古龍
「んん……誰!?」
「お、起きたか。」
ここドランでルナ主導の観光を行ったのは昨日のこと、ユイの寝ている部屋で差し入れのパンを袋から取り出そうとしたところでユイが起きたかて、黒銀を解除した。
「ああ、あなたね……。」
あれ、黒銀の姿はユイに見せたことって無かったか?
「ここで何をしているのかしら?」
「ああ、朝食を買って戻ってきたところだ。ここの有名な店がどこなのかとかは分からなかったから、特別美味いかどうかは知らんがな。」
ちなみにお使いの間もずっと黒銀を発動しっぱなしだったのは、鍛錬のためで、バハムートにもそうするよう言われたからだ。
もっと具体的に言うと、俺はまだ夜が明ける前に、何故か同室となったバハムート(おそらくバハムートの進言)に叩き起こされ、日が登り終えるまで殴り合いをさせられ、終わった後にそういう指令を受けたのである。
……戦闘後、昨日買ったポーションの内の一本を――体に振り掛けるのには抵抗があったため――頑張って飲み干し、それが気付け薬にもなる事を思い知ったのは別の話だ。
「はぁ……体調は大丈夫そうか?」
思い出し、ため息が漏れる。
「ルナさんを連れて行けば良かったじゃない。あと、そうね……やっぱり体が重いわ。」
「あー、その両方の理由は隣を見りゃ分かる。」
なにせルナがユイを抱き締めてムニャムニャ言って寝てるんだから。
「え?あ、ふふ……可愛いわね。」
「ルナにとってはお前の方が可愛い妹弟子だけどな、はは。」
軽く笑い、俺は自分で買ってきたパンを袋から取り出し、食べる。ちなみに種類はバターロール。かなり大きく、ファーレンでのルナの料理も連想されて、ここはやはりラダンだと実感した。
やはり焼き立てのパンは美味い。早朝だったこともあり、開店前に店の前で並んだのが良かったのかもしれん。
香ばしい香りは元より、パリパリの外と中身の柔らかさの移り変わりが素晴らしい。食べてて飽きない。表面に塗られたバターは見栄えの良さもさることながら、小麦の味をしっかり引き立てている。
「……おいしそうね。」
「ん?お前の分もあるぞ、食うか?……って無理だな。」
ルナはユイの両腕諸共抱き締めてしまつまている。
「あーんしてやろうか?」
冗談で言うと、ユイは少しの逡巡の後、控え目にだが、口を開けた。
「……お前、本当に体調は大丈夫なのか?」
今日一日寝かせておいた方がいいかもしれん。
「う、うるさいわね、昨夜は夜ご飯も食べられなかったから、お腹が空いてるのよ。」
「ああ、昨日の夕飯は……ご馳走だったなぁ。」
どデカい肉塊を思い出しながら、涎を飲み込む。あれは……良い店だ。
「あーーん!」
ユイの催促。腹がかなり空いているらしい。
「ははは、本当に言う奴は初めて見たな。」
笑い、ユイの分のパンを千切る。
「投げようか?……はいはい、冗談冗談。」
千切ったパンを顔に近付けてやり、ユイは口だけで器用に口に入れた。
いやぁ、末恐ろしい目をしてたな。
「次。もう少し大きめで良いわ。」
「ハイハイ。」
要望通りにし、手を伸ばしたところで背後の扉が開いた。
「ユイちゃーん、起きてるー?大丈夫かい?……あ、リーダーズルいぞ!」
いや、ズルいぞって言われてもな……。
「ん、んん、ふあ?……あ。」
ほら、フェリルが大きな声を出すからルナが起きたじゃないか。
「むぅん?あ、ご主人様ぁ、ユイだけでなく私にもくださいぃ。」
そうなるのか……。
「はぁ……フェリル、ほれ、ユイの餌付けは頼んだ。」
「よし分かった!了……「何が餌付けよ、一人で食べられるわ!」……あ。」
フェリルにユイのパンを差し出すと、ルナの拘束から解かれたユイがそれを横からかすめ取った。
「ごー主人様ぁー。」
見ると、ルナがニコニコしながら口を開けていた。
「寝惚けてるな?ったく、ここじゃコテツだってのにこの寝惚すけめ……ほい。」
ルナの分を袋から取り出し、千切って軽く投げる。
俺の完璧なコントロールもあり、ルナは口でキャッチ、モグモグやって飲み込んだ。
「むぐむぐ……ユイと扱いが違います。」
「いやいや、ユイもこんな感じだったぞ?」
「あ、そうでしたかぁ……。」
やはり寝惚けている。
「え、そうなのかい、ユイちゃん?」
「ち、違うわよ!ちょっと、あまり出鱈目言わないでくれるかしら!?」
と、背後からお怒りが飛んできた。
チッ、まだ出て行って無かったか。
「すまんすまん……ルナ、ホイ。」
「はむ!」
……なんか楽しくなってきたぞ?
「あれは、暴風龍ケツァルコアトル様だ!」
「「「「「おおおお!」」」」」
「そしてあれは、雷龍カンナカムイ様!」
「「「「「おおおおお!」」」」」
昼、地上は大騒ぎになっていた。
その様子を塔の天辺から見ている俺も少なからずわくわくしている。空の彼方から現れる巨大な生き物、それだけで興奮するに十分だ。
にしても獣人は目もいいなぁ。龍眼を使ってないとしても、俺でもまだ点にしか見えないのに。まぁだからといってわざわざ使おうとは思わんが。
「ほわぁぁ……。」
隣のルナはもう放心してしまっている。
「お二方、ここにいては危険です。一度塔の中に入っておられた方がよろしいかと。」
ルナと寄り添って座り、近付いてくる龍が段々大きくなっていくのを眺めていると、背後から声を掛けられた。
大杖を片手に、ゆったりとした白いローブで体を包んだ、柔和な笑みを浮かべている女性。彼女はここ、龍の塔の管理者さんである。
「あ、はい、でもあと少しだけ……。」
しかしルナはテコでも動きそうにない。
「……えーと、いざとなったら俺が連れていきますから。」
「分かりました、そのときはよろしくお願いしますね。」
軽く笑うと、管理者さんは頭を下げた。
「おい、ファフニール!酒はあれだけで本当に足りるのか!?あれぐらい、俺一人で飲み干せそうだぞ!?」
と、バハムートが大声を上げて階段を登ってきた。
「それは貴方が自重すれば済む話です。」
しかし管理者、ファフニールはたった一言でバハムートを断じる。
「何ぃっ!?俺に酒を飲むなだとォ!?喧嘩売ってんのか!」
「いいえ?あなたの体を心配しての事ですけれど何か?」
うわ、白々しい。
「ハッハッハ!喧嘩をしたいならそう言え!いつでも相手になってやる!」
仲良いなぁ……。
目の前で起こっている喧嘩に苦笑いしていると、ルナにちょいちょいと袖を引かれた。
「い、今、ファ、ファファフ……」
「ああ、ファフニールだってな。やっぱり古龍なのか?獣耳が無いし、それに何よりバハムートを敬ってる様子が皆無だ。」
そんな変人は俺か、同じ古龍ぐらいだろう。
「どうしてそんなに落ち着いていられるのですか!?あのファフニール様ですよ!?他の四柱に絶対に戦いたくないと言わしめた、ここドランで祀られ、信仰されている、天龍ファフニール様ですよ!?」
俺の体をこれでもかと前に後ろにがくがく揺らし、ルナが捲し立てる。
「おい待てルナベイン!それだと俺がこのアマを恐がってるように聞こえるだろうが!それは違うぞ!誤解だ!」
「そうだそうだ!オレ様がそんな奴に負けるかってんだ!」
バハムートの抗議。その尻馬に乗ったのは、金の装飾を施された朱の棒を両肩で抱えた、ボサボサの髪を後ろで一つに束ねた女性。ネルといい勝負するほど風通しの良い服装をしている。
「カンナカムイの言う通り。その性悪より下に見られては堪りませんな。」
さらに不満を顕にしたのは、彩色がかなり派手な服装に見を包んでいながら、理知的な雰囲気を醸し出す男。
……状況や文脈から判断して、彼がケツァルコアトルなのだろう。
「……はわ、はわわカ、カンナ……あ、あうあうケ、ケツァルぅぅ……。」
周りに集まった顔ぶれが全員古龍だと分かり、俺に体重を預けてただただ感激(?)しているルナ。
「おい、しっかりしろ。」
その背中を軽く叩くが、あまり効果は出ていない。
「はぁ……、さて、後はリヴァイアサンだけか。」
「あら、私を呼びまして?」
ビクッと震えたのは仕方ないと思う。
噂をすれば影、リヴァイアサンは階段をゆったりと上がってきていた。服装は青を基調としたチャイナドレス。片手に槍を持ち、妙に艶めかしい。あと当然ながら頭に穴は空いておらず、傷跡すらなかった。
「ハッハッハ!よし、全員揃ったな!よし、「なら早速……」呑むぞ!」
え?
神器の話をしようとすると、バハムートがそう言って、階下へ下りていった。
他の龍もこぞってそれに倣う。
取り残されたのは困惑顔の俺と、完全に放心してしまっているルナ。
「はぁぁ。私、生きてて良かったです……。」
そんなに嬉しかったのか。
「……にしても、龍と人って美的感覚が似通ってるのかね?」
ふと思って口に出す。
「どういうことですか?」
「考えてもみろ、あいつらって全員元々はでっかいトカゲだ……むぐ!?」
言い切る前に口を両手で塞がれた。
「な、何てことを言うんですか!?誰かにき、聞かれでもしたら!」
「はいはい、すまんな、俺が軽率だった。」
ルナの両手を握って口元から放し、続ける。
「でだな、古龍が人に変身するとき、どんな姿形かはたぶん選べるだろ?」
「ええ、そうだと思います。」
「そして結果、男はかなりの男前になったし、女性は誰だって振り向く程の美女になった。だから美的感覚が似通ってるんじゃないかと思っ……たん、だ?」
ルナに説明を続けていると、段々とその顔が険悪になってきたため、尻すぼみになってしまう。
「ご……コテツが言っているのはファフニール様、カンナカムイ様、そしてリヴァイアサン様の事ですね?」
「え、いや、他の二人も……」
「あの方々を誰が振り向いてもおかしくないほど魅力的な女性だと思ったのですね?」
怒って……らっしゃる?
「え、ああ……もしかして俺の美的感覚が間違ってるだけか?」
聞くも、ルナは取り合わず、黙ったまま俺に肩を寄せてくる。
「怒ってるのか?」
これにも答えてくれず、ルナはさらに体を押し付け、頭もこちらへ傾けてきた。耳が俺の顔をくすぐる。
……あ、分かった。くはは、分かれば実に可愛いもんだ。
「なぁルナ……」
囁き、ルナの耳に顔を近付ける。
「はい、聞いています。」
ルナも小声で返してくる。
おそらく期待している言葉は“お前の方が魅力的だ。”とかそういう台詞だろうが……
……俺はその頬に軽くキスした。
飛び上がり、バッと俺から離れるルナ。顔は真っ赤っか、上気した頬の片方を両手で抑え、あわあわと狼狽えている。
うんうん、いい反応。
「ご、ご、ご主人様!?こ、このような場所では、あ、あまりその、駄目とは言いませんけれど、えと……ひゃん!」
「ここではコテツ、だろ?……ほら、さっさと下に行くぞ。たぶんユイ達も待ってる。」
ルナの耳をモフり、俺はさっさと階段を下りていった。……自分が今さっきしたことへの恥ずかしさに、内心で七転八倒なんて目じゃないほどのた打ち回りながら。
「ほら!言っただろ!酒が足りない!」
「私も申し上げたはずですよ?自重しなさい、と。そもそもこんな時期に召集をかけたあなたが悪い。新たに仕入れるのは2月だと知っているはずでしょう?」
「アンタが傷口に一々ぶっかけたりしなけりゃ足りたんじゃねぇの?もったいねぇ。」
「……聞き捨てなりませんね、あれは消毒、れっきとした治療のためです。」
「あら?貰うお金と使うお酒の値段は本当に相応の物かしらね?」
「私達にお金は必要ないでしょう?」
「そもそもファフニール、君が魔法を使えばいいだけの話ではないかな?」
「うっ、だってそんなの……面白くないでしょう!?」
「「「「……あー確かに。」」」」
大きな長テーブルに巨大な酒樽がドドン、と二つ置いてあり、人間の姿を取っている古龍達はテーブルの片側に仲良く一列に並んでただひたすら飲んでいた。
別のテーブルに座ってその様子を眺めてみた感想はというと、案外大人しいということだ。……まぁ話の内容には言いたい事があるが。
「なぁルナ、ここじゃファフニールが怪我人を治療してるのか?」
「そう、みたいですね。……そうだと知っている人は、おそらくいないと思いますが。」
そういえばスレインには無料で治療してくれる教会なるものがあるらしいが、アリシアがいてくれたおかげで縁がなかったな。……怪我をしてなくても、一度訪ねてみるのもいいかもしれん。
爺さんの教会だったら少し悪戯してみるのもアリ……
『ナシじゃ!』
ちぇっ。まぁいいや、どうせ盗みに入るし。
『う……む、それはまぁ、仕方がない、の……。』
「ね、ねぇ、リヴァイアサンはいるのかしら?」
「おう、あのチャイナドレスの美女だ。」
ルナが頬を膨らませたのが見えたが、俺が自分の頬を叩いて見せると真っ赤になり、大人しくなった。
「あれが……私の顔、覚えられていないかしら?」
「たぶん大丈夫だろ。舟から外に出たのはあの勇者二人だけだったしな。」
「そ、そうよね。」
本当、頭に風穴を開けたのが俺の槍だと知ったらどうなることやら。