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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第五章:賃金の出るはずの無い職業
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出立

 俺が目覚めたその日の昼、炎が上空を駆け抜けた。

 「ハッハッハ!今度の巫女は筋が良いな!ほら、もう一回だ!」

 「はいっ!……はぁぁ、ドラゴンロア!」

 放ったのは巫女の座をルナから引き継ぐ事となったステラ。その脇に立って監督をしているのは人の姿をしたバハムート。

 今、バハムートによるドラゴンロアの伝授が行われているのである。

 「うぅ、私、筋が悪かったのでしょうか……。」

 その様子を縁側から眺めていると、隣のルナがしょんぼりとしてそう言った。

 「ははは、直接聞いてみたらどうだ?」

 「え、あ、いえ、そんな事でお手を煩わせる訳には……。」

 断言できる。バハムートは、あいつはそんな事を気にするようなタマじゃない。むしろ何も気にしてないような気さえしてくる。

 「ほらほら!もっと吐き出せ、全部吐き出せ!俺の力を借りるんだ、半端な力でいいと思うな!」

 「は、はい……はぁはぁ、ドラゴン……ロ……ア。」

 バハムートの叱咤に、もう疲労でよろめいてしまっているステラが、それでも炎を捻り出した。

 が、やはり限界だったらしく、バハムートの方へ倒れ込む。

 そんなステラを支えたかと思うと、バハムートは彼女を腕に座らせるようにして片手で抱え上げた。

 「え!?バハムート様!?」

 「力尽きたな!?よぉし、じゃあ手本を見せてやる!良く見るんだぞ!」

 ステラの驚きの声に構わず、バハムートがもう片方の手を空に向ける。

 「ドラァッ!」

 ドン!と爆発。一瞬、空が真っ赤に染まる。

 熱風が俺とルナを襲い、前髪がチリチリと焼ける。炎が止むと、周りの木々や屋根の端が軽く燻っているのが見えた。

 ……ほら、何も気にしてやしない。

 「すっごーい!」

 「そうだろう、そうだろう!ハッハッハ!お前、ルナベインよりも分かってるな!」

 まぁ、仲が良いのは大いに結構。でもその辺にしておいて欲しい。ルナが俺の隣で泣きそうになってる。

 「う、ひくっ……私、分かってなかったんですね……。」

 ていうかもう泣いてる。

 「えー、ルナ姉はすごいって思わなかったの?」

 「ハッハッハッハッハ!お前の先代はびーびー泣き出したぞ!」

 「わぁ!やっぱり泣き虫だ!」

 あの二人、俺達がいる事に気付いてないのか?

 と、ルナに腕を引っ張られた。

 あーあ、もう涙目じゃないか。

 「ち、違いますからね!?あれは、私がまだ小さかったからで!な、泣き虫なんかじゃありませんから!」

 しかしこんなルナも新鮮で良いな。実家に帰ってきて良かったって奴だ。

 「アハハ……あ、そういや巫女の座を下りてしまったらルナはもうあれを使えなくなるのか?」

 頭をポリポリ掻き、そういえばと思って聞くと、ルナは固まった。

 「ど、どうでしょう?」

 「撃ってみたらどうだ?ステラにも良い見本になるだろ。」

 「はい!」

 縁側から下り、草履を履いてバハムートの元へ向かうルナ。そこで二言三言話したかと思うと、空に向けて特大の炎をぶっ放した。

 ……どうやら使えるらしい。

 にしても、ドラゴンロアを撃つにはバハムートの力を借りるとか何とか言ってなかったか?あんな修行で身に付くような物なのかね?特殊な魔法陣とかを使うんじゃないのか?

 『ヴリトラの魂片がそれぞれの魔素を生み出しておったろう?他の古龍も同じじゃよ。』

 何だ、自分の魂を割って歴代の巫女に飲ませでもしてるのか?

 『お、珍しく察しが良いのう!その通り、古龍は自身の魂の欠片を使い、力を他人に与えられるのじゃ。』

 あ、本当にしてるのか……魂を割って飲ませる?なんつー生き物だよ……。

 『古龍じゃ。』

 そうだったな……待てよ、それならユイみたいに激痛が走るんじゃないのか?

 『そうじゃの。まぁ、分け与えるのはほんの一部分じゃから、ユイ程ではないがのう。』

 ……ルナの奴、ヘール洞窟では乱射してたよな?初対面のときもぶっ放してきたし。

 『……慣れか、才能か、じゃろうな。』

 我慢、させてきたのかもな……はぁ。

 「あら?ルナさんを取られて悲しそうね?」

 と、今度はユイが歩いてきた。

 ちなみに俺とルナの関係はパーティーメンバーには既に露呈した。ルナを俺の腕に抱きつかせたまま、療養していた部屋から出てきたのを目撃されたのである。

 「はは、そうだな。」

 「で、要件は済んだのかしら?私達の準備は整ったわよ?いつでも出られるわ。」

 「いや、バハムートがずっとああでな。話し掛けるタイミングを探してる。」

 要件というのは神剣の譲渡についてだ。バハムートがあれをくれると明言してくれさえすれば良いのだが。

 「そう、なら暇なのね?」

 「何だ?厄介事か?」

 「いいえ、私の愚痴に付き合ってもらうだけよ。」

 「厄介事じゃないか……。」

 「あなたが原因なのだから聞きなさい。それに、今朝行ったはずよ、覚悟しておきなさいって。」

 そう言って、ユイは俺の隣、ルナがいたのとは反対側に座った。

 「はぁ……そうだったな。」

 バハムートとルナが一緒に猛炎を空に打ち上げるのを見ながらため息をつく。

 「とは言っても一つだけなのだけれどね。」

 「そりゃ良かった。」

 「なら早速……どうして私を蚊帳の外に置いたのかしら?」

 「それ、愚痴か?」

 「もちろん。」

 「危険に巻き込んでしまう奴を最小限にしたかった。」

 「密入国をさせたのは誰だったかしら?」

 「はは、ごもっとも。」

 笑い、頬を掻く。

 「建前は言わなくていいわ。本音を話して。」

 しかしユイは逃してはくれなかった。

 「俺の考えが浅かったってだけだ。何か深い意味があった訳じゃない。」

 「あなたのせいという事にすれば納得するなんて思っているのなら大間違いよ?」

 「俺のせいにすればって、おいおい、俺のせいじゃないんなら何なんだ?」

 肩をすくめて言うと、ユイは押し黙り、目を瞑って何やら考えた後、ポツリと言った。

 「あなたは私を信用していないんでしょう?」 

 少々だが、ドキリとした。

 「何言ってんだ、お前がヴリトラ教徒じゃないのは明らかだろうが。」

 それでも動揺は微々たるもの。しっかり抑え、平静は保てたはず。

 「そういう事を言ってるんじゃないわ。……そうね、私も言い方が悪かったわ。あなたは私を“信頼”できない。そうでしょう?」

 「お前が人を殺せないって事か?それは責められるような事じゃない。むしろ美徳だ。おかしいのは俺なんだから、気にするな。」

 話題を変え、はぐらかす。

 しかし、顔は不機嫌なままだ。

 「……剣を構えて。」

 そう言って縁側から下り、刀を抜いて切っ先を俺に向けるユイ。

 「ご主人様!?」

 ルナが異変に気付いてこちらへ来ようとするが、バハムートがその肩を抑えた。

 俺一人で対応すべきだって事か?……ま、そうだよな。

 「構えて!」

 「お、おう。」

 言われるがまま、俺も降りる。ユイから少し離れた場所で黒龍を作り、半身になった。

 「やっぱり…………そう、なのね。」

 するとユイは少し悲しそうな顔をした、かと思うと目元を拭い、俺を睨み付けてくる。

 「オーバーパワーッ!」

 いきなりか!?

 勇者のスキルを用いた突進。俺は刀の刃に黒龍を合わせ、左手をその峰に添えはしたものの、そのまま押されて数歩後退させられる。

 鍔迫り合いとなり、カチャカチャと金属が震え合う。

 「おいおい、こっちは病み上がりだぞ?ははは。」

 おちょくるように笑い、ユイを落ち着けようとする。が、効果が出た様子はない。

 「ほら!私を信頼なんてしてない!私が強くないと決め付けてるじゃない!私じゃ力不足だと心の中では思っているんでしょう!?」

 「いや、そんな事は……。」

 あまりの剣幕に圧されてしまう。

 「それならどうして!」

 ユイが一歩進む。俺は一歩下がる。

 「どうして剣を一本しか使っていないの!」

 ユイが刀を力任せに振り切り、スキルの補助を全く受けていない俺はあっさり黒龍をはたき落とされる。

 しかし切り返される前に右手袋を強化、刀の峰を抑える。そして左手でナイフを右肩から取り、ユイの首に――安全のため――その腹を添えた。

 「どうして……どうして私だけに、力がないのよ……。」

 段々と言葉から力が失われ、最後にユイは俯いてしまう。

 ナイフを霧散。俺自身の安全のため、刀の柄をを左手で叩いて地面に落とさせる。

 「アオバ君達は聖武具を使えるわ……あなたは古龍と殴り合える程の力を持ってる。私だけなのよ、回復魔法が使えれば良いなんて自分に言い聞かせてきたけれど、私だけが戦う力を持ってない……。」

 体を震わせ、ユイが呟く。

 回復魔法を習い、他の役立ち方もあると気付かせても、それでも劣等感は拭い落ちなかったか……。

 それにおそらくだが、ユイはカイトと常に共に有りたいのだろう、後方で待っているよりは、前線で自分から行動する方がユイに合っているのも確かだ。

 「あー、俺の力とかは……まぁそんなもんだって思ってくれ。」

 だからこそ、それに対してもっとちゃんとした事を話したい。しかし申し訳ないが、こればっかりは本当に、どうしようもない。

 「思えって……」

 「お前には十分な力がある。はぁ……ていうか勇者なんだから、俺が言わずとも分かってるだろ?そんなこと。……そうだ、何ならあの神剣、お前が使うか?」

 これなら聖剣が使えないなんて泣き言も言うまい。力も手に入ることになる。

 「でもそれはあなたが勝ち取って……」

 「俺よりもお前の方が上手く扱えるだろうに。」

 元々ルナに持たせるつもりだったが、まぁ大丈夫だろう。

 「ハッハッハ!そうか!そいつが俺の刀の使い手か!」

 いつの間にか背後に来ていたバハムートにバシバシと背中を叩かれた。結構痛い。

 「じゃあ譲ってくれるんだな?」

 「俺はお前を認めた。ヴリトラの奴をやっつけるってんなら助力ぐらいしてやるに決まってるだろう!ハッハッハッハ!」

 笑うたびに叩かれ、脳が揺れる。

 「そして話も聞かせてもらった!俺が直々に稽古をつけてやろう!俺の武器を使う奴が下手くそで堪るか!」

 「ええ!?」

 見ると、遠くでルナがアワアワしているのが見えた。

 「……同行するのか?」

 正直言って遠慮したい。

 こっちは影でこそこそするつもりなのだ。大っぴらにやって、スレインにユイの密入国って罪状がバレるのだけは回避しないといけない。

 「なに、神の武器を集めてるんなら俺に心当たりがある!上手く行けばあと4つ手に入るぞ!ハッハッハ!」

 前言撤回、是非とも動向をお願いしたい!爺さん頼みよりも格段に心強い!

 『誰のおかげでその指輪を見つけられたと思っておるんじゃ!』

 ハッ、バハムートは神の“武器”が4つ揃うって言ったんだぞ?確実性が違う!

 『ぬぅ。』

 「さて!じゃあ早速特訓だ!」

 「え、今!?」

 「魔色は!?」

 ユイの困惑に構わず、バハムートは続ける。本っ当にマイペースだなぁ。

 『お主も大概じゃろうに。』

 そうか?

 「し、白と赤と茶色よ。」

 「よし!刀を拾って構えろ!」

 「え、えぇ!?」

 俺が爺さんと念話している間に、バハムートとユイはそれぞれ木の棒と刀を構えて特訓を開始していた。

 そういやステラのドラゴンロアは……。

 「そう焦らずに、落ち着きなさい。一度でも成功すればいつでも撃てるようになりますから。」

 「はい!」

 ……ルナが指導を引き継いでいた。

 いつでも撃てる、ね……。今後はなるべく使わせないように気を付けないとな。




 「グゴァァァァァァァァァァァァ‼‼」

 火山の頂上、夕日の光を反射し、紅く輝く巨躯が空に向けて吠え声を上げた。空気を揺らし、側にいる俺の体も揺さぶられる。

 「「「「「おおおおおお!」」」」」

 社で働く獣人達だけでなく、元旦という事でか、もしくはバハムートを一目見るためにか、境内にたくさん集まっている参拝客も含めて全員の感嘆の声がここまで聞こえてくる。

 龍を信仰するってのは案外、身の保身のためってだけじゃあないのかもしれん。

 「まさか人生でこんな近くで古龍を見られるとはね。……うん、リーダーとパーティーを組もうと思った僕は正しかったよ。アイタタタ……。」

 「はぁ、フェルはユイちゃんに近付こうとしただけでしょ?」

 シーラがフェリルの耳を引っ張ってため息をつく。

 「イテテ、でもシーラだってそう思っているんじゃないかい?」

 「……うん。」

 エルフ二人はそう話しながら、仲良くバハムートを見上げている。

 「おい、コテツ。」

 「ん?」

 ボーッとバハムートを眺めていると、ウォーガンに声を掛けられた。

 「俺を蹴り飛ばした事は水に流す。奴隷だと嘘を付いた事もだ。良いな?」

 「あ、ああ。」

 「だがもしもルナベインを泣かせでもしみろ、例えバハムート様の友人だろうと……分かるな?」

 「ははは、ああ、分かってるよ。」

 掛けられた警告に笑って返し、そういえばルナは、と見回すと、ルナは当主と抱き合っていた。

 「ルナベイン、ここはお前の家だ。巫女を辞したから、と遠慮せず、いつでも帰ってきなさい。」

 「爺様……あ、ありがとうございます。」

 「うん、ウォーガンもその方が嬉しいだろう?」

 「る、ルナベインは妹だ、心配しない訳がないだろうが!」

 ウォーガンは当主の側にすっ飛んでいき、叫んだ。

 「ほらの?」

 「ふふ、はい。ありがとうお兄ちゃん。」

 「ま、まぁ、怪我だけは、するなよ……。」

 あ、お兄ちゃん嬉しそう。

 「ふふ、シスコンね。」

 ユイがそれを見てクスリと笑う。

 「ありゃ重症だな。」

 俺がルナを奴隷にしてるなんて知った日には……考えないでおこう。

 「ルナ姉!頑張ってね!」

 「はい、ステラも立派な巫女として頑張ってくださいね。」

 ぎゅーっとお互いを抱き締める、“銀”の銀狐二人。

 「ルナ姉がいなくなったらまた寂しくなるよ。」

 「そういうときはウォーガンに遊んで貰うと良いですよ。」

 「お、おいルナベイン、勝手に……」

 「お願いしますね、お兄ちゃん。」

 「おう、任せとけ!」

 ウォーガンが胸を張れば、ルナが微笑み、ステラはきゃっきゃと笑う。

 「……シスコンね。」

 「本当、重症だな。」

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