15 職業:冒険者⑨
扉を抜けると、何人もの冒険者達がモニターらしき物の前で崩れ落ちていた。見ればさっきの闘技場が映っている。
これは魔法か?それとも勇者の誰かが構造を知っていて再現したのだろうか?
……考えてみれば元の世界であれだけ恩恵を受けていた機械類について俺はほとんど何も知らないな。
しっかしモニターの全員崩れ落ちているところを見ると、全員同じ方に賭けていたらしち。
失礼なやつらめ。一人くらい大穴狙いはいないもんかね?
あ、ネルに愛を語っていた奴もいる。
「どうする?声をかけるか?」
そいつを指し示しながら腕のなかのネルに聞くと、睨み返された。
「もう、それより早く降ろしてよ。」
「いいよいいよ、これくらい、新しい仲間へのサービスだ。」
「要らない!」
「じゃあ、せこい真似をした罰だ。」
「そんなこと!」
ネルは心外だとばかりに怒鳴るも、
「最後のハイキック。」
「ぐぅ……ごめんなさい。」
俺の一言で大人しくなった。
「はいはい。落ちそうになるから腕を首にかけてくれると助かる。」
「もう、ボクの話を聞いてよぉ。」
そう言いながらも素直に従ってくれるあたり、何を言っても無駄なことは分かっているのだろう。
「これから仲間になるんだから話なら聞くさ。満腹亭に着くまではこんなに近くにいるんだ、いくらでも聞いてやれるぞ?これからよろしくな。」
「もうやだ、なんでこんなことに。」
顔を真っ赤にしたネルが小さな声で呻くのに笑ってしまいつつ、俺は崩れ落ちている負け組共を尻目にギルドを後にした。
ギルドから満腹亭への道のりも、お姫様抱っこは維持したまま。
周りから何事かと視線が集まるものの、こちとらアリシアをおぶって大通りを爆走した経験があるのだ。これぐらい何じゃない。
そのアリシアは後ろから着いてきていて、茹でダコみたいなネルは腕のなかで小さくなっている。
「うぅ、恥ずかしい。」
「その格好で良く言う。」
ネルはもちろん、闘技場で戦ったときの装備のまんまだ。
「うぅ、どうして君は平気なの……?」
「はは、アリシアをおんぶした事もあるからな。」
「……おんぶ?」
「おう。なぁアリシア。」
「はい……そうでしたね……。」
横を歩くアリシア言うと、彼女の声があからさまに沈んだ。
不味った、地雷を踏んだか。まぁあれは俺への罰ゲームだったしなぁ。
「でも、それとこれとは全然違う!」
手元から上がる抗議の声にはいはいと適当に頷きながらも、肝心の内容は右から左へ聞き流す。
「……ねぇ、聞いてる!?」
聞いてません。
「あの、ネルさん、何か聞きたいことはありますか?話していれば恥ずかしさも薄れると思いますよ?」
「はぁ……そう、だね、ありがとうアリシア。」
「うふふ、なんでも聞いてくださいね?」
「じゃあそうだね……まずはコテツ……」
「ん?降ろさないぞ。」
「なんで!?いやそうじゃなくて、あの勝負、本気だった?剣の有る無しじゃなくて体術として。」
「全然だ。」
「そうかぁ、はぁ。」
「残念だったな、先輩風吹かせられなくて。」
「なっ!?そ、そんな事しようとしてないから!」
嘘つけ。
「そういえばネルは何ランクになるんだ?」
ブランクがあってもランクは継続されるのだろうか。
「前はAだったから、二つ下がってCだね。」
「そういや勢いで連れてきて良かったか?仕事の引き継ぎは?」
「勢いって……。はぁ、もう新任候補の子は選ばれて、今はギルドで講習を受けてる筈だよ。」
「へぇ、パーティーには入れるのか?俺らは二人ともまだFランクだぞ。」
かなり不釣り合いな気がする。
「パーティーは最大二段階差までしか組めないから、二人ともEにならないとボクは入れないね。でもすぐに上がってくれるでしょ?」
「俺らは、ゴブリンキングメイジだったか?を倒したんだから、もっと上がったりはしないのか?」
「ボクもそう思ったけど、上の人たちがね、『きっと弱っていたのか、罠にでも嵌めたのだろう。力量はなくてもそれぐらいはできる。』って決め付けちゃったんだ。」
腕の中でネルが肩をすくめた。
滅茶苦茶元気だったろ!この町を滅ぼそうとしてたんだぞ!?
「はぁ……、そうか。じゃあ、ネルはしばらく満腹亭で待機な。」
「えぇ、やだよ。お留守番なんて。」
「あと一つだけですからすぐに上がりますよ。」
文句を垂れるネルにアリシアがそう言って微笑む。
「うぐ、分かった、でも急いでよ?」
「了解。」
そう話している内に満腹亭に着いた。
そして中ではローズが満面の笑みで待っていた。
勝負の結果はもう広まっているらしい。
「おめでとう!お疲れ様!」
「儲かったか?」
「うん!」
「それで?俺達の金はいくらになった?」
「はい、なんと14ゴールド!シルバーから下はサービスで繰り上げさせて頂きました。」
合計70ゴールドか。
目標が近付いてきたな。
「ありがとな。そっちはいくら儲けた?」
「1000シルバー、つまり1ゴールドです!あぁ、大金が手に入りましたよ。これで満腹亭を休んで旅行に行っても大丈夫です。」
「そりゃ良かった。頑張ったかいがあったってやつだ。でも店を休むのは止めてくれよ?ここは気に入ってるんだ。」
「わぁ、こんな宿を気に入ってくれるなんて。あいたっ!」
と、ローズの頭に拳骨が刺さった。拳骨の主はもちろんアルバート。
「ローズ、今、こんな宿って言ったか?後で少し話そうか。……あぁ、コテツは飯か?」
「おう、3人分頼む。」
「そういえばそいつは誰だ?新しい仲間か?見覚えがあるような気もするが……。」
横抱きにされたネルを見て、顎に手を当てて考え込むアルバート。
試合の理由そのものはあまり知られていないよう。
「……手が早いな。」
そして熟考の末、アルバートはとんでもない方向に勘違いしやがった。
「俺は誰にも手なんて出してない!」
声を上げる。
おい、何驚いたような顔してんだアルバート。
おかげで腕の中のネルの顔は真っ赤。俺のそれも若干赤くなってる事だろう。
「何の話をしているんですか?あ、ネルさんは私達の新しいパーティーメンバーです。」
「へぇ、でもなんか嫌がってない?」
アリシアの言葉にローズが首を少し傾げてネルの顔を覗き込む。
ちなみにネルはさっきから俺の腕から脱出しようと必死になっており、今は俺がその肩と膝を強く掴んで身動きをとれなくさせている。
「仲間になるんだよ。な?」
そしてローズと一緒にネルの顔を覗き込んだ俺が聞くと、抵抗は無駄だと悟った彼女はようやく大人しくなった。
「……うん。よろしく。」
返事は羞恥からか、小さく囁かれた。
「コテツ、部屋は足りるのか?流石に三人で一つは狭いぞ。」
「え!?アリシア、コテツと同じ部屋で寝てたの!?まさかそういう関係……。イタタタ!」
ネル、お前もか。
流石に言いすぎなのでネルをお姫様だっこの体勢のまま、彼女の肩を握る力を強くした。
「そんなことしてねぇよ。ったく、出会ってまだ数日だぞ?」
「う、アリシア、そうなの?」
涙目のまま身をよじり、ネルがアリシアに顔を向ける。
力を入れすぎたかな?
「関係、とはなんのことでしょうか?」
「え……」
「わぁ……」
「コテツ、疑って悪かった。だがこれは……」
アルバートからの疑いがまだ続いていたのか、というのは置いといて……。
マジかよ。
「ネル、今後のために色々教えてやっておいてくれ。」
「うん、分かった。良かったよアリシアが冒険者として最初に出会った男性がコテツみたいなへた……ぐぅ、い、痛いよぉ。……ふ、ふぅ、し、紳士で。」
「全くだ。」
「?」
アリシアは小首をかしげたままだ。
しかし、確かに今のままでは俺とアリシアで床もベッドも埋まってしまう。
……ていうか冒険者なりたてのときと違って今は金があるんだし、そんなことをする必要もないか。
「アルバート、二人部屋と一人部屋を1つずつ頼む。あ、1人部屋の方は別に倉庫とかでもいいぞ。床で寝られるし。でもその分安くしろよ?」
「客にそんなことはさせない。金も多少は負けてやる、儲けさせてもらった礼だ。」
「お、助かる。じゃあ昼飯を一人分とお弁当を2つ頼む。これからランクを1つ上げてくる。」
「え?ボクは?本当にお留守番なの!?」
「上手く行けば明日から一緒に行動できるぞ。」
「置いていくんだ……。」
物凄く残念そうだ。
「そう気落ちするな。「気落ちしてない!」はいはい、えーとそうだな……実は俺にはとある秘密があるんだ。それがなんなのか当てられたらなんでも1つ、願いをできる範囲で叶えてやるってのはどうだ?」
無論、黒魔法の事である。こんなの、バレるわけがない。
「なんでも!?」
そんな俺の提案に、腕の中の彼女は予想以上にがっついてきた。
なにか恐ろしいことを考えているのだろうか?だがしかし、もうあとには引けない。
「ああ、なんでもだ。」
「よし、分かった。絶対当ててみせるから。」
気合十分にネルが言う。
本当に何をさせるつもりなんだ?まぁ流石にこんなノーヒントじゃあ当たりはしないだろうけれども。
「じゃあアリシア、とりあえず準備してこい。」
「分かりました!」
パタパタとアリシアが2階への階段を駆け上がっていく。
「昼飯を頼む、アルバート。もちろん金はあの冒険者達の金でな。」
「ふっ、そうだったな。」
アルバートは少し笑って言い、厨房に戻っていった。……ローズをむんずと掴んで引っ張って。
こんな宿呼ばわりはかなり頭に来ていたらしい。
「うぇーん、コテツさん助けてー。」
抗議の声は無視させていただきました。
そして俺とお姫様だっこされたネルだけが残る。
「ねぇ。」
「ん?」
「そろそろボクを降ろしてくれてもいいんじゃないかなー?もう満腹亭に着いたんだしさ、ね?」
「えぇ……。」
「降ろしてよ!」
「はいはい、よいしょっと。」
軽く笑いながら身を屈め、ネルを足から着地させ、そっと手を離す。
「うわっ!」
するとネルはよろけてこちらに倒れ込んてきた。長い間立っていなかったせいでバランスが取れなかったらしい。
彼女を受けとめ、もう一度立たせるも、ネルはなぜか俺のコートに顔を埋めたまま動かない。。
「何をしてるんだ?」
「……匂いを嗅いでる。」
なぜに?
「最初に抱かれていたときから不思議だったんだけど、コテツの匂いはするけれど、このコートは、使われた素材とか、その他の匂いは感じないんだ。……何でだろ?」
ヤバイな早速秘密の一部がバレ始めている。
マジかよ、秘密を言い当てられるかもしれないだと!?
「お、俺の匂いなんてのが分かるのか?」
何とか話題をコートから逸らさせる。
あと、ぶっちゃけ俺の体臭はそんなに酷いのか、と気になった。
「うん、ボクは昔から鼻はいいんだ。それがきっかけで斥候を目指した部分もあるよ。」
「へ、へぇ、遠くの魔物の匂いも嗅ぎ分けられるのか?」
良かった、俺の体臭が特別臭い訳じゃないんだな。
「アハハ、さすがに獣人族じゃないんだから無理だよ。ただ、擬態した魔物とかなら分かるよ。あと、魔物の追跡なら任せて。」
「そりゃ心強い。って、獣人族に会ったことがあるのか?」
「アハハ、ないない。でもファーレンに行ったら会えるかもね。」
「え、ファーレンってスレインにあるんじゃないのか?」
「あれ、知らないの?ファーレンっていうのは南の大きな島を丸ごと使った学園だよ。いっそのこと小国を名乗れるくらいには大きいんだけど、戦争を回避するために学園都市って名乗って完全中立を保ってるんだって。」
「へぇ、それなら政府とかはないのか?」
「なんか毎年ごとに選ばれた何人かの学生が一年間、中心となって学園都市を動かしているらしいよ。」
「それで成り立つものかね?」
毎年リーダーが変わっちゃあ大変だろうに。
「まぁ大人がちゃんと補佐してるんじゃない?あと、学園の回りには町があって、それも学園が管理しているんだって。」
「物凄い学校もあったもんだな。……あ、そういや何年ぐらい学園都市に在学してないといけないんだ?それに年齢制限もあるのか?」
ふと気になって聞くと、ネルは俺のコートの端を握ったまま目を閉じ、そのまま口を開いた。
「たしか……3年間学ばないといけなくて、入学できるのは16から20までの人達だね。」
ぬぉーっ、マジかぁ……。アリシアに付いていくって言ったのに俺、入学できないのかよ。じゃあファーレンで何か別の仕事に就くか?……採用試験でまた落とされるのが関の山だろうけどなぁチクショウ!
はぁ……まぁそのことは学園都市に着いてからまた考えよ。
「どうかした?」
目を開き、ネルが首を傾げる。
「あーいや……」
それより、
「……3年間学ばないといけないってどういうことだ?」
強制なのか?
もうファーレンに関する記憶は完全に引き出せたのか、今度の質問へネルの答えは淀みなかった。
「卒業するまで学園に在学しないと入学金の5倍の額を更に払わないといけなくなるんだよ。きっと一年間だけ通ってすぐに出ていかれるのを防ぐためだろうね。出ていった学生が弱かったら学園都市の評判が落ちちゃうし。」
「5倍?」
そりゃまた重いペナルティだな。
「その分、卒業すれば引く手数多だからね。中退者なんてそうそういないよ。」
「はは、まぁ、だろうな。」
笑ったところでアリシアが降りてきた。右手にはこの前買った魔法発動体。
その形は真っ直ぐに整形された木製の棒で、長さは20cm後半。持ち手から先端部まで段々と細くなっており、持ち手のところは黒い革で巻かれ、持ちやすいようになっている。
全体的に指揮棒を思い起こさせるそれの商品名は熱風のタクト。
赤と緑の魔素の扱いをしやすくするという、アリシアにピッタリの物だった。
値段は500シルバーしたものの、それだけの価値はあると思う。
「二人とも、何をなさっているんですか?」
と、アリシアが不思議そうにこちらを見たまま階段の半ばで立ち止まった。
ちなみにネルは未だ俺のコートのつまみ興味深そうに眺めている。
……あんまり健全な絵じゃないな。
「いやぁ、ネルが転けそうになったのを受け止めたんだよ。な?」
「うん。ボクはそのままコテツの秘密の力を当てようと色々調べていただけだよ。ね?」
ね?じゃねぇよ。色々ってなんだ、色々って。
「色々ですか。例えば何を?」
「匂い。」
おいこら、即答するな。それじゃあただの変質者だぞ。
案の定アリシアが駆け寄ってきてネルを俺から引き離す。
「コテツさん、早く行きましょう。」
そしてそう言って俺の腕を抱きしめると、体全体でぐいぐい引っ張り始めた。
……事情は後で詳しく説明しておこう。
「なぁアルバート、弁当は……。」
「今できた。」
言いかけたところで、アルバートが厨房から出てきて紙包みを2つ渡してくれた。
ローズの姿は見えない。
……正座とかさせられてるんだろうか?
「よし、出発だアリシア。」
「はい。」
「じゃ、何か緊急の連絡があったらネルを使ってくれ。」
そう言い残し、俺はアリシアを連れて再度ギルドへ向かった。
「あの、コテツさん。」
アリシアが声をかけてきた。
「なんだ?」
「えっと、大丈夫ですか?イベラムに来てから盗賊退治やゴブリン退治、それにネルさんとの戦いなどと戦い続きですよ?疲れていませんか?」
あらま、そういえばこの頃戦ってばかりだな。
「はは、大丈夫さ。」
安心させるためにできるだけ軽い調子で言ってやる。
「ならいいんですけど。」
「俺より、アリシアの調子はどうだ?」
「大丈夫です。」
と、ぐぅーとアリシアのお腹がなった。
「アリシアって案外食いしん坊?」
「朝から食べてないのでしょうがないんです!」
アリシアが顔を真っ赤にして言う。
そうだったな。俺はまだ大丈夫だけど。
「じゃあさっさと依頼を受けて外で弁当を食おうか。」
「……はい。」
「今日の弁当の中身はなんだろうな。」
「うぅ。」
「満腹亭の物だからいつも通り美味しいんだろうなぁ。」
「もう!早く行きましょう!」
アリシアが恥ずかしさの余りやけになり、さっさと歩いていく。
俺はそんな彼女を追う形で土の通りを小走りで駆けた。