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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第五章:賃金の出るはずの無い職業
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次の依頼

 なんともまぁ喜ばしい事に、リヴァイアサンと二人で勝手に出発した事や一人で敵さんのアジトに踏み込んだ事、その他諸々の事情に関しては、ルナにも、ユイにさえも、あまり怒られなかった。むしろ古龍の気まぐれに振り回されてしまったか、仕方ないね、という同情票まで頂けた。

 サイの放ったあの炎は魔力の強さという観点から、銀狐族でもない限り、獣人やドワーフじゃあまず再現できないだろう事は確かだが、もちろんそんな余計な推論は心の内に閉まっておいた。

 「ふぅぅ、何はともあれ、やっと二つ目だ。」

 胡座をかいた膝の上の槍を擦り、口角を上げる。

 ルナ達に事情の説明をした後、リヴァイアサンと恋人のように密着した状態で村中を連れ回され、やっと手に入れた3つ目の神器、2つ目の神の武器である。

 あの程度の労力で手に入るのなら安いものだ。

 ……段々険悪になっていくルナの顔は怖かったなぁ。

 ちなみにリヴァイアサンは助けた神官を神殿に連れて帰るらしいので今は別行動。

 その際、神殿で大歓迎されるのは必然であるためか、別れ際に「しばらくは会えなくて寂しくなりますわ黒槍のお人。」などと宣い、ルナを大いに奮起させるだけさせて、去っていった。

 だから俺の左手は今ルナにずっと塞がれたままだ。……嫌ではないので別に構わないが。

 「知ってる槍使いは……アイに持たせる……訳には行かんよなぁ。」

 あいつは槍を貰った次の日にユイあたりを突き刺しそうな気がする。

 この槍は人に対してのみ、ドレイン効果を持つ……似た効果の師匠の魔剣と似てるが、神に作られている分、生命力を吸い取る量が段違いなんだろうか?

 『その槍の真価は敵の生命力を持ち主に与え、あの魔剣のように活力を底上げするだけでなく、傷、そして病すらも治す事じゃよ。じゃから吸った後、無駄になる生命力も少ない。』

 ならほどねぇ、ったく、その効果が古龍に効きさえすれば……っていうか神器ってヴリトラを倒すために作ったんじゃないのか?

 『初心は大事じゃ。そこに立ち返らねば物事は脱線してしまうからの。』

 つまり脱線したと。

 『わしはちゃんとしたのを作ったわい!』

 ……俺の記憶じゃあ、あれはヴリトラに大した効力は無いって爺さん自身が言ってた覚えがあるんだが?

 『……』

 だんまりかよ!

 「はぁ。」

 「どうしたんだい?」

 思わずついたため息を見咎め、フェリルが聞いてきた。

 「あーいや、実はな、この神槍、龍に対してはただの槍と変わらないんだ。まぁ不死性を無視して攻撃を入れられる分、ないよりはマシだけどな……。」

 「対して“は”?」

 「ああ、人からなら、その生命力を奪って、自分の怪我やら病気を治せる。」

 「え!?」

 俺の話を聞きながら、ロンギヌスを物珍しそうつんつん突付いていたシーラがバッと仰け反り、その指先を手の平で包む。

 何故シーラが俺の隣にいるのか、その理由は俺達が今バハムートの背に乗せてもらっている事を考えて貰えれば分かるだろう。

 ……余程スカイダイビングが楽しかったらしい。

 「じゃあ魔物に対してはただの槍と変わらないのかい?」

 「……ああ、そうなる。」

 つまりフェリル達の故郷奪還にはなんの役にも立たない代物だって事だ。

 すまん、と言って頭を下げると、フェリルはいいよいいよ、と軽く笑ってくれた。

 「槍、ですか……それはアイに?」

 俺の肩に頭をもたれさせつつルナが聞いてくる。

 「……そうするしかないのかもな。」

 「あなた正気!?……キャッ!?」

 数歩先でバランス訓練をしていたユイにもやはり聞こえてたらしい。

 叫んで集中が欠けたのかそのまま倒れ込んだところをワイヤーで捕まえ、胸でその体ごと受け止める。

 「……え、えっと、他の選択肢は無いのかしら。」

 こちらから目線を逸らし、少し赤い顔で言うユイ。取り乱したのが恥ずかしかったらしい。

 「じゃあ候補を出してくれ。」

 それに気付かないフリをし、会話を続けると、ユイは少し考えた末に

 「バーナベル先生は?」

 と答えた。

 「ああ、そうだな、うん、候補の一人にはなる、か。」

 裏切り者の疑いが晴れさえすればなぁ。

 そのまま他愛もない話は二、三していると、

 「ググゥゥ……」

 汽笛の代わりにバハムートが唸り、煙の代わりに火が上がった。

 ……さぁてと、お楽しみの時間だ。


 「疲れた……精神的に。」

 俺が今いるのは龍の塔。

 何故疲れたのか、まずスカイダイビング挑戦者が、ルナとフェリルの参加により2倍に増えたため、装具が2つ必要となった。そしてその上、パラシュートがまたもや失敗してしまい、強制開傘せざるを得なくなったのである。それも両方、2組分。

 どうにかしてパラシュートの実験を繰り返さないといけないかもしれん。……新しい日課になりそうだ。

 「どうフェリル、楽しいでしょ!?」

 「まぁ思っていたよりは、ね。」

 そこはお世辞でも楽しかったって言ってくれ。俺の影の努力が報われない。

 「はぁ……パラシュートの実験、色々やらないとな。そういやルナ、どうだった?」

 胸元に抱き寄せたままのルナの頭頂部に向けて言う。

 「またやりましょう!」

 ご満足頂けたようで何より。

 ルナを解放し、パラシュートやら何やらを霧散させながら、バハムートの背にとどまり、先に降り立っていたユイの方へ向かう。

 「やりたくなったか?」

 「……そのうちお願いするわ。」

 聞くとユイはそう答えたが、少し不機嫌そうにだ。あ、もしかして……

 「やっぱり仲間外れは嫌だったか?すまんな。」

 「そういう意味で言ったんじゃないわよ!」

 どうやら心配は杞憂だったらしい。

 「ただ少し……頭痛がする、それだけよ。」

 「頭痛?またか?バハムートの上じゃあ平気そうだったよな?」

 少なくともバハムートの言い付け通り、片足立ちをしようと思うぐらいには元気だったはずだ。……本当、変な所で度胸があるよな。

 「ええ、この塔を離れてから幾分か楽になったのだけれど、戻ってきてぶり返してきたわ……。」

 ユイは目を閉じ、額を抑えながら話す。

 「空気が悪いせい、な訳ないか。」

 今この世界が産業革命期にあるかどうかと言う前に、ここの空気の澄んでいることは、この味と匂いだけで分かる。

 「むしろ、何か、チカチカと眩しいような気がして……それで少しだけれど、ふらつくのよ。」

 「……肩車してやろうか?」

 病は気からとも言うので、軽くおどけてみせる。

 「ふふ、ありがとう。でも前ほど酷くはないから、階段は一人で下りられるわ。」

 「そうか、くれぐれも気を付けてな?」

 「やけに心配してくれるのね?」

 「しなかったときの後が怖い。」

 「…………。」

 冗談冗談、と睨み付けてくるユイを宥めすかし、俺はそそくさと階下へ逃げた。



 冷えた夜。

 ランプもしくは自前の魔法で行く先の灯りを確保し、携えた、道行く人やら馬車やらの鳴らす、整備された石畳との硬質な音やそこにまばらに軽く積もった雪を踏んだときの鈍いそれ。

 道の両脇に立ち並ぶ家々の、窓の明かりの付いてたり付いてなかったりによる不揃いな模様、そしてそれらの、街道をわざわざ照らすだけでなく、ついでにその部屋の中の様子を影法師で伝えてくる厚かましさ。

 元の世界では他の様々な都会の喧騒というヤツにかき消されてしまっているだろうそれらの事にまで煩わしさを感じ、その事に自分自身でも気付き、呆れながら、かじかむ手を何度もグーパーしつつ歩く。

 黒魔法が断熱素材で良かったと思う反面、保温効果もあれば良かったのにとも思う。

 そして目的地である店が見えてくると、ユイがこちらを振り返った。

 「私が寝込んでいるときにルナさん達が行ったお店はあそこで良いのかしら?」

 「ええ、そうですよ。きっとユイも気に入ります。ね?」

 流石は人気店だからか、ここからでも見て取れる繁昌具合に気付き、それを指差すユイに、俺の手をいつの間にか握っていたルナがそれに答えつつ同意を求めてきた。

 「ん?ああ、そうだな、間違いない。」

 つい適当に返すと、ルナは少し唇を尖らせ、体を寄せてくる。

 俺の、心ここにあらずな様子が不満だったらしい。去り際のリヴァイアサンにからかわれたのもあるかもしれん。

 が、今の俺は焼肉屋で楽しむ気分になど、さらさらなれない。




 「よう、リヴァイアサンの頼み事は終わったって?なら次はオレの番だな!」

 龍の塔の階段を降りきると、破砕音と共に突然隣に現れた雷竜、カンナカムイが俺の肩を叩かれた。

 カンナカムイの動いた跡にまだ走る微かな電撃、そしてさっきの破砕音……ネルが使っていた技、“雷光”だ。

 「あ、ああ。」

 「頼むぜ!」

 そのことに少々驚きながら頷くと、彼女はニカッと笑い、俺の肩に腕を回した。

 「それで、何をすれば良い?」

 リヴァイアサンみたいに地道な調査をしてくれた上で、実力行使だけ任せられるだけなら楽でとても嬉しいのだが。

 「あ?ああそうか、言ってなかったな。俺がお前にやって欲しい事はな、神退治だ。」

 !?

 「詳しくは向こうで説明するからな。今日はしっかり休んでおきな。」

 俺の脇腹をドン、と龍にしては軽く(痛いのは変わらん)殴り、カンナカムイは俺を腕から解放してさらなる酒をファフニールにねだりに行った。




 「はぁ。」

 昼の出来事を、それから何度目かにまた思い出し、何回目かのため息が漏れる。

 リヴァイアサンの依頼みたいに楽だったら……なんて考えたのがいけなかったのかね?

 事の次第は一応、パーティーの全員に伝えはしたものの、俺みたいに憂鬱になってるような奴は一人もいない。……神を相手にするってのに気楽すぎやしないかね?

 『フォッフォ、お主が言うか。』

 ま、爺さんは特別だからな。感激していいぞ?

 『誰がするか!』

 「リーダー、龍の依頼なんだから、無理難題は分かっていた事じゃないのかい?それに見かけ倒しならぬ聞こえ倒しになる可能性も……」

 俺の気持ちを察してくれたらしいフェリルが言うが、

 「でもなぁ、神退治、神の退治だぞ?どこをどうしたら簡単になるんだ……。」

 俺の気分は晴れやしない。

 あ、爺さん、最高神の地位を使って……いや、ただのお飾りだから、言う事聞かせるなんて無理だよなぁ。

 『う、うるさいわい。』

 そこで否定しない辺り、言う事を聞かせられないんだな?

 『……どの神かによるのう。』

 全ての神に言えない事からお飾り確定なんだけどな。……まぁ一応、どんな神なら従わせられるんだ?

 『龍でも言うことを聞かせられる程度の弱い神なら……何とか、かの。』

 例えホンの少し、ゴマ粒にも満たない程だとしても、爺さんに期待してしまっていたさっきまでの俺を全力でぶっ飛ばしたい。

 ……うん、まぁそういう悪い事はあったが、バハムートとの相部屋は必死の交渉でやめてもらい、俺が今度から一人部屋で安心して寝られるようになったし、良い事もあった。

 ポジティブに行こう、ポジティブに……頑張って行こう……。

 「はぁぁぁ……」

 思わず口から白い煙を大量に出す。と、ルナがこちらに目を向けた。

 「なんだ?」

 そのまま数秒見つめ合い、仕方ないので切り出すと、

 「好きです。」

 あまりにも突然の言葉に面食らわされた。ルナがこっちの目と目を合わせて言うもんだから尚更。

 「ど、どうした?いきなり。」

 反射的に聞き返すと、ルナの顔が急に赤くなった。……たぶん俺の顔も少しは赤くなっているだろう。

 「え!?あ、その、コテツを、励まそうと……。」

 「……うんまぁ、ありがとな。はは。」

 頬を掻き、明後日の方向に感謝の言葉を発すると、ルナの体の動きが腕を伝わり、見ずとも微かに笑ってくれたのが分かった。

 爺さんと同じく、十中八九お飾りとはいえ、パーティーリーダーである俺がメンバーを心配させてちゃあ世話ないな。

 「はてさて、どんな神を相手にさせられるのやら。はは、もしこの指輪の製作者だったときのために感謝の言葉でも考え……」

 「「返しなさい!」」

 気分の切り替えのため、あえて明るい口調で、指輪を親指で軽く撫でながら言うと、ユイとシーラに怒鳴られた。……まだ言葉を言い切ってもいないのに。

 助けを求めてルナを見、

 「……返しませんか?」

 フェリルを見、

 「はは、僕にどうしろと言うんだい?」

 苦笑され、俺は右手をそっとポケットに入れて指輪を隠した。

 「まぁほら、例えばの話だからな、例えばの話。別に退治する神が指輪の製作者だって決まったわけじゃない。」

 「「ふーん。」」

 パーティーの実質的権力者二人は、取り敢えず俺から視線を外してくれた。……この議論を後々に持ち越しただけだとしても、終わりは終わりだ。

 ま、人をアンデッドにして使役する事に対する忌避感は俺も大いに理解できるので、あーだこーだ言おうとは思わない。おそらくだが、俺のこの感性は復活の指輪を使った本人にしか分からない物だの思われる。だがしかし、使ってみれば誰だって抱くような代物なんじゃないだろうかとも思わないでもない。

 「……使ってみさえすれば、きっとあの二人だってどれだけこいつが便利なのかハブっ!」

 「これ以上彼女達を怒らせないでください!」

 呟きがルナにも聞こえたようで、俺の手を握ってない方の手で口を塞いでくる。

 そして同じく呟き声が聞こえたらしい、こちらをジロリと睨み付けていた二人はしかし、ルナに笑い返されて前を向き直った。

 そして俺達は件の焼肉屋に再び来店した。



 龍の肉が香ばしい匂いをさせる店内。

 「あ!人じゃなくて魔物の死体なら!」

 「「何か言った?」」

 「…………。」

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