海龍クエスト②
「村……?これが?」
浜辺から人の行き来のある通りへ出、砂煙を上げて走る馬車、旅装束のドワーフやら獣人やら等々、その活発な往来に思わず声が出た。
「ここは海運、造船、漁業の要地。規模がまだ村の範囲内であるだけで、内実は街に引けを取らない活発な港町でしてよ?」
俺の片腕を封じたまま、リヴァイアサンが教えてくれた。
「……詳しいで……な。」
睨まれ、口調を直す、というか崩す。リヴァイアサン、お前も敬語よりタメ口の方が良いクチなのか。……こっちの心労も考えてほしい。
「良いこと?伴侶への敬意は当然大切、されど互いの距離はなるべく近くあるべき物でしてよ?」
俺はお前の伴侶になった覚えはない。
「フリだろうに……」
「フリだとしても、そうでないとこちらが楽しくありませんもの。」
楽しませようだなんて思ってもないわ!
「で?目的地は?」
「そなたにここの地理は分かっていて?私に従って歩きなさいな。」
それもそうだ。
リヴァイアサンに腕を軽く引っ張られていき、俺は巨大なトンボで整地されたような道を歩いていきながら観光に勤しんだ。
……ルナの故郷フレメアではそんな暇が無かったし、ドランではルナにあちこち連れられてゆっくり見る事ができなかった。……また戻る事にはなりそうだし、そのときにこの村と見比べてみよう。
パッと見、家々は木造のものやレンガ造りが多い、というよりは和洋折衷の表現が合っているだろうか。通りを歩く人を見ても、着物からシャツとズボンまで様々だ。
また、スレインでの冒険者に当たる人々なのかどうかは知らないが、武器としては大槌、もしくは素手が主流らしい。
「ハッハッハ!良いぞその調子だ!この修練はやったことがあったか!?」
どこからか、信じられない大笑いが聞こえた。
目を向ける。信じられない者を見た。
見つけた一行の真ん中、大笑いしているのは赤い装束、裸足の男。後ろを歩くのはエルフ二人、そして前を歩くのは長い髪を後ろに束ね、腰に刀を吊った軽鎧の女性と、刀を片手に抱く銀髪狐耳の綺麗な女性。
……俺の目が人一倍良くて感謝します、神よ。あ、爺さん以外な。
『はぁ……もう突っ込まんからの。』
リヴァイアサンの腕を引き、俺は建物の間の、暗く狭い隙間へ体を滑り込ませる。
「あら強引ですこと。私の美しさに目が眩ん「ちょっと黙ってろ。」む。」
チラリとルナ達を覗き見。俺には気付いていないことを確認し、ホッ、と息をつく。
俺が物陰に入った素早い動きでも離れない程ガッチリと腕を抱かれているのだ。本当に、見つかったらと思うと怖いったらありゃしない。
「おい、目的地はどこだ。さっさと済ませたい。」
「どうかなさって?」
「俺の連れが全員このま……村にいる。」
「チッ、相変わらず勘の良いこと。」
バハムートのことか?
「で?何処だ?」
舌打ちしたリヴァイアサンに重ねて聞くと、彼女はバツの悪い表情をしたまま固まり、
「…………港。」
と一言呟いた。
まぁ表情を見たときから若干予想はしていたさ……ったくこれだから寿命無しは。
「はぁ……一応聞くぞ、ここまで来た理由は?」
「そうお怒りにならないで………私はただ……良いお土産でも、探してはどうかと、思……」
「もういい、分かった。港に向かうぞ。」
その言い訳、絶対今考えただろ!
「あら強引ですこと。」
「うっさい!」
サッサと浜辺を横切り、足音が砂地の物から木製デッキのきしみに変わる。
「ここ……か?」
聞くと、リヴァイアサンは小さく頷いた。だが少し見渡してみても違和感は感じない。
前に立ち寄ったアリシアの故郷ヌリ村のそれよりも大きい造船所が複数並んでいて、出来上がっている物もそれに伴ってか立派だ。
モーター船はなく、帆船が大小の違いがあるとはいえほとんど。手漕ぎの船も一概には言えず、いくつもの腕を船の側面から伸ばす巨大な物からカヌーのような物まである。
これだけ作ってるんだ。アヒルボートとか、探してみればあるかも……『ないわ!』……そうか。
「ん?この村って海運とか漁とかもやってるんだよな?」
「それはさらに歩いた先に見えてきますわ。それよりも、ここは敵地。あまり気を抜かないでくださいな、黒槍の人。」
まだまだ続く海岸沿いの道の先を、指で指し示して質問に答えながら、リヴァイアサンが戒める。
「そうだな。それで、その神官はどこに?」
「この港に。」
……広い。
「ちなみに情報源は?」
「私の聞き込みでしてよ?聞かずとも、ここにいるのは確かな事実。ここでは私の魂の一部が強く感じられるもの。」
リヴァイアサンは案外地道に頑張っていたらしい。
にしても……
「魂の欠片?…………ああそうか、神殿の一番高位だからな。」
ルナやステラと同じく、ドラゴンロアを伝授してあるのだろう。そして自分の魂の近くに来ると感じることができる、と。
「ってことは、案内は頼んで良いんだよな?……真面目な案内を、な?」
「んふ、任せてくださいな。」
軽く笑い、リヴァイアサンは再び俺の腕を引いて歩き始めた。
ずんずん進む程、閑散としてくる港。人は数えるぐらいしかおらず、そいつらも大して忙しそうには見えない。休憩中って考え方もあるが……。
「ここら辺か?」
「人が少ないのは、皆漁に海へ出ているからでしてよ?不思議なことは何もありますまいな。」
「あ、はい。」
なるほど、確かに海には船もほとんど停まっていない。
大して見るものもなく、リヴァイアサンと俺は速度を緩めることなくそこを通り過ぎた。
そしてコツコツとさらに歩き進める内に、今度は周りの人口密度が段々と上がってきた。
人を誘き寄せるのは道の端に絨毯を敷き、様々な小物を並べている店の郡。それらも歩いていく内に、箱、屋台、そして一つの店へとランクアップしていき、俺達二人の歩く速度も段々と落ちていく。
「あれ、買ってくれませんこと?愛しいあなた。」
「はぁ……ワザとらしいにも程がある。ったく、にしても凄い量だな。村の大半の人がここらにいるんじゃないか?」
リヴァイアサンの戯言にため息を漏らし、改めて周りの人々を眺める。リヴァイアサンが商品を色々見て回るから歩くスピードが落ちているのは確かだが、人だかりに阻まれているのも大きい。
「木を隠すのなら森の中と言いまして……。」
「はいよ、警戒は怠るな、ね。魂の感覚はどうだ?近いか?」
「え?」
「おい。」
キョトンとした顔をしたリヴァイアサンを睨み付けると、彼女は口元を片手で覆い、クスリと笑った。
「んふ、軽い冗談でしてよ、そうカッカなさらず、確実に近付いておりますわ。」
前科があるんだから、そういうからかいはやめてほしい。味方のはずなのにさっきから振り回されっ放しで疲れる。
ふと気になった。
「そういや敵の正体は分かってるのか?」
俺は勝手にヴリトラ教徒だと思っているが、もし違うなら知っておきたい。死の脅迫が効くか効かないかは戦闘で大事だ。
「そなたも分かっているのでしょう?時期を考えてみなさいな。」
ま、そうだよな。
「ヴリトラ教徒で間違いないんだな?にしても何のために神官なんか……。」
「フレメアでの騒動はバハムートから聞いていてよ?ヴリトラ教徒に盗まれた神の武器――神器と呼んでいたかしら?――を奪い返したと。」
「そしてお前の神殿に神器はな……リヴァイアサン、神器はどこに?」
今更だが、リヴァイアサンは両手とも空だ。背中にやりを背負っている訳でもない。
「もちろん、ほらここにありましてよ。」
リヴァイアサンが手のひらを見せ、俺はからくりを理解した。
単純に、リヴァイアサンは自信の手の平に魔法陣を彫っていたのだ。
「古龍なのにその傷は治らないのか?」
「これはファフニールに頼んで彫って貰った物。……あら知らなくて?彼女の付ける傷は過回復の状態にあるために、そのままでは完全に治すことはできなくてよ?」
俺がピンと来ていないと分かり、リヴァイアサンはファフニールの補足説明までしてくれた。
「あ、だから古龍はファフニールと戦いたくないのか。」
「その通り。別に治らない事はなくてよ?傷跡を刃物でなぞるようにすれば古龍の不死性でも普通の白魔法でも治るわ。」
一々自分を傷つけ直さないといけないのか……。
「怒らせないようにしよう。」
「んふ、それが賢明でしてよ。」
「あの、すみません!ここから先は立ち入り禁止です!」
と、デッキの端に座り、海を眺めていた青年が急に目の前に出てきて呼び掛けてきた。
チラリとリヴァイアサンを見る。
(この先か?)
目だけでの質問は伝わったようで、リヴァイアサンは一つ頷いた。
さて、設定としては人間の俺が奴隷で、リヴァイアサンが主人かね?
「俺の主人がただ散歩したいだけなんだ。別に良いだろ?」
そう聞きながら、青年の頭越しにデッキの向こうを観察する。
まず、この青年のいる場所を境に人だかりはパッタリ途絶えている。今の漁業所でもまだここから先で出歩いてる人数より多いぞ?
「ここは私有地なんで!そんなことをされると僕が困るんです!ここから先に人を行かせないよう、命令されているんですよ!」
俺の胸ぐらを掴み、青年が喚く。
「まぁまぁ、そう声を荒らげずに。少しだけ、お願いしますわ?ね?」
と、グイッと青年との距離を縮め、甘えるように囁くリヴァイアサン。
「そ、それ……「懐の広い殿方は好みでしてよ?」……で、も……。」
青年が狼狽えている間に、今度は周りを観察。こいつ一人でこんなに広範囲の人避けができるとは思えない。仲間がいるはずだ。
そう思って見渡せば、。同じ年頃の男女がやはり人だかりとこの先の境に座っているのが見えた。揉め事になっているこちらを注視し、険しい目をしていたからすぐに分かった。
……まだこっちに来る様子はないな。
「言いつけが……「んふ、規則の1つや2つ、破ってみなさいな。あらよく見ると可愛いわ。何なら一緒に歩きましょうな?きっと楽しいですわ。」……え、あ、い、一緒なら……大丈夫、かな?」
視線を戻すと、青年はさっきの腕を取られ、そして顔は真っ赤。まともに話せないぐらい骨抜きになっていた。
そして青年よ、俺に聞くな。それにたぶん大丈夫じゃない。
「そう心配なさらず。安心なさいな。……あ、散歩のあとは一緒に食事でもいかが?」
楽しんでるなぁ、リヴァイアサン。
ああいう流し目とか体の密着のさせ方、そのタイミングも、全部計算ずくなんだから怖いったらありゃしない。
師匠の修行、正体がでっかいトカゲという知識、そして俺にルナがいなかったら、俺もあんなになってたのかね?……いや流石にならない、よな?
「あの、すみません、どうかなさいましたか?」
自問自答している内に、見張りの女の一人がやって来た。
まぁ流石に青年の醜態を見兼ねたのだろう。
「いいえ?ただこの方と会話を楽しんでいただけですのよ?」
「そ、そうなんだ、問題ない。だからここは僕に任せて持ち場に戻りなよ。」
ま、リヴァイアサンの言ってるのは事実だな。楽しむ方向が青年とは随分違うが。
「そう?」
キッと青年を睨み付ける女。
「あ、ああ、今お帰り頂いてる所で……その、えと、またの機会に、お会いしましょう。」
そっと腕をリヴァイアサンから抜きながら、青年が無理して笑みを浮かべる。
「あらそう……残念だこと。」
リヴァイアサンが名残惜しそうな表情と口調で最後の一押しを仕掛けるが、青年は隣の女の存在もあって堕ちそうにない。
失敗か。
ギガンテ山のときみたいに上空から侵入でき……
「バハムート様、本当にこの村で合っているのですか?」
「ハッハッハ!俺を疑うのかルナベイン!」
「あ、いえ、そのような……」
「でも見つからないのは事実でしょう?本当、どこに行ったのかしら?」
「安心しろ!俺の勘は良く当たるからな!ハーッハッハ!」
リヴァイアサンと目を合わせる。頷き合う。
「な、なぁ、大丈夫かお前?なんだか顔色が悪いぞ?」
言いながら一気に距離を詰め、努めて心配そうな顔を顔に張り付かせながら女の背中を擦る。
「え!?い、いいえ?少し離れ……ぐっ!?」
心の中で誤りながら腹部を右拳で打ち据え、体をくの字に曲げたその上から首を掴み、右手にナイフを作り上げて女の目の前にチラつかせる。
「……騒ぐなよ。良いな?」
「すぅぅ、た!ぐえっ……ぶっ!?」
即座に叫ぼうとしたのでその喉を親指で強く突き、黒魔法のさるぐるわを噛ませる。そしてさらにマスクで女の口元を完全に覆い隠した。
やっぱり命を担保にした脅迫じゃ駄目か。
リヴァイアサンの方を見ると、苦しそうに透明な水を吐いている青年の背中を擦ってやっていた。
……容赦ねぇなぁおい。
必死に抵抗する女にもリヴァイアサンが水を飲ませ、完全に無力化した。
こいつらの魔色に青が含まれてなかったのはラッキーだった。