雷竜クエスト①
「キシャァァァァァァァァァァ!」
甲高く、鋭利な吼え声と共に、ラダン発展の立役者の一人、いや一柱が、その本来の姿を現した。
全体的に首が長く、体長に比べて短めな胴と合わせればジェット機を思わせる流線形のシルエット。胴から伸びる少し短めの四足の外側にはプロテクターのようなスベスベの装甲。背から生える翼はバハムートのそれとは違い、羽ばたくためのしなやかさは見られず、むしろ飛行機のような、かなり硬質なものであることがと見て取れる。
古龍であるので当然ながら巨大ではあるのだが、やはりバハムートと比べてしまうと一回り小さい。
……バハムートが一番デカイ古龍なのかもしれない。
さらに、流線形のシルエットを形作る黄色の鱗は、ゴツゴツとしたバハムートのそれとは違い、見るからにツルツルとしていて、黄色い鏡として使っても支障は無さそうなぐらいだ。
……鏡が黄色いってだけで支障だらけなのは置いておく。
「へぇ、人間に化ける事はできても、龍だと四足歩行なんだな。」
まぁ俺が一番気になったのはそこなんだが。
「ハッハッハ!そんなことで驚くのなら、ケツァルコアトルの野郎の姿を見た日には腰を抜かすぞ!」
バンバン、と俺の背に手を叩き付けるバハムート。最近やっとこれに慣れてきたのか、いきなり襲い掛かってくる振動にもあまり動じなくなってきた。
「そ、そうか、ん?今回はバハムートはここに残るのか?」
これから出発だというのにまだ変身していないので聞いてみると、
「カンナカムイは最速の龍、こいつと並行して空を飛ぶなんてことは土台無理な話だ!だがな!そんなカンナカムイに乗る機会を逃す選択肢はあるか?いや!少なくとも俺にはない!ハーッハッハッハッハッハ!」
いつものように大笑いをし、俺の背をもう一度手の平で打ち据えたバハムートは、カンナカムイの足を器用に伝い、その背に乗り込んだ。
「最速の龍、ねぇ。」
なんだか乗るのが楽しみになってきたぞ?
「ルナさん、私達も乗りましょう。」
と、ユイの声が聞こえてきた。
見るとユイはルナの両手を取って必死に引っ張っているところだった。
「……カ、カカカ、カンナカムイ、様が目の前でけ、顕現……」
「バハムートの変身も見たじゃないですか。ほら、早く行きますよ。」
「え、ええ……はわぁぁ。」
あそこまで感激するか……五柱全ての龍をルナの目の前で本来の姿に戻させたらどうなることやら……腰を抜かしてしまうのと畏れ多いのとで案外その場から微動だにできず、直立不動になるのかもしれん。
「……頼めばやってくれるかね?」
もしそうなったときのルナの様子を脳裏で思い浮かべながらルナとユイの問答を尻目に眺め、軽く笑いつつ、俺はバハムートの後を追った。
「よし全員乗ったな!カンナカムイ!良いぞ行けぇ!ハーッハッハ!」
「キシャァァァァァァァァァァァ!」
バハムートが自分の座っている場所を殴り付け、呼応してカンナカムイが咆哮する。その前足二本が塔頂の縁に掛けられ、後ろ足がググッと曲がり、カンナカムイの足元からバチバチと火花が散り始めた。
「よぉし全員!しがみつけ!落ちても知らんぞ!」
その場に立ち上がって腕を組み、バハムートが俺達に向かって叫ぶ。
……やってる事と言ってることが違うのは気のせいだろうか。いや、そんな事はない。
自分の耳を信じ、俺はカンナカムイの流線形のボディの唯一の取っ掛かり――背中のヒレのような部分を掴み、雷龍にへばりついた。
そのため、カンナカムイの筋肉がさらに盛り上がる様子を体感することができ……
俺は自身の英断に心から感謝した。
「もう着いたか!やっぱりお前は速い速い!勝負する気すら起きないな!ハッハッハ!」
「……うぅん?」
風切りの豪音、肌を裂かれそうな痛み、目を開けようとは微塵も思うことができない暴風等々に耐え、ズン、と腹に衝撃が来たと思ったところで、聞こえてきた声に、恐る恐る顔を上げる。
そして視界が安定しているのを確認し、ふぅぅ、と息を吐く。
……死ぬかと思った。
かじかんでしまっているからか、もしくはヒレを強く握り過ぎていたからか、どちらにせよ満足に動いてくれない、白い両手を互いと擦り合わせながら周りを見る。
遥か先に、おそらく何らかの街の外壁がギリギリ見えるだけの草原、そのいたる所に黒い土を掘り返した、いや、表層の草を無理矢理脇に押し退けたような跡ができており、黒い土の小山が点在している。
「……なんだ、ここは?」
まさか大地の神様か何かが湿疹を患って体中引っ掻き回してるとかじゃないよな?……医者ですらない俺にはどうしようもないぞ?
「わあ!間違いありません!もしかしたらとは思っていましたが!ここはあの、流星の野ですご主人ひゃん!」
超高速飛行の恐怖にやられ、古流以外の皆が未だ満足に立ち上がれない中、一人だけ自由に動けるらしいルナに肩を前後に揺すられながらも、失言はちゃんと訂正させる。
「えっと……コテツ、見てください!凄いですよね!」
収まりきらない程興奮しているルナがまた俺の肩を揺すり始め、俺の首に過負荷を掛けてくる。
「有名なのか?」
「もちろんです!ここはなんと、カンナカムイ様が着陸に必ず使う場所。その着陸する偉大なお姿から名付けられた野原、その名も流星の野!カンナカムイ様のいらっしゃる際の地響きで近くの村の家々が全て跳ねた事もあったとか!」
興奮しすぎて、しまいにはその場で半ば飛び跳ねながら説明を捲し立てるルナ。
落ち着かせようとは思うが、本人がこんなにも楽しそうなんだから、水を差すことは避けるべきかね?
ま、迷惑って訳じゃないしな。どっかの迷惑千万な寿命無し共と違って。
『龍のことじゃな。うむ、全くその通り……』
白々しいわ!
内心で吐き捨て、カンナカムイから降りようと地面に目を向ければ、俺達の乗っているカンナカムイの足元からも同じような跡が作られているのが見えた。
まぁ取り敢えず、目の前に広がっているこの惨状に関して言えば、神のせいじゃあない、と。
「ハッハッハ!何を呆けている!時間がないんだろう!?」
バハムートに言われ、我に返る。
そうだ、神の悪事とやらを突き止めないと……ぉお!?
考えている間に背を強く叩かれ、勢い余ってそのままカンナカムイの背から地面へダイブさせられた。
「ぬぅぉお!?」
空中に鉄棒を作ってそこに固定、片手でそれを握り、そこを支店に回転。鉛直方向の運動を水平方向に変えた後に着地することで事無きを得た。
「おいおい、だからってそう焦る事もないだろう!?ハッハッハ!」
お前のせいだろうが!
「どうだったよ、オレは速かっただろ!?」
俺の肩に腕を回したまま、悪戯っ子のような笑みでカンナカムイがニシシと笑う。
「あ、ああ、凄かったな。」
本当に、凄かった。
フェリルやシーラ、それにユイも未だによろけている。
「だろ!ハハッ、だが聞いて驚くなよ?あれでもまだ半分も本気を出しちゃいねぇ。だからさ、帰りは楽しみに、な!」
カンナカムイが話せば話すほど周りからの視線がキツくなっていく。しかしこの負の連鎖は止まることを知らないらしい。
「そうだ、何なら曲芸飛行だってできるぜ!もしかしたら速過ぎていつ天地が逆転したか分からなくなるかもな!」
「え、いや……」
「足りないのか?あ、そういやお前、ヴリトラとやり合うんだってな?」
「お、おう。」
「それなら物足りない筈だよなぁ!ったく、そうならそうと言いやがれ、遠慮なんか必要ないからな!少なくともオレはヴリトラの野郎は大っ嫌いなんだ、いくらでも協力するぜ!そうだなぁ……雲の上から地表ギリギリまで急降下、なんてどうだ?」
「……」
何か言うとさらに状況が悪化する気がする。
「やっぱもの足りねぇかぁ……そうだよなぁ……」
「いやそんなことはもうそれで十分……」
「……そうだ!回転加えるか!錐揉みしながら飛ぶなんてオレもやった事ないけどよ、良いぜ、やってやるさ!ハハ!ったく、オレにここまでさせるとは、甘く見てたぜこの野郎!」
勝手に話を進め、まるで俺の発案であるかのように、俺の脇腹を叩きながら褒めるカンナカムイ。
「あ、ああ。ハ、ハハ……はぁ……。」
もう嫌になってくる……もの凄い勢いで悪くなっていく未だ見ぬ帰り道にも、背中にドスドス刺さる殺意が混じったような、いや、確実に含まれているだろう視線にも。
「あ、あのカンナカムイ様!」
と、カンナカムイのいる方とは反対側にある俺の手を握り、ルナが声を発した。
「何だ?そんな畏まってよ。カンナでもカムイでも何でも良いぜ!オレ達はヴリトラ嫌いな仲間だろ?」
そんなグループに枠付けされてるのか……。
「い、いえ、古龍様にそんなこと……」
「ならカンナカムイで構わねぇよ。で、なんだ?」
「え、あ、その、コテツにしてほしい……依頼、というのは?」
「ん?ああ!そんな事か。」
そんな事?……神退治とは言ってもそこまで苦労はないのか?それなら嬉しいこと限りないが。
「ラダンの西の海岸近くの海にはな、人魚が棲みついてるんだ。あいつらが数十年前から急に魚を隣人だとか何とか言って、魚を獲らせてくれなくなった。それなら漁場を変えれば良い話だったんどけどな、今度は陸を侵攻してきて、今ではラダンの一部まで領地を広げてきてるんだ。神殿の連中にもその件をどうにかできないかって遠回しに頼まれててよ。」
「じゃあ神じゃなくて、人魚が相手なんだな?」
「ああ言い忘れてた、人魚はポセイドンから掲示を受けて行動してる。それは捕虜にしたやつから確認できたらしい。だから人魚共はポセイドンの尖兵って所だな。、」
……ポセイドン?
『大雑把に言うと海の神じゃな。ったく、変な遊びをしおって……後で文句を言わねばなるまいな。』
爺さん同様、割と偉い位にいそうなだが、暇そうだな?わざわざ自分の領地を作るなんざ。爺さんも忙しい忙しい言う割には余裕あるんじゃないか?
『わしが特別忙しいんじゃよ!別にお主への協力を渋ってるわけではないわい!カリプソとか、おったろう!?わし以外はの、同じところに複数で働きかけておるんじゃ!あー羨ましい!』
あ、分かった、もういいぞ。
『なぁにが、世界の辻褄を合わせて支えるのに、複数の頭があるとバラバラになってしまいかねない、じゃ。面倒じゃからと、押し付けただけじゃろうに!のう!?』
……俺に同意を求めるんじゃない。
「それでその、ポセイドンの陸の領地ってのはどこからどこまでなんだ?」
海の神自身が相手じゃないなら、陸から追い出すくらいまでなら何とかなりそうな気がする。
「ここから見えるだろ?あの村がアトランティスの東端だ。」
アトランティスが占領地の名前か。
……いやちょっと待て。
「もしかして俺達、今、敵の拠点に特攻を仕掛けてる真っ最中なのか?」
あの村ってことはつまり、俺達は真っ直ぐ敵陣に向かってるってことだよな!?
思考が共有されたようで、俺以外のパーティーメンバーの歩みがピタリと止まる。
「当然だろ?ヴリトラとやり合うんだからよ、まさかできないなんて言わないよな?な!」
龍の腕力に逆らうことなどできず、俺一人の歩みだけは止まらない。止めさせてくれない。
そしてその歩みを自身が強制させているとは全く思わず、むしろ肯定の意思と受け取ったらしいカンナカムイは、ニンマリと笑って、恐ろしい事に、さらに上機嫌になっていく。
「ラダンの軍隊があの砦の周りにもう編成されつつあるけどよ、にしし、ここは一人で大勝を得に行くしかないよな!ヴリトラとの戦いの前哨戦ってのになるのか?頑張ってオレを楽しませてくれよな!」
「いや折角軍隊があるんなるぁんっ!?」
そんなのがあるんならそっちに任せれば良いのに、という言葉は、背中を叩かれた事によって途切れてしまった。
「神の治める村を一人で相手取るか!ハーッハッハッハ!良いねぇ良いねぇ!面白そうだ!」
心底楽しそうなバハムートの声が俺の立場をさらに悪くしていく。……こいつら、グルになって俺を貶めようとしてるんじゃないよな?
……ってか俺一人!?……ああ、そうか、龍は直接的に干渉しちゃあいけないからな。
だがしかし、だとしても、
「え、いや、ルナ、ユイ、お前らも一緒に来るだろ?」
俺のワンマンプレーにあれだけ機嫌を損ねていたのだ、今更引き下がるなんてこと、ない、よな?
「あなたが無事に戻って来れるよう、先にどこか別の村の宿でも取っておくわ。」
わぁ、良い笑顔
視線をユイから外し、ルナの方を見る。
「古龍様の頼み事……それにご主、コテツとも一緒に戦える……相手は神、不足はないわ……ウフフフフフ。」
こっちはこっちで何やらおかしくなっていた。
「フェリル、シーラはどうだ?行く、よな?」
「「(ニッコリ)」」
わざわざ言葉にされずとも、ユイと同じような笑顔を浮かべられるだけでその意は理解できた。
「はぁ……来ないって言うなら、今回ばかりは流石にこの指輪の力、俺の自由に使わせて貰うぞ?良いな?」
圧倒的ではないにしても、多数に対して手を抜く馬鹿は、少なくとも俺ではない。
しかし、質問というよりは確認として発した俺の言葉に、
「「「やっぱり行く!」」」
と全員が口を揃え、掌を返した。
この指輪を使われるの、そんなに嫌か!?
「はぁ……、なぁ別に無理しなくても……「「「いや、行く!」」」……お、おう、うん、はい、分かった、了解、ガッテン承知。……ま、皆で一緒に頑張ろうや。」