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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第五章:賃金の出るはずの無い職業
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雷龍クエスト➃

 「……っ!ここは!?」

 「よーし、やっと起きたな?さて、昼までにはまだ時間はある。つまり答える機会はまだあるって事だ。質問の続きをしようか。」

 顔にできかけていた穴や首筋の切り傷をユイが治療して数分後、兜だけを脱がされ、鎧を着込んだまま寝ていた女将軍が身を起こした。

 その横に膝をいて視線を合わせ、早速尋問を開始する。

 「ヒッ!……だ、誰が、お前なんかに。」

 「ほう、あれでも足りなかったのか。なかなかタフだな、感心感心。」

 適当な文句を口にしながら右手を、既に恐怖を隠しきれなくなって唇を震わせている女の顔にかざす。

 「……」

 震える口元を必死に閉ざしていたが、俺が指で、治療された穴の部分を正確に圧迫すれば、それだけで女の心は折れ、彼女は自身の顔を覆う指の間から俺を見、涙を流して懇願し始めた。

 「は、話す!話す!ひくっ、話します、から……それだけは……嫌……やめて……お願い。」

 もしもヴリトラ教徒なら舌でも噛み切ろうとするものだが、そんな様子はない。

 俺に何も話さないという忠誠心からの決断も、肉体に直接かつ鮮明に刻み付けられた恐怖に負けたらしい。

 「よーし、じゃあまずは一つ目だ。」

 「(ゴクッ。)」

 手は彼女の顔を軽く掴んだまま、質問する。

 「お前、種族名は?」

 「え?」

 まずは雰囲気を和やかにしようと安易な質問を選んだのだが、拍子抜けしたような反応を見る限り、あのまま恐怖心を煽っていて良かったかもしれん。ま、後の祭りか。

 それに気になってたのは本当だ。

 頭に獣耳は見当たらず、爬虫類のような目も、鱗も体のどこにも見当たらない。髪の色が青緑だが染めていると考えれば変ではないし、むしろ特殊な出自の人間と言われても納得できる。しかしそんな奴が獣人社会で将軍にまで成り上がれるとは思えない。

 「しゅぞ、く?」

 「早く言え。」

 右手で軽く力を加えながら聞く

 「人魚族です!人魚族、人魚族なんです。私は人魚……」

 と、慌てて何度も同じ事を繰り返した。

 人魚族、ね。

 色々気になるが、本題に行こう。

 「分かった、さて、じゃあ前にも聞いたよな、他の部隊はどこに隠れてる?」

 「そんなこと知ら……待て!本当だ!本当だから、知らないんだ。」

 俺が再び拷問に移る直前、女はそう訴えた。

 「……ほう、じゃあ生かしておく必要はないな?」

 他に有益な情報があるのなら出せ、と暗に伝え、グッと相手の頬骨辺りを圧迫する。

 「わ、我が方の作戦は、敵軍を街に入れ、油断したところを……」

 「囲んで夜襲でも掛けるんだろ?そんなこと、状況からして自明だろうが。」

 「違う!油断したところを、我らが総大将がそのお力で壊滅させる!私達の役割は総大将の攻撃で死ななかった残党の処理だった。」

 そう、彼女は必死になって叫ぶ。

 しかし総大将の攻撃……か。総大将ってもしかしてポセイドンってことはないよな?

 「具体的に、どういう攻撃だ?」

 「ほっ、そ、その力は大地を壊し、海を広げる。そう、この一帯は海に沈むの……う、あぁ……ごめんなさい……。」

 「お前、名前は?」

 俺の関心を引けて安堵したのか、今度は得意気に語る彼女を黙らせ、話を潤滑に進めるために簡単な問いを挟む。

 「私の、名前は……レン、です。」

 たっぷりと時間を掛け、答えがなされた。

 「嘘だな?」

 明らかに考える時間を稼いでいた。

 「そんなことは!」

 「まぁ、別にどうでも良いか……。よし、それならレン、その総大将の攻撃はどうすれば避けられる?」

 思い直し、女将軍改め、レンを遮って質問する。

 「……遠くへ……うっ、本当だ!ここの地下にはもう水が溜まっている……あとは運次第、だから。」

 「水?つまりお前達は地下に潜伏していると?」

 地下空洞なんてよくもまぁ見つけられたもんだ。

 「……」

 答えはないが、それで十分。

 「そういえば覚醒と言ってたな?どういう原理で覚醒するようになってるんだ?」

 「落盤が起き、微かにでも、外の光があれば覚醒する。皆がそう、条件反射で行動できるようになっている。」

 そんな訓練までされてたとなると、これはかなり前から立てられてた作戦なのか?

 そしてバハムートとカンナカムイは何をしている最中に地面を陥没させたんだ?故意ではないらしいが。

 「それなら軍の動きはどうやって把握する?」

 「………ヒッ!そ、総大将が直々に……様子を伺って……。」

 言いにくそうにしていたのでその口を滑らかにしてやった。

 「なるほどね。どこから見てる?」

 爺さんみたいな視点ならお手上げだぞ。

 しかし俺の質問に首を横に振り、泣きべそかきながら、知らないと否定するレン。

 最後にもう一度右手に力を入れるも、その首の動きが激しくなるだけ。真実らしい。

 「よく分かった。質問はこれでおしまい、ご苦労さん。おい!入って良いぞ!」

 「……え?」

 バン、と部屋のドアが開き、他のパーティーメンバーがなだれ込む。

 「あなた、変な事してないでしょうね?また傷でもできていたら覚悟しなさい。」

 「大丈夫かい?怪我は?何か酷い事でもされたかい?」

 看護を主としてやっていた二人が俺の右手をレンの顔から取り払い、彼女の体のあちこちを点検し始めた。

 ……俺が怪我をしてもたぶんあそこまで気に掛けてはくれないだろうと思う。別にして欲しいという訳ではないが。

 取り敢えず、今俺達のすべき事は決まっている。

 この街からの脱出だ。


 「将、軍……」

 「安心しろ。今はまだ、あいつを殺しはしないさ。」

 壁から伸びる黒いワイヤーに絡め取られ、自分の運命を理解しながらもなおレンを呼ぶ、今朝の残党の重装兵。

 俺は忠実なそいつの鎧の隙間に長剣を刺し入れた。

 「さて、これでやっと出られるか。レン、良かったな、お前かなり慕われてたらしいぞ。」

 大きな城門を両手で押し開きながら、俺に怯えてフェリルの背後に隠れている、一見すると若い女性だがその実何歳なのか定かではないレンに言う。

 「……っ。」

 「リーダー、この子をこれ以上刺激しないであげられないかい?」

 重装なのに器用に縮こまり、顔を俯かせているレンを庇うようにそう言って、俺とレンの間に入るフェリル。

 「へいへい……よいしょぉっ!」

 門を開け放つ。

 眼前には、隊列を組んだラダンの軍。

 あと一歩遅かったら街に攻め入ってしまっていたかもしれん。

 さて、俺らの中で唯一発言権を持つルナには交渉役をさせないと。

 「分かっています、私が話すのですよね?任せてください。」

 既に先頭を歩き出していたルナは俺の視線に気付いて振り返り、そう言った。



 「全軍、突撃ィッ!」

 「「「「「ウォォォォ!!」」」」」

 義勇軍とラダン全体から集められた兵士を編成した大規模軍団が雄叫びを上げ、俺が開いた城門に向かって駆ける。

 面白い事に、ラダンの軍に騎馬兵は存在しない。身体能力が高いため、鍛えた足腰で馬以上の機動力が確保できるかららしい。

 騎馬の弱点である、森の中での移動や鉄線等の罠を気にせずに突破する事ができ、味方を傷付ける心配もなし。そもそも馬より速く走る者もたくさんいるんだから騎馬兵のいる方がおかしいって訳だ。

 「では手はず通りに。」

 「ハッ、巫女殿、ご自身のみで敵の策を暴いってくださったこと、心より感謝致します。必ずや勝利し、それを巫女殿へ捧げましょう!」

 そう、ルナは自身の出自を言うことで発言権を上げ、俺達の集めた情報を伝えたのである。今ではこの通り……

 「ええ、楽しみにしております。」

 「……ォォオオ!」

 この軍のトップを激励して送り出し、代わりに休憩を貰えるぐらいまでの立場にある。

 そいつが見えなくなると、ルナはほぅと息を吐いた。

 「私は“元”巫女ですけれど……。」

 「ハッハッハ!気にする必要はない!ステラはまだ未熟だ、この一年は巫女を名乗り続けることを許そう!」

 「ええ!?バババ、バハムート様!?あ、あ、あありがとうございます!」

 呟いた言葉にバハムートが背後から大声で笑いながら返答。仰天したルナは身を翻し、ぺこぺこ何度も頭を下げた。

 「はは、さて、あとは待つだけか。」

 「そうね。あのレンって子によると攻撃があるのは今夜でしょう?今のうちに寝ておいたら?」

 大変そうなルナの様子を見て軽く笑いながら言うと、隣のシーラが提案した。

 「いや、いつ襲ってきてもおかしくないからな。そんなに気を抜くことはできん。」

 「ふーん……。」

 元々興味がなかったのか、シーラが生返事を返す。

 「なんだ、ユイとフェリルを取られて悔しいのか?」

 「なっ!?」

 「二人とも、レンにほとんど付きっ切りになってるからなぁ。」

 「……そ、そんなの、関係ないわ。」

 「ま、ユイはともかく、お前に取って重要なのはフェリルのホゥッ!?」

 素晴らしく良いのが俺の顎に入れられた。なるほど、これがフェリルのほとんど毎日味わってる痛みか。

 「関係ないの!」

 癇癪を起こした子供のように言いつつ、その目はレンと笑い合っているフェリルに定まったまま。

 「はは、そうかい。」


 「本当に来るんだな?」

 「そ、その筈、です。」

 夜、未だに何の兆しも見えず、隣で縮こまっているレンに聞くと、彼女は震え、カチャカチャと重装備を鳴らしながら頷いた。

 「そうか……はぁ……。」

 いつ来るか分からない物を待つのって案外辛いんだなぁ。

 「あ、あの……私はこれから、どう……何をされる、の?」

 「ん?そんなのはお前次第だろ。俺達に有用であり続ければ殺しはしない。」

 「最後、は?」

 「好きにしろ。俺に取ってここは通過点だ。お前らの侵略を退けられれば、あとはどうなろうと構いやしない。」

 「ほっ。」

 「はてさて、お前の代わりになる奴が現れたらどうなることやら。なぁ?」

 片頬を上げ、ニヤリと笑う。

 「ひっ!?」

 更に縮こまり、レンは俺から視線を逸らす。

 こうしてみると、ヴリトラ教徒共の異常さがよく分かる。忠誠心があるとしても、たったそれだけで死を克服できるはずがない。自己犠牲なんて言葉があるが、死を――その本当に最後の瞬間まで――喜んで受け入れられるような奴はいない。どんな状況であれ、苦渋の決断になるはずだ。

 「やめなよリーダー、怖がってるじゃないか。」

 「へいへい。」

 「レン、リーダーなんて気にしなくていいのさ。そうだ、君は生き残ったら何がしたい?」

 「……どうして、そんなことを。」

 「可哀想だと思えれば逃がしてやるかもしれんぞ?」

 情状酌量ってやつだと伝えるが、実質ただの暇つぶしである。

 それを見抜いたらしいフェリルが睨んでくるが、苦笑いで誤魔化す。

 「……両親に、会ってみたい。」

 「会ってみたい?会いたい、じゃなくてかい?」

 フェリルが聞くと、レンはゆっくりと頷いた。

 「アトランティスで、子供はすぐに親から引き離されて、選別された後、4歳まで専用の施設で育てられる、から。」

 ほぉ、それは知らなかった。

 「選別?」

 さらに聞くと、レンは少し饒舌になり、

 「まず生まれたときに、体が五体満足かどうかで生死を決められる。そして4歳から木製の武器で競い合い、勝者が一つ上の階級に進んでいく。そして次の階級の者とまた戦う。私もそうして戦い抜き…………あの部隊の、将軍となりました。」

 と、話しながら少し誇らしげになっていく表情を最後、一気に落ち込ませて言った。

 まぁその部隊が壊滅、自分は捕虜になってしまって、その上こっちの協力者にさせられたのだ。そりゃそうなるわな。

 にしても殺風景な国だ。

 「それで、誰が戦い方を教えるんだ?」

 「強い人を見つけて、その下で教えてもらう。」

 「政治とかは?」

 聞く限りの制度だと、戦士以外の役割を持つ者がいなくなってしまう気がする。むしろ国としてはそっち方面の方が大切だと思うのは、俺がおかしいのかね?

 「一番階級の高いお方がなされますが?」

 何故そんなことを聞くのか分からないといった様子だ。

 ……まぁ兵士しかいないんだ。必然的にそうなるか。

 「じゃあ農家、農民はいるのかい?」

 フェリルに聞かれ、少し表情を明るめたレンは頷いた。

 「老いて兵を辞めた人が海藻を育て、集めるの。生まれた子を育てるのも彼らの仕事。」

 「魚は?」

 やはり気になるのはそこ。内心、魚を独り占めしたいがためにこんな侵略をやってるのではないかと疑ってたりもしてるのである。

 するとレンの顔が一気に朱に染まり、

 「食べる訳!あ、いえ……その、魚は食べません、はい。」

 しかしすぐに自分を落ち着け、こちらを伺った。

 「じゃあ人魚は海藻しか食べないのか?」

 「……海藻で、十分、です。」

 「魚は旨いぞ?煮ても焼いても良いし、鮮度が十分なら生で食ったっていける。……ああ、久し振りに食べたくなってきたなぁ。」

 塩焼き、甘露煮等々、色々あるが、何だかんだ言ってもやはり、刺し身を食べたい。寿司ではなく、刺し身を。オーソドックスに鮪とか鯛とか、フグは……やめておこう。エスナなんて便利な魔法があるとしても、食う度に一々死ぬ思いをしたくない。

 刺し身の船造りなんて、頼めばどこかでしてくれるかね?

 おっと涎が。

 「(ギリッ)」

 「リーダー!もうそこまでにしてやってくれないかい!?」

 久しく味わっていない物を思い出し、舌なめずりしていると、フェリルが語気を強めた。

 「ん?あ、ああ、そうだな。」

 我に返り、魚愛護団体会員であるレンの我慢が限界に来ているのを見て取って、素直に従う。

 ズン、下からの衝撃を感じ、俺は地から足が一瞬離れさせられ、再び着地した。

 「来た!」

 思わず、といった様子でレンが声を上げる。さっきまでとはまるで違う、生き生きとしたその目は、軍隊が駐留している街を向いている。

 ……ああ、ようやくか。

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