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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第五章:賃金の出るはずの無い職業
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奴隷(偽)の一日 午後

 「そういえば朝から何も食べていませんでした。有難うございます。」

 「リーダーとの“戦闘訓練”はキツイですからね……はぁはぁ。」

 縁側に座り、ウォーガンが差し入れてくれた肉塊にかぶりつきながら俺とフェリルは礼の言葉を口にする。

 ちなみにウォーガンも含め、冬だというのに皆汗だくだ。

 理由は簡単、ウォーガンを含めた三人で、厄介なことに形式上一番身分の高い、そしてそれだけでなく、体の頑強な獣人族であるウォーガンが満足いくまで組み手を行わされたからである。

 ……まぁ枯れ葉集めで暴れていたなんて言えないしな。

 「ふぅー、そうか……で、何か異変はあったか?」

 「いえ、何も。」

 思い当たる節がないか、目でフェリルに確認して答えると、ウォーガンは胡座をかいてこちらを向いた。

 「それなら良い。……さてと、食べながらで良いからよく聞け。今、昨日あった大広間でルナベインと分家の娘のどちらが巫女の地位を受け持つかの話し合いがあっている。」

 「ウォーガン様は参加しないのですか?」

 「話し合いは当の本人二人とジジィと分家の方の両親だけで行われてる。……まぁ護衛代わりの側付きや奴隷はいるが。」

 「それならなおのことウォーガン様が参加しない理由が分かりませんが?」

 実際、ウォーガンは強いしな。ルナの守りはなるべく完璧にしてもらいたい。

 「大丈夫だ。向こうの護衛に対してはルナベインの奴隷で十分だと一目で分かった。それとも俺を疑っているのか?」

 「いえいえ、滅相もない。」

 毎回毎回、会話が綱渡りみたいで怖いったらありゃしない。

 「なら良い。そしてもう一つ、会合で事が決まる事は無い。分家の奴等は全く引く様子がない。」

 「それで、僕達に何をしろと?」

 「護衛なら今もやっていますが?」

 フェリルの質問に同調して聞く。

 「その前にお前ら、暦は分かるか?」

 と、かなり馬鹿にされたような質問を返された。

 奴隷の教育レベルというのはやっぱりかなり低いらしい。……当然か。

 「ええ、分かりますよ。」

 フェリルが答え、ウォーガンはそうか、と一言言い、続ける。

 「なら話は早い。巫女の選定は元旦までに行わなくてはならない。というのもルナベインが行方知らずになったとき、寛大なバハムート様がその日まで待ってくださると言われたからだ。」

 「後二週間ぐらいか、ですか……。」

 慌てて言い直す。

 「その通りだ。つまり分家にとってみれば時間はない。」

 「でもそれなら私達も事を急がなければならないのは同じでは?」

 俺の呟きに大きく頷いたウォーガンについ気になった事を聞くと、その顔が真っ赤に染まった。

 失敗したか!?

 赤く染まった拳が座った体勢から放たれる。

 狙いは俺の左頬。

 腰が入っている訳じゃあないが、獣人の身体能力だ。咄嗟に黒銀を使う。

 「ぐぶぉっ!」

 俺は演出半分、もう半分は洒落になら無い衝撃の分散のため、縁側から石畳へダイブした。

 頭から地面に飛び込んだ上に砂利が食い込んで結構痛い。が、まだまだ我慢できる程度の物だ。

 尻目に俺を助け起こしにご様子とするフェリルを確認し、片手で小さくその場にいるよう合図する。……ていうかウォーガンの奴、ちゃっかり赤銅っぽいのを発動してたよな!?

 「正しいのは俺達本家だ!何を急ぐ!?最後にはバハムート様が決定してくださる。確かにバハムート様の手を煩わせるのは本意ではないが、少なくとも俺達がこずるい真似をする必要はない!」

 ウォーガンにはバハムートがルナを選ぶっていうことに絶対の自身があるのか……。

 まぁもし戻って本当にルナが選ばれたのなら、銀狐族が祭っているバハムートの言葉だし、誰も反論しない、いやできないだろう。

 「それは申し訳ありませんでした。」

 その場に座して姿勢をただし、俺は頭を下げて精一杯の謝罪をしてみせる。

 「分かれば良い。」

 「はい。」

 にしても首が痛い。ダメージ自体はあまり無かったが、殴られたときに首を捻りすぎたな。今度攻撃を受けるときはそこら辺も考えて防いでみよう。

 「そろそろ会合が終わる……ルナベインは命に代えても守れ、良いな?」

 「はい。」

 立ち上がり、ウォーガンは鼻息荒く去っていった。

 「リーダー……」

 それを確認して、殴られたことを心配してフェリルが声を掛けてくれたので、問題ないと黒く染まった頬を軽く叩いて見せる。

 「大丈夫だ。しっかり防いだからな。」

 「まぁそれはそれでおかしいと思うけど、本題はこっちなんだ。」

 「ん?」

 見ると、得意気な顔のフェリルが片手に枯れ葉を二枚持っていた。

 「僕の勝ちって事でいいかい?」

 「踏んだり蹴ったりだよコンチクショウ!」



 そしてその後もファーレンで(不本意にも)慣れ親しんできた雑用をひたすらさせられ、迎えた夜。

 見張りを交代制にしていることもあり、さっさと睡眠を取ろうとした俺はフェリルにつつき起こされた。

 「何だよフェリル、まだお前の番だろ?」

 「リーダーに中に入ってくれってさ。」

 不満げな俺に、フェリルがイヤリングを指し示しながら伝え、俺が寄りかかっていたふすまを指差した。

 尻尾のことかな?

 「了解。じゃあ見張りは俺の分まで頼んだぞ。」

 「あぁっ!?」

 「じゃ。」

 反論が飛んでくる前にさっさと襖を開け、中へと入った。


 部屋の中には無地の浴衣姿のルナが一人でいた。

 シーラとユイが部屋の中での警護に当たっているはずだが、おそらくルナに追い出されたのだろう。

 「で、尻尾か?」

 「あ……はい、お願いします。」

 どうも本題はそれでは無かったらしい。しかし俺がいつも通りその場に座って膝を軽く叩くと、ルナはいつものように隣へ寄ってきて尻尾を俺の膝に乗せ、俺に身を委ねてくる。

 銀の髪から良いにおいがするし、胸元が色々と際どいので、気を紛らわせるために頭の中で良い話題を探す。

 「それで……どうだった、久し振りの実家での一日は?」

 話題は平凡だが、無いよりマシだ。

 「久しぶりに家族に会えて、何だかホッとしました。」

 「そりゃ良かった。」

 「ご主人様は……、二人だけのときはそう呼ばせてください。」

 俺がこれ幸いと耳をモフろうとする前にルナは素早く両手で耳を覆い隠し、それを防ぐ。

 「はぁ、他ではくれぐれも気を付けてくれよ?あ、手袋は取られたりしたか?」

 何か口裏を合わせとかなければいけない事があるかもしれない。

 「いえ、戦争での傷があるからと言ったら納得してくれました。」

 「そうか……でも実際、傷がなくて良かったな。はは、巫女って地位にいたのに勝手に戦争に参加したんだってな?」

 「おかげでご主人様と出会えました。」

 「はいはい、ありがとな。」

 会話を一区切り終え、静寂に耳を傾けながら尻尾をすいていると、いきなりルナが身を反転させた。

 「そうそれです!」

 「え、何が?」

 取り合えず使わないくしをさっさと霧散させて聞き返す。

 「私がご主人様を呼んだ理由です。」

 そしてルナが続けて口にした言葉に俺は頭を抱えた。

 「ご主人様、家族を傷付けずに巫女の座を辞退する方法はあるでしょうか?」

 うん……なんでそうなった?

 「えっと、理由は?」

 「巫女というのはこの社における、バハムート様のための祭事を全て取り仕切る者の事です。ですから、奴隷である私には勤めあげる事ができません。」

 「別にお前が望むんなら、ここに居て良いんだぞ?」

 語感からそういう訳では無いと分かっているが、どうしても心配で聞いてしまう。万が一そうならかなり辛い。

 「そうなら巫女を辞退するなんて言いません!もう、怒りますよ?」

 ルナが距離を詰め、語気を少し強めて言うのを見て、心の中でホッと息をつく。

 「そうだな……すまん。で、巫女の座を、えーとこの場合は引き継ぐ、か?」

 「そうですね、ステラに引き継がせるということになります。」

 「ステラ?」

 「はい、今ここに私のような銀色の毛並みを持った者は私以外にステラしかいません。昨日の祝いの場にもいたはずですよ?」

 確か一人いた気がする。

 「お前をルナ姉って呼んだ子か?」

 そしてその後拳骨を落とされたっけか。

 確認すると、ルナはそうそう、と数回頷いた。

 「その子です。」

 「仲良さそうだし、お前が直接言うってのはどうだ?」

 「今日の会合で言おうとは思いました。でも爺様の意志が予想以上に強くて……兄はもう聞く耳を持ってくれそうにもなく……。」

 ま、聞かないだろうなぁ。

 まさにその兄にぶたれた頬を掻き、苦笑い。

 「それで言い出せなかった、と。」

 「はい……これでやっぱり、辞めるなどと言うと、ずっと待っていてくれた二人に申し負けなくて。」

 どうしましょう、と俺の胸元から見上げてくるが、俺としても途方に暮れてしまっている。

 解決策なんぞ皆目検討も付かない。

 「巫女として相応しいかどうかのテストってするのか?それなら話は早いんだが。」

 それならルナが手を抜けば何とかなると思う。

 「分かりません。今回は異例の事態ですから。」

 ま、そうだよな。

 「ルナ、何か上手い言い訳でもあるか?」

 「ご主人様の奴隷だから?」

 「俺が殺されるからやめてくれ。」

 ウォーガン辺りにはその後遺骨すら粉砕されそうだ。

 「バハムートに内密に頼み込むってのはどうだ?……あー、言葉が通じないか。」

 「え?通じますよ?」

 さも当然のように、キョトンとした顔で言うルナ。

 そうなのか?リヴァイアサンは唸っているようにしか聞こえなかったぞ?

 『龍は人型に姿を変えることができての、かつてはそのまま社会に潜り込む事を楽しんでおったこともあった。その際に言葉も覚えたんじゃろうな。ほれ、お主も龍人と呼ばれたことがあったじゃろ?あれは手に終えない問題を抱えた龍が、元の姿、もしくはそれに近い姿に戻って解決したり逃げたりしたことで、そう呼ばれるようになったのじゃよ。』

 何であのとき一言も話さなかったんだ?

 『虫を叩くとき、逐一それに対して話し掛ける者がおるか?』

 虫、ねぇ……。

 『羽虫をブレスで落とす。的当てのようなものじゃな。』

 的当てって……お前ら寿命無しってのは娯楽に飢えてるのか?

 『間違ってはおらんの。』

 傍迷惑な。

 「ご主人様?」

 「いや、リヴァイアサンのことを思い出しててな。ったく、話せるんだったら一言言ってからブレスを吐けば良いものを……。」

 「古龍は気まぐれな方々ですから。」

 本っ当に傍迷惑だな。

 「はぁ、バハムートはこっちの要望に取り合ってくれるかね?」

 「どうでしょう……気まぐれな方ですから……。」

 自分の信望する対象に悪口は言えないのか、困ったように笑みを浮かべてルナが言う。

 「そうか……ま、可能性が無いよりはマシだろ。一応、色々考えておくよ。愛しい恋人のために……なんてのは俺に似合わないか?ははは。」

 「はい、私も頑張って考えます……」

 心配そうなルナの思考を無理矢理ポジティブに変換させようとするも、依然として曇り空。

 「……なぁルナ、ここに神器ってあるのか?一応バハムートを祭ってる場所なんだから可能性は高いと思うんだが……。どうだ?何か心当たりはあるか?」

 仕方ないので別の話題を振ってみる。

 「それは……あっても教えられません。」

 「どうしても?」

 「例え神器があったとしてもそれは祭事を行うために必要な物のはずですから、それこそバハムート様から許しを得ないと駄目です。」

 まぁ当然か。

 社を探索するのは召し使い達に阻止されるから、取り合えず駄目元で聞いて見たんだが、やっぱりなぁ。

 「はぁ、そうかぁ……。それじゃあ困ったなぁ……」

 「すみませ……」

 「バハムートに頼み込むかぁ。」

 「駄目です!ご主人様が灰にされてしまいます!」

 ルナがさらに萎れたのでボケをかますと、予想以上に反論された。……でも考えてみれば一か八かその方法もアリだと思えてきた。

 「龍ってのは気まぐれなんだろう?」

 「古龍は私達にとって力の象徴です。もしその怒りを買いでもしたら……」

 終いには泣きそうにまでなるルナに面食らってしまう。

 取り合えずルナを引き寄せ、子供をあやすようにその背中を軽く叩くきながら言葉をかける。

 「ま、まぁまぁ泣くなって。やるとしても最後の手段だから、な?」

 「……それを手段の一つに入れないでください。」

 俺を抱き締める力を強め、ルナは耳元にそう言ってきた。

 「はは……、はいはい、分かったよ。」

 さて、そろそろ戻らないとフェリルにどやされるな。

 まだ心配しっぱなしのルナに苦笑いし、その軽く二回叩いて立ち上がろう……とするが、ルナが腕を解いてくれない。

 「ルナ、外でフェリルが見張りをやってるんだ、そろそろ交代してやらないと……」

 「ご主人様、私がなぜユイとシーラにこの部屋から出て貰ったか分かりますか?」

 「俺の代わりに見張りを交代するためだろ?」

 「はい、でも一番の理由は……」

 頬を赤らめ、ルナがモジモジし始める。

 「理由は?」

 言いやすいように促すと、ルナはムッとした表情で唇を尖らせる。

 「ご主人様と二人きりになるためです!……え、えっと、だ、だから今夜はこのまま、その、寝入るまで話し相手になってください。」

 少し強く言った後俺に体重をさっきより少しだけ掛け、ルナが小さく、恥ずかしそうに耳元に囁いてくる。

 「さっきまでの真面目な話はどうした?」

 「半分照れ隠しです。」

 おい即答するんじゃない。これでも結構頭を捻ってた方なんだぞ?

 「それにご主人様は……たまにでも、その、恋人として接してくださると言いました、よね?」

 確かに言った。

 「はぁ、まだラダンに来て一週間も経ってないぞ?」

 「そのうち三日間はご主人様と言葉も交わせませんでした。」

 まぁ、牢に入れられてたからな。

 「恋人となってすぐの三日間、ですよ?」

 ……なんかもう、反論するのも馬鹿らしくなってきたな。別に嫌という訳でもなし、むしろ嬉しい事だ。気配察知に気を配ってさえいれば良いかね?

 「この甘えん坊め。」

 「まだまだ序の口です。」

 「はは、そうかい。」

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