雷龍クエスト⑩
「うふふふふふ……」
「あははははは……」
「ぐぬぬぬぬぬ……」
「……3433 ……3449……3457……3461……」
テントに戻るなり、相変わらずのパーティメンバー+捕虜達の様子を見て思わず苦笑してしまう。
……相変わらず雰囲気の悪いこと。
それに、素数を数えるというのは心を落ち着けるための有名な方法だが、ユイのあれはもうノイローゼになってしまってるような気がする。
「おいおい、大丈夫か?」
少々笑い混じりにユイの肩を軽く揺する。
「……3463、3463…………次、は……?」
勢い良く、ぐるりと首を回し、こっちを虚ろな目で見て尋ねてくるその様子に若干の狂気を覚えた。
「おい、数えるのをやめるんだ!戻ってこい!」
多少の焦りを感じ、ユイの肩を今度は大きく激しく揺さぶる。
「あ、3467……3469……それで……。」
「ユイィッ!」
その後、壊れかけていたユイをルナに抱きつかせるとユイが素数ではなく、「モフモフ」と言うようになったため、素数を延々数えるよりはマシだろう、とユイの看護をそのままルナに任せて、俺は本命の奴の隣に屈み込み、その肩に手を置いた。
「よう、話がある。」
「ヒッ、ヒィッ!」
レンの口から漏れた悲鳴を無視し、その肩から手をずらして腕を掴み、立ち上がらせる。
「フェリル、少し借りるぞ。」
「あ、嫌……フェル、助けて。」
レン自身はそう言いながらも、体は素直になされるがまま、俺に従ってくれている。恐怖を植え込み直す必要がなくて助かる。
レンに懇願され、フェリルが付いてこよう立ち上がる。
「残念ながらフェリル、お前としっかりお話したい奴がいるみたいだぞ?……な?」
「うがぁっ!」
「え!?ギャァァ!」
が、しかしシーラがフェリルに襲い掛かった。
さっさと仲直りしてユイが素数の世界に入り浸らずに済むようにしてくれよ。
と心の中で願いながら、俺はレンを引っ張って外に出た。
空を見るともう日は傾き、青空の一部をオレンジ色が占めていた。
ユイの介抱に予想以上に時間を食われたな……。
「おいレン、自分で歩けるだろう?しっかり立て。付いて来い。」
「は……はい。」
「あー、背後から攻撃するなら覚悟しろよ?失敗したら……くはは、分かってるみたいだな?」
見るからに怯えているレンに笑いが漏れた。
「(コクコクコクコク)」
何度も頷き、レンが自身の必死さをこれでもかと伝わえてくる。
そうして俺の一挙一動にビクつくレンを連れ、向かったのは海と陸の境界線。
海は空の色を反射し輝いていて、美術的素養の無い俺でも美しいと思わせるほど。
しかしこの水面下にはラダンの国土を奪おうとする、人魚の戦士がいるのを忘れてはいけない。
「さて、レン。」
「は、はい!」
振り返り声を掛けると、その人魚の戦士の一人であったレンは背筋をしゃんと伸ばして“気を付け”の姿勢を取った。
「ラダンは人魚に奪われた砦を三つ取り戻したが、輝かしい進軍もここまで。今はここでこうして、立ち往生を喰らっている。」
言いながら、レンの周りをぐるぐる歩く。
「……」
何の話がしたいのか分からず、レンは困惑した表情のまま。しかし姿勢は依然としてお手本そのもの、怯えを隠せていない目はそれでもしっかりと俺を追っている。
「俺個人の考えじゃあ自分の役目はここまでだと思うんだが、そうも言っていられない状況になった。」
どこかの雷龍様のせいでな。
「そこで、だ。」
レンの肩を比較的強めに叩くようにして手を掛ける。
「はい!」
「ここら一帯の人魚を撤退させるためにどうすれば良いか、それが俺の質問だ。答えられるか?」
俺は人魚の考え方も、社会制度も詳しくは知らない。少しかじった程度だ。その知識もレンから聞いた物であり、彼女こそが一番の情報源だ。
「わ、私には、わ、分からない、です。」
「そうか?」
「ご、ごめん、な……さい。」
「じゃあ質問を変えよう。」
「ほっ。」
俺の質問に答えられず、また拷問されると予想していたのであろう、レンは俺の言葉にあからさまに安堵の様子を見せた。
「人魚はどうしてラダンを攻めた?」
まずは分かっている事から絞っていく。
「……陸の者から隣人を救うため、です。」
隣人ってのは魚のことで間違いないだろう。立派な決意だがそうするとおかしな点がある。
「何年前からだ?」
カンナカムイは“最近”と言っていた。古龍の時間感覚と人のそれとの齟齬を考えたたとしても、人魚がその存在したときから魚を守り続けている訳ではないのは確かだ。
「覚えていま……「大体で良い。」……に、にに20年と、すす少し、です。」
覚えていないとレンが言おうとしたところで手をその顔にかざし、震えながらの返答で再び肩に手を乗せた。
荒い呼吸による肩の上下動が伝わってくる。
……にしても20年前か、そこまで大昔という訳ではないな。
「ラダンを攻め始める前に人魚はラダン周辺にいたのか?」
「は、はい、私の祖父母も生まれ育ちは、ア、アトランティスです、ので。」
つまり20年程前、人魚達は急に魚の守護に動き出したという事だ。それ以前から魚はほぼ確実に食されてきたであろう筈なのに。
その最大の要因は、トリトン自身が神の啓示を受けたとかなんとか言ってたし、神様――ポセイドンだったか?――のお告げを受けたからこんな侵攻を始めたのだろうか、それとも元からあった不満にポセイドンが少し刺激を与え、爆発させたのだろうか。
ま、聞いた方が早いか。
「20年前、何が原因でラダンを攻めようと思ったんだ?急に魚を守ろうなんて意識が生まれたとかか?」
もしそうなら大規模な集団催眠、つまり人魚全員に神様のお告げって奴が下ったと考えても良いと思う。
『撤回せい!お主!撤回せんか!何が集団催眠じゃ!』
すまんな、正直者で。
「そんなこと……知ら「そうか?」ほほほ本当にし知らな、知りません!そ、総大将が決められる事、なので。」
軽く脅しを入れると、レンは早口で捲し立てた。
つまりトリトン一人に啓示が下った、と。それにしても、総大将が決める事だから知らないというのは少しどうかと思う。
「総大将が全ての実権を握っているのか?」
「全ての、実……権?わ、我々は総大将に従う、それだけ、です。」
もう一度、確認のために念を押すと、レンは不思議そうな顔で返してきた。
「聞き方を間違えたな、お前ら人魚のしているラダンへの侵攻は、トリトンの独断か?人魚全体の意志か?」
「?と、トリトン様の意思は、人魚族のい、意思です、が?」
未だに不思議そうな顔で言うレン。俺の質問がまたうまく伝わらなかったらしい
「えっとだな……トリトンがラダンを攻めようと決めたから人魚族はラダンを攻めてるのか?……それとも、人魚族は元々ラダンを攻めるつもりで、トリトンがその意思に従ったのか?」
自分の頭を軽く小突き、なんとか思い付いた良い言い回しを使って言い直す。
すると
「トリトン様は誰にも感化されず、自らの意志で我々を導いてくださっ……いました。」
と、レンは怒りの少し混ざった声を発した。
神様以外の誰にも、ね。……それならまだ、何とかなりそうだ。
「くく、レン。」
久しぶりに聞く良報に含み笑いを隠せないまま、レンの両肩を掴んで目を合わせる。
「ひっ、は、はい!」
「……お前、王に、いや、女王になる気はないか?」
しばらくの沈黙。
「……え?」
レンは間抜けな顔で聞き返した。
海の中にあるという人魚の都市アトランティスに攻め込む術がない今、人魚にラダン侵攻をやめさせるには内から変革を促すしかない。
と、いうのがカンナカムイに無理な指令を受けてから考え、辿り着いた大雑把な俺の結論だ。
そこで人魚という種族がどのような仕組みで動くのかが重要だった。幸い、権力の一点集中が成り立っていたので助かったが、もし民主主義みたいな事をしていた場合、ラダンを攻めようとする一派を打ち倒さなければいけなかった。
だがしかし、事実として人魚という種族は一個人によってその動きを左右できる仕組みになってくれており、その上ここにいるレンは将軍という比較的高い地位にいる。
つまり最悪、レンより上の位の奴等を片っ端から始末すれば事は済む。
「行け。」
昨日やる事を指示したレンに言い、一歩下がってパーティー“ブレイブ”の面々に並び立つ。
時間は明朝、善は急げというやつだ。
するとレンは俺に頷き、海の方を向いて、まず衣服を脱ぎ始めた。
「「おお!」」
緑がかった長い髪、その隙間からチラリと見えるうなじ、伸びた背筋、滑らかな膨らみとくびれの同居するボディライン。
それらに目が奪われ、ほぼ同時に視界が暗くなって太腿に激痛が走る。
「「ふぅんっ!?」」
立っていられず、俺はその場にしゃがみこんだ。
「え、あ、フェル!?」
「フェルは良いから早く行きなさい!この露出狂!」
「は、はいぃ!」
ちゃぽん、と水の音がし、その一瞬後、視界が開けた。
「ご主人様?」
まず目の前にルナがいた。
「で、俺の太腿を膝蹴りしたのはやっぱりお前か……。」
背後を振り向き、予想通りそこにいたユイを見て言うと、ユイはふん、と鼻息荒く視線を俺から外した。
……ま、正気に戻ってくれて何より。
おもむろにぐいっと、抵抗を考えるのも馬鹿馬鹿しい程の力で前を向かせられる。
「私が話しているのですよ?」
「そ、そうか、どうした?」
圧力のある笑顔に少し気圧されながらも聞き返す。
「私とあの人魚、どっちが綺麗だと思いますか?」
「そんなもの、ルナに決まってるだろ。」
「じゃあさっきご主人様がなさっていた、あのなめ回すような目は何ですか?」
俺は別にレンの裸を、なめ回すようにと言われる程は見ていなかったと思う。むしろ目を覆われるまでの時間がほぼなかったのでなめ回す程見ようにも見られなかったというのが正しい。
「……男の性だ。」
本心を言ったってルナは怒るだけだが、代わりとなる上手い言い訳を思い付かなかったので、少し格好付けた風におどけて見せながら立ち上がる。
「何言ってるの、よっ!」
すかさず膝裏に衝撃、再び地に膝をつかされた。
「アタタ……」
酷いなぁ、と苦笑しながら顔を上げるとルナと目が合い、すぐにぷいと逸らされる。
「ルナ?」
「……。」
ご機嫌を損ねてらっしゃるようだ。
何とか直してやりたいが、さっきから海にぷかぷか浮かんで待っているレンを放置する訳にはいかない。
「レン、忘れるなよ、逃げたらその首輪がお前の首を……」
「リーダー、やめなよ。レンちゃん、君がどうしようと、僕がリーダーを何としても止める。だから安心して。僕が君を絶対に殺させはしないよ。」
陸の縁に立った俺がレンを睨み付けながら脅そうとするのを止め、フェリルは身を屈めてレンにそう語りかけた。
「私が逃げないと、何故思う?」
「僕は信じてるだけさ、駄目かい?」
「……ううん、そんな事、ない。」
「レン……」
「フェル……」
良い雰囲気の所申し訳ないが……
「レン!」
「ひゃ、ひゃい!」
名前を一喝し、片膝を付いて背中に背負った三叉戟をレンに横に向け、差し出す。
「成功するんだろうな?」
「こ、これはア、アトランティスの国宝、です。これさえあれば、皆をあ、集める事は簡単、です。」
トリアイナを餌にレンが自分より上の位の者を無理矢理ここに集め、そこから交渉の開始だ。流石に皆殺しは最後の手段に取っておいた。
……この作戦が単純過ぎて、成功するのかどうかにかなり懐疑的な自分がいるのは否めない。
「……よし、行け。」
命令し、俺は海沿いから離れ、レンはトポン、と水の中に潜る。
「はてさて、本当に成功するかね?」
頭を掻き、先行きの不安に苦笑。すると背後から両肩をガッチリ掴まれた。
「ご主人様?私の話は終わっていまヒェんッ!?」
「昨日は言い忘れてたな、ここではコテツだ。」
少し驚いたものの、冷静に言い返しながらルナの耳の感触を楽しむ。
「あとな、俺にとってはルナ、お前が一番だから。な?」
「あぅ、でも……。」
「まぁ裸のレンに見惚れたのは確かに悪かっ「ガブリ」フンッ!?」
謝ろうとしたのに背後から首を噛まれた。何故だ?
まぁ甘噛みのようだし、それに少し良い匂いもするから別に引き離そうとは思わない。
よしよしと滑らかな銀髪を右手で撫でると、ルナの耳がピコピコ動いて俺の右手を撫で返してきた。少しくすぐったい。
「えーとイチャついてるところを悪いけど、リーダー、お客さん。」
首をルナに噛みつかれたまま、フェリルの指差した方を見ると、真っ裸のレンが陸に上がってきていて、彼女を追いかける何人もの裸の屈強な男共が見えた。
……俺とルナは互いの目を覆い隠した。