早速
どうも、まずは深呼吸です。
投稿、再開させていただきます。
諸事情により投稿はかなりの不定期になりますが、これこらも転職勇者をよろしくお願いします。
[聞いてない!]
念話でラダン入った旨をネルに伝えると、案の定、お叱りが飛んできた。
「そりぁまぁ、言ってないし。」
[言ってよ!]
「まぁまぁ、何にせよもう遅い。俺は今や立派な囚人だからな。」
言いながら、両手両足に付けられた、やけにゴツい鋼鉄製の枷を、イヤリング越しにも聞こえるよう、チャリチャリと鳴らす。
獣人相手にはやっぱりこのぐらい頑丈な物でないといけないのかね?
[はぇ!?捕まったの!?この前ラダンに入ったって……]
「おう、数日前に捕まった。このままだと何をされてもおかしくないんだってよ。」
[もう、密入国なんてするから……逃げられそう?ね、コテツの声は余裕そうだし、逃げられるって思っていいよね?]
「あーいや……[そんな!?]あ、違う違う、そうじゃない。俺の罪状は密入国じゃないんだ。」
[だから何!?今はそんなことどうでもいいでしょ!?ね、コテツ、ボクとの約束をさ……「だぁー、もう落ち着け!俺は大丈夫だから!」]
少し大きな声を出してネルを遮る。
[……本当?]
「本当本当。」
恐る恐るといった風のネルに適当に返し、そのあと立て続けに掛けられた、信じるよ?、とか、絶対?、等々の声にも無難に返答。
どうやらネルも俺を信用しきれないらしい。
いや、きっとネルは心配性なんだ。そうだ、そうに違いない。……そうであってくれ、頼むから。
[……本当に、大丈夫なんだよね?]
「おう、枷と檻の鍵だってもう開けてある。」
[あー、黒魔法で?]
「正解。」
だからやる事が無くて暇なのだ。実際、ネルに念話したのもそんな理由が大半を占める。
[便利だねー。あ、それならほら、さっさと逃げ出しなよ!]
「まぁまぁ、まずは俺の話を聞いてくれ。そうすれば俺のこの状況も理解できるから、な?」
[……分かった。]
「まぁ、とは言っても簡単な事なんだけどな。ラダンに入って何日か後にラダン最北の、ハシームって街に辿り着いてな、そこの門番に怪しまれたんだ。奴隷の俺達全員が仕立ての良い服を着ているのがおかしいってな?それで……[ちょっと待った!]ん?」
[誰が誰の奴隷だって?]
「俺とユイとフェリルとシーラがルナの奴隷だってことだ。」
[その、フェリルとシーラって言うのは新しい仲間のエルフだったよね?]
「そうそう。」
[……もしかして、ラダンにいる間はそれで通して行くつもりなの?]
「言ってなかったか?」
[ねぇコテツ、今さらだけどさ、ボクに反対されるような事は全部そうやってはぐらかそうなんて思ってないよね?]
「ソ、ソンナコトナイサー。」
[わざとらしい声をわざと出さない!もう、全く、こっちは真剣なんだから!]
あらら、バレたか。
「まぁまぁ、それでユイとシーラが服を無理矢理脱がされそうになってな、俺が男を見せて……[で、本当のところは?]……男の証が見られそうになったから抵抗して、取っ組み合いの末、俺が全員倒してしまいました……はぁ。」
そのときを思い出し、思わず拳を額に押し付けてため息を吐く。
後から来た別の門番によると、俺が気絶させた奴等は元々素行が悪く、難癖をつけては金を取ったり俺達のような奴隷がいると見るやその身ぐるみを剥いだりと、権力を盾にやりたい放題しており、次に問題を起こしたら他の門番が制裁を加える算段だったらしい。
つまり俺は必要もないのに、奴隷が、それも人間が獣人に手を上げるという重罪を犯したと言うことである。
[馬鹿。]
「……面目ない。」
[で?コテツ以外は?]
「お咎め無し、どころか謝罪としてルナは5百シルバー貰ったよ。」
[え、たったそれだけ?]
「いや、十分だろ。」
日本円で五十万だぞ?十分すぎると思う俺は間違っていないはずだ。
あ、まさか……
[おいネル、アリシアの買い食いはちゃんと抑えられてるのか?お前まで金銭感覚が狂ってるんじゃないだろうな?]
[取り敢えず数日にに一度は、太った?って遠回しに聞いてるから、たぶん問題ないよ。]
「……そんなんで大丈夫なのか?」
俺だったらその分運動するとかなんとかと言い返す気がする。
[そりゃあもちろん。]
……さいで。
アリシアが無理なダイエットなんかに走らなきゃ良いんだがな。
[それで、コテツは置いていかれたってこと?]
「やめてくれ恐ろしい。俺が連れていかれるとき、ルナが交渉を持ち掛けていたし、たぶん今も頑張ってくれてるさ。」
[ふーん、じゃあもし売りに出されたら買ってあげるね?]
「ハッ、そのときは命令をことごとく曲解してやるから覚悟しろよ?」
[大丈夫、ボクはコテツがルナにするみたいな扱いをするから。例えば……ほら、一緒に寝てあげたりさ。]
言っている内に恥ずかしくなったのだろう、最後の方のネルの声は小さくなっていった。
これを弄らない手はない。
「ほう、いつかのように俺の抱き枕になってくれる、と。」
[へあ!?あ、あ、あれはほら……うぅ、ファーレンに入る前の話を蒸し返さないでよもぉ!]
「はは、牛かお前は。」
怒り出したのでさっさとボケてはぐらかす。
[ウシ?]
あ、そうか、こっちの動物は馬だけだったな。そういえばこっちに来て牛肉を食べた覚えがない。この世界では主な、何たらボアっての肉は完全に豚肉だしなぁ。……少し固めだから、猪肉の方が妥当かね?
あ、馬肉料理とかならあるかもしれない。
「あー、久しぶりに食いたいなぁ。」
[ねぇ、ウシってなに?コテツのいた所の人?]
人、ねぇ……。
「ま、人っていうか、女性を指して言うことはあっても、ネルの事をそうは言わないな。」
[ふふ、食べたいとか何とか言ってたし、太った人の事?]
「ん?あー、うん、そうそう。ネルは細身で美人だもんなぁ。」
胸までそうだからこそ、牛とは言わないな。
[むぅ、適当に言わないでよ。]
「まぁ嘘はついてないさ……(少なくとも後半は)。」
[ごめん、最後の方が聞こえなかった。]
「ネルはきっと良い嫁さんになるって言ったんだ。」
[絶対嘘だね……。]
「ま、でも本心つったら本心だし、エリックとの仲を……[その話は無し!]……へーい。」
本当、タイプじゃないなんて理由でハンサムで貴族なエリックのアプローチを避けるなんて、ネル以外の女生徒が聞いたら卒倒しそうだ。……というかエリックが可哀想だ。
「なぁ、でもそろそろお前の想い人ってのを教えてくれても良いんじゃないか?」
[………………コテツ……]
お、やっと教えてくれる気になったか!
「おう!聞いてるぞ。」
[…………こんの、馬鹿ァァァァ!]
しっかりと間を取ることで俺の聴力の注意を全てかき集め、ネルはこれでもかと言うほどの大声で罵倒してきた。
おそらくイヤリングに魔素を流して音量も上げたのだろう。あまりの声量に一瞬意識が遠くなり、ネルが叫び終えた後も耳鳴りが残って、若干頭もくらくらした。
……どうやら教えてくれる気は微塵もないらしい。
「はいはい、これは聞いたらいけない話だったな。」
[もう知らない!コテツなんてさっさと死刑にでも奴隷落ちにでもされちゃえ!この馬鹿!アホォ!ギリギリでボクに助けを求めたって徹底して無視してやるから!]
あちゃー、そんなに怒りますかい。
「ネル、すまん。そこまで怒るとは思ってなかった。」
[……]
凄いな、無言なだけでヒシヒシと怒りのオーラが伝わってくる。
「アリシア、聞いてるんだろ?もし一緒にいるんなら、何とか落ち着かせてくれ。」
[うぅ、コテツさんのせいで、ネルさんのハンバーグが服に掛かりました……。]
どうもファーレンではとんでも無いことになってるみたいだ。
「きっとあれだ。聞き耳を立ててたバチだな。爺……神様を恨むと良いと思うぞ?」
『何もやっとらんわ!勝手に罪を擦り付けるでないわ!』
爺さんは信者に幸運の加護を与えるんだろ?
『うむ、じゃからおそらくハンバーグのソースやら何やらの色や匂いは、簡単な手洗いで上手いぐあいに落ちるじゃろうな。天気に恵まれ、乾燥も早いかもしれん。』
「アリシア、すぐに水洗いをすれば良いんじゃないか?」
[そう、ですね。]
[ご、ごめんアリシア。]
[いえ、悪いのは「神様だな、うん。」……ふふ、はい、そういうことにしておきましょう。]
『お主が引き起こした事じゃろうが!』
何の事だか。
[ですからコテツさん、お菓子を買うのに使って良いお金を……]
アリシアめ、そんな下心が……変な成長しやがって。
「駄目だ。まぁほら、俺がそっちに戻るときに何かお土産に買っておくから、な?」
アリシアはお菓子に関しては金に糸目を付けずに買おうとするからな、ここで譲歩するとこの先も色々理由をつけて頼んで来かねない。
[……約束ですよ?]
「おう、約束だ。」
[はい!……ひゃっ、冷たぁい。]
どうやらアリシアは水で服を洗い始めたらしい。聞こえる限り寮まで戻った風でもないし、たぶんそこまで酷く汚れた訳じゃないのだろう。
『わしの加護のおかげじゃな。』
「……アリシア、そういえばボク、お昼御飯をまだ一口しか食べてないや。……へ!?あ、いや、良いよ良いよ、ボク、また頼んでくるからさ、お、お構い無く。」
「相変わらず学生の間で大人気のようだな、美人なネルさん?」
[ええ、やっぱりネルさんは綺麗ですからね。]
[もう、誉めたって何もでないよ。]
「チッ」
[そこで舌打ちしないの!]
「はいはい、冗談冗談。」
[ふふふ、ネルさん、私の残した分は食べて良いですよ?]
[本当!?]
「ええ、その代わりお菓子を一つだけ買うのを大きな目で……」
アリシア……お菓子好きにも程があるだろうが。
「はぁ……なぁ、俺がいることを忘れてないか?」
[コテツさん、一つだけです!たった一つだけ。駄目ですか?]
「値段は?」
[えっと、確かたったの……1ゴールドで……「[却下!]」……そんな!]
やっぱりアリシアの金銭感覚が狂いに狂っている。まさか百万円相当を“たった”って言うとは……。
「ネル、本当に大丈夫なんだろうな?アリシアの散財を防ぐ役目が任せられるのは、もうファーレンにはお前しかいないんだぞ?」
[うん、ボクが甘かったよ。アリシア、今度からはお互いの連絡をもう少し密にして行こう。]
[で、でも魔法の補修もありますし……]
[コテツも参加させるからさ。]
[はい!コテツさん、今度からはもっとたくさんお話ししましょうね!]
「おいネル……」
そんな口約束、守れるか分からんぞ。
[コテツ、お願い。ボクを助けると思ってさ、ね?]
「はぁ、分かった。でも俺からは何も話せない状況のときもあるからな?」
[アハハ、今まさに死ぬ間際になってるのにこんなに元気なヤツが何言ってるんだか。コテツと話せなくなる状況なんて想像もつかないよ。あ、だからって自分から死地に飛び込まないでよ?]
「了ー解、肝に命じておくさ。」
[コテツさん、私からもお願いします。無事に帰ってきてくださいね?]
二人に散々心配されるのはかなり嬉しいが、その俺が今生死の沙汰を待っている状況だしなぁ。
「はは、気を付けるよ。……そういえばネル、俺はもう無視するんじゃなかったのか?」
[もう、意地悪言わないの。]
苦笑して答え、いつものようにネルを茶化し、彼女も少し笑って返してきたところで誰かが俺のいる牢に近付いてくる気配を感じた。この速度だと……走っているようだ。
少なくとも俺の知り合いじゃないな。
「誰か来た。二人とも、また後でな。」
[はい、また後で。]
[待ってるよ。]
さて、と、二人に嘘を付くことにならないよう、用意しておくか。幸い、向こうも俺も、互いの視界にはまだ入っていない。
……とは言っても、やることと言えば、ルナ達が強行してきた場合に備えて開けておいた牢の施錠と、手枷足枷を錠を外したまま、見た目だけ付けているようにしておく、これだけだ。
牢に入れられる際、どさくさに紛れてしれっとコートとズボンを着直したので、大してやることはない。(もちろん牢に入れられる際にボディチェックは受けたが、難なく抜けられた。)
俺は相手が敵じゃない事を祈りながら、狸寝入りを実行する。
「お、そこかぁ!」
野太い声がし、ドスドスと足音を立てながら俺へと近付いてくる。
牢の外はT字になっており、Tの横棒に当たる部分に牢屋が並列している。そしてTの下、真っ直ぐな通路の先には外界と繋がった階段がある。見張りは忙しいのか今はいない。
薄く目を開けたい衝動を堪え、気配の動きに集中していた俺だったが、轟音と共に気配が牢の中に侵入してきたのを感知し、座った状態から慌てて真横に跳んだ。
せっかく施錠しておいたのに!?
「チッ、やっぱ起きてたか。それとも第六感か?」
さっきまで俺のいた場所に空いた穴から拳を引き抜き、砂利を振り払いながらこちらへ視線を向ける、バランス良く筋肉の付いた男。
上半身裸、というよりは着物を上半身だけ脱いで着ている。そういえば着物を着た人なんて、こっちに来て見るのは二人目だ。
その頭に見える、黄色の可愛らしい獣耳とのギャップに少し笑えそうだが、今の状況は全くもって笑えない。
「どちら、さん?」
「なるほど、あいつ見込んだだけはあるようだ。そらっ!」
男は応じず、俺へ向けて一気に加速してきた。
「黒銀!」
獣人相手に近接戦で油断や手抜きはできないことはラダンに入ると決まったときからルナに言われ続けてきた。
が、俺は一瞬で距離を詰められ、吹っ飛ばされて真後ろの石壁に背中から叩き付けられる。
「カハッ!?」
肺の空気を一気に吐き出してしまいながら、獣人の身体能力を甘く見ていた事を再認識。
「今のをまともに受けてまだ意識があるのか……人間、だよな?」
ったく、失敬な。……にしても速い。ルナと戦ったときは場所が広くて自由に距離を取れたが、ここでは無理だ。そのせいで獣人の瞬発力が最大限に活かされてしまう。
「どうした、今のを避けた割には動きが鈍いぞ?」
思った直後、俺との間にあったわずかな距離は、もう無かった。
繰り出されたのは顔面への右ストレート。
右手でその拳を思いっきり俺の左へ押し、左手にナイフを作り上げてその拳に下から突き立てる。
「なにっ!?」
いきなり現れたナイフを警戒してか、獣人は即座に後方に跳んだ。俺は自ら作り出した好機を逃さないよう、左手で右肩からナイフを取り出して投擲。
「ふん……。」
しかし流石の身体能力と言うべきか、獣人はナイフを左手の指で挟んだかと思うと、そのまま手首のスナップで投げ返してきて、そのナイフを追うように突撃してきた。
俺は返ってきたナイフを見切り、新たに作って素早く投げ返すが、獣人は体を少し捻ってそれを回避、その勢いを殺さないまま走ってくる。
「ていりゃっ!」
右足を軸に打ち込まれる回し蹴り。そのすねの一点に黒銀で強化した右肘をぶつけ、受け止める。
「ぐぅっ!?」
呻き声を上げたのは獣人の方。弁慶の泣き所は種族を越えて共通らしい。
獣人の動きの滞りを見逃さず、その左足に右腕を回し、巻き付け、脇で挟むようにして固める。
「このっ!」
左足を捉えられたと見るや、獣人は右足を思い切り振り上げてきた。
俺は仰け反って顎への蹴りを避け、ナイフを左肩から取り出し、右腕で捉えたままの左足のふくらはぎに刺す。
……これで機動力は大幅に下がるはず。
「ぐおぉ!?フレイム!」
獣人は潜在的に少ないはずの魔力で炎の塊を飛ばした。たまらず掴んでいた足を開放し、真横に跳んで魔法を回避。
「ったく、面倒臭いなぁおい!」
「ふんっ!」
獣人は屈んで左足に刺さったナイフを抜いて脇へ投げ捨て、俺はその間に牢の中から脱出する。
狭いには変わりないが、こっちの方がまだマシだ。
振り返ると獣人はナイフが刺さっていたにも関わらず、全く衰えを見せない動きでこちらへ駆けてきていた。
黒銀の黒色魔素の量を増やし、さらに体を強化。獣人の一挙手一投足に集中。
「らぁっ!」
獣人の右足が踏み込まれ、その右肘が俺の鳩尾に入れられそうになるのを、左足で後ろに軽く跳んで避ける。が、右足を着地したところで獣人の、肘鉄から流れるように移行された裏拳に襲われた。
その拳を右脇腹の横で、なんとか左手の平受け止め、先を鉤状にしたナイフを右手に作り上げてその腕に突き刺す。
「チッ、さっきから何なんだそれは!?」
この際だ、手札なんて隠していられない。混乱しているうちにどんどん使わせてもらおう。
「さあな!」
突き刺したナイフを引いて右腕の傷口を広げつつ、そのナイフを手掛かりに獣人への距離を縮める。
腰を右に捻る。左手に陰龍を作り出して逆手に持ち、捻りの力を乗せ、顔面に突き刺しに行く。
「このっ!」
だが陰龍は獣人の歯に挟まれて動きを止められた。押しても引いてもうんともすんとも言いやしない。
……本当に獣人族の反射神経はおかしいと思う。
俺の両手と獣人の右手は完全に動きが止まり、今は俺が陰龍を押し込む力とそれを阻む獣人の顎の力が対抗している状態となる。
と、思ったのは俺だけらしく、獣人は自由な左手に拳を握り、振りかぶった。
俺はその手首に即座にワイヤーを巻き付けることで対応。
「フシィィイ!」
獣人が歯を噛み締めたまま力み、ワイヤーはすぐに引きちぎられてしまう。
「嘘だろ……っ!」
陰龍を手放し、俺は上体を後ろに反らして獣人の左フックを避け……きれず、拳は俺の側頭部をかすった。
「ぶっ!」
かすっただけにも関わらず獣人の姿から視線を外させられ、まばたき1つの合間に俺の視界は左の壁でいっぱいになる。
……直撃してたら首の骨を折られてしまっていたな。
素早く視線を前に向け直す。
首を勢いよく回したせいで生じている違和感や痛みは今は無視だ。
カラン、と地に吐き出された陰龍が軽い音を立てる。
「ふぅ、今のにも耐えるか……まともな攻撃でないと致命打にならないようだな!」
右腕はナイフで制されているため、獣人は体の正面で両腕を交差させている。その一見流れの止まった体勢から、獣人は左腕を引き、その反動を使った、左足のローキックが繰り出された。
さっきから全部致命打一歩手前だ!と声を大にして言いたいがそんな暇はない。
心の中のみで悪態をつき、姿勢を落として右膝を深く曲げ、ローキックのすね部分を膝頭で受け止める。
「チッ!」
転げ回るような痛みだと思うのだが、聞こえてきたのは舌打ちのみ。左足も全く怯んだ様子を見せず、二段目の蹴りが俺の顔に向かって放たれる。
避けられず、俺は左の壁に叩き付けられた。ギリギリで左手を顔と相手の足の間に入れることでガードできたから、意識はなんとか、まだある。
しかし安心にはまだ早かったようで、三段目の蹴りが飛んできた。
体を滑らせ、石の床に完全に寝そべることでそれを避ける。破砕音がし、顔に砂利がパラパラと降りかかる。
「ふん、合格だ、殺しはしない。眠っておけ。」
言われた意味を把握できていない間に獣人は足を素早く戻し、今度は俺の顔面目掛けて右拳を振り下ろしてきた。
理解は後だ!
両手で頭上の壁を強く押し、石畳の上で更に体を滑らせると共に両足を振り上げることで意識を刈り取りにきた拳から逃げる。そして着弾点から石の破片を吹き上げるその腕を両手で掴み、同時に俺の足元にある壁を左足で蹴る。もう片方の足でオーバーヘッドキックを獣人の顔に見舞った。
「ぐぅっ!?」
予想通り、とどめのつもりで一撃を放っていた獣人は全体重を右手にのせているため咄嗟の動きができていない。左手で俺の足を掴もうとはするが、それも顔を蹴られたせいで手を突き出したのは明後日の方向。怖くはない。
膝を軽く曲げ、両手で掴んだ獣人の右腕を中心にクルリと体を反時計回りに少し回転、上半身を獣人の拳と左の壁の間にねじり込む。
左足は獣人の背中の後ろをくぐらせて、その膝の裏が獣人の顔の前まで来るように回り込ませ、右足は獣人の突き出した左手を避け、獣人の胸板の上に膝裏を向けさせた。
そして、俺は浮き上がりっぱなしだった下半身を、獣人の方へ、そのまま倒す。
「なっ、しまっ……ぐぅっ!」
何をされたのか気付いた獣人は倒れまいと抵抗したが、俺が腕を自分の体に引き付けて姿勢を少し伸ばすと、痛みに呻いて地に倒れた。
掛けた技は十文字固め。
「詰みだ。はぁはぁ、さぁ、腕を折られたくなかったら目的を吐け。骨折ってのは想像以上に痛いぞ?」
地に寝転んだまま、姿勢を少しずつ正し、獣人の腕を圧迫しながら尋問を開始。
「…………チッ、油断したか。はぁ、分かった……降りてこい!用は済んだぞ!」
獣人は俺の背後の階段に向けて声を張り上げた。そして聞こえてくる、バタバタと階段を駆け降りる足音。
「あ、兄上!どうか命は助けてやっ……」「「……え?」」
俺とルナの声は見事にハモった。
作者の事情はお気になさらず、楽しんで読んだ頂けると何よりです。