お見通し
一連の計画をルナに話したその日の夜、まだ眠気に襲われていない奴隷役四人で縁側に座り、情報交換の名目で雑談している中、俺以外のパーティーメンバーがルナの帰りが遅いことに感付いて怪しみ初めたため、はてさてどうやって誤魔化そうかと内心焦り始めていたところで、縁側にルナ自身ではなくウォーガンが姿を現した。
「ここで何をしている!」
その一喝で俺を含め全員が仰天し、器用にも座ったまま飛び上がる。俺に至っては縁側から外に落ちそうになり、柱を掴んでなんとか事なきを得た。
「(もしかして主人ちゃんの部屋変わったの!?)」
「(え、あ、さあ?)」
自分自身も少々動揺しながら、シーラの小声に肩をすくめて見せる。
計画の事はなるべく秘密にしておきたいと思い、四人には話していない。
神器を盗んだ疑いが俺達奴隷に掛けられたとき――それを避けるためにルナがすべきことは彼女に言ってあるのだが――どこかで尻尾を掴まれてしまうリスクを減らすためだ。
「どうした、聞こえないのか!?」
「申し訳ありません。私達は主人の安らかな眠りを守るよう、言い付けられましたので、ここにいるのです。」
仁王立ちしたまま催促するウォーガンに、ユイは素早く三つ指をつき、落ち着いて丁寧に返答する。
そしてその後ろの俺達大人はただただ唖然としていた。……うーむ、情けない。
「聞いていないのか?ルナベインは今巫女として重要な仕事をしている。……ああ、流石だ。誇らしい。」
と、最後の部分はうんうんと頷きながらウォーガンが言う。
よし、ルナはしっかりとやってくれたらしい。ウォーガンは涙まで流しているんだから驚きだ。そのせいで少々罪悪感が首をもたげたのは否定できない。
「では私達も……」
「その必要はない。ルナベイン自身が、これが巫女の義務であるから、お前たちの力は必要ない、自分だけでやってみせると言ってくれた。それもたった一人でだ!」
ユイの進言が俺の作戦をぶち壊しそうでハラハラしたが、無事、却下される。ルナはちゃんとそこまで言い含めておいたらしい。
ていうかたった一人で警備するように交渉できたのか!やるじゃないか!
話しながら心から嬉しそうなウォーガンはそうしてひとしきりの感慨を味わい終えると、涙を拭って再び俺達を睨み付けた。
どんな無理難題が飛び出してくるんだろうと思っていると、その口から耳を疑うような内容の言葉が発された。
「よってお前たちの仕事は無い。今夜は存分に休むと良い。ルナベインは自室も使って良いとも言っていた。英気を養うことだな。はっはっは。」
かなりの上機嫌であることを隠しきれなくなったようで、ウォーガンはついには笑いながら俺達の横を素通りしていった。……ポッカーンと呆気にとられている俺達には全く目もくれずに。
「……ユイちゃん、今のが本当にあったのかが分からないんだ。キスしてくれないかい?そうだね、出来れば口に……はぶあっ!?」
毎度恒例のパンチにフェリルが吹っ飛ぶ。ユイも予想できていたようで、驚くそぶりは微塵もない。
「地面にでもしてなさい!」
肩を怒らせ、フーフーと怒気を迸らせているシーラがさらに追撃を加えようとするのを片腕で制しながら、俺はフェリルに声を掛けた。
「おーいフェリル、どうだ、痛いか?」
「……イテテテ、パンチがこの頃かなり上達してきてないかい?」
そりぁ何だってすればするほど上達するからなぁ。……今まで何度となくフェリルに制裁を加えてきたシーラだ。きっと怪我をさせないギリギリで、尚且つ最大限の痛みを与える技術が備わっているのかもしれん。
「痛いみたいよ、どうやら夢じゃないみたいね。」
「ええ、そのようね。……それで貴方はどうするつもりなの?」
俺の腕を軽く押して戻させ、シーラがこちらに体ごと振り向いた。フェリルに背中を向けるのが目的だということはすぐ分かる。
「別に何も?ウォーガンの言うとおり、今日はゆっくり睡眠を取るんじゃないのか?」
都合よくウォーガンにも助けに行かないで良いって言われてるしな。
「ちょっとあなた、ルナさんの事を心配していないの!?こんな夜中に一人でだなんて危ないじゃない!」
「ん?まぁ、大丈夫だろ。本当に一人だけに任せる筈がない。使用人が何人か監視してるだろ。」
「それでも心配なものは心配のはずでしょう!?」
「大丈夫だって、たぶん。」
ユイが眉をひそめてだんだんと語気を強めていったが、俺が最後にそう返すとおもむろに立ち上がって、
「……私、今日はもう寝るわ。」
とたった一言呟き、ルナの部屋に入っていった。
「あ、ユイちゃ…………ちょっと、もう少し言い方があったでしょう?どうしてかは知らないけど、あの子が貴方達二人のために頑張っているのを、まさか気付いていないとは言わせないわよ?」
ユイがピシャリと閉めたドアに片手を掛けながらシーラが鋭い視線を向けてくる。
この貴方達、というのは俺とルナの事だ。
「まぁ薄々は、な。」
正直言うと、ルナ本人にそのことを教えてもらったときまでは全く気付いていなかった。諸々の内容やら試みやらを聞かされたときユイの今までの幾つかの不可解な行動に合点が行ったのを覚えている。
「なら考えなさい!……本当にどうしてこんなののためにあの子は……」
ぶつぶつと文句を垂れ流し、シーラはルナの部屋に入ってユイ同様、ピシャッとふすまを閉じた。
「あーあ、リーダーのせいで外で寝ないといけなくなったね。」
俺がいきなり向けられた二人分の怒りに少し呆気にとられていると、パンチが余程効いたのか、未だに頬を抑えているフェリルが縁側に上がってきた。
「そりゃすまんな。」
言うと、フェリルは急に声を抑えた。
「それで、奴れ……主人ちゃんとリーダーが付き合ってる事はいつ伝えるんだい?あの二人も何だかんだ言って鈍いよね。……アハハ、なんだいその顔は?もしかして気付いてないとでも思ったのかい?」
思わぬ言葉に目を剥く。
ルナと恋仲であることはバレると後々面倒そうだったから伏せていたってだけなのだが、それでも言い当てられる動揺してしまう。
「どうして分かった?」
「なんとなく、だね。強いて言うならラダンに入るまでとその後で、リーダーがあの子に送る視線が変わったから、かな?」
おいおい時期まで完璧かい。
「俺の顔って、そんなに分かりやすいか?」
「もしそうならシーラも気付いてるさ。僕は日頃からユイちゃんのハートを狙ってるから、そういうのに敏感なだけさ。」
そういうものなのだろうか?まぁだとしても……
「……嫌な特技だな。で、やっぱりこういう、異種族で恋仲になるってのは変なのか?」
「まあ、だからと言ってリーダーの心は変わらないだろう?」
「変、なんだな。はぁ、このことはあんまり開けっ広げに言わない方が良いか……。」
ウォーガンにルナから「私達愛し合ってるんです!」なんて泣き落としを仕掛けるのは無理だな。まぁ元からやろうと思ってはいなかったが……。
「ま、そうだね。でもそこまで深刻にならなくったって良いさ、異種族で愛し合ってる人なんて表面には見えないだけで、そこら中にいるんだから。」
そして、そんなことよりも、とフェリルは軽く手を叩き、俺の肩を肘でつついてきた。
「実際、どう?」
声だけでフェリルのニヤけた顔が予想できる。俺もかつてはその位置に立って日々を楽しんでいたんだから当然と言えば当然だ。
……あーぶん殴りたい。何なら黒銀も発動させてやろうかね?
「まあまあ良いんじゃないか?」
「へぇ、そうかい?ちなみにあの子のどこに惹かれたんだい?」
どこに、ねぇ……。
「性格良し、器量良し、それに加えて料理が上手いと来たら、告白されて断る理由はないだろ?」
「…………え、それだけかい?」
なんだ、と白けたような顔付きをされ、かなりイラッときたが我慢。
「どういう意味だ?」
「例えばこう、『声を聞いただけで雷が体を駆け抜けたような衝撃がー』とか『実は一目惚れだったんだー』とか、そういうのは?もっと情熱的な文句とかさ。」
「……最初はお互いに剣先を向けてたからなぁ。」
ルナはあの直後から俺を意識してたらしいけどな。本当、ルナには悪いことしたなぁ。
『一目惚れはあのエルフの……ん?名前はなんじゃったかのう?』
黙れクソジジイ!ミヤさんのことはしっかり吹っ切ったんだからな!
『ふぉほほ、どうだか。』
こんの……!
「まぁまぁ、リーダーの想いに文句を付けようって訳じゃないから、ね?」
「え、あ、あーいや、別に怒ってる訳じゃないぞ?」
どうやら爺さんへの怒気が漏れていたらしい。
そしてフェリルは俺の弁解を軽く手を振って流しながら座り直した。
「はいはい。さてと、じぁあこのことをあの二人に黙っておく代わりに、隠してることを白状して貰おうか。」
さらに落とした声の内容に対する動揺を隠せたかは分からない。
「……何の事だ?」
それでも憮然として聞き返す。心臓がバックバクと脈動しているのが自分で分かる。
「しらばっくれたって無駄さ。これでも僕は狩人なんだ、気配察知が使えないとでも思うのかい?まぁ性能はリーダーに負けてるみたいだけどね。」
俺がルナと建物の影で話してたのが見られたのか?気配察知ができるとしても俺は隠密スキルを使ってたはずだし……おい爺さん!
『あのときお主を見ていたものなどおらん。断言してもよいわい。』
なんだ、はったりか……。
念話のせいで少し空いてしまった間を誤魔化すため、俺は頭を傾け、何の事だか分からない、という風な顔を作る。
「だから、なんなんだ?」
「はぁ……強情だねぇ、やっぱり全部説明しないといけないのかい?……それじゃいくよ、僕はリーダーがステラちゃんと話して仕事を上手くサボってるところに、主人ちゃんが来てリーダーを引っ張って行ったところまでは見ていたんだ。そこから先は主人ちゃんの気配の動きで……「あー、分かった分かった。」」
それ以上続けようとするフェリルを制し、思わずもう片方の手で額を抑える。
「その手があったかぁ……。」
ルナの気配を察知するだけで俺とルナの両方の居場所が割れたのか。そりゃあ暗がりでこそこそやってたら怪しまれるわな。
ルナが隠密スキルを持ってないことが災いしてしまった。にしてもフェリルがその気配の動きだけで判断するとは。流石は狩人と言うべきか。
はぁ、隠密スキルは片方一人だけ持ってても仕方ないってことか……。
『一応言っておくが、“真っ当な”人はそんなスキル、持っておらんからの?』
変なところをを強調するなよ。まるで俺が真っ当じゃあないみたいじゃないか。
『……(密入国者が。)』
どんなに小さく念じても、念話なら聞こえるからな?
「で、考えはまとまったかい?そろそろ白状したらどうだい?」
「ルナと愛を語り合っていたとか思わないのか?」
苦しい抵抗を試みるが、一笑に付された。
「あっはっは……随分甘くみられたね?そんなことをしていたんなら、今夜急に主人ちゃんが寝室に帰ってこなくなるのは何故だい?……リーダー、ここでは僕達の誰か一人のたった一つのミスでパーティー全員が窮地に落とされるんだ。それでも僕に知る権利が無いとでも言うつもりかい?」
誤魔化すのは無理かぁ。
「はぁ……、もしかしてあの二人も俺を疑ってるのか?」
フェリルが三人の代表ってことなら作戦の変更をしなければいけないかもしれん。
顎をしゃくってルナの寝室の中を示して聞くと、フェリルは首を振った。
「言ったじゃないか、あの二人は案外鈍いねって。気付いてるのは僕だけだろうさ。あ、別に伝えようだなんて思っちゃいないから安心して良いよ。」
ニコニコしたままの顔でさらに続けられる。
「……さて、僕はリーダーが、詳しいことは分からなくても、何かをしていることに感付いた。僕にその計画を黙っている利点は無くなったんじゃないかい?」
実際、黙っていて不安要素のまま放置しておくよりは仲間に入れる方が得策……か。万が一尋問されたときの口裏合わせも必要だろうしな。ま、三人よらば文殊の知恵だ。許容範囲ってことで……
「……こき使ってやるからな。」
「よーし、そう来なくちゃ。ハハ、女の子に悟られないようにしながら彼女たちを守る。リーダーも中々カッコイイじゃないか 。」
作戦の目的は知っているとはいえ、俺が説明をまだしてないってのにこいつは。はぁ……本当は全部分かっていたとか無い、よな?
そして、俺は洗いざらいを吐いた。
案の定反対されたが、もう遅いとフェリルは押し黙らせた。