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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第五章:賃金の出るはずの無い職業
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雷龍クエスト➁

 「おい、巫女様よ!あんた、失敗したら逃げろよ!自分の腕に自信があるんだろう?変なプライドなんかで死ぬよりは俺らと加わってもう一度戦おうや!軍が攻めるのは明日の昼前だからな!早く帰って来いよ!」

 敵の砦が十分大きくなるところまで案内してくれた、背中に身の丈と同じぐらいの大槌を担いだ重装のドワーフが言い、去っていく。

 敵の拠点となった街へと歩く途中、俺達はカンナカムイの神官達が用意していた軍隊の駐屯地に通り掛かり、職質され、命知らずの馬鹿という評価と砦の敵の警戒が薄い場所までの道案内人をもらったのである。

 ……にしてもあのドワーフ、良い人だったなぁ。

 「こんなこと、さっさと終わらせてあの人と酒でも飲み交わしたいな。……はは、俺、奴隷だもんな、無理か。」

 というかラダンに来てから酒の一滴も飲んでいない。いつか機会があれば、こっちの酒とスレインのそれとの違いを確かめてみたいものだ。

 「良いぞ、その意気だ!」

 「あん?奴隷?お前、奴隷なのか?」

 いつも通りなバハムートとは対象的に、怪訝な目を向けてくるカンナカムイ。

 彼女に答えたのはバハムートだった。

 「ハッハッハ!おいおいカンナカムイ、こいつの嘘に決まってるだろう!ラダンに人間が侵入するためにそういう事にしてるのさ!そうだろう!?」

 「あ、ああ……」

 「なんだ、そういうことかよ!ハハッ、オレの目が衰えたのかと思ってヒヤヒヤしたぜ!」

 そういえば……

 「なぁ、どうして俺が奴隷じゃないって分かるんだ?」

 「「は?見りゃ分かるに決まってるだろ。」」

 綺麗にハモったな、この二人、まるで旧友……いや、旧友だな。それも“凄く旧い”友同士だ。

 「もっと具体的に……」

 「なんだ、知らねぇのか?オレ達古龍の目は魔法とか魔法陣とかが見えんだよ。」

 「はあ。」

 あんまり伝わってこない。

 「奴隷紋があるんならその主人の持つ契約書と魔素の糸が繋がってるはずだけどよ、お前には何もねぇ。奴隷じゃねぇのは一目瞭然って訳だ。」

 そういうことか!

 「繋がりが見えるんなら……じゃあ転移陣は……」

 「おう、もちろん対応する物との繋がりが見えるぜ。淒ぇだろ?」

 凄い凄い。

 「この指輪からも糸が伸びてるのか?」

 ヘール洞窟とはかなりの距離があると思うのだが。

 「ハハ!当たり前だろ?どれだけ距離があるかは知らねぇけどよ、辿っていくことはできるぜ。」

 そうか……糸、ねぇ。

 「絡まったりしてないのか?」

 転移陣の普及からして、ふとそんな事が気になった。

 「絡まったところで、魔素がありゃ糸はいくらでも伸ばせるしよ、あまり関係ないな。」

 「ほぉ……。」

 魔法にせよ、魔法陣にせよ、結局重要なのは魔素なんだな。

 『何を今さら。それにお主はわしがおらんと魔法陣なぞ満足に扱えぬじゃろうに、それを知ったところでどうするんじゃ?フォフォフォ!』

 ……態々思い出させなくて良いよな!?

 そうこうするうちに、俺達は砦の影の中に入った。……要はそこまで近くにやってきたのである。

 だというのに矢の一本どころか、城壁の上にいるだろう兵士から注意勧告の一つも来やしない。

 さらに歩き、ついに俺は城壁に触れることができた。

 ……いくら警戒が薄い所に案内して貰ったと言っても、限度があると思う。こうなると敵の罠を疑いたくなるのは俺だけだろうか?

 上を見、やはり誰も何も言わないのを確認。次に後ろを見、俺が登る間、上からの攻撃を警戒しておいてくれと指示。

 そして前に向き直った俺は、鈎付きワイヤーを砦の上に飛ばす。そしてここからは見えなくなった鈎が何かにしっかり引っ掛かったのを、ワイヤーを数度引っ張る事で確認し、それに体重を預け、垂直な壁を歩くようにして登り始めた。

 何故足場を作って飛ばないのか。それは逃げるときの最後の手段として取っておきたいから。

 飛んで逃げるとき、こちらにその手段があると知られているのと知られていないのとでは、いざ逃げたときの敵のする対応には大きな差がある。その差を生み出したいのである。

 ……とまぁ我ながら屁理屈を捏ねたが、この壁登りの方法を試してみたかったという気持ちも大きい。

 『そっちが主な理由じゃろうて。』

 ま、否定はしない。

 『できないの間違いじゃろ。』

 はいはい、図星ですよ。

 「フーッ、フン!」

 息を吐き、左手一本で体を持ち上げながら、右手に左手の先のワイヤーを掴ませ、一歩歩く。

 少々腕が疲れて来たが、問題ない。

 落ちたとしても、魔法のおかげで死ぬ事どころか怪我する事すら避けられると、頭では分かっていても体は知らず、背中からの冷汗が止まらない。

 一歩一歩、確実に進み、特に妨害もなく、ようやっと上に辿りつく。

 ……本当に敵がいない。それどころか至る所に鳥の巣やその糞、砦を構成するレンガの隙間からは蔦が伸び、元々人のいた気配すらない。

 取り敢えず長いハシゴを作ってルナ達が登ってこれるように下ろし、本当に敵がいないのか、壁の内側を見渡す。

 整然とした街並みだが、人っ子一人としていやしない。相手が夜行性なのかもしれないという可能性はあるが、それでも目の前で軍隊が編成されている真っ最中だってのに警戒も何もしないとは考えにくい。

 可能性は低いが、陸上の微生物か何かが体に合わず、そのまま死に耐えたなんて事もあるかもしれない。……確かそんな映画があったな、宇宙から侵略されるみたいな……なんて映画だっけな。

 試しに気配察知に意識を傾けるも、人の気配は感じない。

 「ご主人様、敵はどこ?……ひゃう!?」

 「もふもふ……ふふふ。」

 と、まずはルナとユイが仲良く登ってきた。仲が良いのは良いことなんだが、ここは一応、敵地だぞ?

 「ユイちゃん、まだ敵がいないと決まった訳じゃ……これはどういうことだい、リーダー?」

 「これは……貴方!私達が見てない間にまさか!」

 次に登ってきたフェリルとシーラは周りを見るなりいきなり俺を詰問した。

 俺への信用はやっぱり失墜しているらしい。

 「まぁ待て、元々誰もいなかったんだ!俺だって理由を知りたい。」

 肩をすくめつつ四方を完全に城壁に守られている街を眺めるが、やはり人の姿はない。

 これでポセイドンの民は透明人間なのだ、とか言われたら、いくら神器のためとはいえ、この依頼は即刻諦めさせてもらう。

 「何だよ、もう終わったのか?」

 「いや、違う。争った跡どころか人がいた様子すらない、か。……ハーッハッハ!お楽しみはこれからって事だな!」

 ドン、と砦の上に同時に着地し、お互いと言葉を交わす古龍二柱。どうやらこいつらは地面からここまで跳んできたらしい。

 不要となった梯子を霧散させ、本来ならば警戒のために何人もの兵士が巡回しているはずの城壁、その上をてくてく歩いていく。

 向かうは軍隊が編成されている方面だ。もしそこでさえも、警戒がされていなければ、ここには誰もいないと考えて良いだろう。


 誰もいないと考えて良いのか?いやいや、そんな馬鹿な。

 爺さん!

 『いや、その街にも人はいるはずじゃぞ。相手が神じゃから、偽装されている可能性もあるがの。』

 偽装、ね。爺さんはいつも通り約立たず、と。

 『なんじゃとぅぉぉ!?今までお主のためにわしがやってきた事の一つ一つをこの場で言うてやろうか!』

 はいはい、分かったから、感謝してるって。

 「リーダー、これからどうするんだい?」

 「……どうしようか。」

 「本当に人がいないのか、一軒一軒調べるのも一つの手じゃない?」

 シーラの言うとおりではあるのだが、

 「この数を、か?」

 かなり栄えていたのであろう街を手で示す。やる前から気が滅入る数の家々があるのだ。正直言って、やりたくはない。

 「それでもやらないよりはマシじゃないかしら?」

 そう、ユイはシーラの意見を支持した。

 「……ま、そうだな。他にできることもないし。よし、そうと決まればまずはユイ、一応あの軍隊に、ここはもぬけの殻だったって伝えてきてくれ。その間に……「私も一緒に探索するわよ。」……。」

 そこで刀に手を掛ける必要はないと思う。

 「はぁ……ま、報告の義務は無いしな、別に良いか。明日の昼に攻めるって言ってたしな、どうせすぐに分かることだ。俺達としてはまぁ、一応、虱潰しに探してみようか。」

 そう言いながら梯子を作成、城壁内部に下ろし、滑り降りていった。


 「ここも留守だね。」

 「そうね、ユイちゃん、そっちはどう?何かあった?」

 「え?あ、いいえ、まだ何も……」

 ……向こうも何も見つけられてないのか。

 あれから数時間、元は誰のだったとも知れない建物の中の一つ一つを、ガサゴソ漁り尽くしていっているのだが、何も見つかる様子はない。

 俺とルナ、そしてフェリルとシーラにユイ、という二組に別れてあちらこちらをひっくり返しているが、成果は芳しくない。

 ……本当に誰もいないのか?

 「ルナ、誰か見つけられたりはしてないか?」

 左隣りで、魔眼を用いて辺りを注意深く観察しているルナに聞くが、

 「……申し訳ありません、私の方は何も。」

 聞かれたルナは首を横に振り、小さくだが頭を下げる。

 「そう落ち込むな。はは、むしろ敵がいないのは良い事なんだぞ?」

 その頭に左手を乗せ、軽く笑いながら撫でると、ルナは少し身動ぎしてから体を寄せてきた。

 「……久し振りにご主人様と共に戦いたかったです。」

 そのままアイアンクロー。ったく、平和をもう少し愛しなさい。

 「あぅぅ……なんでですかぁ……?」

 ルナが俺の左手を両耳と手で包むようにして、涙目でこちらを見る。

 「はぁ……もう少し自分の命を大切にしろ。命を賭けた戦いなんて求めるものじゃない。戦いで万が一なんてことがあったら、終いには泣くぞ?」

 ため息を吐きながら言った言葉はルナの機嫌を損ねたらしく、彼女はムッとした顔になる。

 「ご主人様の方こそ!もっと自分の命を大切にしてください!」

 「あー、はは、そうだな。すまん。」

 反論できず、誤魔化すようにルナの頭を強めに撫で回す。

 と、その手を両手でガッチリと掴まれた。

 「ならお詫びに……」

 「お詫び?」

 何かさせられるのか?

 「ええ、そうです。お詫びにもう一度さっきの最後の言葉を言ってください。」

 さっきの最後?

 「もう少し詳しく頼む。」

 「うぅ……その、私に死んでほしくない、みたいな、言葉、です……。」

 真っ赤になり、ルナが尻すぼみに答える。

 「ルナに万が一の事があったら泣くぞ?ってやつか?」

 当然の事だろうに。

 「……私も、ご主人様がいなくなったらいっぱい泣きます。その……起きたら泣いている事もたまにありますから。」

 「なんて夢を見てるんだ……。」

 「それはご主人様が!」

 「はいはい、これからは慎むよ。ほら、不意を付かれてお互いを亡くすことのないよう、しっかり探すぞ。」

 また怒り出したルナを何とか宥め、俺は捜索に戻った。

 ……あれ?俺がルナの戦闘狂を諌めようとしてた筈だよな?


 [占領した街をなんの理由もなしに手放すはずがないよ。]

 「そうだよなぁ。」

 [とにかく、何があるか分からないんだから、さっさとそこから出なよ。]

 「明日、な。」

 [うん、それでいいからさ。]

 最後に調べた平屋の、一番大きな部屋で、黒魔法製の布団を用いて皆が雑魚寝している中、俺一人だけが起きている。

 左にはルナ、そしてユイ、一方右にはフェリルとシーラが熟睡している。……いくら調べた跡とはいえ、まだ安心して寝るには危ないと思うのだが、俺が心配性なだけかもしれん。

 ちなみにバハムートとカンナカムイは外へブラブラ散歩にいった。

 たぶん今日は何もなくて退屈だったから、元気が有り余っているのだろう。……そもそも古龍に睡眠が必要なのかどうかも分からないが。

 「……ふぁーあ。」

 いつもは頭のあちこちを駆けめぐっている無駄な事柄を、少し考えただけであくびが出た。……俺自身にも、割りと疲れが溜まっていたらしい。

 [アハハ、眠そうだね。]

 「まぁラダンに来てから、いやファーレンを出てからか……安心してぐっすり寝られることなんてほとんどなかったからなぁ。ある程度の安全確保のできている上にしっかりとした屋根と壁で風雨まで凌げる寝床なんていつ以来か……。」

 一番条件に近いのはラダンに入ったばかりの時にいた牢屋かね?

 ルナのところではほとんど何事もなかったのは良いが、分家が襲ってくるかもしれないってウォーガンの奴に不安を煽られてたしなぁ。

 [そんなことでありがたみを感じるんだ……。大丈夫?ボクでも愚痴くらいは聞いてあげられるよ?]

 優しいなぁ…………っ!

 「はぁ……じゃあまず一つ目……」

 [うんうん。]

 「……久しぶりに8時間ぐらい寝られると思ったのにな、コンチクショウ!」

 気配察知で捉えた敵は四、五人だが、突然一度に現れたという事と位置がバラけすぎている事、そして何より聞こえてくる喧騒からして、その5倍以上はいるだろう。

 ちなみ彼らの出現地の中心に、古龍達の馬鹿みたいに強い気配が位置している。何かいらないことでもやったのだろう。

 俺の気配察知の効果範囲も我ながら随分と広がったもんだ。……こんなことで確認はしたくなかったが。後はどうして急に探知できたかだな。

 [うぇ!?え、えっと……うん。]

 いきなり叫んだせいでネルは狼狽え、取り敢えず頷いたらしい。

 「すまんなネル、今日はここまでだ。」

 [あ、そう……なんか大変そうだけどさ……頑張ってね。コテツなら大丈夫だよ。]

 「ありがとな、お休み[うん。]……そしてお前らはさっさと起きろ!起きないんなら迷わず指輪を使うぞ!?」

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