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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第五章:賃金の出るはずの無い職業
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決行

 夜が更け、そろそろ眠気との戦いが不利になろうとしてきたところで、俺のカードが割れたのを感じた。

 「……フェリル、準備は良いか?」

 「お、いよいよかい?僕はむしろリーダーの方が心配だね。狩人の技能は剣士のそれとは全く違うことは分かってるのかい?。」

 「ま、なんとかするさ。……さて、行くぞ。」

 無いよりはマシだろうと黒魔法で作っておいた、目元から下を覆うマスクを付ける。

 「了解リーダー。」

 視線を向けると、既にマスクを装着しているフェリルが頷いた。

 という訳で、来る日が来てしまった。予定では明日、「バハムートがご降臨なされてくださる」らしい。まぁ要は時間切れである。

 そして今日の昼、「盗みに入るための安全を確保したら」とルナに頼んでおいた合図を、たった今受けたということだ。

 ユイとシーラがいつも通りルナの寝室の中で寝ているのをよそに、俺とフェリルは隠密スキルを発動させ、社の本殿へと向かった。


 『3,、2……1今じゃ!』

 爺さんの合図と同時に部屋の襖を勢いよく開ける。

 「な、なん……っ!?」

 縁側を歩いていた召し使いが仰天している間にその襟首を左手で掴み、部屋の中へ引っ張り込みながら目隠しを貼り付け、スキルの恩恵を伴った拳でその顔を殴打。

 「うがっ!……な、何も、の……ぐ、ぶぅ……。」

 よろけ、頭を抑えながらもまだなんとか意識を保っているその顎に膝で追撃。

 そしてやっと力が抜けた獣人の体を支え、そっと部屋の中に寝かせ、目隠しは霧と消える。

 「随分と手慣れてきたんじゃないかい、リーダー?」

 閉じた襖の前に立つフェリルが軽く笑った。

 「こう何度もやれば嫌でもコツは掴めてくるもんだろ?」

 「ま、僕は獣人を素手で伸せる程腕力に自身がある訳じゃないから、頼んだよ。」

 「へいへい……っ。」

 もう一枚、カードが破壊されたのを感じた。

 催促……されているのかね?

 無駄に広い屋敷の中、ネルに教えられた歩法を習得しきれていないため、未だに起きている夜更かしさん達を隠れてやり過ごしたりこうして静かに気絶させたりして進んできたが、もしかしたら安全の確保が厳しくなっているのかもしれない。だらだらやっている暇はないか……。

 「少し急ぐぞ。」

 「お、恋人がやっぱり心配かい?」

 くっ、こんの……クソヤロウが!

 俺は黙って縁側に出た。



 「ストップだリーダー、魔法陣がある。」

 やっとの事で本殿の周りの縁側へと踏み込もうとすると、後ろから襟を引っ張られ、止められた。

 魔法陣がどこにあるかは俺には全く分からない。流石は狩人ってところかね?

 「流石だな、何の魔法陣か分かるか?」

 「アハハ、それは難しいね。」

 爺さん。

 『中の光や音を外に漏らさない、密室空間を作る魔法陣じゃな。ふぅむ、考えておるのう、中の光景は陣の外からは何事もないように見せ掛けておるわい。』

 へぇ、何かと便利そうだ…………っ!

 双龍を作り上げ、俺は魔法陣があるらしい場所の中へ突入した。

 「あ、リーダー!え、消え……」

 なるほど、中からも外の景色や音は認識できないらしい。

 回りを見渡すと、ルナが複数の黒ずくめ相手に奮闘しているのが見えた。

 「はぁはぁ、絶対に……近付かせない!」

 ルナが叫ぶ。その背後、ちょうど俺のいる本殿とルナとの間には分厚い炎の壁ができている。

 社が木造だって忘れているのか、それともこの世界には燃えない木材があらのかは知らんが、何にせよ、これではルナに加勢できない。

 「へぇ、こうなってるのかい。……っと、この炎は一体……それにあれは奴隷ちゃんかい!?」

 そして、後からフェリルが陣の中へ入ってきた。

 「ああ、どうも盗みは俺達だけじゃないらしい。……はぁ、ヴリトラ教徒を尋問してその目的は分かってたのにな、これは全く考えてなかった。」

 「で、加勢に行かないのかい?」

 「行きたいのは山々だがなぁ、あの炎の壁、厚すぎるんだよ。できるのは弓での援護ぐらいだろう、な!」

 話しながら弓矢を作り、放つ。

 矢は火を抜けて黒ずくめの一人の足に刺さり、その隙を逃さず、ルナがそいつを炎の刀で袈裟斬りした。

 「ご主人様!」

 そしてルナがこっちを向き、俺が手を振ると火の壁が二つに分かれた。

 そこから来いと言うことらしいので、俺はモーゼの気分で炎の間へと駆け出した。

 「今だ、今なら通れるぞ!行け!行けぇ!」

 黒ずくめの誰かが叫び、同時に四、いや五人が炎の間を通り抜けようと走ってくる。

 「フェリル!」

 振り向かずに叫ぶと、ヴリトラ教徒達の先頭に矢が突き刺さった。

 「もちろん、分かってるさ!」

 だが実力主義の教団であることは伊達ではなく、援護の射手がいると分かった瞬間、他の四人が唱和した。

 「「「「……エアシルド!」」」」

 するとフェリルの矢が明後日の方向に起動を曲げられて行った。……つまり後は俺の仕事と言うことだ。

 先頭との距離はおよそ十歩。

 まずはナイフを黒龍を持ったまま、肩から二本の指で取り出し、牽制を兼ねて投げる。

 軌道が途中で大きく曲がり、あらぬ方向へ飛んでいった。うん……そりゃ投げナイフも無理だよなぁ。

 「……邪魔だ。」

 まず先頭の黒ずくめが一度刀を鞘に納め、右足を踏み込む。鞘から蒼白い光が漏れている。

 居合い切りは間合いがわからなくて困るが、抜かせなければ問題ない!

 地を強く蹴り、加速。

 「居合……何っ!」

 刀が抜かれる前にその柄を踏みつけて、俺は黒龍を首元に突き刺さした。

 「カハッ!?」

 他のヴリトラ教徒からの攻撃を警戒して素早く周りに目を向けると、四人の内二人がちょうど俺の横を通り抜けようとしていた。

 忘れてた、そりゃ仲間の命なんて自分の命以上に軽いよなぁ、こいつらは!

 「おい待てごらぁ!」

 まだ首から血を吹き出す遺体を蹴りながら背後に両手からワイヤーを飛ばし、それを強く引っ張ることで走り抜けようとする二人の前に着地。

 「剛体、疾駆!」

 と、片方だけが俺に突っ込んできた。……ご丁寧にもスキルを伴って。明らかに囮だと分かるが、捨て身というのに対応するのは割と難しい。

 「疾風!」

 ほら、もう片方はそのまま突破しようとしている。

 はぁ……、仕方ないか。

 「黒銀!」

 まずは囮の方の突進を左肩で、迎え撃つように受け止める。ズン、と数センチ程、地を滑らされた。

 「うぐぅぅ。」

 その腹を黒龍で真横にかっさばけば、俺に覆い被さったまま体から力が抜けていったのが感じ取れる。

 そしてタイミングを計り、もう一人が真横に来るところで……

 「プレス!」

 広めの平らな板を作って、その真横から勢いよくぶつけ、そのまま炎の壁の中へと押し込む。

 「アアアァァァ……ァ…………」

 初めは大きかった悲鳴も、燃え盛る炎の中で段々と小さくなっていった。

 「さて、あとお前ら二人だぞ?どうせ死ぬんだ、火の中に飛び込んでくれないか?」

 囮として突進してきた死体を片手で脇に投げながら、距離を詰めてくるヴリトラ教徒達に聞く、というか挑発する。

 が、俺にたどり着く数歩手前で転けるようにして、顔から地に突っ込んだ。

 「……ん?」

 何が起こったんだ?

 「リーダー何だらだらやってるんだい!?」

 フェリルの声か。……ああ、なるほどね、あいつの痺れる矢か。

 「早く!」

 二人の黒ずくめの間に刺さっている矢を見て勝手に納得していると、後ろから叱咤され、俺はルナの元へ再び向かった。


 割れた火の間を抜けところで、通り道を守るように立っていたルナは、刀で体をなんとか支えている状態で、体力をほぼ使いきっていた。その着物のあちこちは裂けていて、生々しい傷が見える。

 しかしボロボロの体とは裏腹に、その目だけは取り囲む黒ずくめを睨み、威嚇し続けていた。

 下手にあそこに入るとヴリトラ教徒達が一気に攻めてくるのは目に見えている。

 俺はまず、黒い煙でルナの周りを包み込み、徐々に範囲を拡大させる。

 いきなりのことでどよめくのが聞こえてきた。

 「はっ、はっ、はっ…………これ、は?……キャッ!」

 その間にルナの手を引っ張り、黒煙の中から抜けたところでその肩を抱いて体を支える。最初は抵抗したが、ルナはすぐに俺だと気付いて落ち着いてくれた。

 そのまま、俺はフェリルのいる本殿へゆっくりと後退を始める。

 「……遅いわ、ご主人様。」

 「ああ、すまん。」

 見たところ、俺がさっき相手した奴等も合わせて、襲撃者は裕に十人を越えている。それをルナに一人で相手させていたのだ。

 「良く頑張った。あとは任せろ。」

 「だめ、私も……」

 笑い掛けると、ルナは何か力を入れるような顔をしたが、身をよじることしかしなかった、いやできなかった、らしい。

 「録に動けないみたいだな?」

 「……体に力が入らないだけ。」

 そう言って、むすっとしたまま俺から目を逸らすが、その耳は正直にシュンと倒れていた。

 そして本殿の階段についたところで黒い煙段々と薄くなり始めた。

 「さて、じゃあルナ、この炎の壁を消してくれ。」

 「え、そんなことしたら……」

 「この世界って燃えない木材を使ってるのか?」

 「……ごめんなさい。」

 ルナがさらにショボくれて呟き、炎の壁は“消失”した。一応、社はどこも“焼失”していなかったから一安心だ。……くくく。

 『くだらん!』

 チッ。

 そして、黒い煙が晴れる。

 「あそこだ!」

 「待て、火の壁が無い!優先は神の武器だ!」

 「そうだ、行けぇぇ!」

 「「「ウォォォォ!」」」

 見たところ8人か?……随分と多いな。

 そいつらが我先に、と本殿へ向けてさっきまで燃え盛っていた道を駆け出した。

 「駄目!」

 「……フェリル!」

 ルナが俺の腕から何とか自分で立ち上がろうとするのを抑え、本殿の階段に座らせる。そして片手に無色の魔素をかき集めながら、縁側に立つフェリルに叫んだ。

 「分かってるさ!」

 叫び返されるとほぼ同時に一人の黒ずくめが地に倒れ、すると条件反射のようにヴリトラ教達は片手を上げる。……使われる魔法はさっき見た。

 「はいはい、魔法禁止だ!」

 「ぐあっ!?」

 「ぐぅぅ。」

 エアシルドは発動せず、さらに二人がフェリルの矢の前に倒れ伏す。しかし、そこで敵の動きに変化があった。

 「ここだ!てめぇら!予定通り、こじ開けるぞ!」

 「「「「おう!」」」」

 号令がかかり、残りの五人全員が小さい何かを投げた。

 炎の壁が消え、唯一の光源となっているのは僅かな月明かりと炎で溶けきらなかった雪、それによる反射光。投げられた物はそれらの薄い光に照らされ、きらりと色とりどりに輝く。

 ……宝石?

 「何やってるんだいリーダー!……うげっ!」

 少しボーッと眺めていると、フェリルが階段の上から叫びながら俺に飛び掛かってきた。突然のことに、俺は思わず身を捻って避け、フェリルを足元に叩き付けてしまう。

 「あ、すま……ぐぉっ!?」

 すまんと言い切るに、真横からもう一度、何かにタックルされた。……ルナだった。

 「何をっ!?」

 「爆発するわ!伏せて!」

 頭の中はこんがらがったまま「爆発する」という言葉に反応し、俺は宝石との間に障壁を作りながら体を捻ってルナの体に覆い被さった。……そして少し遅れてフェリルを障壁の下へ足で引き寄せる。

 轟音、熱、光。

 それらに包まれた。張った障壁は一瞬で壊れ、小さな宝石のどこにそんな力があったのか、俺は大きく吹き飛ばされた。

 体が壁を強く叩く。

 「…………ご……しゅ……ま……」

 まずルナの声が聞こえてきて、それからぼやけてはいるが、何とか視界も戻ってきた。

 「ご主人様!」

 「……ここじゃコテツって呼ぶんだ……ルナ、無事か?」

 「え、あ、はい……ご主人様が、守ってくださったので。」

 話ながら息を整え、状況を頭の中で整理していく。

 「そうか、そいつは良か……っ!…………チクショウ、やられたか!」

 宝石爆弾を思い出して本殿の方を見ようと起き上がると背中に激痛が走った。しかしもう一度意を決して振り向いて見た光景にそんなことをどうでもよくなった。

 本殿は元々設置されていた扉より数倍でかい穴を開けられていたのである。立っているヴリトラ教徒の姿は既になく、俺とフェリルが仕留めたのが転がってるだけだ。

 だが地獄に仏と言うべきか、その穴の縁の火がまだしっかりと燃えている。爆破されてからまだそこまで時間がたっていないということだ。

 よろよろと、背中の鋭い痛みに耐えながら立ち上がる。

 爺さん、俺は実際にどれぐらい寝てた?

 『そう長くはない。5分、10分程度じゃな。』

 よし、思ってた以上に短い。敵の追跡はしてるんだろうな?

 『当たり前じゃ。さっさと追わんか。』

 分かってる。

 「フェリル、起きろ。ヴリトラ教徒を追うぞ。」

 「……ああ、起きてるよ。はは、でもどうもそれは無理みたいだ。ごめん、リーダー。」

 俺がフェリルの肩を軽く揺すると、フェリルは眉をしかめ、そして力なく笑った。

 何故なのか目で尋ねると、フェリルは自分の足を軽く叩き、思ってた以上の痛みからか、少し呻き声を出す。

 「うっ、この足じゃ動けないのは分かるだろう?」

 その足のあちこちには宝石の破片やら木の小片やら刺さり、火傷もそこかしこに見られた。

 俺の体にそういう物が刺さっていないのは良いズボンをくれたゲイルと魔装2のお陰だろう。

 「酷いな。」

 「ユイちゃんに看病して貰えるんだからそう捨てたもんじゃないさ。……リーダー、頼んだ。」

 「了解。……さて、ルナはここで待機、計画通り、巫女の座を退いてくれ。……あと俺が戻ってくるまでの時間稼ぎもな。」

 魔装1で体を覆いながら指示を出す。

 「ご主人様、その体では無茶よ!背中が焼け爛れてしまって!」

 マジかよ……ま、無事なわけはないわな。痛みが無いんじゃなくて、あまりの痛みに痛覚が麻痺してしまってるのか?……痛みがぶり返してくる前に事を済ませないとな。

 「焼け爛れてる?はは、はてさて何の事だか。」

 鎧で遅ればせながらも背中を覆い隠し、ルナに余裕の笑みを作って見せ、俺は爺さんの指示に従って駆け出した。

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