露呈
爺さんにの財産に関する長ったらしい道徳の授業が終わってからもしばらくの間、バハムートの暴飲暴食は続いた。
そしてようやく用意されていた物を全て食べ終え、空になった最後の皿を持って召し使い達が全員出ていったのと入れ替わりに、外に待機していたのか、ルナ、ルナの爺さん、ステラ、そしてウォーガンが入ってきた。
「お久しぶりでございますバハムート様、料理にはご満足いただけているでしょうか?」
当主だからなのか、ルナの爺さんがまず切り出して深くお辞儀をし、他の三人もそれに倣う。
「おうとも!いつも通り旨かったぞ!だがまだまだ腹八分ってとこだな!もう終わりか?」
「申し訳ありません、今追加を用意させているところです。」
腹八分ってちょうど良いってことじゃないのか?
「ハッハッハ!そういえば毎年そうだったな!締めに相応しい飛びっきりの物を期待してるぞ!」
「はい、ご期待にはしっかりと添えさせていただきます。」
「うむ!……さて、どうやらルナベインは帰って来たか!待った甲斐があったあった!さあ残りの食い物がくるまで久しぶりに楽しませてくれ!」
そう言って無邪気に笑い、バハムートは椅子にどっかりと座り直す。が、対する4人は項垂れたまま。
沈黙が流れる。
まぁ無理もない。相手がどんなに友好的に見えても、その匙加減一つで彼ら4人全員の命を奪えるのだから。……そうなったらルナだけは維持でも助け出すが。
「…………どうした?」
バハムートがようやく、何かがおかしいことに気付いたようで、赤色の瞳を4人それぞれに向けて聞く。
「……バハムート様、私はこの、ステラに巫女の地位を譲りたいと思います。」
「ほう、何故だ?」
さっきまで食事をしていた、石製の白い机に身を乗り出して頬杖をつき、バハムートが問う。
「昨晩、バハムート様に賜った刀を奪われてしまい、その責任を取っての、事です。何年もお待たせした上、このような失態を積み重ねてしまい、申し訳ございません!」
「ならば……」
迫真のルナの謝罪に応答しようとしたバハムートを当主が遮り、頭を下げた。
「当主である私にもその責任があることは重々承知しております!どうか、罰なら私めに!」
「いや、」
「そもそも警備を十全にしていなかった俺のせいです!ルナベインはそのせいで曲者にしてやられたのです!ルナベインには何の落ち度もありません!彼女を罰するのなら、俺が代わりに受けます!」
今度はウォーガン。
「あのな、」
「わ、私からも、どうか、寛大な決断をお願い致しま……「えぇい、少し黙らないか!」ひぅっ!?」
そしてステラまでもが家族を庇おうとしたところでバハムートが吠えた。そしてその前に並ぶ5人は少し震えていながらも、じっと頭を下げたまま静止する。
「悪い冗談にも程がある、それ以前にもう少しマシな演出はなかったのか?」
ん?
「演出……とは?」
「はっ、何を今さら。おい、そこの岩影に隠れてる奴、出てこい!」
バレ……てた……だと!?
「気配は消せてもその刀から出る神気は見える!出てこないのなら岩ごと溶かしてやろうかァッ!」
当てずっぽうかも、と微かな希望を抱いてじっとしているとバハムートに怒鳴られ、俺は渋々岩影からでた。
そして予想通り、ルナ以外の全員が目を丸くする。そのルナはと言うと、頭の両耳を抑えて少し縮こまっていた。どうやらルナは焦るとああなるらしい。なかなか見られない一面だ。
……にしても全員がそのまま動かないから何だか気恥ずかしくなってくるな。
「……えっと、おはようございます。」
まずは挨拶。社会人の基本。
『果たして奴隷が社会人として扱われるかのう?』
ま、何もしないよりはマシだろ。
「その背のそれは……まさか……」
やっと動き出したのは当主。彼はその震える指を俺、というより俺の背の刀に向ける。
「何だ、盗まれたのは本当だったのか?なら敵ってことか!ハッハッハ!太ぇ野郎だ!…………思いしれ。」
「待ってください!……私がご、コテツに盗人を追い掛けさせたのです!」
向けられたバハムートの怒気とその手に一瞬で集まる赤の魔素に背筋がゾッと寒くなり、そんなバハムートと俺の間に飛び込んだルナにヒヤリとさせられ、そして俺をご主人様と呼びそうになったことに冷や汗をかいた。
……いっそ駄洒落でも言ってやろうか?
「なんだ、そうならそうと早く言わないか。」
バハムートが手を下ろし、俺がホッと息を付く間もなく、いつの間にか近くにいたウォーガンに俺の両肩を掴まれ、唾を飛ばすのも構わず捲し立てられる。
「良くやった!これでルナベインの責任問題は解決する。お前は奴隷の鏡だ!ルナベインは良い買い物をした!」
奴隷の鏡ってあるのか?……って、それじゃあ困る!
「あ、その……」
「そうだよな、ジジイ!刀は確かに盗まれたが、ルナベインはその失態をちゃんと取り戻した!晴れておとがめ無しだろう!?」
俺の肩を掴んだまま当主を振り返り、歓喜に叫ぶウォーガン。
「あ、ああ。バハムート様が許してくれるのであれば。」
「……ん?俺か?構わんぞ?ただ一つだけそいつに聞かせろ。……お前は何でそこに隠れてた?」
当主に目を向けられ、バハムートは座ったまま頬杖をついて聞いてきた。
「そんなことどうだって!「ウォーガン!」…………ど、どうだろうと良いのでは?」
当主に叱責され、ウォーガンが口調を改める。
ルナに目を向けると、ステラに「良かったねお姉ちゃん。」と祝福され、対応に弱りながら、キョロキョロと俺の状態を焦って見ている。まだ何も思い付いていないらしい。
「俺は中途半端ってのが嫌いでな。後であやふやにされるのは我慢ならん。」
面倒な性格だな全く。
「おい!聞いてるのか人間!」
「は、はい!」
叫ばれて気圧され、返事が反射的に口から出る。
「俺は……」
どうする、ルナが巫女の座を下りてから出てくるつもりだったなんて言ったら目の前のウォーガンに殺される。でも他に何て言えば……やっぱり覚悟を決めてウォーガンと戦うか?
「……俺は主人が「私がそうするように指示しました!」……は?」
俺は口を開いたまま止まり、ルナが俺に向けて大丈夫だと頷いたのを見て口を閉じる。取り敢えず、不測の事態に備えて鉄塊を発動させておく。
「ったく、ならさっさと話せ。そうそう簡単に取って食ったりはしない。」
「はい。」
ルナが深呼吸を一つする。
「……私は帰ってきたときから、巫女の座を下りるつもりでいました。」
「「「!?」」」
早速投下された爆弾発言にルナの家族が目を剥く。
……ルナ、全部言ってしまうんだな。
「元々コテツには、刀を盗み、バハムート様がステラに巫女の座を渡すようおっしゃられた後に出てくるよう、言ってあったのです。……しかしヴリトラ教徒が本当に盗みに入ってきたので、予定を変更し、コテツに刀の奪還を命じました。」
「ル、ルナベインそりゃどういう?」
「ルナ姉……何、言ってるの?」
「……どのみち刀を盗むつもりだったんだな?金欲しさに家族を裏切ったって訳か。」
何でもないように発されたバハムートの言葉に他の獣人達がそんなバカな、とルナを見る。
「いえ!決してそのような事はありません!良い機会だとは、思いましたが……決して、決してそのようなことは!」
「ハッハッハ!冗談だ、そう必死になるなよ!もし俺のいった通りならあいつがここにいる訳が無いだろう!」
俺を指差し、バハムートが軽く笑う。心臓に悪いから本当にやめてほしい。
「で?何故巫女を降りる?嫌になったか?」
「決してそのようなことはありません!ふ、復活したヴリトラを倒すためです!」
ルナが口を震わせて言い、皆の動きが一瞬止まる。かく言う俺もまさかそれを言うとは思わず、ルナを凝視してしまう。
「クク……ハッハッハッハ!そうか!なら聞こう、どうやって!」
「そのために!この神剣、草薙の剣を譲ってくれませんでしょうか!」
一番リスクのある言葉は俺が口にした。
バハムートが俺をギラリと睨む。
「そうか……そうか!分かったぞ、ああ、理解した。ルナベイン、お前は俺のやった刀を手に入れるために帰って来たのだな?」
「……はい。」
手を叩き、ルナを指差して確認すると、バハムートは立ち上がって食事に使っていた机を乗り越え、地に降り立った。
「そしてそうするよう指示し、この粗末な芝居を画策したのはお前だ。ルナベインの奴隷を騙る人間。」
身分詐称もバレたのか!?そりゃマズイ!
未だに左手を俺の右肩に置いたままのウォーガンが動き出す前に、脇腹に左の殴打を入れる。
「ルナ!バハムートから離れろ!」
「何を……ぐぅっ!」
体をくの字に曲げたところで右のアッパーカットをウォーガンの顎に。そして体が伸び上がる間に右足を軸に左回転、腹部への回し蹴りでウォーガンを蹴り飛ばした。
「ガ、ハッ!?」
背中の鞘から草薙の剣を素早く引き抜き、陰龍を左手に握りながらルナとバハムートの間に入る。
「他を集めて逃げろ。すぐに追い付く。」
「は、はい!」
バハムートに注視しながら指示を出すと、ルナは即座に反応し、本殿に通じる穴の中へと駆け出した。
「待て!ルナベイン!」
「ルナ姉!?」
ルナに向けて叫ぶ、二人の獣人は睨み付けて止めた。
そして静寂が下る。聞こえるのはウォーガンの呻き声だけ。誰もが動き出せずにいる間、俺はどうやって逃げようかと今さらな事を思い付こうと頭を捻る。
が、突如バハムートが笑い出し、ありがたかった静けさは終わってしまった。
「ククク……ハッハッハッハ!教えてくれ。お前は本当にルナベインに追い付くつもりなのか?」
「……20、いや30秒待ってくれたら、逃げて見せないでもないぞ?あーもちろん目と耳、何なら鼻も塞いで、だ。」
と、割りと心の底からの願いを伝えてみるが、見た感じ、そんなことをしてくれそうではない。
……くそぅ。
「さて冗談はこのくらいして、だ。俺の質問に答えろ。まず、ヴリトラを倒すってのは本気か?」
「ああ、それには神威の宿った神剣が必要だから、こんな危険を犯してるんだ。」
「ほう、また疑問が増えたな。龍を殺すのに神剣が必要だって事は有名だがな、神威って言葉はそう易々と出てこない。どうやって調べた?」
……口が滑ったか。
「助言があったんだよ、へんちくりんな爺さんのな。」
『誰がへんちくりんじゃ!』
うるさい!今それどころじゃないんだよ!
『お、お主が言ったんじゃろ……』
やかましい!
「……ふん、言うつもりはない、か。よし、まぁ良いだろう、最後の質問だ。」
バハムートが言い、俺はごくりと唾を飲んだ。……答えたら、そこからは戦闘だ。何とかして逃げないといけない。
「勝算はあるのか?」
「武器が揃えばな。」
素っ気なく返し、腰を落とす。いつ襲ってくる?どこから?魔法か?拳か?
「ふぅー、なるほど。……お前ら三人、ちょっと退いてろ。」
顎に手を当て、何か思案したバハムートがそう言うと、当主とステラは倒れたままのウォーガンを二人係りで脇へ退かしていった。
何をするつもりだ?
「試してやる、構えろ……ってもう構えてるか。」
「は?」
「あ!?その様子だとヴリトラの野郎を相手取るのはお前だろ?」
「……ああ、おそらくな。」
ファーレンの教師陣の力があると思ってたが、そうなることもあり得るか。
「だから言うだけの力があるか試してやるんだよ!俺が認めたら、その剣、お前にくれてやる!」
「認めなかったら?」
「ハッ!そのときお前は死んでるか、良くて意識を失ってるかだ。あとはこの国の法に従って処分される。」
言い、バハムートは軽く伸びをする。
「勝手に俺を生かすのはラダンの法として許されるのか?」
「ハッハッハ!いい自信だ!人の世に寿命の無い者はなるべく干渉しない!これがルールだが、ヴリトラ退治のためなら少しの我儘は許されるだろう!?」
「信仰の対象にされるのは良いのか……。」
「信仰し、敬うのは勝手だ。俺達龍も悪い気はしない。」
『信仰するのは、機嫌を悪くされて巻き添えを食らわないためじゃがの。』
そんなに恐れられてる奴に俺は認められないといけないのか……。
「もう質問は良いだろう?認めたら後でいくらでも答えてやる。だから、そろそろ始めようか!」
よーし……
『わしから言えることは一つだけじゃな。……逃げよ。』
人が気合い入れてるときに水を差すんじゃない、バカ野郎!それにどうせヴリトラと戦うんだ。古龍との戦い避けては通れん。
『そうか?わしはてっきりヴリトラを罠に嵌めるつもりじゃと思っておったがのう?』
……そりゃあできればそれで済んで欲しいけどな、万が一ってこともある。
『まぁいいわい、何分、死なぬようにの。龍の手加減を信用してはならんぞ?』
へいへい。
頭の中で生返事をし、草薙の剣を鞘に戻して脇に放る。
「何をしてる?」
「俺を試すんだろう?なら万が一死んでしまうなんて事は避けないとな。」
「……威勢が良いな、若造。なら魔法縛りか格闘縛りか、なんて質問、しなくて良いんだな?」
「勿論だ。」
虚勢を張り、挑発しながら右手に黒龍を作成する。
まともにやり合うつもりは毛頭無い。敵の力が未知数の時はまずは様子見というのが基本だが、そんなことをやらせて貰えそうにないので却下。
つまり、狙うのは不意打ち。
「ハッハッハ!良いぞ、良く吠えた!後は実力が伴ってるかどうかだ!さぁ来い!」
鉄塊を発動。スキルの蒼白い光を体に帯び、俺は地を蹴った。