雷龍クエスト⑤
「チクショウ!やられた!」
城門を開けて街の惨状を一目見て、自分の予想が大幅にずれていたのを知って悪態をついた。
敵の総大将の攻撃は、広範囲かつ岩盤を砕く程強力な物。しかし敵がこちらを監視しているため、総大将の攻撃を受ける覚悟で軍隊が街に入らなければ、地下に潜伏している敵は現れない。
だからルナを通して軍隊に指示したのは、とにかく徹底して防御を固めること。
それで何とかなると思った根拠として、レンの当たっていた任務が残党狩りだったということがある。つまり総大将の攻撃は軍を全滅させられる程のものではないと踏んだのだ。
魔法が苦手な獣人とドワーフだが、その分武器防具は人間のそれとは比べ物にならないほど頑丈であり、優秀。
盾持ちをしっかり活用すれば、そして直撃さえ受けなければ、何とか耐えられるのではないかと考えた。ドワーフ達の、「岩盤を砕くくらいの威力でドワーフ製の盾は壊れるものか。」という主張にも後押しされた。
さて、ここまでは良かった。見る限り、軍隊はほぼ全員生き残っている。
本当に良かったのだ。軍隊のいない所全てが水に沈んだりしていなければ。
地下空洞に水が溜まっているとレンは言っていたが、街全てが水の上の薄い岩盤の上に成り立っているとは言っていない。
振り向いてレンを睨む。
「なるほど、見上げた忠誠心だな?」
本当にやられた。
「……き、聞かれなかった、から。」
怯えるレンはもう涙目。だがこいつは確かに闘志をどこかに隠している事が今なら分かる。
「そうだな、お前は嘘をついちゃいなかった。ああそうだ、俺が悪いさ。だがな、言ったろう?有用であり続ければお前を殺しはしない。」
こいつがちゃんと全てを話していれば、こんな面倒な事にはならなかった。街の門の近くで待つとかすれば、今のこの状況でも即座に街から脱出できたはずだ。
「やめて、こ、来ない……で……」
後ずさりしながら首を振り、俺を近付けまいと両手を突き出したレンの顔を、問答無用で掴む。力を加えると、条件反射のようにその体から力が抜け、レンは膝から崩れ落ちた。
「さぁ、俺を騙すような奴は果たして有用と言えるか?言えないよなぁ!」
「嫌、イヤ、ァ、ァア……アア……」
籠手に覆われたレンの手が俺の腕を掴むが、大した力ではない。このまま握り潰そうとする直前、俺の視界に入ってきたヤツを睨む。
ふと見るとフェリルだった。目から力を抜く。
「……ッ、リーダーッ!はぁはぁ、リーダー、今はそんなこと、してる場合じゃない。」
半ば必死そうなフェリルに面食らい、右手の力を強めるのを中止する。
「そ、そうよ!あの人達、あのままだとやられしまうわ。」
「ええ、まずは彼らを助けて、話はそれからでしょう?そ、それに、人質にはなるんじゃないかしら?」
それを皮切りにシーラとユイから口々に言われ、少し冷静になり、俺の握力ではなく涙で顔がグシャグシャになっているレンの顔から右手を離す。
「ふん、助かったな。」
吐き捨て、街の中を振り返る。
ぐるりと一周するのに数時間は掛かる城門に囲まれたそれは、ほぼ全て、水に沈んでしまっている。
軍隊の大部分がいるのはところどころにまだ浮かんでいる陸地の中で一番大きなもの。
何人かが今もなお水の中からそこへ引き上げられているが、水の中に落ちてしまったほとんどがやられたと思って間違いないだろう。
完全に孤島と化しているその島の周りからは、レンとは違ってほぼ何も着ていない人魚達が色とりどりの魔法を軍隊に向けて放っていおり、軍隊は禄に反撃をできていない。
「道は任せて。」
手を目の前に翳し、シーラが土の足場を軍隊のいる孤島へ向けて伸ばしていく。
「よし、まずはあの軍隊を外に逃がすぞ。」
言い、俺は先陣を切って駆け出した。
「皆さん、こちらです!早く!」
「巫女殿が道を開かれた!行け、行けぇ!」
魔法による陸繋島と沈まずに残った孤島の狭間にて、ルナが声を張り上げ、呼応して軍は迅速に反応、シーラの作った道の上を走り出す。
流石は国家の軍隊、素早い挙動だ。義勇兵達もそれにつられ、結果的に良い動きをしてくれている。
「逃がすな!ここで全員仕留めろ!な、にぃっ!?」
孤島のルナのいる方とは真反対側で、俺は叫んだ指揮官らしき男をワイヤーで捕まえ、右手で陸へと引き上げる。
「よう。」
「このっ!」
「じゃあな。」
そいつが何かし始めたときにはもう、俺が陰龍を心臓辺りに突き刺していた。
しかしこいつら、本当に人魚だ。腰から下が魚の尾っぽになっていて、水の中を高速で、自由自在に泳ぎ回っている。水の中に潜れば弓矢等は無力化される。おかげで敵の攻撃を防げはしても、攻撃を当てるのに皆苦労している。
レンやその他の重装兵達はどこからどう見ても人間なのにな。どういうからくりだろう?
「セバル隊長ッ!?」
「あの人間だ!あいつを殺れ!隊長の仇だ!」
俺が殺したのはセバルって奴だったらしい。
「セ、セバ……ル、さん。」
背後にいるレンの様子からして、レンとも知り合いだったようだ。……どうでも良いか。
それよりもこのセバルって隊長、部下に恵まれなかったのかね?最後にした命令を無視して、俺一人を標的にし始めたぞ?
おかげで軍隊を逃がしやすくなった。
「リーダー!敵がそっちに向かってる!」
「ああ分かってる、こっちは任せろ!ルナ、今のうちだ!」
ルナの近くで敵の迎撃を任せているフェリルに叫び返しながら、陰龍を弓に変形させる。
「「「アクアウィップ!」」」
しかし矢をつがえる前に両腕と左足を、水の鞭のような物に絡め取られた。
「くおっ!?」
右足を踏ん張るが、そのまま三人掛かりで水の中へとジリジリ引っ張られていく。
こんなときにユイがいれば良かったのだが、彼女には足場を維持しているシーラの守りを任せている。
フェリルとルナは軍の誘導と警護に必死で、俺を助けられる位置には捕虜のレンしかいない。
助けてくれないかなぁ……。
と、絶対に有り得ない可能性にチラリと背後を見ると、レンがこちらに走ってきていた。
お、マジか!
「ハァァッ!」
「ぬぉぉっ!?」
期待に胸を踊らせた直後、俺はその重装女将軍にそのままタックルされ、呆気なくふっ飛ばされた。
ま、そうなるわな。……はぁ、そもそもどうしてあいつを連れてきたんだっけ?裏切られないとでも思ってたのか俺は?
『自分なら裏切られても対処できるとか言っておったの。』
……思い出させないでくれ。
剣を作り出して空中で左足を引っ張る鞭を斬り、水中に足場を作ってそこに着地。
膝下のみが水に浸かる。
両腕を尚も下へ引っ張られるが、黒銀を発動、怪力で右腕を引っ張る鞭を素早く引き上げ、その先にいた人魚を釣り上げる。
「くっ、なんて力!?」
水中に槍を作り、下からそいつを串刺しにした。
「下、から?」
左の方も同様に処理。
「グェッ!」
「「「「「アクアウィップ!」」」」」
間髪置かず、四方八方から何本もの鞭が飛んできて、俺の四肢に巻き付いてくる。
対して俺は素早く足場からワイヤーを伸ばし、両足に結び付ける事で対抗、踏ん張る。
水の中は敵の独壇場だ。引きずり込まれるのだけは避けたい。
人数に任せた、凄まじい力が両腕を下方へ引っ張るが、黒銀を発動しているおかげで耐えられる。龍人とやり合えたのだ、これぐらいで俺の体に音を上げてもらっては困る。
しかし立ち続ける事は流石に難しく、その場に膝をついてしまった。
「「「フロストエッジ!」」」
俺が身動きの取れないのを良いことに、氷の刃が三方から放たれる。が、どこからともなく現れた、浮遊する剣によって全て弾かれる。
もちろん俺の魔法だ。
そのまま、水の奔流や冷凍ビームっぽいのに対しては壁を作って防ぎ、飛んでくるつらら等は剣でさばいて時間を稼いでいると、やっと目の前に人が来た。
「この、化物。こ、これなら、どうだぁっ!」
重装のままどうやってかここまで来たレンは、手にした氷の大剣を頭上に振りかぶる。
遠距離からでは致命傷を与えられないと分かり、彼女が直接手を下しに来たらしい。
レンの着込んだ鎧のせいで、周りの剣をやたらめったら振り回したところで彼女の攻撃は止められない。顔を上手く狙っても、大剣は自重で俺に切り込むだろう。
……このままならば、だ。
「なっ!?どう、して?」
現実を見れば、大剣を半ばまで振り下ろしたところでレンの体は固まっていた。
綺麗な藍色の鎧は漆黒に染まり、氷の大剣のほぼ半分が黒色に侵食されている。
「悪かったな、レン。」
「な、何をした!?」
「お前はやっぱり、有用だ。」
もう真っ黒になった大剣を再び振り上げ、俺の右の腕と足を縛り付けているワイヤーを一刀で両断するレン。
「将軍何を!?」
「私はやってない!これは……」
「ほら、こっちも頼む。」
周りからの驚愕の声に言い訳しながら、レンは同じ動作をもう一度繰り返し、俺を完全に自由の身とした。
さて、軍隊は撤退したな。ルナ達も逃げてくれたようだし、そろそろ退きどきだ。
「裏切ったな!将軍という地位にありながら!」
「この裏切り者!」
「違う!私は裏切ってなど!」
周りの人魚達が口々に騒ぎ立て、それでもレンは必死に無実を主張する。
「俺達の役割は終わった。逃げるぞレン!」
俺は敢えて周りに聞こえるように言い、俺は誰もいなくなった陸地へと、水中に足場を作りながら走り、レンにも付い来させた。
「逃がすな!追えぇ!」
「やっぱりだ!俺には分かってた!あいつはそういうやつだってな!」
「将軍、俺達をずっと騙してたんだな!お前はもはや人魚じゃない!この裏切り者!」
いやぁ、酷い事言うなぁ。
飛んでくる魔法。俺がレンを、レンが俺を庇うように見えるよう、演出しながらそれらに対処、陸繋島を走り抜ける。
「違う……私は人魚の、誇り高き戦士……」
そしてやっと城門から出た。
レンが少し遅れて出てくるのを確認。
真後ろに体を向けた俺は両開きの開け放たれた城門にそれぞれワイヤーを飛ばし、くっつけ、
「よいしょおっ!」
重々しい音と共にそれらをしっかりと閉めた。
「ふぅ……何とかなったか。」
「やっと出てきた!」
そう言って、外でスタンバイしてたらしいルナが俺に抱きつき、俺も抱き返す。
「っとすまんな、割と手間取った。」
「全く、ルナさんが飛び出すのを抑えるの、大変だったのよ?」
「そうなのか?」
胸元に聞く。
「……知りません。」
俺の胸に顔を押し付けたまま、ルナはふるふると首を小刻みに横に震わせる。
「それにしてもリーダー、この子をよく味方に付けられたね?……一体この子に何をしたんだい?」
魔法での支配を解いてからずっと、その場で立ち呆けているレンを座るように促しながら、フェリルが目を少し険しくする。
「そうね、私も興味があるわ。あなたが人徳で人を味方に付けるなんて、絶対に有り得ないもの。」
失礼な。俺ほど人間的魅力に溢れた人間なんて早々『世の中には五万といるのう。』……。
「ま、別に味方にした訳じゃない。操り人形に仕立て上げただけだ。ユイ、お前も覚えがあるだろ?」
あのときはヴリトラの魂片がユイの体を乗っ取っていたが、そのときの記憶もユイはあると言っていた。
「私は裏切ってなんて……ないのに。」
「ああ……そういうこと。」
ユイはブツブツ言うレンに同情するような目を向けた。
『のう、お主。』
ん?
『上から攻撃じゃ』
は!?
上を見る。一筋の光が落ちてきているのが遠目に見えた。
「どうかしましたか?」
俺に抱きついたまま、ルナが聞いてくるが、返答してる暇はない。
「上だ、守れ!」
「承知……プレシディウム!」
言うと真横にサイが現れ、頭上を確認して位置を調整、手を突き出す。
そこに、一筋の光条が炸裂した。
「この程度……ぬぅっ!?ダークレーザー!」
驚いたようにしてサイが自らの腕を切り離し、勢いを失った光の大元が地面を転がる。……三叉の、矛?
何故かサイの右腕がどこにも見当たらない。
「おい大丈夫か?」
「醜態を晒してしまうとは、申し訳ない。お許しを。」
聞くと、再び隻腕となったサイがその場に跪き、頭を垂れる。
「いや、良くやった。謝る必要は……」
「フハハハハ!なんとリッチまで手懐けていたか!」
サイを労おうとすると、頭上から高笑いが聞こえてきた。
「あ?」
そちらを見ると、青色の髪を背中に伸ばした美丈夫が、なによりもまず全裸の男が城壁の上で仁王立ちしていた。
ルナの目をそっと左手で隠し、
「ていっ。」
「え?キャッ!?」
ユイに目隠し。
シーラの目はフェリルが素早く覆っていた。
「え、ご主人……コテツ?」
コテツだってのに……。
思いながらも、すっぽんぽんの男を、意識してその目に目を合わせ、見る。
「どうした、驚いて何も言えぬか!」
そりゃ驚きますとも。
と、全裸野郎が目の前に飛び降りてきた。そして地に転がった三叉戟を拾い上げ、立ち上がりながら石突きで地をつく。
「我こそはトリトン!神の啓示のと共に神槍を授かり、人魚を率いる者である!」
この野郎、近いわ!ルナに滅多な物を近付けるんじゃない!