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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第五章:賃金の出るはずの無い職業
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雷龍クエスト➇

 「おーい、お前らがあんまり遅いから、自力で出てき……。」

 「フッ!」

 「我が魔法の真髄を見よ!」

 俺の囚われていた氷の水槽、その天辺から地上に飛び降りる途中、水槽の側面で未だに氷を溶かそうと奮闘してくれていたフェリルとサイを見かけたので、からかってやろうと彼らの背後から声を掛けるも、こっちの声は全く聞こえていないようだった。

 氷の水槽のあちこちにできている穴から水が勢い良く流れ出ているのが見えるので、二人は別に俺の救出をサボっていた訳ではないらしい。ただあまりに多量の水が流入していたため、排水が追い付いていないという状態だったようだ。

 この三叉戟、“水源”そのものを作ってしまうからなぁ、しかもここまで自噴するほどの物を、だ。この力を使ったらその後の処理に困りそうだ。いや、そもそも後処理なんてできないな。

 『全くじゃ。肝心の辻褄合わせはわしの仕事じゃからのう!』

 辻褄合わせ?

 『そのトリアイナは世界の創造に使う物。無から有を生み出す神器じゃ。そんなことをされるとせっかくわしが保っている世界の均衡が壊れるんじゃよ。』

 つまりヴリトラが暴れる以前の物なのか?

 『うむ。』

 ほぉー、歴史を感じる。

 『適当な感想じゃな……。はぁ、じゃからその本来の力は使うのは最後の手段。基本的に禁止じゃ。いいかの?』

 えー、喉が乾いたら……

 『世界と天秤にかけてみんか!加えてわしの過剰労働もの!』

 はいよ、後半はどうでもいいけどな。それに爺さん、過労死はしないだろ?神なんだし。

 『死ななければ良いという訳ではないわ!』

 へいへい、そうですか。

 「よし、これで最後だ、いけるはず!」

 「……ヘルフレイム!」

 と、ドス黒い爆発が起こり、新たな穴が出来上がる。

 それでも排水し切るにはまだ小さい。

 もう一度声かけようとしたとき、開けられた穴からヒビがジグザグに伸び、青白い氷壁の表面を広がっていくのに気付いた。

 そのヒビは蛇のようにうねうねと、しかし蛇ほど滑らかではない動きで伸び、近くの穴を全て経由し、繋ぎ、さらに周りの小さい穴へとその範囲を拡大させていく。

 無駄な努力の跡に思えた数々の小さな穴が星座のように新たな形を氷の塊に象り、そしてヒビの端が始まりに戻り、ヒビの広がりは終わりを告げる。

 出来上がった、氷の壁の約半分を占める図形が、粉々になって吹き飛んだ。

 元の世界のダムを壊したらこんな事になるのかね?

 そう考えながら悠長に構えていると、ふと気付いた。

 吹き出した大量の水が、真っ直ぐこちらに向かっている事に……。

 「え、あ……ぬぉぉぉぉっ!?」

 もう、水、嫌だ。


 「イテテ……」

 水流に押し流されている間、地面に擦れ、ぶつかったことで痛む体を起こす。

 はぁ、トリアイナがあっても水は操れないからなぁ、トホホ……。

 「お、リーダー、大丈夫かい?あの長い間、よく息が保ったね。」

 「我が主よ、ご無事で何よりでございます。救出が遅れ、真に申し訳ありません。」

 目の前にいる隻腕のリッチと軽薄エルフは、完全に俺を救った気でいるようだ。

 ま、別にそういう事にしたって問題ないか。事実を言ったところで化物呼ばわりされたり必死の謝罪をされたりするだけだし。

 「いや、良いタイミングだった。ちょうど決着が付いたところでな。よいしょ……ほら。」

 立ち上がり、三叉戟をフェリルの足元に放る。

 「え?おおお!?」

 すると半径一メートル程がバキッとヒビ割れ、沈み込み、フェリルの下半身が細かい砂となった地中に潜った。

 「あーあ、この下も水が溜まってるよ。」

 「え、そうなのか?」

 聞き返すと、フェリルは恨めしげに頷いた。

 計算外だったが、ちょっと面白いから放置。

 「我が主よ、この武器はもしや人魚の王の物では?」

 「ああ、お前の腕を砕いた三叉戟だ。名前はトリアイナ。念願の3つ目の神器、だな。」

 ここにきて神器集めはかなり順調だ。

 「トリアイナ!?こ、これが、創世記の遺産……。」

 サイが驚くように言い、地に刺さったトリアイナが脆い硝子細工であるかのように、触らないように気を付けながら鑑賞し始めた。

 サイにはこの価値がそこらの神器と一線を画していることが即座に理解できたらしい。

 『普通は分かるんじゃよ。』

 「じゃあリーダー、あの裸男は仕留めたってことかい?」

 地面に浸かったまま頬杖を付き、聞いてきたフェリルに頷く。

 「ああ、たぶん死体もそこら辺に……あ。」

 「どうしたんだい?……あ。」

 周りを見渡し、俺が気づいたものにフェリルも気が付いたらしい。

 大穴の空いた氷壁の方向。

 そこには何かを胸に抱いてうずくまる、全身鎧の姿があった。

 目を凝らせば、予想通り、レンの抱えるその何かというのはトリトンの頭部だというのが分かった。

 何かしら想いを寄せたりしてたのだろうか?いや、自分の主が殺された騎士ってのは大体ああなるんだろうか?

 ……これをきっかけに奮起されて、寝首を掻かれてもおかしくない。人質としての価値は裏切り者って烙印のせいであまりないし、生かす理由もないかね?

 「苦しませる必要もないか。」

 スパッと終わらせてしまおう。

 「待ってくれ!リーダー、僕が行く!」

 そちらへ踏み出そうとすると、フェリルが俺をそう言って引き止めた。

 たぶん俺が惨たらしい殺し方をするとでも思っているのだろう。

 「相手は重装兵だぞ?それに安心しろ、無駄に苦しめたりはしないから。」

 フェリルは弓使いだから、万が一反抗でもされたら危ないと暗に言い、さらに彼の心配が無用の物と伝える。

 「リーダー!僕が彼女と話すから!」

 「話す?」

 歩を進めようとし、再び止められた。

 「ああ、そうさ、話す。」

 フェリルがなんとか地中から下半身を少しずつ抜きながら答える。

 「何を話すつもりだ?」

 俺はそんなフェリルに片手を貸して立ち上がらせ、聞き直した。

 「さぁね。」

 「おい……」

 「ほら、あの娘可愛いと思わないかい?」

 ふざけてる場合じゃないと言おうとした俺を遮り、フェリルが笑う。

 こいつ、敵味方関係なしか。……映画にもそういうのが多いし、割とそれが普通なのか?いや、そもそもフェリルの趣向は種族という垣根を超えてるし、敵味方なんて小さな障害なのかもしれん。

 俺もその垣根を超えてはいるが、そもそも異種族についての教育なんてされてないから一概に同じにはできないと思う。

 「シーラに怒鳴られるぞ?」

 「いつもの事さ。」

 「はぁ……」

 眉間を強く抑え、ため息を吐く。

 「ハハハ、僕にメロメロにさせてみせるよ。」

 「……失敗に10シルバー。」

 「おっと高額だね。リーダーは賭けに弱いし、自信が出てきたよ。」

 そう言って、フェリルは意気揚々と、下半身をびしょ濡れにしたまま、レンの元へ向かった。

 「ああそうだ、サイ、お疲れさん。もう帰って……どうした?」

 そう言えばまだ帰っていなかったな、と思ってサイを見ると、あっちをユラユラこっちをユラユラ動いているのごが見えた。

 「何か探してるのか?」

 「……お恥ずかしながら、我が右腕の欠片が水流に飛ばされ……そのせいか、腕の再生も始まりません。」

 『「神器のせい……」じゃな。』

 ……か。と言うと、頭の中の声と被った。

 『なんじゃ分かっておったか。つまらん。』

 ま、他に影響が考えられないしな。

 サイは神に作られた復活の指輪の効果でここにアンデッドとしている。神を殺せる神器なら、神の力を無くす事もできるのかもしれん。

 『ハッ、違うの。トリアイナの効果が物を砕く事であるからじゃよ。そこなリッチの腕は神の力で砕かれた。いや、砕けるという結果を与えられたのじゃ。』

 よく分からん。が、俺の予想が間違ってた事だけは伝わってきた。

 『はぁ、何にせよ、リッチの腕は治らん。』

 なるほど。

 『ったく、お主の推論じゃと神器同士を打ち合わせただけで神性が剥がれるわい。神性には神性でないと対抗できんのじゃよ。』

 じゃあトリアイナをこのズボンで防がなかったのは警戒のし過ぎって訳じゃなかったんだな。

 『うむ。』

 「という訳でサイ、諦めろ。」

 「……は?どのような訳で……」

 あーそうか、念話を聞き取れるわけないよな。

 『ぷっ。』

 笑うな!うっかり忘れてたんだよ!

 諸々の説明をし、俺はサイをヘール洞窟に帰す。

 さて、フェリルの戦況はどうなってるのかね?



 「……れてた、ずっと、憧れてたのに……。」

 「それで、将軍になったのかい?」

 「(コクリ)」

 目が閉じられ、眠っているかのような表情になっている生首を両腕で包み、座りこんで項垂れているレン。その肩にフェリルは手を置き、背後から耳元に優しく語りかけている。

 俺はそこから少し離れた位置の石に座り、地獄耳を働かせている。

 「彼は君にとって、とても大きい存在だったんだね。」

 「トリトン、様は、いつも皆を率いてくれ……私にも、優しく…………。」

 「良いよ、全部吐き出してしまって。」

 「いつも……女だからと、馬鹿にされてた私を、褒めてくださった……。」

 「綺麗な娘には誰だって味方するものさ。」

 「でも……トリトン様は私が裏切り者だとおっしゃったとき……」

 「彼を許せなかったかい?」

 フェリルが聞くと、レンは強く頭を振った。

 「違う!……違う…………あんなに悲しそうなトリトン様は……初めてだった。いつも笑顔で……周りにいる者まで元気付けられていた……そんな方に、あんな顔を……私は、自分が許せない。…………だから頼む、殺してくれ。最早人質としての価値は私には無いだろう?約立たずの私だが……トリトン様をお一人にさせない事ぐらいならば……。」

 「嫌だね。」

 「……どう、して。」

 「僕はエルフだからね、無闇に命を奪ったりはしたくない。」

 陰鬱なレンに、少しおどけた調子でフェリルは言い、肩を竦めた。

 「ならばあの、く、くく、黒い、化物に「可愛いい娘の無駄死にを見過ごしたりもしたくない。」……無駄死になどでは……ない。」

 「いいや、無駄死にさ。トリトンはリー……あの黒いのと正々堂々戦って、敗れた。」

 フェリルはそう言うが、俺としては自分が正々堂々な戦い方をしているのかどうかに、非常に自信が持てない。

 「そうして死んだ戦士が慰めを求めると思うかい?最後まで自身の力で歩を進めたいと思っていると思わないかい?」

 「それは……」

 レンが言葉に詰まる。ウチの狩人の指摘は的を射ていたらしい。

 ここら辺の心情は俺には分からないな。戦士というのが日常的にいる社会特有の感覚かね?

 「そして何より……」

 「何、より?」

 ためを作り、フェリルがレンとの短い距離をさらに縮める。

 「自分のために君みたいな魅力的な娘が命を捨てたなんて聞いて、男が喜ぶ訳がない。」

 「それなら私は……どうすれば……」

 「一緒に考えよう。僕の足りない頭だけど、君のために悩んで、君のために最善の結果を探そう。君が一番幸せになれるよう、僕が全力を尽くそう。」

 言葉を紡ぎながらフェリルはレンの目の前に周り込むと、トリトンの首を抱えるレンの片手を掴んだ。

 「どう、して……そこまで……」

 レンは少し顔を上げ、フェリルと目が合うとすぐに下げようとした。が、それをフェリルが片手で顎を支える事で阻み、そして彼女に笑顔を見せた。

 「さっきから僕の言ってたことを聞いてなかったのかい?君が綺麗で可愛くて魅力的で、美しいからさ。」

 「さ……最後のは、言ってない。」

 「はは、そうだったかい?」

 笑いかけながら聞かれ、レンも釣られてか、少し笑顔になって頷く。

 「ああ、やっぱり笑顔の方が似合うね、君は。」

 「わ、私は笑ってなど!」

 レンは素早く笑いを引っ込めたが、さっきまでの陰鬱な表情に戻ってはいない。

 「そうだね、今はまず君達人魚の偉大なる戦士トリトンを弔うべきだ。」

 「え、あ……うん。」

 小さく頷くレン。

 「人魚はどうやって仲間を弔うんだい?」

 「地に、埋めて……祈りを。」

 「分かった、よし。」

 そう言って、フェリルは土掘り作業に移った。

 シャベルでも作ってやりたいとは思うが、俺が出ていって二人の邪魔をする事になるかもしれないと思い直した。

 しっかしあいつ、別人だと思うのは俺だけだろうか?

 「はぁ……それで、敵の大将は討ち取ったぞ?合格ってことにならないか?」

 背後に問いかける。

 「おいおいそんな訳ねぇだろ?しっかりと人魚共を海に送り返すまでがオレの依頼だ。全く、都合よく忘れてんじゃねぇぞ?ハハッ!」

 答えながら俺の肩に手を回し、ウリウリ、と脇腹をグリグリしてくるカンナカムイ。

 冗談抜きで心底痛いから、本当にやめてほしい。

 「ハッハッハ!しかし、お前が人魚なんかに負けるとは元から思っていなかったがな、肝心な決着は氷壁のせいで見えず実に残念だった!」

 見なくたって、後ろにバハムートが立っているのは分かった。

 ていうか声を落とせ!レンに聞こえてしまうだろうが!

 サッと視線を移してレンがこちらに気付いていないようなのを確認し、少し安堵する。

 「ふぅ、取り敢えずまずはこの拠点を制圧……する必要はあるか?」

 フェリル達のいるさらに少し先にそびえる、石造りの城壁を眺めながら今後の方針を決めようとした矢先にふとそう思った。

 中はもう海になってしまっていて、陸の人が住むような場所では無くなっている。

 「取り返すメリットなんてあるのか?」

 口に出し、一応、年配者である二人の意見を聞いてみる。

 「オレは神殿の連中が満足してくれればそれでいいぜ。」

 で、バハムートは……

 「ん?俺は楽しければ何だっていいぞ!ハッハッハ!」

 視線を向けると、背中をバシバシ叩かれた。

 はぁ、そすか。


 「おいフェリル、そろそろ行くぞ。」

 「ああ分かった。もう少しレンちゃんが落ち着いたら、後から追い掛けるよ。」

 埋葬が終わったところを見計らって声をかけ、返ってきたフェリルの答えに自然と目がレンの方へ向く。

 「ヒッ、い、今、い行きま……」

 ゴツい全身鎧を着込んでるくせに器用に縮こまり、怯えた様子を見せたレンを片手で制す。

 「いや、お前の気の済むまでやってろ。別に急いじゃいないんだから。」

 それだけで寝首を掻かれる危険が減るのなら儲けものだ。

 二人に背を向け、俺はルナ達の待つ陣へ向かった。

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