対バハムート②
「イマノハ……ハァハァ……スキ、ル?」
肩で息をしつつ、淡く光る手を見ながら呟く。
「他に何がある!いやしかし、戦う中で感じたお前の成長力は本物だったか!ハッハッハ!ようやくこれで同じ土俵に上がったな!」
「ドヒョウ……?」
「魔素式格闘術、人に俺達龍人と渡り合わせるために伝えた技術が完成したからだ!」
なおも笑いながら、バハムートが自身の両拳を打ち付け合わせる。
「さぁ、これでやっと本気が出せる!」
すると小爆発が起こり、両方の拳に炎が灯る。見ると足首から下も同様に陽炎を纏っていた。
この武術は龍が伝えた、だと?
『龍は基本的に暇じゃ。自身と張り合える者を育て上げようとした事でもあったんじゃろ。』
「フシュゥゥゥゥ……。」
体から力を抜き、腰を落とす。
なるほど、黒銀をスキル昇華させた事で俺も同じ土俵に上がった、ね。
「行くぞ!準備は良いか!?」
……本当に、バハムートはただ楽しんでるだけって事か。俺の成長を促した事、感謝したいのは山々だが……まずは後悔させてやる!
「来いッ!」
お、ついに声も治った。
そんな事を考えていると前方から爆発音。
「よく言ったァ!」
バハムートだ。蒼白く輝く四肢からの爆発をブースターとし、俺に左手の平を向けて飛んできた。
その手の平を注視しながら俺も踏み出す。
相手の勢いを利用し、右の正拳を放とうとしたところでバハムートの左手が爆発。しかし構わず、俺は右腕を振るう。
対し、爆発を利用して腰を捻り、バハムートは右の拳を俺のガラ空きの脇腹へ入れ、ついでとばかりににその拳から炎が燃え上がらせた。
「ゴォッ!?」
「ブッ!?クーッ、ハッハッハ!良い!良いぞ!」
結果は相打ち。衝撃と同時に襲ってきた熱がヒリヒリと痛む。しかしバハムートの方はそこまで応えてないらしい。
「まだ……まだァッ!」
気力で負ければそこまでだ。空元気と分かっていながら声を発し、更なる打撃へと踏み出す。
「そうだ!来い!」
左の拳で顔面を打ち据える。
「ブゥッ!?……ハッハーッ!」
上半身を仰け反らせたバハムートが放った左足の蹴りを右腕で防御。
「クゥッ!」
爆発と炎で思った以上に押し込まれ、その間にバハムートが右足一本で跳び、蹴り出していた左足を引きながら右足の蹴りを行う。
「ぐぉっ!?」
真逆の方向からの連続攻撃に対応しきれず、右側へ大きく蹴り飛ばされた。
身体が岩肌の地で一度跳ね、財宝の山に突っ込む。
これが時たま夢にまで見た金風呂か……はは、嬉しくも何ともないわ。
「ハッハッハ!スキルになって随分マシになったがまだまだ軽い!簡単に耐えきれる!」
バハムートは相変わらずの大笑いをしながら批評する。
……チクショウ、どうあっても打ち負ける。どうにかして一発一発を更に重くしないといけない。不可能じゃない、まだ何かあると頭の隅っこでは分かってはいる。ただ具体的な内容が出てこない。
「はぁはぁ……。」
打撃を向上させるために俺は何をしてきた?
武術の習得、黒魔法による動きの補助……うん、どちらも絶賛活用中。
「休憩はそろそろ終わりでいいだろう!?」
「くっ、はぁ……はぁ。 」
力を振り絞って起き上がる。肩から零れ落ちる大小様々な貴金属。
……何を、してきた?
魔素式格闘術の習得、バハムートのおかげではあるが、黒銀のスキルへの完全な昇華。魔装1と名付けた鎧による……鎧による、動きの補助……ああ、あった。
「これが……こいつがあった!」
それまで人間に全力を振るってもノックダウンが精々だった拳を、魔物の腹を貫くまでに強化した機構。ゲイルが考えてくれたデザイン。
黒銀を併用しての全身鎧は流石に無理だ。だがあの鎧の何が俺を強化したかは分かっているつもりだ。
「来ないなら、こっちから行くぞ!」
バハムートが地面を、爆発と共に蹴り飛ばす。
「ハァァ、フゥゥ……。」
手袋を消す。肘とそこから先に渡るガントレットの一番下の骨組みのみを作成。膝から下も同様に。
よし、これで!
『阿呆、肩までの骨組みを伸ばさんか。それでやっと対抗できるようになるわい。』
今言うか!?
「ハッハッハァッ!」
くそ、作成が間に合わない!
目の前でバハムートが俺に向けていた左手で爆発を起こす。
最接近したところでノックバックを利用した腰の回転、予想通りのタイミングよりも少し遅れて襲ってくる正拳。
さっきと全く同じ技、今回ばかりはラッキーだ。
「龍眼!」
左手をフェイントとして、襲ってくる本命である右拳。燃え盛っているそれを右手で掴み、位置を調整。左手でバハムートの二の腕を掴み、俺の体へ引き寄せる。
衝突。
ぐわん、と頭まで震わせる力。そして熱。
踏ん張り、だが踏ん張り切れず、殴打を体で真正面から受け止めた俺は背後に飛ばされ、きらびやかな、少し体に食い込む金色をクッションに着地した。
「グッ……ふぅ。」
衝撃で一瞬止まった呼吸を、倒れたままなんとか再開させる。そして、爺さんのアドバイスに従って簡単な骨組みに肩から肘までを覆わせた。
『太ももの側面に這わせるのもアリじゃろうな。』
……あいよ。
作業を終わらせて立ち上がり、構える。よし……今度こそ。
「チッ、右手首を壊されたか。……クハハ、やるじゃねぇか!」
右手をプラプラと振り、俺を見てニヤけるバハムート。良かった、何とか手首を壊すまでは踏ん張りきったらしい。
「それが魔素式格闘術の戦い方だって教わったぞ?」
「そうか!俺達が基本を教えて、そこから工夫が為されたか!ハッハッハ!やはり人は良い、ここらで一つ道場破りして回るってのも良いな!」
……龍ってのは本当に暇なんだな。
と、バハムートの周りの金が爆発、巻き上がった。
「良いことを聞かせてくれた礼だ!しっかり受け取れ!」
体勢を落とす。腰は半捻り。左腕は前に出し、右の拳は腰だめに。視線は真っ直ぐバハムートを見据え、左手の平をそちらへ向ける。
バハムートは目の前に両足で着地、財宝を撒き散らし、そして膝を曲げたかと思うと、再び爆発を起こして金色の雨を初生。膝蹴りをしてきた。
向かってくる右足の膝頭を左手で掴み、腰の捻りを戻す勢いで俺の左側へと無理矢理軌道をずらす。
「おっ!」
胸が張る。そして少し遅れて全身の力が乗った右の正拳突きを放った。
「ハァッ!」
拳が食い込んだのはバハムートの腹。クリーンヒット。
「グォぉぉ!?」
飛び上がっていたのもあり、バハムートは金ぴかの山の麓まで落ちていく。
それを追い掛けて、ジャラジャラと宝の山を下りていく。
「ク、ククク……ハーッハッハッハッハ!効いたぞ今のは!」
地面に大の字になったまま笑い、バハムートは首跳ね飛びの要領で立った。
おかげでこっちは本当に効いたのかどうか怪しいと思ってしまうが、生憎俺にはこれ以上の力を出す方法がない。……まぁ取り敢えず今のところ思い付かない。
「行くぞ!」
爆発と共にバハムートが再び接近。
宝の山をやっと降り終えた俺の顔面に左拳が飛び込んでくる。
身を左に捻り、何とか右手を間に合わせ、攻撃を左に逸らす。
「ハッハッハー!甘い!」
腹部に熱。
バハムートの左腕で視界が遮られていた位置から炎を放射された。
「ゥォオッ!?」
煽られ、俺は5歩程後ろに飛ばされる。
熱は感じるが、まだ身の危険を感じるほどではない。
「そういえば魔法、格闘縛り無しとか何とか言ってたな……。」
「おうとも!」
迫るバハムート。
顔へ放たれたバハムートの左拳を左手で防ぎ、脇腹を殴り付ける。
「クゥッ!」
よし、効いてる!
と、喜ぶのも束の間、バハムートの右手の平が俺の左腕を支えるように下から押す。
「甘いぞ!」
「なっ!?」
爆発。
俺の左腕は真上に、肩の可動域限界まで跳ね上がった。
ガラ空きになる左半身。
バハムートの右肘が俺の頬を直撃した。
「ブベァッ!?」
堪らず、2歩程後ずさる。
「まだまだぁッ!」
間髪置かず、俺は炎に包まれた。
そこまで熱くはないが、本能的に炎から目を守ろうと手で庇ってしまい、視界が確保できない。
右脇腹に衝撃、吹き飛ばされる。
「グゥッ!?」
「ハッハッハッハ!ボーッとしてる暇は無いぞ!」
地を転がり、炎を抜けた事で開けた視界の中、両手で地面を掴んで体の回転を止めつつ滑り、バハムートの方向を確認。
即座に立ち上がってそちらへ駆け出した。
「オォォォッッ!」
「ハハ!そうだ!気持ちでだけは負けるな!」
百も承知だ、そんなこと!
俺の攻撃範囲に入ったが、更に前進。
右腕でバハムートの左拳を受け止め、左手でその手首を掴む。そのまま左に引っ張ることで俺に背を向かせ、その顔面に手刀を行った。
「くっ。」
怯んだ隙にバハムートの左肩を右手で掴みながらその左足に俺の右足を内側から引っ掛ける。そして左腕を掴んだままの左手を引き、右手を地面に向かって押す。
俺の右足につんのめり、バハムートは頭から地面に落ちていく。
右手首は壊してあるし、その上最初に与えた斬撃でその手からは血まで流させている。
体を支えることはできまい。
結果、バハムートは顔から地面にうつ伏せに倒れこんた。
左腕を引っ張ったままバハムートの背中に右膝を乗せ、固めたところで右の拳を握り込む。
頚椎を打ち据えようとしたが、右から襲ってきた炎の勢いに、バハムートの背から押し退けられた。
「ハッ!惜しかったな!」
「クソッ!」
また転がり、立ち上がると、バハムートは炎を広範囲に撒き散らし、俺を牽制しながら立ち上がった。
……せっかく壊したと思ったら魔法の発射台に早変わりだ。さっきからズルいったらありゃしない。
……俺も使いたかった。
「ハッハッハ!さぁ、付いて来れるか!?」
バハムートが地を蹴り、俺も同様に駆け出す。
一瞬で接敵。
牽制を兼ね、俺は右拳を繰り出したところでバハムートがそれを掴もうとしたのに反応し、半ばまで出た拳を内に引く。左手で空を掴む結果となったバハムートの空いた左脇腹にすかさず右膝を蹴りこむも、左膝で受け止められる。
次にバハムートが左の裏拳を振り抜こうとするのに対し、左足一本でバランスを保ったまま、身を限界まで反らす。裏拳の軌道から逃げた俺を追うように、バハムートが距離を縮め、その顔に俺の右足による二段蹴りが決まる……直前、バハムートは裏拳の勢いそのままに、左腕を蹴り足と自らの頭の間に滑り込ませ、二段目の蹴りも防いだ。
赤い装甲を強く蹴った反作用で右足をそのまま素早く地面へ下ろし、その足で今度は地面を蹴り飛ばし、右の拳で殴り掛かる。
バハムートもこちらに踏み込みながら、左の剛拳を振りかぶった。
拳が掠め合い、二本の蒼白い軌跡が相手の頬へと伸びていく
「「ブゥァアッ!」」
俺は引かず、さらに踏み出すが、バハムートは大きく下がって俺に右手の平を向けた。
「ハッハッハ!これはどうする!」
噴射される火炎。
横に飛んで回避しようと、炎に包み込まれる事に変わりはない。
だから俺はバハムートへの直進を選んだ。
視界が紅に包まれる。
だが相手のいる方向は分かっている。気配察知でその裏付けもある。
「ほほぅ!」
「ウオラァァァッ!」
炎の中から、薄っすらと見えたバハムートの影に向かって渾身の一撃を打つ。手応え……あり。
「オオッ!?」
炎が止む。
バハムートは後ろによろけるでもなく、俺に攻撃を加えるでもなく、目の前に堂々と立っていた。
「ククク、ハーッハッハッハ!まさか拳で血を流させられるとはな!」
ボヤけた視界の中、黒いガントレットが――たったの1センチ程ではあるが――バハムートの胸に埋まっていた。
腕を伝う赤い血。これは俺の物じゃあない。
「はぁはぁ……俺は……合格、か?」
「ハッハッハ!何を言うかと思えば!俺の肩から血を流させた時に合格だと言ったはずだろう!?」
言ってない。
息も絶え絶えな俺の質問に大笑いで返し、バハムートが俺の背中をバシリと叩く。
それが限界だった。
鎧が霧散。黒銀が解かれる。龍眼はたぶん、もう発動していない。
「あ、おい!?」
膝から崩れ落ちる所でバハムートに受け止められたのを感じた。
「……ハッハッハ!流石に限界だったか!おい!こいつに寝床を用意してやれ!そして……」
耳が明確に聞き取れたのはそこまで。後は何やら騒々しくなってきて、俺の意識は暗転した。
「…………くもう、どうして……粗末にするの……しら?」
不鮮明な声が聞こえてくる。
女性の声だ。
「はぁ、ルナさんがどんな顔をしていたか、分かっていないんでしょうね。この人は。」
後頭部に柔らかく、温かい物を感じる。そして額が若干冷たいか?
薄く目を開けてみた。
「……うん……。」
「あ!良かった……。ルナさん、ほら、起きましたよ。」
「ユイか?」
目を開けると、俺の胸に片手を当てているユイと目が合った。
俺の頭上に手を伸ばし、前後に動かしている。
すると視界が吊られるように揺れた。
「ぅん、え?あ、ご主人様!」
視界に逆さのルナの顔が入ってきた。
「こら、ここじゃあ……コテツ……だろ?」
罰として耳をモフろうと伸ばした腕を両手で掴み、ルナは自身の胸元に引き寄せた。
「今だけは……許してください。」
「何処で誰が聞いてるか、分からないだろう?」
「大丈夫よ、ここには私達以外誰も近付かないよう、バハムートが皆に命令したわ。」
「……そう、か。」
バハムート、バハムート……そうだ、バハムートと戦って、負けたんだよな、俺は。
あー、色々思い出してきたぞ。
「ルナ、ユイ、どうしてここにいるんだ?」
「ご主人様を待っていました。」
「逃げろって言っただろうが。どうして……」
「そんなの、心配だったからに決まってるでしょう!?あなた、背中が焼け爛れてたのよ!?そんな状態で、いえ、例えそんな状態じゃなくても、どうして古龍に挑んだりなんかするのよ!?」
「……時間が押しててな。」
「ふざけないで!」
「ユイ、落ち着いて。」
凄い剣幕で怒鳴るユイを片手で制するルナ。
「でも!ルナさんだって心配したでしょう!?」
「ご主人様と二人にしてくれませんか?」
なおも怒るユイに対して終始落ち着いた対応をするルナ。
「うっ……そう、ね分かったわ。でもあなた、覚悟しなさいよ?言いたい事は山程あるのだから!」
そう言い捨てるとユイは俺の視界から消え、その少し後に障子を開け閉めする音が聞こえた。
「ユイが聞き分けのある子で良かったです。」
「はは、そう言うお前も少なからず怒ってるだろうに。」
顔にそう書いてある。
「どうして私が怒っているのかは分かっていますか?」
「俺が危険な目に自分から突っ込んで行ってるから、だろ?」
今まで散々言われ続けたのだ。一向に直る気配がないって事には一応、申し訳ないとは思っている。
「……はい。」
「でもな、万事上手く行ったんだ。だから、許してくれないか?」
「万事上手くなんて行っていません!ご主人様の体はもう傷だらけです!ユイが手を尽くして体中の傷跡を消してくれましたが、それでも背中には酷い、大きな火傷の跡が……残ってしまったんですよ……?」
それは知らなかった。
「……まぁあの宝石の爆発を背中で受け止めて、随分時間が経ってたしなぁ。仕方がない。」
「仕方が、ない?」
ルナの声が震え、身体が固まる。
怒りによるものかどうかは分からないが、俺の言葉が何かの琴線に触れた事は確かだ。
起き上がり、胡座をかいてルナに向き合う。
「ルナ、あのとき、ヴリトラ教徒を追う以外にできる事はあったか?バハムートに見つかったとき、相対する他に術があったか?」
言い訳ではあるが、捲し立てる。
俺だって自分の命は大切にしたいと思っているのだ。そうやすやすと命を投げ出しているつもりはない。
「私が……頼りないから。」
「何を言ってるんだ。ったく、ルナは実力者揃いのヴリトラ教徒10人を相手に渡り合ったんだぞ?頼りになるどころの話じゃない。」
俯いて呟いたルナを抱き寄せ、囁く。
「あそこで全員倒せていれば、ご主人様が、傷つく事も……。」
俺の背中に手を回し、おそらく傷跡が残っているのであろう部分をルナが擦る。
「ルナ、自分を責める必要なんてない。どう足掻いても責任は俺にあるんだ。計画をサッサと実行せずにギリギリまで引き伸ばしたから、ヴリトラ教徒の襲撃と被ったりなんかした。な?俺が悪かったんだ。」
「だからって……今のこの結果は変わりません……。」
ルナが俺の胸に頭を押し付け、抱き締める力を強くする。
「はぁ……ったく。」
俺に怒ってるなんて言った癖して、どうして自分を責めてるんだ。ルナは精一杯やったじゃないか。全力を尽くしただけじゃないか。
「ほら、俺を見ろ。」
ルナの顔を上げさせ、俺の背中を触っていた手を掴んで俺の心臓の上に押し付ける。
「これが、結果だ。」
「え?」
涙ぐんでいるルナを見てしまって罪悪感が湧いたが、こうでもしないとルナは沈んだままだろう。
「俺は生きてる。大事なのはそこだろ?ハッ、背中の傷がなんだ、俺は死んでなくて、起きたら目の前にルナが無事でいてくれている。それだけで十分、満足だ。」
ルナは微かにだが、笑顔を浮かべた。邪魔な涙は手で拭ってやる。
「ありがとう、ございます…………あ、でもご主人様が起きて最初に見たのはユイですよ?」
「……そういや言い忘れてた、その新しい着物、華やかでルナに凄く似合ってる。」
「ふふふ。」