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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第二章:一攫千金な職業
16/346

16 職業:冒険者⑩

 「「「「「ああ、明日からどうしよう。金が無いよう。(チラッ)」」」」」

 ギルドに入って早々、俺とアリシアは冒険者達の息のあった大根芝居で歓迎を受けた。

 「あの、私たちってたくさんお金を儲けましたよね。」

 それを見て、心優しいアリシアがおずおずと聞いてきた。その慈悲深い意図は容易に予想できる。

 そしてそれを聞いた冒険者達も、何かを期待するような目でこちらを見ていた。

 「アリシア、あいつらは冒険者だ。つまり死ぬ気で頑張れば明日ぐらいなんとかなるのさ。俺達だってああなることがあるかもしれないんだから他人事じゃないぞ。しっかりと気を引き締めて依頼を受けるんだ。」

 まぁだからと言って、俺の負けに生活が危うくなる程の金を賭けやがった奴を助ける義理は微塵もない。

 「そうですね……あれ?」

 いきなりの話題の転換に戸惑うアリシアと項垂れる冒険者達。

 彼女が話を蒸し返す前に受付へと急ぐ。

 ネルの代わりとなる受付嬢はまだ研修中なのか、受付に座っている女性は三人。

 俺はその中の机に突っ伏している奴のところへ向かった。彼女の余りの暗い範囲気に誰も並んでいなかったからである。

 頭を机に預ける受付嬢の前に立ち、いざその頭をしてやろうと思ったところで彼女はゆるりと眠たげな顔を持ち上げた。

 左胸の名札にはセシルある。

 「あなたのせいで、一文無し。」

 セシルは俺の顔を見るなり、無表情でそう言ってきた。

 こいつも俺が負ける方に賭けたらしい。

 「真面目に仕事をすればもとに戻るさ。で、ランクEになる条件を教えてくれないか?」

 聞くと、彼女は机の下から1枚の紙を取り出し、ベタンと乱雑に机に乗せた。

 「この依頼を達成すればいい。」

 それを手に取って見てみれば、スライム十体討伐と書いてある。

 「これだけか?」

 「それだけ。スライムは外側の膜と強い酸とコアで出来ている。討伐の証はそのコア。強い酸のせいである程度いい武器じゃないと刺した瞬間に武器が溶けて使い物にならなくなる。だからそのいい武器を手に入れるまでの素材集めや金稼ぎが目標。その指標としてこの討伐依頼がある。魔法を使うと酸が飛び散るから気を付ける。」

 「親切にどうも。」

 「私の良い仕事ぶり、絶対にネルに言ってね!」ニコッ!

 俺とアリシアはパチクリさせた。

 目を擦り、やはり目の前にいるのは無表情て無愛想な受付嬢だと再確認。

 「じゃ、じゃあそれを受ける。二人分な。」

 「ネルは入れないでいい?」

 「ランク差が開きすぎてるんだ。」

 「納得。じゃあ二人で20体討伐したらまた来る。」

 「分かった。賭け金を取り戻せるよう頑張れよ。」

 「さっさと行く。」

 「へいへい。」

 錯覚、だよな?

 そう自分を納得させて、俺は項垂れたままの冒険者達の間を、彼らを見て物凄くおどおどしているアリシアの手を引いて、さっさとギルドを抜け出した。

 そのままさっさと街の外へと向かう。

 しかし、スライム討伐は予想通りなら意外とすぐに終わるな。

 アリシアの魔法発動体もまだ実戦デビューしなくて済むか。

 『スライムを侮ってはいかんぞ。』

 そうか?

 『そうじゃ。あやつらは動きが遅いからの、普段は動物や魔物の死骸を食べるのじゃ。じゃがな、あやつらは分裂して増え、凄まじい勢いで増殖する。そしていつかは食料が不足する。分かるの?』

 ああ、まぁ。

 『そうしたらあやつらは生きた物も食い始めるのじゃ。動きは鈍いから、魔物の巣の近くの木や岩の上で待ち構えて、近づいたところで上から落ちてへばりつき、どんどん溶かして消化していく。これは人間も対象じゃぞ?頭に落ちたらほぼ即死じゃな。じゃからこそ間引きが必要になるんじゃよ。』

 うーわ、気をつけよう。

 「アリシア、スライムってどこにいるか分かるか?」

 「どこにでもにいますね。でも何かの死骸があれば寄ってくるんじゃないですか?」

 確かにそうだ。

 「よし、ならあのゴブリン村へ行こう。回収してない半焼死体も結構あったはずだ。きっと群がってくれてるさ。」

 「はい!」

 目的地はあの勇敢な戦士達の村と相成った。



 到着したゴブリン村跡地には、期待通りスライムがいた。それはもうたくさん、びっしりと。

 各個の大きさは両手にギリギリ収まるぐらい。半透明な薄く青みがかった色をしていて、その中心部分にコアだと思われる赤い8面体が見える。ドラク◯のような顔もなく、とんがってもいない。ただの色のついた水滴みたいだ。

 それがゴブリンの死骸だけでなく、その回りの地面にもへばりついている。

 どうも血まで捕食(?)するらしい。

 「これって踏んだら足が溶けるのかね?」

 「はい。たしかそれを利用したトラップも戦争で使われたことがあると聞いたことがあります。」

 悪質っ!

 「俺の足が溶けたら頼むよアリシア。」

 「足の欠損ぐらい、任せてください。」

 えへん、とアリシアが胸を張る。

 それを簡単に言いきれる魔法ってやっぱり凄いなーと改めて思いました、マル。

 「じゃあコアを集めようか。」

 言って、足元に気を付けながら一番近くのスライムに近づき、無造作に右手をそれに突っ込んで赤いコアを引っこ抜く。

 途端、その水滴のような形が崩れ、スライムは水のように地面に染み込んでいった。

 「ななな、何をしてるんですか!?」

 アリシアが仰天して叫び、スライムを間違って踏まないようにしながら俺の側に飛んできた。

 「いくら私がいるからってそんなことをしたら駄目です!早く、手を!」

 「まあまあまあまあ、落ち着け落ち着け。」

 そう慌てふためく彼女の頭を左手で抑えて押しとどめ、宥めにかかる。

 「何でそんなに落ち着いているんですか!?回復魔法でも早ければ早い方が効き目はいいんですから!早く手を出してください!……もう、やめてください。私の前でこんな危険なこと。」

 怒りながら、アリシアは段々泣きそうになってきた。

 そろそろ種明かしと行こう。まぁ元々隠す気は無かったんだけどな。

 俺はいつもと違って前腕の四分の一までを覆う右手の手袋を消し、無事な右手を見せてやった。

 「ほえ?」

 アリシアが呆気にとられている。

 手品を初めて見た子供のようで面白い。もしこの世界にトランプがあるのならさらに色々やって見せたい。

 「手袋の黒色魔素の量を多めにすれば酸を通さないんじゃないかと思ってな。実験してみた訳だ。結果はこの通り、大成功だ。」

 「やっぱり危険だったんじゃないですか!」

 言うも、アリシアの怒りは収まらない。

 ならば褒めるに限る。

 「ああ、アリシアがいたからこそできた実験だよ。」

 「え?そ、そうですか?いや、でも神官がいるから危険なことをするというのは本末転倒じゃ……」

 顔がにやにやしている。

 とどめだ。

 「ああ、アリシアがいてよかったなぁ。」

 「うふふ、そうですか。」

 セーフ、アリシアって割とチョロいのかね?

 しかし、スライムは強い酸なんだよな。

 なあ、爺さん、スライムが地面に染み込んでいったぞ。大丈夫なのか?

 『大丈夫じゃ。あの強い酸性はコアが無くなるとただの水になる。』

 なんだその不思議生物は?

 『スライムじゃ。』

 ……そうだった。

 「アリシア、手を借りるぞ。」

 言い、にこにこしたままのアリシアの右手首をそっと掴む。

 「え?は、はい。」

 それを黒色魔素で包み、

 「きゃっ、何ですか?」

 さらに無色魔素を送り込む。

 「まあ待ってろ。」

 言って、俺と同じ黒の手袋をアリシアの手の形に合わせて作り上げた。

 「よし、違和感はないか?」

 「はい。」

 嬉しそうにアリシアが言う。まあ、女性は洋服買うのが好きだからな。俺の母さんがそうだった……。

 うん、湿っぽくなるからやめよう。

 さて、嬉しそうに手袋を眺めているところを少し申し訳なく思いながら、俺はさっとその手袋を取り上げた。

 「え、そんな。」

 物凄く寂しそうな目に罪悪感が強烈に刺激される。

 「安心しろって、最終確認するだけだ。」

 そう言って俺は手袋を半分、手近なスライムに突っ込み、スライムの外に出ている手袋の口に木の枝を突っ込んだ。

 取り出した木の枝を見れば、溶けた様子は全くない 。

 よし、酸は通していないな。

 アリシア用の手袋をそのままにし、俺は自分の手でスライムのコアを取り出して、酸の塊を水にした。

 手袋をアリシアに放る。。

 「よし、合格だ。嵌めていいぞ。」

 「はい!ありがとうございます。」

 それを受け取った彼女はまた満面の笑みを浮かべ、いそいそと手袋を手に嵌めた。

 「さて、スライムのコアを20個だ。」

 「はい!」

 わざわざ規定数以上集める必要はない。さっさと帰ってネルを驚かせよう。



 「早いにもほどがある。」

 依頼の成功を討伐の証とともに報告すると、セシルに文句を言われた。

 あれからはそこら辺のスライムのコアをちゃっちゃと採集した。木の上から落ちてきた数体も、気配察知をしていたお陰で全て防げた。

 「早いに越したことはないだろうに。」

 「損させられたからイラつく。」

 「文句ならネルに言え。」

 「ネルにはたくさん助けてもらった。文句は言えない。だからネルを泣かせたらお前を殺す。」

 穏やかじゃないなぁ。

 「ああ、婿探しを必ずサポートしてやるさ。」

 「……それでいい。ん。」

 と、セシルが机の下から鉄のプレートを二枚取り出した。

 「お、プレートが代わるのか?」

 「GとFはお試し期間。ここから本番。その木のプレートは取っておく。ランクSになれば価値が出てくるかも。」

 Sランクってのは有名人みたいな扱いになるらしい。

 「分かった。それで、ランクDになるにはどうすればいい?」

 アリシアにプレートを渡しながら聞く。

 「これ。」

 取り出されたのは1枚の依頼書。

 「トリケラ?」

 「そう、別名は盾地竜。頭の回りに大きな盾のような所があって、魔素をそこに纏った突進攻撃を主にしてくる。これを一人一体倒すのが条件。」

 セシルの説明で、なんたらトプスのイメージが頭に湧いた。

 魔物の名前が明らかに元の世界由来じゃないか?

 『元々別の名前でも、勇者が度々他の呼び名で呼ぶ内にこの世界の者がそちらを使うよつになったんじゃろうな。英雄の言葉じゃし。』

 そんなもんか。

 「了解。討伐の証と生息場所は?」

 「討伐の証は頭の盾。これは大きいから最低4分の3があればいい。トリケラはイベラムから南に少し行ったところにある、ダイナソー山のふもとにいる。」

 ダイナソー山、ねえ。

 『言わずとも分かるじゃろうが……。』

 その言葉で十分分かったよ。

 ……にしてもダイナソー山って命名は適当すぎだろ。

 「分かった。」

 「弱いけど、魔物の中でもモンスター登録されているから昇格依頼以外の依頼も受けて魔物退治になれた方がいい。」

 「モンスター登録?」

 「ゴブリンやスライムと違って、でかくて強力な魔物のこと。そういうのを倒す依頼がランクDから増えてくる。」

 「そうか。じゃあ行ってくる。スライムの依頼の報酬はトリケラを倒してきてから一緒にくれ。」

 スライム退治が超短時間で終わったから夕食まで時間はまだある。

 ネルに追い付けるかもしれない。

 「人の話を聞く。」

 「ちゃんと場所は聞いたぞ。」

 「はぁ……、ネルがこんな奴と同じパーティーなんて。かわいそう。」

 「弱点を教えてくれたら嬉しいな。」

 「盾のような所の裏の付け根が脆い。」

 不機嫌でも職務はちゃんと果たすらしい。

 「じゃ、行ってくる。」

 「痛い目見ろ。」

 俺は再びアリシアを連れてイベラムを出た。



 恐竜山もとい、ダイナソー山に着いた。

 道中の爺さんの説明ではこの山を登れば登るほど魔物が強くなっていくらしい。

 つまりふもとにいるトリケラは最弱ってわけだ。

 「じゃあアリシア。今回は二手に別れて一人一体ずつ倒そう。やっと魔法発動体の出番ってわけだな。」

 もちろん俺はさっさと終わらせてアリシアを見守るつもりだ。トリケラに簡単に勝つ作戦は当然考えてある。

 「はい!」

 アリシアは右手の黒い手袋を握り込んで可愛らしく気合を入れた。

 手袋はすっかり気に入ってくれたようで、もうプレゼントしてしまったのだ。……これからは毎朝早起きして消えた手袋の作り直しをしなくちゃいけないな。

 ま、魔法の鍛錬になるから別に良いか。

 「じゃあ頑張れよ。集合場所はここで。」

 そう言って俺達は別れる。

 俺は黒い板で空へ、アリシアは歩いてダイナソー山へ向かった。

 ずるいとは言うなかれ、作戦である。

 そして索敵をするまでもなく、トリケラは見つかった。

 予想通り、元の世界のあのトリケラトプスに酷似している。ただ、違う点もあり、頭の盾が異様にでかくて厳つい気がする。

 トリケラの真上に移動し、黒魔法で槍を作成。それを空中で移動させ、トリケラの盾の真後ろに静止。そのあと微調整を加えながら盾の付け根に穂先を向けた。

 「よい……しょっ!」

 そして槍の尻へ向け、両手に握った黒い槌を振り下ろせば、ズンッという音と共にトリケラが地面に串刺しになった。

 そのまま摩訶不思議な復活や最後の力みたいな物を見せない事を確認し、槍を消す。

 そして支えを失って倒れたトリケラの下に板を作り、俺のいる高さまで持ち上げた。

 一丁上がり、さて、アリシアを探すか。


 アリシアは集合場所のすぐ近くでトリケラと戦っていた。

 トリケラの突進攻撃を横に避け、盾の裏を狙って炎を放つも、その全てが外れたり体の他の部分に当たったりしている。

 それを何回も繰り返しているのか、トリケラもアリシアも疲弊しているのが端から見ているだけでも分かる。

 と、アリシアが風の刃を作り、トリケラの足元に連射し始めた。疲弊しているからか、狙いはぐちゃぐちゃ。

 それでも下手な鉄砲数打ちゃ当たる。

 数発が当たり、足に切り傷ができる。

 怒ったトリケラはまたまた突進。しかし疲労と足の怪我で速度がいまいちだ。

 アリシアの攻撃は止まない。

 トリケラの足がさらに遅くなる。

 そして数秒もせずに両者が接触するというところで、アリシアが自分の脇から強風を放ち、自身を横に吹っ飛ばした。

 トリケラは機敏な方向転換をできず、そのままアリシアのいた場所を通り過ぎていってしまう。

 またさっきと同じように攻撃するのかと思いきや、アリシアはたたらを踏みつつ着地したあと、走っているトリケラへと向かっていく。

 真後ろからの追い風を起こして走るスピードが若干上がっている気がする。

 そしてトリケラが静止したと同時に彼女はグンと距離を詰め、新品のタクトで弱点を突いた。

 「グ、ガッアァ!」

 とトリケラが苦悶の声をあげ、怯む。アリシアはそんなに力は強くないし、タクトから放った魔法の威力が高かったのだろうか?あまりそうは見えなかったが。

 おそらく物凄い弱点なんだろう。叩いただけで怯むとは、男の弱点みたいじゃないか。

 そして俺はそんなところを槍で刺した、と。……いかん、想像してしまった。

 俺が上空で勝手に悶絶し、行動不能に陥っている間、アリシアはトリケラが怯んだところにさらに追撃を行っている。

 この前のゴブリン戦で使った複合魔法をタクトから至近距離で弱点に当てた。

 一瞬、辺りを照らす光、続いてトリケラから細く長い火柱が天高く立ちのぼった。

 アリシアは起こした風で吹き飛ばされていく。風で落ちる勢いを調整してはいるが、しっかりとした着地はできそうにない、か。

 「あ、コテツさん!」

 俺は足場を移動させ、彼女が落ちてくるだろう軌道に移動。両腕を大きく広げつつ、片足を引いて衝撃備える。

 「おう、おつかれさん!……ぐへっ!?」

 みぞに……頭が……。

 俺は再び、行動不能に陥った。


 アリシアの倒したトリケラは黒焦げになってしまっていた。しかし幸い、頭の盾だけは特に頑丈なのか、無傷のまま残ってくれていた。

 にしてもアリシアのあの魔法、おっそろしい威力になってるなぁ。

 内心舌を巻きながら、嬉しそうな本人の気分に水をさそうとは思えず、取り敢えず彼女の頭を撫でて褒めておいた。

 兎にも角にもこれにより、俺とアリシアのランクD昇格依頼は達成された。

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