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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第五章:賃金の出るはずの無い職業
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雷龍クエスト⑨

 3つ目の神器、トリアイナを手に入れたのは昨日のこと。

 「ねぇ。」

 「……」

 そのトリアイナの能力で敗北を喫した軍隊のリベンジ戦に、俺達は今加わっている。

 「ねぇってば。」

 「…………」

 と、言うよりはルナが軍隊に加わり、俺達奴隷はルナの付属品っていうのが実のとこ正しいだろう。

 「聞こえてるでしょ!?ねぇ!」

 「………………」

 敵の総大将は討ち取り、その神器は手に入れた。

 また、これから攻める街はそのほとんどを海に沈めてしまっているので得られる物はたかが知れている上、その後ここに再びラダン国民が住み着くとは考えられないため俺個人はこの戦闘に意義が全く見いだせていなかった。がしかし、これから人魚の占領地域を攻め落としていくのにその初戦を敗北で終わらせると士気に関わるという軍の指揮官の言葉に納得し、リベンジ戦も割と大切なのかもしれんと今は思い直している。

 やっぱり戦いの規模が違うと考え方も変えないと……

 「……サンドストーム。」

 砂が顔に浴びせられ、そのまま渦巻く。

 「のあぁっ!?分かったっぺ!分かったから!話す!話すっぺ!やめろォ!」

 努めて沈黙を守ろうとしていた俺は、シーラの容赦ない顔面砂嵐攻撃に呆気なく、砂を吐き出すのもあいまって田舎口調風に敗北した。

 「よろしい。で?あれは何?」

 魔法を解除してくださったシーラが指差されたのは俺達の目の前、フェリルとレンが互いに手を取り合って、仲睦まじく行軍しているところ。

 レンにはあの全身鎧ではなく、フェリルの予備のシャツとユイに借りたズボンを着させている。

 いやぁ、まさか本当に裸のまま全身鎧なんかを着ていたとはな。

 ちなみに本人は裸のままでいようとしたが、フェリルが着て欲しいというとすぐに従った。

 「うぇ……ぺっ。ああ、仲が良いな。うん、良い事だ。」

 口に残るザラザラした不快感と戦いながら、そう返す。

 睨まれた。

 だがしかし、それでも実際、あれはフェリルによるレンの懐柔が上手くいった現れである。まぁ長年の付き合いだったろう仲間から見捨てられ、その上大事な人を無くし、心が弱りきっていたところに付け入ったという見方もできるが。ま、成功は成功だ。

 「本気で言ってるの?」

 「始終いがみ合うよりはな。」

 俺の肩を片手でグラグラ揺らすシーラの対応に困り、明後日の方向を向く。

 ……どうして俺が責められてるんだろう?

 「レンちゃん、一緒に来て本当に良かったのかい?君の仲間と戦うことになるよ?」

 「問題、ない。仲間をやはり攻撃はできなくとも、フェルを守るぐらいならば……駄目か?」

 「いや、嬉しいよ。僕も相手をなるべく殺さないように気を付けるさ。君を悲しませたくない。」

 「……ありがとう。」

 肩が凄く痛い。魔装2は一応防具としての性能を持ってるはずなのに、シーラの万力のような力で爪が食い込んできて泣きそうなほど痛い。特にレンがフェリルを“フェル”と呼んだ辺りでは筋肉を引き千切られるんじゃないかと思った。

 「フーッ、フーッ!」

 この猛獣シーラと敵対する事になる人魚達がもう可哀想に思えてならない。

 「はぁ……シーラがさっさと動かないからこうなったんだろうに……アダダダダダ!」

 ああ、他人の恋愛は見るのは楽しいが、巻き込まれたらこれ程迷惑なモノはないなぁ、くそぅ。


 「凍え死ね!フリージアァッ!」

 予想的中、シーラは荒れていた。非常に荒れていた。

 昨日と違い、城壁の上から飛んでくる矢や石の類は全て風で跳ね除け、城壁に手を付けたかと思うとそのまま液体状に溶かして大穴を開け、単独で侵入するやいなや辺り一面の海水を凍らせてしまった。

 「フーッ、フー、ふぅ。」

 「っと。」

 魔法の使い過ぎで疲れたのか、その場に崩れ落ちたシーラを慌てて支えてやる。

 「落ち着いたか?」

 「私はいつだって落ち着いているわ。」

 どこをどう見たらそういう判断ができるのかね?

 「ったく、しかし魔法ってのは恐ろしいな。無理すれば一人でここまでできるんだから。」

 支えたまま、城壁に空いた大穴の口の横に動き、雄叫びと共に飛び込んでくる獣人やドワーフ達に道を開ける。

 かなり頑丈そうだった石壁もお構いなしかぁ。ファレリルだったら城壁の一部とは言わず、全てを液体状にしてしまえるんだろうか?……いや、あいつなら普通に空の上から絨毯爆撃でもしそうだな。

 「普通は城壁を維持する魔法使いが何人もいるから、今回は特別よ。」

 「なるほど、獣人やドワーフ相手に戦うなら魔法への警戒はあまりしなくて良いからな。」

 「ええ、ちょっとした賭けだったけど、楽しかった。スッキリしたわ。」

 「はぁ……、はは、そうかい。」

 ため息をつき、どうせフェリルのせいでまたストレスが溜まるんだろうなぁと思い、苦笑する。

 「ちょっと、寝ていい?」

 戦場の真っ只中で何を言い出すんだと叫びたい。が、まぁシーラのおかげで戦況は上々だし、早々に終わりも見えてきている。

 「はいよ、お疲れさん。」

 左腕にシーラを抱え、俺は黒龍と無力魔法で襲ってくる攻撃を捌くのに徹した。


 「俺達の、勝利だぁっ!」

 「「「「「ウォォォォォ!」」」」」

 「楽勝だったな!」

 「ははは!このまま全員追っ払ってやろうぜ!」

 軍の陣のルナ用のテントの中からでも、外のどんちゃん騒ぎが聞こえてきた。

 戦闘時間約三時間の攻城(街?)戦は、俺達の勝利に終わった。

 シーラが侵入経路を無理矢理作り、敵のいるはずだった海の表面をぶ厚い氷で覆ったため、人魚達がその氷を壊して這い出て来るまでに城壁の上の敵は数で掃討。

 そしてようやく出てきた人魚達はあたかもモグラ叩きをされるように命を散らしていった。

 「(むすっ)」

 しかし今回の戦いにおける功労者たるシーラ本人は、不機嫌極まりない。

 「レンちゃん、おかげで助かったよ。でも辛くなかったかい?」

 「……フェルが無事でいてくれるならば、私は大丈夫だ。」

 まぁシーラを攻めることはできない。

 手を繋ぎ、これみよがしにいちゃこらしている二人には俺でさえ少しイライラし始めているので、シーラの堪えている感情は想像をしたくもない。

 「巫女殿、この度はご助力いただき、心より感謝いたします。」

 そんな奴隷事情なぞ視界にも入っていないのか、この軍隊の指揮官が、部屋の中央に凛として座るルナへ頭を下げる。

 「いいえ、私は古龍の方々の指示でこちらに参っただけです。感謝ならばバハムート様、そしてカンナカムイ様に。」

 「はっ、そのようにいたします。して巫女殿、我々はこれより敵の他の拠点を攻めますが、巫女殿はご同行なされますでしょうか?」

 聞かれ、ルナがこっちを見たので俺は小さく首肯した。

 敵の占領している街を攻め落とすのに、少数精鋭の奇襲のみというのは無理がある。最終的には数が必要になってくるだろうし。……何より楽だ。

 「ええ、そうさせていただこうと思っております。」

 「はっ!我らラダン防衛軍、心より歓迎いたします!」

 この軍隊、ラダン防衛軍って名前だったのか……ワカリヤスクテトテモイイトオモウ。

 「こちらこそよろしくお願いします。」

 「では今後の事を話し合いますので、私のテントへ付いてきてください。」

 「ええ、分かりました。」

 会釈をしたルナが指揮官に言われて立ち上がり、これ幸いと俺もその場に立つ。

 ……シーラのどす黒い雰囲気とフェリルとレンの醸し出す甘ったるいそれが混ざっているような場所からはさっさと逃げるに限る。

 「巫女殿、彼は?」

 「私の護衛です。お気になさらず、参りましょう。」

 「はっ、ではこちらに。」

 獣人二人が出ていき、俺もその後に続こうと歩き出す。

 「逃げるつもり?」

 と、ユイがそう言ってこちらを睨みつけてきた。

 ……バレたか。

 「あーはは、すまんな。」

 「覚えてなさい。」

 笑うというより頬を若干引きつらせ、ユイの怒りの視線を背中に感じながら、俺はテントを出た。


 指揮官によると、攻め落とすべき城塞は、海岸沿いの3つと少し内陸に入った2つの、合わせて5つ。

 元々人魚達は杭のようにラダンを占領しており、その先端にいる奴らは今朝俺達が撃退した事になる。

 「幸い、街が海に呑まれたという情報は未だありません。」

 というのは指揮官の言葉だが、その心配は今後も必要ないだろうと思う。地を砕くのに必要なトリアイナは俺の手中にあるからだ。

 一応、手遅れの可能性もあるにはあるが。

 ただ、砕かれていないとしても、あとはトリアイナの一刺しで地盤を砕くだけ、というところまで人魚勢の準備が整っているのならば、この戦闘後、果たしてそこに人が安全に住めるのだろうかという不安はある。

 まぁそれはラダンが抱える問題だ。今朝の街は案外観光都市として生まれ変わるかもしれん。“水の都”とか。

 まぁとにかく、このラダン防衛軍はこのまま次の砦へと、こちらに向かっている筈の援軍と合流しつつ歩を進め、砦を一つずつ取り戻していくこととなった。




 ラダン防衛軍に従軍して5日、2つ目の砦を制圧完了。

 トリアイナの試運転を兼ねて城壁に大穴を複数開け、そこに軍が雪崩込んだ形だ。ちなみに砕く物の大きさや範囲の広さに比例して体力を消費することを確認できた。……そしてもう二度と確認したくない。用を足したくとも手足が全く動かないあの恐怖ったらない。

 ちなみに三叉戟を投げてみると、離れていても体力の消耗を感じた。何らかの魔法か魔術か神の御技かが絡んでいるのだろう。

 また、段々親密になるフェリルとレン、そして比例して険悪になっていくシーラのオーラが怖い。ユイがストレス解消のためか、ルナを抱き枕代わりにしてムフフと笑う場面がよく見かけられるようになった。



 ラダン防衛軍に従軍して8日目の夜、トリアイナを盗もうとした奴等を始末。誰にも気付かれないよう、少し離れた場所へ行き、死体を土に埋めるためにトリアイナを地に刺したところ、地下が土ではなく水で一杯になっている事を再認識。土葬ではなく水葬をする事になった。



 ラダン防衛軍に従軍して10日、3つ目の砦を制圧完了した。

 シーラが溜まりに溜まった怒りを爆発させ、城壁の半分を液状にしたため、実に素早い決着だったと思う。……魔法の使い過ぎで寝てしまった彼女を支えている間、その寝言で呪詛のようなものが聞こえてきて恐ろしかった。

 ……ということから察されるであろう通り、フェリルとレンの関係は至って良好だ。

 それに触発されてかもしくはユイにモフられ過ぎてか、夜な夜なルナが俺の寝床に入り込むようになり、それでもお構いなしにルナに抱き着いているユイは必然的に俺の寝床に入るため、冬だというのに起きるとまず暑苦しさ感じる今日この頃である。



 ラダン防衛軍に従軍して12日、未だ次の砦が見えず、その上まだ昼間だというのに軍隊はその進軍を止めその場に陣を築き始めた。

 理由は簡単、あるはずの陸地が無くなってしまっていたのである。

 「これは、一体……。」

 巨大な生き物に食い千切られたかのような地形、その先にあるのは天の日差しを下からも照り付ける海、そして遥か彼方の水平線のみ。

 ここが元々こんな地形だったり自然の猛威のせいだったりしない事は、陸地と海の不自然なほど直線な境目で一目瞭然。

 それを前に、呆然としてしまっているのはこの軍隊の指揮官。

 「大丈夫ですか?」

 「は!これは巫女殿!見苦しい姿をお見せした、申し訳ない!」

 その背後から掛けられたルナの声に、指揮官は一瞬で軍人らしいキリッとした表情を取り戻した。

 ただ、バツが悪いからといってこっちを睨み付けるのはやめてほしい。笑いを隠すのが難しくなる。

 「いえ。それでこれからどうなさるのですか?」

 「お恥ずかしながら、これは想定しておりませんでした。速やかに司令部と連絡、指示を仰ぎます!では!」

 シュバッと敬礼し、指揮官は足早に去っていく。

 「……さて、じゃあ俺達はやる事はやったって事で良いのかね?」

 まさか海に潜って人魚と戦えなどとは言うまい。

 「どうでしょう?こんな終わり方でカンナカムイ様が納得してくださるかどうか……。」

 破砕音。

 「ハハッ、こんなんで納得するかよ!」

 超スピードで俺の背後に移動したカンナカムイが俺の首に肘を引っ掛け、笑う。

 「……どうしろと?敵の大将はもう倒した。それに目の前は海、もうラダンの国土じゃないと言っても間違いじゃないだろ?人魚を追い払うのには成功したってことで良くないか?」

 「おいおい何言ってんだ。ハハ、このままじゃ人魚共はまた侵攻してくるだろ?」

 そこまで面倒見切れるか!

 「そのときはそのときで……」

 「ならこいつを貸すのもそのときだな。」

 そう言って、カンナカムイは宙空から金の装飾を施された赤い棒を引き抜き、クルクル回して見せ付けた後、またどこかに消す。

 ……チクショウ。

 「やるしかない、か……ルナ、一旦戻るぞ。」

 華奢に見えるが、恐らく俺を一瞬で絞め殺すだけの力があるであろう腕を肩から跳ね除け、俺は水平線に背を向けた。

 「よっしゃ、やっぱそう来なくちゃな!」

 ニッコリ笑顔で俺の肩を軽く叩き、カンナカムイは一瞬で移動していった。

 「はぁ……。」

 その動きを恨めしい目でなんとか追い、見えなくなったところでため息をつく。

 「え、えっと、カンナカムイ様はきっとご主人様の力を信じているんです。」

 ルナが俺の手を両手で包み、そうフォローするが、その困ったような笑顔で本人もそうは思っていない事がバレバレだ。

 「すまんな、情けなくて。」

 俺がしっかりしないのになと思いつつも、どうしようもなくて謝ってしまう。

 「……よしよし。」

 ルナがスススと近寄ってきたかと思うと、ルナは俺の頭に手を置き、そのまま撫で始めた。

 「ルナ?」

 「ご主人様は辛くなったらいくらでも私に甘えて良いですからね?どれだけ辛くとも、私がご主人様を支えますから。えっと……恋人、ですから。」

 最後の部分は恥ずかしそうに俺から目線を外して呟かれる。俺の頭を撫でられるほど近くにいるので、ルナの少し上気した顔がよく見え、俺は慌ててこっちも似たような事になってるんだろうなぁ、と他人事のように考える事で平静を保つ。

 「はは、じゃあ俺はお前の恋人として……」

 「はい!」

 切り出すと、ルナの耳が嬉しそうにユラユラ揺れ、何か綺麗な言葉に期待して胸を膨らませてるのが良く分かる。

 ……どうしよう。勢い余って言ったは良いが、何もしてやれるような事が思いつかない。

 ルナが落ち込んだときは支えるどころか気の利いた慰めの言葉を言ってやれるかどうか怪しいし、ぶっちゃけ戦う以外に俺は能が無いからなぁ。

 スキルがあって良かった。

 ……爺さん、ありがとう。

 『な、ななななんじゃいきなり!?気持ち悪いわ!』

 爺さんがいなかったらどうなっていた事か。ああ、考えるだけで恐ろしい。

 「恋人として…………えー、あー……」

 さて、問題は目の前のルナだ。少し上を向きながら思案を続け、盗み見る度に目が合うキラキラした紅い瞳にプレッシャーを感じ始めてきたぞ?どうしよう。

 「あ、あの、私はご主人様がいてくださるだけで……」

 「待て!待て待て、大丈夫、大丈夫だから。……あのな、えーと、俺はその、ルナを、絶対にほら、幸せにな、してやるから、な?………………すまん。」

 俺のフォローに回ろうとしたルナを押し留め、なんとかそれっぽい事を口にし、俺は結局項垂れた。

 くそぅ、自分が情けなくて仕方がない。

 「ふふふ、よく頑張りました。とても嬉しかったですよ。」

 頭が撫でられる。

 ……優しさが染みる。

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