思い出話
結局のところ、二つの死体を森の肥料として埋めるのは面倒だったので、それぞれバラバラな場所に寝かせた。その後、帰ってきたフェリルと拷問をした痕跡を消しているとき、フェリルにゾンビの核の破片が見つかってしまい、俺は珍しく怒り心頭となったフェリルに平謝りすることとなった。
「なぁ、でもヴリトラ教徒から話を聞き出すことには成功したんだし、トントンって事で良いんじゃないか?」
「リーダー!そもそもあの二人を殺してしまった事から僕は許せないんだ!そりゃ獣人の方はリーダーも慣れてなかったし、拷問の方法が合わなかったのかもしれない。だけど人間の方は!?拷問に成功したんだってね?どうして殺す必要があったんだい!?」
「いや、それはほら、生かしておいて後々面倒なことになるよりは……って思って、な?」
「まだ情報を聞き出せたかもしれないとは?……はぁ、それで、アンデッドを使う以外の方法は考えようとはしたかい?」
「人間の方の死体の体を見れば分かるだろ?全部やり尽くしたつもりだ。」
これでもパーティーのリーダーだからな、他のメンバーの言うことにはなるだけ耳を傾けないといけないし。
「……だとしても、アンデッドにするって解決法がそもそも間違っているんだ!ヘール洞窟に眠る王様と言い、君と言い、死体を無理矢理使役するって事に抵抗はないのかい君達人間には!?」
まぁ、少なくとも俺にはあまりない。
「そして何より!」
あ、まだ続きます?
「女の子達に告げ口したところで怒られるのは僕なんだよ……はぁ。」
「……すまん。」
そこまで考えは及んでなかった。
「なぁフェリル、この指輪、お前が預かっておくか?」
ここまで怒られて俺も流石に申し訳なくなってきた。だがこうすれば問題ないだろう。我ながら名案……
「リーダー、その指輪をリーダー以外が手にしたら即座に破壊ないしは捨てられるよ?」
予定変更。
「俺は何にも言わなかった、気にしないでくれ。」
「はぁ……。」
さて、取り敢えずヴリトラが本格的に神器を集めてるって事は分かった。……どうしてか?
『戦争でも引き起こそうとしている、というのが妥当かの?』
だよな……ったく、いっそ爺さんが敵方の中心人物の頭の中を覗いて来れば良いのに。
『無茶を言うでない。信者でも無い者にそんなことができる訳無いじゃろ。あ、お主は例外じゃからな?』
神様が聞いて呆れる。
『なんじゃとぉ!?』
分かった分かった、すまんすまん。……でちなみにヴリトラは魂片をどれだけ取り戻したんだ?
『ふむ、どれどれ……まだ2つのままじゃな。』
じゃあファーレンに攻め入ってくるまではまだ時間的に余裕はあるってことかね?
力を3分の1しか取り戻してない状態で、襲って来るとは考えにくい。
『そうかの?ファーレンにはお主が預っておる無色、そして白と地の魂片が合わせて3つ、つまり残りの四分の三が揃っておるのじゃぞ?』
……あはは、狙われる要素には十分だな。
じゃあ神器は魂片の代替品ってことかね?
『そうじゃの、ヴリトラに対抗するために作ったはずじゃったのにのう。皮肉な事じゃ。』
嘘つけ、趣味だったんだろ?
『そうとも言う。』
とにかく、ここでグダグダ時間を食われてく訳には行かないよな……。
『とは言うても、上手く行ったとして、出ていく事ができるのは正月まで無理じゃろうな。逆に考える時間を与えられたと思うのが得策かの?』
ルナの問題を解決しておかないとそれもままならないけどな……そしてこいつはかなり厄介だ。……俺が思い付いた唯一の案は、何とか神器を盗み出して、盗まれた事の責任をルナに取らせて巫女の座を辞退させる、だ。どう思う?
『筋書きはまぁ良いじゃろうが、お主、殺されるぞ?』
そりゃあバレたときの話だ。隠密に徹して、犯人が俺だと割れなきゃ万事上手く行くだろ?
『バハムートを迎える一週間前じゃという事を忘れておらんか?宝物庫の警備が一番厳しい時期じゃぞ?』
方法はまだ試行錯誤してる。……爺さんの誘導があれば何とかなるか?
『直接見られる事は無いかもしれんが、獣人を侮ってはならんぞ?嗅覚は風向きや他の臭いを用いて欺けるものの、その聴覚も人間の物などとは比べ物にならんからの?盗賊や狩人のような訓練を受けていない者が簡単に突破できる程甘いとは思わんことじゃ。』
盗賊、もしくは狩人か……ネルに通信教育して貰おうかな?
「あ、ね、ねぇ?」
と、拙い声が掛けられた。驚いて勢いよく振り向くと、屋敷の縁側にステラがいた。……ほっ、ウォーガンはいない。
今、俺は境内の掃除を割り当てられているのだ。ボーッとしているのを見られたのが穏やかそうなこの子で良かった。
「はい、何でしょうか?」
平静を装い、頭を軽く下げ、敬意を示して社の柱に立て掛けていたほうきを片手に持つ。
例え子供相手だとしても、礼儀正しくしていないと何をされるのか分からないのが奴隷の身分だ。
「ルナね……えと、お、お前の主人は、ステラのこと怒ってない?」
ん?
「……何故です?」
「あ、お前に、魔法の水をあげたから……ウォー兄が、死んじゃうかもしれなかったって。」
……それ、一昨日のことだよな?何を今さら、小さい子供の間違いなんて気にしやしないのに。
「私は大事なかったので、そう怯える必要はありませんよ?」
「お前はどうでもいいの!ルナ姉は、ねぇ!?」
あ、そういうことね。
「報告しておりませんので安心してください。」
「え……ルナ姉、知らないの?」
「ええ、知りません。」
俺が頷くと、ステラは一気に脱力してその場に座り込んだ。
「良かったぁ……ルナ姉、泣き虫だもん。」
ほほぅ、興味深い。
「泣き虫、ですか?」
「……(コクリ)」
「どのようなところがです?私はとても強い方のように思っていましたが。」
言うと、ステラはガバッと顔を上げた。
「そんなの嘘だよ!ルナ姉はね、家族みんなで来たときとかにいつもたくさん遊んでくれるんだけど、何か嫌なことがあるとすーぐ泣き出すの。」
縁側から足を出して、ぶらぶらと揺らしながら、ステラの思い出話が始まった。
「それでね、頑張って機嫌を直そうとしてお菓子をあげたりするとね、もっと泣いちゃう。そしたら大体いつもウォー兄がやってきて、ルナ姉を泣かせたのは誰だーって怒鳴って、いつも最後にステラが家族みんなに怒られるの。本家の子を泣かせたら駄目だって。」
……うわぁ。
「そしたらルナ姉が、ステラは悪くないって言ってくれて、そしたらみんなはルナ姉は優しいねぇって言って、怒るのをやめてくれるの。」
ほっ。
「そしてお家に帰ったら怒られるの。」
うーむ。
「大変、でしたね。」
ステラの隣に座りながらしみじみと言うと、しかし、かぶりを振られた。
「ううん、そんなことないよ。だってそれとかも全部楽しかったもん……ルナ姉が戦争に行っちゃうまでは。」
最後の部分でしゅんと耳までが項垂れる。
「戦争、ですか……」
「うん。泣き虫なのに、人間なんか全部やっつけてやるって言いながら出ていったよ……あのね、ルナ姉のいない間はずっと大変だったんだよ!?ルナ姉が帰ってこないから、代わりをステラがやるんだって言われて……一緒にいっぱい遊んでた友達とも会えなくなって、そしてここでずぅっと巫女の仕事の練習とかをさせられて……。ルナ姉は絶対帰ってくるって言っても誰も信じてくれないの。最初はステラの言うことを信じてくれてたウォー兄も本家のお爺ちゃんも、ステラがそれを言う度に怒り出すようになって……なんだかだんだん怖くなってきたの。」
だんだん俯いていくステラの頭に手を乗せ、軽く撫でる。
「皆、きっと切羽詰まっていたんですよ。……良く頑張りましたね。」
「うん、頑張った。……でもルナ姉が帰ってきたから、もう安心、だよね?ウォー兄とかパパとママとかが良く口喧嘩してるけど、心配しなくて大丈夫なんだよね?元通りになる、よね?」
……ここからが一番大変だと思うが、そんなこと言えやしない。
「ええ、上手く行きますよ。きっと。」
俺が望む結果はステラの思ってるのとは全く逆の方向だろうけどな。
さて、しんみりはここまでで十分だ。
「だとしても、主人が泣き虫だったなんてまだまだ信じられませんね。」
笑い混じりに言うと、
「本当なの!」
さっきまでの落ち込みようが鳴りを潜め、ステラは元気になった。耳も元気に立ち上がっている。
うーん、やっぱり子供は単純で楽だ。
「あのね、ステラが積み木で遊んでてね、とても高く作ったの。そこにルナ姉が来て、泣いちゃったの。」
「何故です?」
「確か……積み木が倒れて来そうで怖かったって言ってた気がする。」
「あらら。」
「あ!それで別の日はね……」
「ほぅほぅ……」
結局、ステラによるルナの泣き虫エピソードは、ルナ本人によって中断された。……まぁ数時間分聞けたので十分だったが。
いつの間にか背後に来ていたルナに手を掴まれ、咄嗟に靴を脱いだ俺はステラにバイバイと手を振ってからルナの誘導に大人しく従い、そして誰もいない場所まで連れてこられた。
「はぁはぁ……ステラのあれは、違いますからね!」
日の当たっていない暗がりで、俺の胸元を両手で掴み、目の端に涙を浮かべて必死に言うルナ。
「泣いてますよ?ルナベイン様。」
敬語は崩さず、それでもニヤリと笑う。と、ルナはサッと片手で目元を拭った。
「私は泣いたことなんてありませんから!」
嘘つけ。
「うぅ、まだ碌に話したこともなかったはずのステラと、談笑するまで仲良くなったと感心していたら、肝心の話の内容が私の昔話だったなんて……。」
「ほぼ唯一の共通する話題ですからね。」
「だからって、だからって何で……うぅ。」
あ、思い付いた。
爺さん、周りに人はいるか?
『おらんが……お主、まさかあの案を押し進めるつもりかの?』
もう一週間しかないんだ。代案を考えたとして、その準備が間に合うか分からん。だが今から準備すればこっちはまだなんとかなるかもしれない。
「ご主人様?ひゃっ!?」
「気を抜くな。」
「……すみません。え?」
謝るルナの頭の後ろに手を滑らせ、俺と額をつけさせる。俺の話を素直に聞かせるのにはこれが手っ取り早い。
「これから俺が言うことを良く聞け。」
小さく息を吸う音と、頷く感触。
「ルナ、俺の話が終わったらウォーガンの所へ行って、宝物庫にある神器をヴリトラ教徒が盗もうとしている事を伝えろ。俺が始末したと伝えておいてもいい。そしてこれからはお前も宝物庫の警備に当たるように説得するんだ。良いな?」
「っ、神器を盗むのは!」
頭を離そうとするルナを腕力で押さえ付ける。
「大丈夫、この山のどこに埋めておくさ。そして何か、例えば盗人がそこに一旦隠しておいたようだとか何とか理由を付けて、返せば良い。」
「ご主人様、あわよくばなどと思っていませんか?」
うーむ、以心伝心、喜ぶべきか?
「とにかく、聞くんだ。今から数日間で警備の穴を見つける、もしくは作り出してくれ。そして誰にも気付かないまま神器を俺が盗みだせば、後はお前が責任を取るってことでステラに巫女の座を譲れば良い。」
「そんなに上手く行きますか?神器を盗まれて、それだけで済むとは……。」
そうは言うが、ルナが酷い罰を受ける可能性はほとんどない。巫女の座の辞退はかなり大きな罰として認識させられるだろうし、何よりルナは家族に愛されてる。ステラだってルナを悪いようにしようとは思っていまい。
「大丈夫、それにいざとなったら逃げるさ。ただ交渉とかは完全にお前次第になるな。俺の動きは巫女の座を辞退する理由付けをするためだ。……さてと、注意点として見張りはなにがあっても絶対に、奴隷役の誰にもさせないこと。良いな?」
「どうしてですか?」
「この社と一番縁遠いんだ。真っ先に怪しまれるに決まってるだろ?金でも掴まされたんじゃないか、とか。」
「……そう、ですね。」
「で、どうだこの作戦は?何か不都合な事があれば言ってくれ。考え直すから。」
「……一つだけ。」
恐る恐る、といった様子でルナがこちらに視線だけを向ける。
「……神器は返してください。」
あ、そう来ますか。
「はいよ、努力する。」
「あれはこの家、いえこの国に取って本当に大事な物なんです!お願いします、何だってしますから。」
「はいはい、分かったよ。約束するから。」
「神器が返されるまで私はこの家を離れませんよ?」
「……どうしてもか?」
「ご主人様!」
「分かった分かった、あと声がでかい。ちゃんと返すから、な?」
「……」コクリ
「よし、じゃあ作戦開始だ、いってこい。何かあったらいつでも俺のところに来いよ?」
銀の髪から手を放し、ルナの背中を軽く叩くと、ルナはまだ心配そうな顔をこちらにチラリと向けた後、縁側をタタタと走っていった。
さてと、後は俺の頑張り次第、か。なんかまたネルに怒られそうな気がするな。……狩人の技術とか、ちゃんと教えてくれるかね?