龍の会合
おそらく獣人もしくはドワーフの職人が、信仰する古龍のためにと丹精込めて手掛けたのであろう、聖都ドランを聖都たらしめている、龍の塔。
その中にある広大な空間を全くもって活用せず、古龍達は一つのテーブルに座ったまま、ただひたすらに酒を飲んでいる。
「……案外地味だブッ!?。」
「この場で何てことを言うんですか!?」
素直な感想を口にしきる前に、本日二回目、ルナに両手で口を塞がれた。
「リーダー……人が行ってきたこと全てを目の当たりにしてきた存在が、目の前に5人も集っている。とまぁ、こう考えたらどうだい?」
「ええ、凄い光景なのよ、これは。」
珍しいことに大人しく静観してるなと思ったら、フェリルとシーラはそう思ってたのか……。あまりピンとは来ないが。
ユイを見ると、キョトンとした顔が返ってきた。おそらく俺も似たような顔をしていると思う。
「ま、年寄りを敬えって事じゃないか?」
「ああ!……うっ。」
言うと、ユイは一瞬晴れやかな顔をしたかと思うと、辛そうに頭を抑える。
一晩寝ても疲労が抜けきらなかったか?
「まだ疲れてるみたいだな?」
「大丈夫、目眩が少しするだけよ。」
万全ではないのは確からしい。
「昨日もそうだったんだろう?」
ユイは無言で小さく頷いた。
「辛かったら寝ていいからな?フェリルが襲う心配はしなくていい、シーラが止めてくれるさ。」
「ふふ、あなたじゃないのね。」
そう言ったユイに笑い返し、ルナに買わされ、有り余っているポーションを飲ませてやろうかと思案しながら、長テーブルでまだ飲んでいる古龍達に視線を戻す。
「あー!やっぱり人の姿は良いな!腹が膨れやすい!酒も飲みやすい!ハッハッハ!」
バハムートが笑い、先程どこからか持ってきた、ファフニール秘蔵の酒樽からなみなみとジョッキに酒を注ぐ。
……まぁ龍に比べれば体は小さいし、人には頬袋があるからな。
「で、そろそろあれ等がそなたの何なのかを教えてくださらないこと?」
リヴァイアサンが急に俺達を指し示し、バハムートに聞いた。
話題に登った事で自然、俺達も耳を澄ませる。
「そうだな、私もそれは気になっていた。よもや協定を忘れてしまった訳ではあるまい?」
「そんなもん当たり前だろうが!お前等を呼んだ理由があいつらと関係あるんだよ!お前ら、神の武器を一度あいつに譲れ!今回のヴリトラ退治のためにな!」
……直球だなぁ。
「「「「ほぉー?」」」」
古龍達はいっせいに、面白がるようにこちらを見た。
バハムートから目配せ。
「え、あ、あー、私の名前はクロダ コテツです。えー、その、早速ですが、どうか神器を私めに譲ってもらえないでしょうか?ご存知の通り、ヴリトラを倒すにはそれらが必要で……。」
「な、なぁ、バハムート。」
「あ?どうしたカンナカムイ?」
「アンタが協力してるって事は、あいつの力を認めたって事だよな?」
「ハッハッハ!少なくともあの黒いのならヴリトラと渡り合える!だからこそ、こうして協力したに決まってるだろうが!」
「「「「おぉ!」」」」
頑張って敬語を使ったのに話を途中で中断され、致し方なくボーッと会話の行く末を見守っている内に、なんだか変な方向に進んだ気がする。
バハムートには珍しく褒められたのに、嫌な予感しかしないのは何故だろう。
「それだけの力量を持つ“人”が必要としている物を、私達は持っていると言うのですね?……ふふ。」
言葉を噛みしめるように状況を反芻するファフニール。最後の含み笑いが非常に気になる。
「「「「(チラッ)」」」」
寒気がした。
「「「「(ごにょごにょ)」」」ウホン、クロダ君だったかな?」
内緒話の末、こちらを見たのはケツァルコアトル。その姿は初老の男性だが、派手目の服装が妙にマッチしていてセンスの良さが窺える。
「は、はい。」
「君はいつまでに神の武器が必要なのかね?」
「なるべく早くだと嬉しいですが……そうですね、できれば5、6月までには譲って欲しいです。」
そうすればスレインに帰った後、十分な余裕を持って7月にはファーレンに向かえる。
教師トーナメントは9月だが、出立したとき、ネル達には一年後って言ってあったしな。これ以上、約束は破りたくない。
「ふむ、4ヶ月はあるか……少し待て。「「「(ひそひそひそ)」」」」
その内緒話、俺も混ぜてもらえないだろうか?
と、今度はカンナカムイがこちらを見た。
「おいテメェ、武器は?」
「拳と双剣です。」
「おい、お前の本領はそこじゃねぇだろ!先制して攻撃したときの魔法があるだろうが!」
人の秘密をそう堂々と暴露していただきたい!ここにはリヴァイアサンっていう、頭を貫いた事のある相手もいるんだから!
「龍相手に魔法で先制したのか!?」
驚いた、と目を見開くカンナカムイ。
「え、ええ、まぁ無色魔法……と、まぁこういう感じの黒魔法で、なんとか。」
無色魔法で説明を止めようとしたが、バハムートに睨まれ、隠匿を諦めた俺は、空いている右手に黒龍を作成。
……頼む、バレないでくれ!
「ほっほぉ?便利そうだな?」
感心したように言うと、カンナカムイはまた密談の輪に戻っていった。
尻目にリヴァイアサンを見るが、俺の方に背を向けているので表情は分からない。
と、今度はファフニールがこちらを見た。
「お伺いしますが、神の武器の形にこだわりはありますか?杖は扱えない、使いたくないなどのような。」
「いいえ、私が使えない武器は使える者に使わせるつもりです。あ、もちろんちゃんと返しますから心配は……「ふふ、ありがとうございます。」……。」
そしてまた密談が始まる。
「よし、文句はないな?」
と、バハムートが聞くと、他の龍が一斉に頷き、かと思うといきなり全員自らのジョッキをグイッと傾け飲み干した。
ドン、とテーブルにそれらが置かれ、古龍達はその場に立ち上がる。
そして思い思いのポーズを取り……
「「「「最初はグッ!じゃんけんポォイッ!…………あいこでショォッ!」」」」
「「ぐぁァァ!」」
「「っしゃァ!」」
……じゃんけん大会が始まった。
もう訳が分からん、どうにでもなれ。
「ふふふ……この塔の管理といい……私、どうしてこんなに不幸なのでしょう。」
じゃんけん大会が終了し、ファフニールはその場に崩れ落ちた。どうやらこの塔の管理者もじゃんけんで決まったらしい。
……もしファフニールじゃなければここは教会のような役割を果たすことは無かっただろう。うん、じゃんけんの神様もたまにはいい仕事をする。
ちなみに結果は1位から順に、リヴァイアサン、カンナカムイ、ケツァルコアトル、そしてファフニールだ。
「な、なぁ、何のじゃんけんをしたんだ?」
じゃんけん唯一参加しなかったバハムートのそばに行って聞く。
「ああ、あれはお前に頼みごとをする順番決めだ。」
!?
「ハーッハッハ!何て顔してやがる!当たり前だろう?取り引きってのはそういう物だ!」
取り引き……つまり神器が欲しいならまず古龍のために働けと……。古龍なんだから、自分でやれば良いだろうに。
『古龍には我々神だけでなく、互いとも様々な制約をしておるのじゃ。人の世にはなるべく干渉しない、互いとは力では争わない、などとの。』
そりゃまたどうして?
『古龍が暴れれば、楽しい楽しい人の世を、簡単に壊してしまうことになるからの。』
……ああ、だからバハムートはヴリトラ退治に協力的でも、自分の手は汚さないようにしてるのか。
『言い方をもう少し考えい。』
へいへい。
「無理難題じゃなければ良いけどなぁ、たぶんそうなんだろうなぁ……はぁ。」
「俺もいくつかしてもらいたい事はあったがな!人型だったとしても、あのときは久しぶりに本気を出させて貰った!ハッハッハ!だから免除だ!」
あれだけやって、やっと神器一つ。それをあと四回……心がポッキリ折れそうだ。
『性根はもう捻くれてしまっていつ折れても分からぬぐらいじゃと思うがの。』
うるさい。
トボトボとパーティーの元へ戻る。
「リーダー、状況の説明をしてくれるかい?」
「ああ、えーと、な、なぁ、神器を集めるためなら全員、協力してくれるよな?」
「もちろん。」
「ええ。」
「当たり前です!」
エルフ二人とルナは即答してくれた。
「あなたが秘密なんて作らずに、協力を要請してくれさえすれば、ね?」
そしてまだ疲れた顔をしているユイからはキツイ皮肉が返ってきた。
「よし……なら「んふ、そなた達が協力的で助かるわ。」のわッ!?」
背後からリヴァイアサンが声を出した。
「りり、リヴァイアサン、様!?」
ルナは安定してテンパっている。
「あら、“銀”……もしかしなくても、バハムートのところの神官ではなくて?」
スルリと俺の腕に右腕を絡ませながら、ルナへ質問がされる。
胸が当たる……どうして生殖機能を奪われてるのに性別は残っているんだッ!
『奪ったのは龍が生まれて数百年後じゃからの。それに変身は自由じゃ。』
理性ッ!
「は、はい、巫女をさせていただいておりました。い、今は次の代に引き継がれております。」
「そう、これから少しの間だけれど、よろしくお願いしますわね?」
「は、はい!」
ルナは古龍に話しかけられた事でもう目があっちゃこっちゃ泳いでしまっている。
「ふぅぅ、具体的には何を?」
息を吐き出して心を落ち着け、もう鼻先が当たりそうなぐらい近くにあるリヴァイアサンを目だけ動かすことで視界に入れながら聞いた。
「私の神殿から盗まれたものを取り返してくださいな。」
「……もしかして神器、神の武器を盗まれました?」
それは困る。
「私はバハムートやケツァルコアトルとは違い、自分の物は肌身離さず持つ性分。心配せずとも、報酬はここにあってよ?」
リヴァイアサンら左手に持った槍をクルリと回し、石突でトン、と床を鳴らす。
鑑定!
name:神槍ロンギヌス
info:原初の殺人者の血を引く者が、天より落ちた石から鍛え上げた槍。刺した“人”の命を吸い、使い手を癒やす。かつて半神半人の者の、人の部分のみを吸い上げ、純粋な神として復活、昇華させた。
……人しか殺せない槍、ね。ハズレか?
『人に対してのみ特殊な能力を発揮すると捉えた方が正確じゃな。なに、神威は宿しておるのじゃ、ヴリトラ相手に使えぬ事はないわい。』
そうか、なら安心だ。
「……それで、何を盗まれたんですか?」
「ふふ、まぁそうつれない事を言いなさらず。」
言えない、もしくは言わない、と。
それを誤魔化すためかは知らんが、だからってぐいぐい胸を押し付けるのをやめてほしい。
「まぁどうあったって従いますけどね。雇い主には従わないと報酬は得られませんから。……それで、出発はいつ?」
「用意できしだい、私に声を掛けなさいな。頂上で待っております。ふふ、期待してますわ……黒き槍のお人。」
最後の部分だけ囁き、リヴァイアサンは俺から離れて行った。
……やっぱりバレたかぁ。
「はぁ……、神殿の盗難、か。バハムートの所と同じように、たぶんヴリトラ教が関係してるよな……。」
「だろうね。……ねぇリーダー、今回は僕達二人で行かないかい?」
「待ちなさい、私は行くわよ。」
フェリルの提案に頷くと、ユイが立ち上がって反論した。
「体調は?」
「……少しずつ慣れてきたわ。」
悪い体調に慣れるってどういう事だよ……。
「バハムートとの修行はどうするつもりだ?」
「え、あ……。」
「ハッハッハ!何を言うかと思えば!俺がお前らの足になると言っただろう!」
バハムートが俺の背後から近づいて来て、バンバンと背中を叩きながら笑う。
「あ、ありがとうございます。ほら、大丈夫よ。」
さっき一瞬でも詰まったくせにユイは開き直った。
……何が何でも付いてくるな、これは。
「はぁ。」
ため息をつく。
と、ルナとシーラからジトッとした視線が注がれている事に気が付いた。
「お前らも、来るんだな?」
「「(コクコク)」」
真剣な顔で頷く二人。
「はいはい、分かった分かった。……はぁ。」
ま、蚊帳の外に自分から進んで出ていく奴なんてそうそういないわな。
またまたため息を吐き、フェリルと顔を見合わせる。フェリルは半笑いで肩をすくめていた。男の二人旅は断念したらしい。
「じゃあそれぞれ準備をしてここに集合してくれ。……って昨日来たばかりだもんな、もういつだって出れるよな。ほら、荷物を取ってこい、行くぞ。」
呼び掛けたところで誰も動かなかったので、俺はリヴァイアサンの元へと歩いていった。