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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第五章:賃金の出るはずの無い職業
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海龍クエスト①

 「そういえばリヴァイアサンはいつの間に龍の塔に?あの巨体ならば気付かない筈はないと思うんですが。」

 塔の頂上に登り、待っていたリヴァイアサンに、ふと気になったことを問いかける。

 「何も難しいことではなくてよ?近くの湖に着いた後、歩いてこちらへ向かっただけの事でして。」

 「飛べるんですか?」

 たしか前見たときは、翼なんて持ってなかったような気がする。

 「んふ、百聞は一見に如かずという言葉がありましてよ?」

 「その必要はない!俺が全員連れて行ってやる!なんならリヴァイアサン、お前も乗せてやろうか!そいつのおかげで俺はこの頃機嫌が良いからな!ハーッハッハッハ!」

 俺に続いて登ってきたバハムートが俺を指差しながらそう言うと、リヴァイアサンは渋い顔でバハムート睨みつけた。

 俺のおかげというのはたぶん、龍人としてであるとしても、本気を出せて鬱憤が晴れたってだけだろう。

 「……あなたの南まで来る必要はなくてよ?」

 「ハッハッハ!何を馬鹿な!ヴリトラを倒す者が古龍から受ける試練、そうそう見れんだろう?見逃して良い物か!」

 協力してくれるのはそういう理由からか……。ま、助かることには変わりない。

 「ふん、勝手におし。……黒槍の人、そなたは、私と共に来てくださいな?」

 「え、あ、はい。」

 リヴァイアサンが俺の手を両手で挟むようにして取ったかと思うと半ば強制力のある笑みを向けられ、思わず頷いてしまう。

 「それではバハムート、お先に。」

 俺の手を引いて縁まで歩き、バハムートに向かって会釈するリヴァイアサン。

 「あの、後から仲間が……。」

 「バハムートにお連れになってもらいなさいな。……んふ、少し離れていて下さる?」

 おそらく変身すると思い、リヴァイアサンから大きめに距離を取る。

 リヴァイアサンの体が強い光を放つ。

 一瞬、目が眩んだ。

 「……グルォォォォォォォォォォ!」

 光が止み、目を開ければ、そこには一年と少し前に見た、この国の信仰の一角を担うに相応しい姿の古龍がトグロを巻いて咆哮を上げていた。

 前に飛行船から見たときよりもその迫力は格段に上。バハムートに比べて随分と細身、しかしスマートというよりはシャープという表現が合う外観。鱗は空と同じ色、なんだか飛べそうな気がしないでもない。

 にしてもバハムートと言いリヴァイアサンと言い、恐ろしいとまで思えてくる。……実際恐ろしいしな。

 と、俺の前を尻尾がビタン、と叩き、置かれる。……乗れということらしい。

 一枚一枚が蒼い宝石のように煌めいているのに少し気後れしながら、俺はそこに、ヒレを手と足掛かりにしてしがみついた。

 「グゥゥゥ……。」

 うなるリヴァイアサン。

 どうしたのか疑問に思っていると、俺のしがみついていた尻尾が動かされ、リヴァイアサンの頭の位置まで持ち上げられた。

 「……頭に乗れと?」

 頷く巨龍。

 「えっと、なら失礼して……ヨッと。」

 頭に飛び移る。

 頭頂部から生える大きめのヒレを抱き締めるようにして体を支えた。

 と、リヴァイアサンの周りに膨大な量の魔素が集まってきた。かなり魔力を使っているのか、その体が震え、鱗の輝きが増す。

 はてさて、どうやって飛ぶのやら……。

 「グルァァァァァァ!」

 十分な魔素が集まったのか、空へ吠えるリヴァイアサン、同時に水が魔法で精製され、天高く、先へ先へ、雲の中へと伸びて行く。結果、空中を斜めに走る巨大な水柱が出現した。

 これは……いやまさか、ね?

 「リヴァイアサン様だ!リヴァイアサン様がお帰りになるぞぉ!」

 下の方から声が聞こえてくる。

 そのまさかであるらしい……にしてもなんて力業だ。

 リヴァイアサンはその水柱に突っ込み、南へ向け、空を泳ぎ出した。

 本当に、力業にも程がある。


 ……ぼうやー、良い子はねんねしな……なんて、周りに誰もいないことだし、でんでん太鼓でも作って盛大に歌ってやろうか?と少し思っていたのはもう数分前。

 リヴァイアサンの泳ぐ向きが水平からほぼ直角下向きへ急転換したときから、俺は声すら出せず、リヴァイアサンに頬を擦り付けるようにしてしがみついている。

 人にエラは無いとちゃんと分かっていてくれていて、リヴァイアサンが空を泳ぐ間ずっと顔を出していてくれていたからって安心するのにはまだ早かったのか?

 地上がどんどん近付くのが、薄く開いた瞼の間から垣間見え、腹が体の中で持ち上がるのも感じられる。

 このままでは陸地に激突コース。海は見えはするが、まだ先だ。

 リヴァイアサンが魔法の調整をしくじったのか?と思ったのも束の間、ぐん、とリヴァイアサンが上方へ方向を転換。俺の体に重力が襲いかかる。

 ジェットコースターを思い起こさせる軌道を泳ぎ、フッと体が軽くなったと思った瞬間、水柱が途切れた。

 そして俺はそこで気付いた、いや思い出した、長命な奴らはことさらに楽しいことを追い求めることを。それも寿命がなければなおさら。

 「グルァァァァァ!」

 (おそらく歓喜から、)雄叫びを上げるリヴァイアサン。

 「ぬぉぁぁぁ!?」

 そしてその背のヒレを離すまいと、両手に黒銀まで発動して必死になっている俺は、空中を自然界の法則に則って数百メートル程浮遊する。

 空中で手を放せば、そして足場を作って逃げれば良かったと、そう思いついたときは時既に遅し。

 盛大な水しぶきを上げて、リヴァイアサンと俺は海に突っ込んだ。そして俺は為すすべも無く、ただただ必死にしがみついていた。

 

 「あらあら、そう必死に掴まなくてもよろしくてよ?それにヴリトラと相対する者がそれでは心細くなりますわ。」

 ふと、そんな声が耳に入ってきた。

 ここは……地上なのか?

 そっと目を開けると、波打つ大海原、そしてその向こうに地平線が見える。

 「ここは?」

 「そう心配なさらず。ラダンから少し離れた海上でしてよ。」

 海上?

 足元を見る。

 「氷……」

 魔法の氷でギリギリ三人乗れるか乗れないくらいかの広さの足場があった。

 「人の不自由さには理解がありますもの。だから安心しなさいな。んふ、それより……」

 「それより?」

 「そういつまでも抱き付かれていると流石に照れますわ、伴侶になってくださいますの?黒槍のお人。」

 そういえばずっと抱きつきっ放しだ。それにしても伴侶て……。

 「子供なんてできないくせに……うぐっ!?」

 脇腹に肘が入り、思わずその場に崩れ落ちる。これ、半分本気の腕力じゃないだろうか?

 「ふん、これだから人間は。伴侶は子供を産むためだけに作るものだとでも?」

 案外ロマンチストだった……。プラトニックラブとか憧れたりしてるんだろうか?

 「ゴホッ、人それぞれですよねぇ。」

 言いながら立ち上がり、愛想笑い。

 「ところでそれをいったいどこで見聞きしたのか教えなさいな。あまり知られて嬉しいことではなくてよ?バハムート?ファフニール?」

 ……口が滑ったなこりゃ。

 「いや、古龍に関して自分で調べただけで……。」

 「人にそのような事、伝えている訳がなくてよ?私達の記憶力をあまり舐めないでくださいな。」

 生殖能力を奪われたのって人が存在する前の話だろうが!いや待てよ、もしかしてそんなに良いのか記憶力!?

 『うむ、良いぞ。』

 すごい脳だな。

 『龍じゃからの。ま、わしの方が良いがの。まぁ……』

 どうせド忘れはするんだろ?

 『……人のオチを先読みするでない。』

 「今度はだんまり?」

 「え、あ、あー、あーー、その、ですね……」

 言って良いか?

 『別に良いぞい。』

 良いんかい!

 「アザゼルって爺さんに教えられました。」

 「アザッ!?……あのクソジジイ、余計なことを……。」

 うわ、なっかなか恐ろしい目をしてらっしゃる。

 「……疑わないんですね。」

 「んふ、そなたには神威の残滓が見えるもの。それが誰の者かが分かっただけでしてよ?」

 「残滓……これですか?」

 右中指の指輪を見せると、リヴァイアサンは少し目を見開いたあと、首を振った。

 「……いいえ、それとは別。そなた、神威そのものを使ったことはなくて?どんな些細な事でも言ってみなさいな。」

 使う、ねぇ。……ユイからヴリトラの魂片を取り出したときか?

 「そういや魔法陣に使いましたね。……なぁるほど、それでシミみたいにしぶとく跡が残ったのか。」

 『聞こえておるぞ!』

 「それがあなたの素の口調?そちらで構わなくてよ?」

 「え?あー……怒りません?」

 怒られたら洒落にならん。

 「私はバハムートよりはるか前にそなたの力を認めていてよ?……んふ、気付く間もなく致命傷を与えられたのはあなたが初めて。もっと自信を持ちなさいな、黒槍の人。」

 「はぁ……、分かった。それで盗人の手掛かりは?」

 さっさと終わらせよう。

 「そう焦らず、潜伏場所には今向かっていますのよ?」

 え?

 足元を見ると、なるほど、確かに海の上を航行しているのが分かった。

 「ルナ達は?」

 「観光でもさせておあげなさいな。」

 ちょっと待て、俺がまた叱られる流れしか見えないぞ?

 「……理由を聞いても?」

 「盗られたと知る者は少ない方が都合が良い……そう、私に子のできぬという事のように。お分かり?」

 「あ、ええ、はい。」

 そう繋げてくるか……不覚だった。

 にしても、存在そのものが知られない方が良い物ってなんだ?

 「ここには二人しかいないし、教えてくれないか?」

 「私の神官、それも最も高位の者を。」

 は?シンカン?

 「小説をお書きに?」

 「?……ああ、話題を逸らそうとしなさって?無駄な事はおよしなさい。そなたに迅速に解決してもらえなければ、……まぁ私が水中で暴れ、盗人のいる村諸共押し流すだけのこと。」

 何で新刊の事を話してたらそんな物騒な話になる!?

 『お主、アホじゃろ。』

 ああ!?

 『翻訳のスキルがあると言っても、ここの世界とお主のいたのとでは言語は違うのじゃぞ?』

 だから?

 「彼を救ってくださらないこと?」

 彼?救う?新刊を?………………なんだ?

 『焦れったいのうお主は!神官じゃ神官。神に仕える者のことに決まっておろうが!』

 あ!

 「どうしまして?2柱の龍に認められた腕前、私の神官を救うことなど容易いでしょう」

 「あ、あー、えっと、はい、任されました。」

 ちょっとした話の食い違いには気付かれなかったらしい。

 「もう、焦らさずに早くそう言ってくださいな。」

 そう言って、リヴァイアサンが俺の腕を取り、抱き寄せる。

 「何を!?」

 「盗人の潜伏場所はもうすぐ、勘付かれないよう、変装は必要でしょう?初々しい恋人二人、この設定でいかが?」

 少し仰け反りながら聞くと、リヴァイアサンは前方を指差してそう言った。

 目を凝らすと、多くの船が止まっている様子、そしてその奥、家屋の立ち並んでいるのが見えた。港町ってやつだろうか?

 「俺には恋人が……「二股ぐらい、男の甲斐性ではなくて?」……絶対違う。」

 言うも、腕を放してはくれそうにない。

 はぁ……、見られたらルナに殺されるに違いない。ちゃっちゃと済ませてしまおう。

 と思った矢先、足元の支えが無くなった。為すすべも無く、雪の落とし穴のときのように、ストンと水に沈んでしまう。

 「うぉお!?」

 「静かになさいな。くれぐれも私の手は離さぬよう……」

 俺の慌てぶりをよそにそれだけ言うと、リヴァイアサンは俺の腕を引いて潜水、街の港に向かって高速で泳ぎ始めた。

 正面の門から入れば良いのに……。


 水中、後で染みるんだろうなぁと思いながらも目を開けると、ファーレンでは見かけることのなかった多くの魚が周りをゆったり泳いでいた。

 水面から差す幾筋もの日光が浅い海底を照らす。

 海底をまばらに、だが一つ一つが広い範囲で覆っている、黒の中に仄かな色彩を持った硬そうなサンゴ。その影に隠れている者や隠れる者、そしてそこから日の下に出てくる者もいる。

 リヴァイアサンが進むに連れてそれらがだんだん近付いてきて、途切れる。今度は小石や砂の地が続いていた。

 それでもまだ小さい魚はいて、触れようとすると体を捩って逃げていく。

 そして、ついに足が十分つきそうな水深となった。

 「プハァっ!「静かに!」ブグオォ!?」

 やっと到着したと思い、息を吸おうと顔を出した直後、リヴァイアサンに水の中へ引きずり込まれた。

 俺の口を抑え、片眉を上げて睨んでくるリヴァイアサン。言いたいことは分かった、と頷くと解放してくれ、俺の腕を再び掴んで水中に、光があまり差していない場所へ移動。

 リヴァイアサンが腕から手を放してくれてすぐに、俺は水面から顔を出し、今度こそ大きく息を吸った。

 「ぷはぁぁ、はぁはぁ……あれ?ふぅ、波止場じゃ……ない?」

 周りに見えるのは黒々とした岩と砂。

 「ずっと目を閉じていて?ここは波止場から少し離れた浜辺。ここからならば村へ侵入をしやすいでしょう?」

 俺は見たことのない魚に興奮していたのだが、リヴァイアサンにはやはり見慣れた風景なのだろうか。

 「俺達に見覚えがないって事に見張り役辺りが気付きませんかね?」

 「別の入り口から入ってきたと思われるだけのことでしてよ?記録の無い事がバレる頃までにはそなたが問題を解決してくださいな。」

 「へーい。」

 「ほら、早く陸にお上がりになって。早く水を洗い流させなさいな。人は潮水で不調を来たすのでしょう?」

 「あ、ああ。」

 太陽のおかげか、熱々の鉄板じみた岩に怯みつつ海から体を出す。

 「先に一言、これでも手加減は苦手な方でして。」

 「は?ぶぉぉっ!?」

 大量の水が俺の体を打ち付ける。

 この至近距離で放水されているのにまだこの場に踏ん張っていられるのは手加減をしてはくれているからだろう。

 ……だとしても踏ん張らなければ押し流されそうなのに変わりはなく、間違ってもこの魔法の水を飲んでしまったが最後、残りの一日を療養に使うことになる。

 用心深くしている内に水流には慣れてきて、魔装2を脱いだ体の塩水を粗方流し終えたところで放水は止まった。

 「ありがとう、助か……「水気を抜き取りますわ。」え?」

 抜き取る?

 訝しげに思ってみていると、リヴァイアサンが再び俺に手を向けた。直後、スーッと、俺から魂が抜けるかのようにして、水人形が目の前に移動する。

 人形は即座に形を崩し、水たまりをその場に形成した。

 ほぉー、魔法ってこんなことができるのか。

 「……行きますか。」

 「いつでも良くてよ?」

 水気を抜き取ったリヴァイアサンは、まるで定位置であるかのように俺の腕に自身のそれを絡めた。

 ……濡れたままじゃなくて良かった。視線を向ける方向に迷わずにすむ。

 「はぁ……。」

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