、両手で顔を覆ったかと思うとそのまま両肘を膝に乗せた。

 ルナの爆弾が余程効いたらしい。……ま、狙い通りではあるが。

 「あの……」

 しかし流石に可哀想だったので、ルナの後ろについて出ようとした俺は指揮官の方を向き直し、声を掛けた。

 「なんだ、奴隷が何のようだ?巫女殿の奴隷だからといって私と対等に話せると思っているのなら……」

 言いながら、俺を睨み付け、腰の剣を鳴らす指揮官。

 これはかなり参っているらしい。

 「さっさと出てい……「良いこと、ありますよ。」…………そう、か、お前も?」

 俺の言葉に指揮官は怒りを霧散させ、椅子に脱力したように座り、「お前も苦労させられてるのか」と聞いてきた。そしてそれに俺が頷いて返すと、

 「はぁ……、そうか。」

 指揮官は諦めたようにため息を吐いた。

 悪い事が自身にだけ起こっていると思うよりは、自分と同じ境遇に立たされている奴が他にもいると思う方が精神的に楽になるものだ。

 俺は指揮官が苦笑しているのを確認し、敬意ではなく謝罪の一礼をして、ルナの後を追い掛けた。

 何はともあれ、依頼達成とさせて貰おう。あとはレンがポセイドンにお告げを受けない事、もしくはお告げを受けても俺への恐怖か、はたまたフェリルへの愛で侵攻を思いとどまってくれる事を願うだけだ。

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