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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第五章:賃金の出るはずの無い職業
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里帰り

 たった半年程度の付き合いなのに、もうすっかり馴染んだ馬車。そしてそれに乗るフェリル、ユイ、シーラの姿。それを尻目に見ながら、俺はそれよりよ豪華、というかより頑丈な馬車に、お互い半殺しにしあった男と向かい合って座っている。

 「あ、兄上……」

 もっと正確に言うのなら向かい合っているのはルナであり、俺はその隣でただ縮こまっているだけだ。

 自分の兄が俺にまた襲いかかってこないか心配なのか、ルナはさっきからそわそわしている。俺自身、二人が着物を着ている中一人だけロングコートを着ているのもあって、浮いている気がして落ち着かない。

 「……ルナベイン。」

 割と長く感じられた沈黙を壊したのはルナの兄。

 「は、はい。」

 「その服、大切にしてくれてるようだな。」

 「え……あ、……はい。」

 自分の兄に優しく微笑まれ、困惑しながらも頷くルナ。

 どうやらルナの衣装はお兄さんからの贈り物だったらしい。前に友人から貰ったって言われた気がするが、照れ隠しだったんだろうか?

 思わずニヤリとすると、太腿をつねられた。

 「……それで、今まで何をしていた?」

 穏やかになった空気を壊したのはまたしてもルナの兄。

 これ以上にないほど完璧な不意討ちに俺は思わずルナを振り返り、凝視してしまう。

 「何か不都合でもあったか?」

 「いえ、私もあまり知らないことですので、はい。」

 案の定怪しまれ、俺は馬鹿丁寧に否定。

 しかし、俺だけが話題から逃げた結果、今度はルナに睨まれた。

 「で、どうなんだ?お前が勝手に戦争に行ったきり帰って来なかったせいで、我が家は巫女の継承争いで大慌てだったぞ?やっと騒動が収まったと思えば、お前からの“奴隷の罪を許すよう仲裁して欲しい”という連絡だ。……はぁ。」

 まぁ確かにそうなるわな。……って、勝手に戦争に行っただと?

 ルナをジト目で見、本人は意識してだろう、さっきまで打って変わってこちらを一切振り向かない。

 ……元気が良いのは良いことだ、たぶん。

 しかし、ルナの兄もかなりの苦労人なのかもしれない。そんな大変なときに、その上使いまでさせられるとは……何だか親近感が湧いてきたぞ?

 「そ、そんなことよりも、兄上は何故コテツを試すような真似を?」

 それは俺も聞きたかった。

 俺を殺す気はハナから無かったらしいが、だとしてもユイに治してもらうまでは身体中が痛くて仕方がなかったのには変わりはない。本人曰く、俺に腕を折られそうになることの方が想定外だったそうだ。

 「当たり前だろう?我が家の権力で助けるに値する物かどうか、判断しなければならなかった。もし力不足ならはそれまで。刑罰が早まっただけだ。」

 我が家の権力?この馬車も立派だし、そういえばさっき巫女の継承だか何だか言っていたな……ルナの実家ってもしかして貴族か、それに近い立ち位置なのかね?

 だとすればルナが奴隷だって事はぜったいにバレてはならないことだ。主人が俺だって割れた日には、もしかしたら種族総出で襲ってくるかもしれん。

 ま、ルナが奴隷だってバレれば、この国では命が危ないのは初めと変わらないか。大して変わりはない……うん、そう思っておこう。

 『ペナルティが限りなく重くなった、という事じゃろうな。』

 人がせっかく楽観視に努めてたのをぶち壊すんじゃない。……まさか知ってたのか?

 『知るわけなかろう。身分なんぞに興味も関心も全くないわ。身分を作ったとしても種族が変わるわけではないしの。それにそもそもわしは人の行いを傍観するだけじゃよ。詳しいことはお主と同じくらい知らんかもしれんの。』

 はぁ、後でルナにいろいろ聞くしかない、か。今はただルナのアドリブ力が高いことをを祈ろう。

 「私は、ご、コテツと一緒に……」

 「ルナベイン、俺が聞きたいのはその奴隷を手に入れる前の事だ。」

 大丈夫、だよな?


 「……と、いう風にして私はこ、ここまで辿り着いたのです。」

 ルナがつっかえながらも何とか無事に話を締めくくり、ほぅ、と息をつく。

 ルナの話を要約すると、戦争のときスレインに捕らえられはしたものの、何とかラダンに逃げ延び、各地を転々としながらここまで北上した、というものだった。

 話をしている間、ルナの体は緊張のせいでガチガチに固まっていたが、ルナの兄が目を閉じて話を聞くタイプだったのが幸いした。

 「そうか、それで、何故すぐに手紙なり何なりで連絡をしなかった?」

 幾度か頷き、ルナの兄が目を開けて聞く。

 「そ、それは……えっと……「私から、話しましょう。」え?」

 詰まったルナの代わりに、と俺が手を上げると、ルナの兄が爛々と光る目を向けてきた。

 「お前が話す必要はない。」

 それは困る。

 「主人が言いにくいであろう事を代わって話させていただくだけです。……主人が連絡を入れなかった理由、それは主人の自尊心が許さなかったからです。脱出したとはいえ、一旦は敵の捕虜になったため、せめて自分の力で帰りたいという意地があったのでしょう。」

 口を挟む隙を与えず、まくし立てる。

 「つまり駄々をこねた、と。」

 「はい。……っ!」

 ルナ、これでもかなり頑張ったんだから、あんまり腕をつねらないでくれ、結構痛い。

 「兄上……」

 「ルナベイン、その“兄上”というのはやめないか?前みたいに“お兄ちゃん”でも……」

 「兄上、彼に用があるから同じ馬車に乗せたのではないのですか?」

 あ、お兄ちゃん泣きそう。

 「そ、そうだったな。コテツだったか、お前がルナベインの一番奴隷で間違いないな?」

 なんだそれ?

 チラリと脇を見ると、ルナが小さく首肯していた。

 「……その通りでございます。」

 「ではお前は主人であるルナベイン=フレメアを守るという目的があってあの番兵を攻撃した。やましいことは何もない。良いな?」

 「は、はい!」

 有無を言わせない物言いだ。……てかルナの名字ってフレメアだったのな。

 「だがそんな言い訳が通じるのは今回限りだと思え。これからのお前の行動は主人の物と見なされる。それを肝に命じろ。」

 「はい、肝に命じます。」

 教科書のお手本に載せてもらえるぐらいの姿勢をして返事をする。

 「よし、目的地に着いたらそれらの事を他の奴隷共に伝え、徹底させろ。……あー、あとそれらを気を付けたにも関わらず、ルナベインに危害が加えようもする奴がいる可能性もある。その場合、命に変えてでも守り抜け。」

 ……まぁた物騒な。ただの帰省になると思っていたんだが、違うのか?

 「その、兄上?私が帰ると何か不味い事が?」

 「ん?いや?いやいや、そんなことはない!俺……爺さんはお前からの一報を受けて泣いて喜んでいたぞ!」

 あ、今「俺」って言い掛けた……っていうか言ったよな?

 「ただ、あの分家の恥知らずどもが、放蕩娘に巫女を継承させるのは間違っているとか言い出してな……。信じられるか?正統な後継者であるお前を差し置いて、何がなんでも自分達の娘を巫女にしようとしているんだぞ!?本当に、恥を知れ!」

 彼はそう、誰もいない方へ向けて吐き捨てた。

 「そ、それは、大変ですね。」

 「全くだ!」

 怒鳴り、額に手を置いて、ブツブツグチグチと恨み節を口にし、貧乏ゆすりをし始めた。

 ……誰か説明してくれないかね?

 はぁ、ヴリトラの事だけでも大変なのに、本当、勘弁してくれ。

 この世界、胃薬ってあるのかね?



 ハシームを出てからしばらくすると大きな街に入り、馬車はその街の中心にそびえている山の前で止められた。

 ラダンに来てから一度たりとも町並みなんて見てないので、馬車の窓から外を眺め回したくて堪らなかったが、何かへまをしそうだったので大人しくしておいた。あえて言うならチラリと瓦の屋根が見えたくらいだ。

 馬車を降り、山の麓から延々と続く石の階段を登らされ、やっとの事で山の中腹にあった社の入り口、石の鳥居にたどり着く。

 そこには生い茂る高い木々に囲まれるように位置する、広大な敷地面積を持つ社があった。

 立派な社なだけあって、爺さんによるとここにも神器が最低でも一つあるらしい。

 『うむ、祭事の道具に使われていると見て間違いないじゃろうな。』

 聖武具以外では窃盗をしないと決めていたが、その決心が今、ぐらんぐらん揺れているのは言うまでもない。

 個数は何で曖昧なんだ?

 『ここは獣人族にとっての神、古龍を祭る場所じゃからの、複数集まっておってもおかしくはない。』

 へぇ、なんか決心の振れ幅が大きくなったぞ?

 「すぅ……ジジィ!連れて帰ったぞぉー!」

 と、いきなりルナの兄が叫び、声が社中を響き渡る。……ここが家なのか。

 「(ルナって良いとこの出だったんだな。)」

 「(おかしいですか?)」

 「(ああ、っ!いや……全然。)」

 頷こうとすると腕をまたつねられた。

 「(ええ、そうですよね。)」

 少し熱を持った腕を擦っていると、正面に見える建物の襖が勢いよく左右に滑った。

 「お、おお……ルナベイン、ルナベインなのか!」

 出てきたのはルナの兄と同じく黄色の狐耳を持った獣人。やはり獣人だから年寄りだって筋骨粒々、なんてことはなく、穏やかな表情で年相応とした感じを受ける。

 「よく、よく帰ってきた!」

 だが身体能力は流石獣人と言うべき物。一瞬でルナの目の前まで駆けてきた。

 「えっと……その、爺様?」

 「おかえりルナベイン、ズズッ。ほら、来なさい。」

 感極まってか、鼻をすすりだしたルナの爺さんはそのまま両手を広げ、ルナベインを抱き締める。

 「はい……ただいま。」

 「うん……うん、やはりバハムート様は我らを、見守ってくださっておった。ああ、ありがたや。」

 「爺様?あの、痛い、です……。」

 ルナがかなり苦しそうに抗議しているが、完全に無視されている。

 見た目がどうあれ、やはり歳をとっても獣人は獣人らしい。

 「おいジジィ、もう良いだろ?さっさと放してやれよ。」

 「長らく行方不明の孫が無事に帰ってきた事を喜んで何が悪い!ウォーガン、お前はさっさと祝いの席の用意をしてこい!……とにかくルナベイン、本当に、本……当に無事で良かった。皆のもの!今夜は宴じゃ!」

 ルナの爺さんの叫び声の後、いつの間にか周りを取り囲んでいた人達がワァッと歓声を上げる。

 「……ったく、大袈裟な。」

 「一報が入るなり、自分に行かせろって張り切って言うた奴が何を。」

 「くっ、このっ……おいそこ笑うな!聞こえなかったのか!?さっさと宴の用意をしろ!」

 ルナの兄、ウォーガンはクスクス笑っている召し使い達を追い払った後、ザクザクと砂利の上を荒い音を立てて歩き去った。

 あの周りに翻弄されまくる感じ、親近感が湧いた理由が分かった気がする。……嫌な理由だなぁ。

 「それでルナベイン、今までどこで何を?怪我はないか?辛かったろう、ここに辿り着けて本当に良かった。」

 ルナを解放し、ルナの爺さんは心配気にルナの背中や手足をさすり始める。

 ……にしても兄のウォーガンと言い、物凄い可愛がりようだ。これで俺の奴隷だってバレでもしたら……考えるのは止しておこう。

 『死罪は確定として、死ぬまでに何をされるかが問題じゃの。』

 考えるのは止しておこうかなっ!

 「は、はい、でもまずは中に……」

 過保護とも取れるような祖父の可愛がりようを俺達に見られ、恥ずかしがるルナ。実際、俺を含めて皆が優しい眼差しを彼等に送っている。

 「そう、だな。いや、その前にルナベイン、この四人は何だ?お前の奴隷か?」

 「はい、ここまで来るのにとても役立ってくれました。」

 よし、演技力は申し分ない。

 「そうか……だがもう必要ないな。」

 !?

 「わ、わ、私が、か、稼いだお金で買った物です!爺様が勝手に決めていい事ではありません!」

 流石にルナも必死になる。ていうかなってくれないと困る。

 「うーむ、だがここはバハムート様を祭る神聖な場所。そこにエルフはともかく、人間などという、野卑な者を入れるのは。」

 ほぅ、と安堵の息が聞こえ、俺はエルフ二人を睨み付ける。……ササッと目を逸らされた。

 「えーと、め、召し使いの代わりに身の回りの世話をさせますから!」

 「……ふむ、そうか、そこまで言うのなら人間の女とエルフ二人は残すか。」

 おーい。

 「え、えと、あー、人間の男の奴隷は私の身を守る役割があるので。」

 「そんなもの、あの馬鹿兄にさせればいい。」

 ウォーガンの散々な言われようを笑いたい。が、しかし、それには少しばかり状況が悪すぎる。

 「いえ、コ……あれは兄上と戦い、十分な力量と認められましたので。」

 「なに?お前がそうするように命令するはずもない……それは自ら主人の兄に手を上げたのか?」

 発された言葉の中の怒りがヒシヒシと伝わってくる。やっぱりウォーガンはウォーガンで大事な孫であるらしい。色々言い返したいが、それこそ自分の立場が悪くなってしまう。

 「あ、兄上の方から仕掛けました!コテツには非はありません!」

 もう、追及するのはやめよう?さっきから胸の鼓動が大変な事になってるから、そろそろ見逃してくれ!な?

 「ルナベイン、やけにその奴隷を庇っているようだな?」

 「私の物なのに、爺様が私の意思を無視しようとするからです!」

 「だが……」

 「もう、自分で物事の判断ができるぐらいに成長しました!爺様はもう少し私を信用してください!」

 怒鳴り、ルナが荒い息を吐く。

 「そう、だな。ああ、ウォーガンも返り討ちに合わせたのだから、それなりに使える、か。ならば……ルナベインの身の回りの事は女の奴隷にさせ、男には雑用を覚えさせよう。うむ、それがいい。」

 ルナの爺さんは気圧されたようにして、何度か頷き、考えを改めてくれた。

 「え、コテツには私の護衛を……」

 「見たところ、人間の女の方もなかなかの物だ、エルフの女は格好からして魔法を使えるのだろう?そのお気に入りには緊急時に駆け付けさせなさい。良いかな?」

 「……分かりました。」

 何とかなった、かな?

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