雷龍クエスト⑥
「ふふふ、どうした……ッ!?この野蛮人め!」
右手に握った黒龍を大振ると、トリトンは後ろに素早く下がった。
別に俺は攻撃した訳ではない。早く離れて欲しかったのだ。心の底から。
「いきなりそれを投げて寄越した奴が言う言葉か?」
「人の話を聞かぬ者がよく言う!……ゴホン、私がこのトリアイナを海の底から拾っている間、忠実なる側近は殺され、憎きラダンには逃げられた。その上裏切り者まで出たという。私は居ても立ってもいられずここに来た!私は大いに怒っている!」
緑の瞳を燃やし、叫ぶトリトン。
駄目だ、言ってることが頭に入ってこない。服を着てくれ、頼むから。
「ト、トリトン様!私は決して裏切ってなど……」
「黙れ!裏切りなど信じたくもなかったが、お前の行いは何人もが目にしている!弁明など無駄だ!ああいや、やはり裏切り者、ここまで見苦しければ納得がいく。私がここで処断してくれる!」
トリトンが三叉戟、トリアイナを左手で持ち直してその先をレンに向けて怒鳴り、そちらへ歩いていく。
「どうかお信じください!私は!」
「恐れる必要はない。死がお前の汚名を注ぐだろう!くっ!?」
俺に背後を向けたところを逃さず、ルナから左腕を離して地を蹴り、黒龍を突き出す。
が、振り向いたトリトンの青く変色した右腕に払われた。
氷塊、だったっけか?面倒な。
「一度ならず二度までも!」
「全くだ。どうして大人しく殺されてくれないかね?ルナ!ユイとシーラを連れて離れろ!」
「え、あ、はい!キャァッ変態!」
ああ……まぁそうなるわな。
「サイ、フェリル、頼む。」
「はっ。」
「あはは、了解リーダー。」
動揺しているルナの代わりに、女ではない二人に誘導を頼む。……サイの性別は何なんだろうか?
「不意打ち、それも二度も……恥を知れ!」
お前にだけは言われたくない。
俺が三叉戟の間合いよりも近くにいるため、トリトンは左腕をこちらへ振らず、その手首の捻りでトリアイナを振り回す事で、その穂先を上手く当てに来る。
対する俺は弾かれた黒龍を引き戻し、その勢いのままトリアイナにかち合わせる。
そして、黒龍が砕け散った。
「なっ!?」
「フハハハ!貰った!」
トリアイナを、またもや手首の動きのみで操り、逆回転させ、トリトンは今度は頭上から刃を落としてくる。
訳が分からんが、取り敢えず陰龍で槍を横から叩き、軌道をずらす。
やはり、陰龍が粉微塵になった。
……ああそうか、サイの右腕が消えたのもこのせいだな。
「もう終わりとは呆気ない!我が側近がこのような輩に殺られたとは……「よくもまぁそんなに口が回るなぁおい?」なんだと!?」
相手が俺の武器を壊してご満悦になってる間に距離をもう一歩縮め、作り直した黒龍を、トリトンが自身の頭の上で反時計回りに振り回しすトリアイナの柄にぶつけ、それをもと来た方向へ弾き返す。
黒龍は砕けなかった。
「なるほどな。」
トリトンの特殊な技巧じゃない。武器が特殊なのか。……鑑定させてもらえるかね?
「一体どこか……ぶぅっ!?」
いきなり現れた剣に驚くトリトンの顔を肘で強打。
「備えあれば憂いなし、てな。」
俺の場合、備えもクソもあったもんじゃないが。
さらに踏み込み、陰龍を首元目掛けて突き出すも、トリトンの気持ち悪い程ぐにゃりとした仰け反りによって避けられる。
俺はさっきからあまり動いていない足へ足払いをかける。
「なに!?」
「え!?」
トリトンはあっさりと転んだ。
あまりに呆気なくて少し戸惑い、我に返った俺は素早く黒龍を振り下ろす。
しかしトリトンが寸前で身を捻り、黒い中華刀は浅い切り傷を腰辺りに与えるだけに終わった。
「この卑怯者め!」
俺から距離を取って立ち上がり、三叉戟を両手で握り、トリトンが俺を睨み付ける。
こいつもしかして……
「ォォオッ!」
考えてる間に突きが放たれ、俺は身を捻ってそれを回避。トリアイナを持つ腕を切りつけようとするもその前に槍が引かれ、二撃目が襲ってくる。
そこで、ご丁寧にスキルの力が付与されている事に今更気付いた。
「くっ!」
仕方なくトリアイナを陰龍で迎撃。砕け散った武器に少し悔しさを覚えながら、即座に三本目の作成に移る。
続けて三、四、五撃を捌ききり、六撃目からは身を大きく動かして逃げる。そして真新しい双剣を握りながら、俺は確信を持った。
「一体何だその剣はァッ!?」
末恐ろしい効果を持ってるらしい三叉戟を使ってて、何言ってるんだか。
トリトンの叫びと共に、左から薙ぎ払いが襲ってくる。
陰龍をそれに叩き付けながら右足を前に蹴り出して接近、斜めに斬り付けた。
飛び散る鮮血。しかしまだ浅い。
「ぐぅっ!」
呻き、トリトンがかなり大きく飛びずさる。
その元いた場所に矢が刺さり、氷の槍が上に勢い良く伸びた。
「ごめん、外した!」
フェリルが加勢に戻ってきてくれたらしい。
「次は頼むぞ!」
ああしかし、やっぱり大雑把だ。
上半身の腕の運びや手首による小技、上手いもんだと素直に感心していたが、その前に、こいつは足元の動きが雑すぎる。
俺から距離を取るとき以外、その両足はベタッと地についたまま。俺が双剣、向こうは槍を使っているというのに間合いの管理がまるでできていない。
初めは俺が舐められてるだけだと思ったが、違う。血を流しても尚あのままだ。
アトランティスは生まれたときから戦闘を体に教え込まれるような国だと思ってたが、こんなのにそんな国の長が務まるのか?
構えを解き、両手を腰に当てる。
「なぁ、お前、影武者か何かか?」
「影武者?」
「身代わりだよ。ほら、本物の重要人物を守るための。」
「身代わり?フン!そのような姑息な真似、我らが……」
さて、話してる間に……鑑定!
name:神槍トリアイナ
info:海神ポセイドンの加護を受けた三叉戟。その穂先は突いた物を砕き割る。使用者が望めば、そこに水源を生み出せる。
だから街の地下が水に満たされていたのか。つまり、あれがあれば俺も水を操れはしないものの、生み出せるんじゃないか!?もしも飲めたら万々歳だ。
だがしかし何よりも、予想してはいたが、トリアイナ、あれは紛れもなく神器だ。つまりトリトンも本物。良いねぇ、上手く行けば鴨ネギだ。
「……やはり人間!なんと醜い!我ら人魚をお前達と一緒にするな!恥を知れ!」
この世界で、人間ってそんなに嫌われてるものなのか?
「服を着てないお前が言うなよな。」
あ、いかん、声に出た。
「服?フフ……フハハハハ!むしろお前達陸の者が異常であろう!身を守るための鎧ならば分かる。しかし簡単に刃の通る物を普段から身に付け、それが普通などと……フハハ、滑稽極まりない!私を見よ!何も隠すものはない!何を隠す必要もない!」
ある!
「我ら人魚、恥ずべきところ、隠すべきものは一つとしてない!他の生き物を殺し、糧とするお前達とは違うのだ!フハハハハハ!」
「「え?」」
サッと視線を、俺の右、少し離れたところで、総大将に信じられなかったショックが案外デカかったらしく、未だヘタレ込んだままの、レンの方に向ける。
フェリルもレンに視線を移しているのが尻目に見える。
裸なのはトリトンだけではなく、人魚として当たり前ならば……あの鎧の下……まさか……いやそんな馬鹿な。
「ふぇ?」
レンの方は何も分かっていないらしく、ただいきなり注視されるのは恥ずかしかったのか、少し身じろぎする。
「私が話しているというのに、どこを見ている!私を侮……「ヘルブレイズ!」くっ、アイスフォート!」
怒鳴り、トリアイナを構え直したトリトン。
そこへ向けてサイが左手からドス黒い炎を吹き出すことでトリトンの動きを阻み、代わりに厚い氷の壁をトリトンが作り上げた。
…………ハッ!あ、あいつ墓穴を掘ったな。
「フェリル!」
「リーダー、気付くのが遅いんじゃないかい?あ、レンちゃんを気を奪われた事、、主人ちゃんに言いつけてもいいかい?」
呼び掛けた頃にはもうフェリルの矢は放たれており、厚い氷壁の右隣に似たよう壁がそびえ立つ。
「はは、ルナなんかよりシーラに伝えた方が怖いだろうよ!」
フェリルの軽口に叫び返し、全力で走る。そして二本目の矢が着弾する前に、街の城壁と氷の壁とに風の吹き込む隙間すらなく囲まれ、逃げ道の無くなった空間へ滑り込んだ。
「なっ、単身だと!?」
「何を今更。」
「舐めるなァッ!」
怒りに任せ、トリアイナが大振りされた。
対する俺は踏み込んで右側から迫る三叉戟の柄を黒龍で防ぎながら、素っ裸の男へと、不本意ながらも、距離を縮める事に成功。陰龍でその裸体に斬りかかる。
「フッ!二度目はない!……がっ!?」
鼻を鳴らし、トリトンは地を強く蹴って後ろに跳ぶも、狭い空間が災いして、その背中を壁にぶつけた。
しかし陰龍の間合いではぎりぎり届かない位置にまでは後退している。
振りかぶっている陰龍を長剣に変形。俺はスキルの恩恵を捨て、間合いを伸ばす。
「足捌きを一から学び直せ!」
そうすれば後ろに跳ぶ必要はなかったろうに。
そして、トリトンの胴体に鮮やかな赤色の十字が完成する。しかし先に描かれていた斜めの線と違い、ニ太刀目はかなり深い傷だ。
放置しておけば出血死は必至。しかし厄介なことに魔法があればそれもかすり傷同然。
前に出していた右足一本に体重を完全に乗せて膝を曲げる。並行して陰龍をもとの形に戻しつつ、俺はそれを右腰辺りまで引く。
「くっ、ここまでか。……押し流せ、削れ砕け!」
諦めたような言葉とは裏腹に、トリトンは三叉戟を逆さに持ち、掲げ、呟いた。
するとトリアイナから黄金の波動が周りに広がっていく。
まずい!
「……トリアイナァッ!」
叫ぶトリトン。
「させるかぁっ!」
俺は右足一本で地面を力強く蹴り飛ばし、左足を前に蹴りだしながら、黒龍でトリトンの体に刻まれた傷を陰龍でなぞりにいく。
しかし黒い刃が新たな血に濡れる直前、トリアイナが地に刺さり、地面が爆発した。
大量の水が恐ろしい勢いで溢れ出し、地下にあったのだろう複数の岩諸共に俺を宙に飛ばす。
背中が氷の壁を叩く。
すぐに両の足を地につけ、冷たい壁を手で背後に押す。水勢に逆らってトリトンの方へ歩をすすめる。
「もっとだ!来い!生命の根源よ!」
が、トリアイナを掲げてトリトンが再度叫んだときには既に俺の胸から下が水に浸かってしまっていた。
あと一、二歩で命を絶てるというのに、水のせいで体が上手く動かない。水流に押し流されないよう、耐えるので精一杯だ。
「認めよう、どうやら陸の戦いではお前に分がある。」
水位が上がり、俺の足が地から離れ、流され始める。
対して向こうはいつの間にか下半身を魚のようなものに変え、流れ込む水をどこ吹く風と、トリアイナを掲げたまま。
まさか……あの野郎!
「少々狭いが、これよりは海の戦いだ!」
さらに水勢が上がり、俺の体は城壁の反対側の氷の壁に再びぶつけられ、そのまま、動きを封じられてしまう。
魔法で周りの氷壁の厚みが増し、その隙間が埋められていく。
それと反比例して流入量が圧倒的に増え、水かさはどんどん上がっていく。
まだ空気の層があるうちに、空を駆けて攻撃を加えたかったが、水位の上昇が早すぎる。だからと弓矢で攻撃したとしてトリトンは水中に潜れば済む話。俺は空気の層になるべく長くいられるよう、足場を水位にあわせて上昇させるに留めた。
空いている天井から離脱しようと上を向くも、トリトンが生み出した氷でそこに蓋をしている真っ最中。
背後の壁を叩くが、効果はない。踏ん張りがうまく効かないため、ヒビを入れることすら叶わない
脱出を諦め、俺はラヴァルとやり合ったときのように空気のタンクを、今回は複数作りだす。
人魚にエラはあるのだろうか?あるんだろうな。なんの躊躇いもなくここを水で埋めようとするぐらいだし。いや、案外クジラやイルカと似たような構造だと嬉しいが……期待はしないでおこう。
やることもなく、変な方向に頭を悩ませている内に、新たに作られた天井に頭が当たった。
持ち上げられるかな?と藁にもすがる思いで軽く押してみるが、俺の体が足場ごと沈むだけ。
「はぁ……どうしよう。」
ため息をつき、もう50センチも残っていない空気の層を眺める。
夜だというのに氷の中はどういう訳か暗くはない。視界が確保しやすくなると喜べば良いのか、向こうから俺が丸見えだと嘆けば良いのか、今は判断のしようもないが、この状況それ自体が俺に全く味方していないのは確かな事だと俺は思う。
「サイ、氷に穴を開けられるか?」
結局のところ、外から開けてもらうまで耐えきるしかないと思う。そもそも水中と陸上の両方で、ある程度戦える人魚がおかしいのだ。
[はっ、今まさに取り掛かっております。]
「そりゃ良かった。」
頼んだぞ、と答える前に、氷の箱が水で満たされ、俺の声は水に呑まれた。