17 職業:冒険者⑪
「あの、どうでした?上手く戦えていましたか?」
アリシアの焼け焦げたトリケラと俺の生(死体)のトリケラを爺さんの所にしまってしまったところで、アリシアが恐る恐る聞いてきた。
正直、俺にアドバイスを求めて欲しくはない。こっちも魔物相手の戦いなんて素人に等しいんだから。
「うーん、捨て身が多すぎるんじゃないか?」
だから、思った事をそのまま言ってみた。
するとアリシアは腰を差に手を当て、頬を小さく膨らませてみせた。
「コテツさんには言われたくありません。」
失敬な。
俺はちゃんと次善の策を用意して行動してる……つもりだ。まぁ、ゴブリンのときは少し熱くなったけれども。
「あのな、俺が守るべき奴が自分から傷つきにいってどうする。」
「じゃあ他にどんな方法があるか教えてください。」
それを聞きますか。
「うーん、例えば風で自分の匂いをトリケラの方に向けないようにしながら近づいて、風の刃をタクトに纏わせて急所にプスリ、とか?」
「ふふ、魔法を武器のように使うなんて変な発想ですね。でも、それもいいかもしれません。」
……そうか、俺の発想っておかしいのか。
『何を今更。』
うっさい。
「じゃあ、討伐出来たことだし、帰るか。」
「はい。でもそろそろお弁当が食べたいです。」
「はいよ、帰りながら食べような。」
今立っている板を拡張し、アリシアを降ろして弁当を渡す。
すぐにその場に座り込んでそれを開いた彼女に、思わず吹き出してしまうのを何とかこらえて、俺はそのままイベラムを目指して飛んだ。
結局、イベラムに帰り着いたとき空は夕暮れ色に染まっていた。こういうときは本当にこの世界が元の世界と似ていることをしみじみと感じる。
「おーい、イベラムに入るなら急げー。門は日が沈んだら閉じるぞぉー。」
少し離れたところで徒歩に切り替え、イベラムを囲う壁に歩いていっていると、街を囲う壁の上から衛兵さんがそう声をかけてくれた。
「コテツさん、急がないと!」
慌て、小走りなるアリシア。
まだまだ元気の有り余っているらしい彼女の後を追い、彼女が待っていた衛兵さんに大きな声で「ありがとうございます!」と言って相手を驚かせたのには軽く笑ってしまった。
今回はいつもの人じゃないんだなぁ。
と、そんな事を思いながらプレートを見せてイベラムに入り、俺は全力疾走で息を切らしていたアリシアとギルドへ向かった。
道中の食べ物屋や武具、防具屋は賑わっていて、道中にさまざまな装備をした冒険者ともすれ違った。
中には突然ふらりとぶつかって謝りもせずにサッと逃げていく、明らかにスリである輩もいた。が、なに、慌てる事はない。
……盗るなよ、爺さん。
『何回でも言うてやる、盗らんわ!』
言うことを信じれば、これほど頼りになる金庫はない。
『信じろぉ!』
はいはい。
そうしてアリシアの息がようやく普通に戻ったところでギルドに着いた。
冒険者は明日の用意に勤しんでいるのか、珍しくガランとしている建物の中を横切り、セシルへと真っ直ぐ向かう。
仕事が終わったと思っていたのか、頬杖をついて今にも夢の世界に漕ぎ出そうとしていた彼女は、やってきた俺達に気付くと少し目を見開き、すぐにいつもの無表情に戻った。
「……早すぎる。普通なら野宿をしている筈。どんな移動方法をとった?」
「企業秘密だ。あ、あと依頼も成功したぞ。」
「……その子が神の空間を使えて、魔物をそのまま持ち込むと聞いてる。ゴブリンの時と同じ部屋に行く。ふぁ。」
盛大な欠伸をしながら受付机の裏から出てきたセシルは、億劫そうに解体修練場へと歩いていった。
「さっさと出す。」
「分かりました。」
仏頂面で言われ、アリシアが今回の収得物を取り出した。
「ん?これだけ?」
大量のゴブリンを持って帰ったことを聞いていたのか、そう聞いてきたセシルに俺は「まぁな。」と肩をすくめて頷いた。
「ランクを上げるのが目的だからな。わざわざ多く狩る意味がないだろ?」
「ふーん。でも見直した。トリケラをこんなに綺麗に殺せるのは珍しい。ネルが負けたのも納得できる。」
納得してなかったのか!?
「そ、そうか。じゃあ売れる部位を教えてくれ。」
「分かった。売れる部位は……」
そして俺とアリシアはセシルの指示にしたがってトリケラを解体した。
解体というのは結構面白いと個人的に思っている。今回のトリケラも足の踵に何故か他よりも大きな鱗が1枚だけあるところとかが知られて楽しい。
解体作業を終えると、セシルが連れてきたギルドの職員が切り分けられた魔物を持っていった。
「いくらになるんだろうな?」
無人のセシルの机に寄りかかり、俺の真似をして背中をそこに預けたアリシアに聞く。
ちなみにセシル本人は今、俺達の報酬の準備をしてくれている。
「ええ、そうですね。あとどれぐらい稼げばファーレンに行けるんでしょうか?」
「もう少しだろうな。しっかしお前がファーレンで学んでいる間、俺は何をしようかな。」
「え?一緒に学ばないんですか?」
「ああ、入学できる年齢を越えてしまってるんだよ、俺は。」
「え!?じゃあどうするんですか?」
そこで心からびっくりしてくれたので、俺はアリシアの頭を撫でてやった。
とても良い子だ。
「えっと……コテツさん?」
「ん?ああ、まぁしばらくはネルと二人で依頼を受けまくるかね。目標はランクSにでもして。」
「ネルさんはまだ入学できると思いますよ?」
あ、これは何がなんでも一人で入学する気はないな。
「じゃあ一人で頑張るかね。」
「いや、でも……。」
「人の机に座らない。」
と、ここでセシルがやってきた。その両手にはお金の詰まっているだろう袋が2つ。
机に座った罰のつもりか、それを俺にぶつけるように押し付けて、彼女は受付嬢の制服のポケットから紐付きの小さな金属板を取り出し、アリシアに手渡した。
「Dランク昇格おめでとう。」
ついでに全く心の篭っていない祝福の言葉を言って、彼女は自身の机に戻った。
「Dランクか……そういや、このプレートはなんなんだ?」
袋を両手に抱えたまま、アリシアに新しい冒険者の証を首にかけてもらいながら聞く。
「銀。」
予想はしていたものの、答えは素晴らしく素っ気なかった。
「そ、そうか、ありがとう。パーティーにネルを入れておいてくれるか?」
「分かった。」
「それで、結局いくらになったんだ?」
「5800シルバー。」
金の入った袋をアリシアに渡しながら聞くと、またもや端的な答えが返ってきた。
「大体6ゴールドか。」
合わせて約76ゴールドか。目標にはまだ遠いな。
「次の昇格依頼を聞く?」
アリシアに金を渡し、帰ろうとするとセシルから声をかけてきた。
「じゃあ一応。」
「パーティーでトリケラの足の裏の鱗4枚。」
「へ?」
「トリケラの足の裏の鱗4枚。」
「なんで?」
「普通、冒険者はトリケラと初めて戦うときは突進攻撃を恐れて足元をまず破壊してから動きが遅くなったところを殺す。だから足元を無傷のまま倒せれば次に上がれる。これは一人ではまず無理だからパーティーによる依頼達成が認められてる。ランクC以降の昇格依頼は全部そうなる。」
おお、ラッキー!
「ということはつまり……。」
「ん。Cランク昇格。」
セシルが頷き、
「ランクCはミスリル。」
ついでに俺が聞く前にそう教えてくれた。
差し出してきたプレートは、銀と見た目はさっきとたいして変わらないが、少し輝いている金属だった。
ミスリル……元の世界には存在しない金属か。少し感慨深いな。
今さっき首にかけたばかりの銀のプレートを首から外し、ミスリルのプレートを代わりにさげる。
アリシアは何故だか恐縮した様子で目の前のプレートに手を出さないでいたので、俺はさっきのお返しも含めて彼女の首にそれを掛けてあげた。
「そして鱗は1枚3ゴールド。で、4枚あるから12ゴールド。あの袋の中に入れておいた。」
「高いな!?」
「あの鱗は最上級のポーションの材料のひとつ。大抵の冒険者はトリケラの足元を破壊して倒すからいつも品不足。だから高い。」
「へえ、そうなのか。ま、ありがとな。今はこんなもんでいいや。明日はネルも連れてくる。」
「あ、あの!」
アリシアが何とか声を振り絞って出した。
「こんなに速くランクが上がるのっておかしくないんですか?」
たしかに。
「異常。でもファーレンからの卒業生にはこれくらいよくあることだから、珍しくはない。」
なるほどな。ファーレンっていうのはやっぱり凄いところらしい。
アリシアも納得したようなので、そのまま満腹亭に向かった。
道中、アリシアは何度も「私はなにもしてないのに。」といいながらミスリルのプレートを指でいじっていた。
「美味かったぞ。」
そう言いながら弁当を片手に満腹亭の敷居をまたぐ。
中ではあの冒険者達がわいわい騒いでいた。どうやら結構儲けたらしい。
「アルバート、ネルは?」
「ああ、彼女ならそこで手伝って貰っている。」
アルバートが指差した方を見ると、ネルが冒険者達と話ながら注文を取ったり、話したりしていた。
流石は元受付嬢。コミュ力が高い。
「あれ、ローズは?」
ネルのあの仕事、ローズがやってた事だよな?
「ふっ、ここだ。」
するとアルバートは苦笑いを浮かべながら目の前のカウンターを指差した。
そこには元気を失くして突っ伏している、給仕服の少女の姿。言うまでもなくローズである。
耳を澄ませば、
「ぐず、私の唯一の取り柄がぁ。」
とかなんとか言っているのが聞こえてきた。
どうも仕事が取られたのが悔しいらしい。あれで案外プライドを持っていたよう。
「ほい。さっきも言ったが、美味かったぞ。」
「そうか。飯は?」
「頼んだ。」
「任せろ。」
満腹亭に入るなり、いつもの席にさっさと座ったアリシアの向かいに腰を下ろし、頬杖ついて、料理が来るまで冒険者達のばか騒ぎを、そしてネルの奮闘ぶりを眺める。
1人 が酒の一気飲みを見せつけ、他の奴等も負けまいと一気飲みを始める。
ネルはというと酒を少し貰いながらも回りを持て囃すことで自身は飲みすぎないように気を付けていた。
慣れてるなぁ……。
アリシアは大勢の知らない人の前だと緊張してしまうし、俺はある程度話せるが若干腰が引けてしまう。
彼女を仲間にできて本当に良かった。
と、そのネルがこちらに気がついた。
「おかえり、二人とも。」
「はい!ネルさん、大人気ですね。凄いです!」
「え、そうかな?」
アリシアの純粋な賞賛に照れる彼女が微笑ましくて、頬杖したまま笑ってしまう。
「はは、あまりローズの仕事を取ってやるなよ。」
ついでに茶化すとネルがきょとんと目を丸くする。
「え?」
「ほら、あれ。」
気づいていなかったらしいので、俺がローズを指差してやる。
するとネルはすぐにローズへ近寄っていき、そして耳元に何やら話しかけ始めたかと思うと、劇的な変化がローズに起こった。
彼女は突然その場に立ち上がったかと思うと、いつも以上にきびきび働き始めたのだ。
なんだか普段よりも張り切っているように見える。
これには厨房のアルバートも驚いていた。
「これでよし。」
自分の成果に満足して、得意顔のネルがこちらに戻ってきた。
「なかなか仕事に精が出るな。」
「君達がいなくなってからは暇だったんだよ。」
「そりゃすまん。にしても、よくもまぁ、あんなだったローズを再起動させられたな?」
不満気な彼女に謝り、言うと、彼女は照れ臭そうに頬を掻いた。
「そう?まぁ、ボク、昔から人と話すのは好きだったからね。」
「答えになってないぞ。」
「え?そう?」
言うも、ネルはきょとんとしたまま。案外本当にそういうものなのか?
「それでさ、君達はランクを上げられたの?またお留守番なんてやだよ?」
「心配せずとも大丈夫だ。」
「はい……コテツさんのおかげですけど。あぅ。」
まだ少しだけ意気消沈しているアリシアに手を伸ばし、軽くチョップ。
「仲間は助け合うもんだろ?で、これで明日からは一緒に依頼を受けられるな。」
「よし、分かった。あ、でも時間が余ったら今度ボクと本気で戦ってよ。コテツの本気を知りたいし。」
「いいぞ。……あ、そういえば、昼に出した問題は分かったか?」
「君の秘密?まあ、後で言うよ。今のボクはウェイトレスだからね。ご注文をどうぞ。」
「じゃあ水を頼む。注文はもうしたし。」
「はぁ……、はいはい。お水ね。アリシアも?」
「お願いします。」
「はーい。」
間延びした返事を残して、ネルは厨房に引っ込んでいった。
「アリシアもネルほどじゃなくても良いから少しずつ他人の前でも話せるようになろうな。」
少なくとも俺くらいは。
「頑張ります。」
グッと手を握り込むアリシア。
「じゃあ今度から受付嬢との会話を頼む。」
「え?そんな、いきなりは……」
「大丈夫大丈夫、俺とネルが後ろにいてやるから。」
「それなら、なんとか。」
このままだとファーレンでの学園生活でも困るだろうからな。それにいつでも俺やネルがいるとは限らないし。
「ああ、頑張ろうな。」
そう言って手触りの良い金髪を撫でてやると、その手を押し返された。
「ん、子供扱いしないで下さい。」
「そういや何歳なんだ?」
「もう、女性に年齢を聞くなんて失礼ですよ。」
あ、それってここでも通用するのか。
「まあまあ、俺より年上ってことはないんだから。」
「はあ、17です。コテツさんは?」
「俺は24だ。17ならまだ子供だろう。」
「7しか変わらないじゃないですか!」
「少なくとも俺はファーレンに入学出来る年齢じゃないぞ。だからお前はまだ俺の中じゃ子供の部類にはいる。」
「うぐ、そうですか。」
と、そこにネルが来た。
「はい、天ぷら定食だよ。なんか暗いけど、どうかしたのアリシア?」
「コテツさんがファーレンに行けないので、その、嫌だなぁと。」
「ふーん、アリシアはボクはいなくても良いんだ。悲しいなぁ。」
「え?ネルさんは一緒に入学してくれるんじゃないんですか?」
アリシアをからかうように言ったネルは、逆にそう問い返されてしまってたじろいだ。
この返しは予想してなかったらしい。
「うっ、だってボク、魔法使いじゃないし。」
「ファーレンには戦士コースもあるらしいですよ?」
ネルがバレたか、と呟くと、アリシアがぐっと顔をネルに寄せる。
「うぐっ、にゅ、入学するよ。うん、入学するから。」
分かるぞ、ネル。あの目は反則だよな。
俺はそう思いながら天ぷらに取り掛かった。
天ぷらの内容は芋、ししとう、海老、そしてしそ。
まずは芋から。
最初はそのまま小さくかじって素材の味を楽しみ、その後ツユに浸けてかじることによりツユで引き出された味が際立つ。
「でも二人だけとなると目標金額は目の前だね……パーティーももうちょっとで解散かぁ。」
次は海老だ。
天ぷらと言ったらこれを思い出す人が多いだろう。金色の衣に赤い尻尾、エビフライに似ているが、俺は天ぷらの方が合っていると思う。塩を振りかけ、一口。
サクッ。
と気持ちの良い感触を楽しむ。そして広がる海老の風味。ほんのり、といった表現がしっくり来るような味だが、それが良い。今度はツユに浸けて一口。先程のような食感は薄れるものの、ほんのりとした味をツユが引き立てる。そのまま食べきり、ご飯を食べる。やはり和食にご飯は合う。
「結構楽しめそうだと思ったのになぁ。」
「別に行かないといけないという訳ではありませんよ?」
「ダメだよ。ファーレンがこのパーティーを結成した理由なら。ボクはともかく、アリシアは入学しなよ。」
「む、入るならネルさんも一緒です。」
「アハハ、はいはい。」
次はししとう。
芋、海老、ときてししとう。この旨味から苦味への落差が好きだ。これは塩をふって一口で食べる。
最後はしそだ。
ツユに浸け、これも一口で食べる。一気に広がるしその香り。それを楽しみながら、ご飯を食べきる。
俺は味噌汁は最後に食べると決めている。
何となく、締めにふさわしいような気がするのだ。
今回の味噌汁は具がなかった。箸を使っても本当に何もなかった。少し戸惑いながら箸をおき、器をあおる。
‼
美味い。魚類系のだしなのは分かるが、何かは分からない。だけどこれなら具がないのも頷ける。味噌汁の味を活かしたかったのだろう。
体が芯から温まり、ほぅと息が漏れる。
ごちそうさまでした。