135+α テオ失踪事件
「おいカイト、迎えが来たぞぉ!さっさと起き……ぐぎゃぁっ!?」
「私が起こすから、邪魔しないで。」
底冷えするような声で目が覚める。
「うーん。」
寮の部屋のベッドの一つで背伸びを一つ。
「あ、カイト、ごめんね、起こしちゃった?」
「あ、アイかぁ。謝る必要はないよ、いつもごめんね、オレをわざわざ起こしに来てくれて。」
このところ毎日のようにオレを迎えに来てくれているアイはそんなことないよ、と首を振って、
「じゃあカイトが着替えてる間、私は外で待ってるね。」
とそう聞いてくる。
「うん。」
オレが笑って頷くと、アイはトテテと部屋から出ていく。
これがこのところのいつもの流れ……あ、いやもう一つあった。
寝惚けた体を動かしてベッドから降り、まるで気絶しているようにして部屋の入り口付近で倒れている、ルームメイトのテオを助け起こして彼のベッドにもう一度寝かせてあげる。
……うん、ここまでがいつもの流れだね。
それにしても、このところ毎日夢で聞こえる恐ろしい声で起きてるような気がする。あと、ベッドには柵があるはずなのにな。テオの寝相ってよっぽど悪いのかな?
「ねぇ、カイト、まだ?」
っと、せっかく来てくれたアイを待たせるわけには行かない。
「あ、ごめん、もう少しだから!」
「急がなくて良いから、カイトは自分のペースで良いよ。」
「あ、ごめん、ありがとうね、アイ。」
「気にしないで。」
本当、アイって良い子だよ。
ああ言ってくれたけど、やっぱりさっさと着替えないとね。
「本当に難しいのに、ファレリル先生はきびしすぎます。ネルさん、分かりますか?やっとファイアランスができたと思ったら、今度はそれを動かさないといけないんですよ!?」
「ア、アハハ……それをボクに言われてもねぇ。」
食堂でアリシアがネルに泣きついてる。
ネルがとても困った顔をしてるけど、オレだってアリシアにそう言われたら困るだろうな、魔法の形態変化とその状態での操作はどのコースの生徒もやることになっていて、戦士コースでも皆できるし。
「アリシア、ネルが困ってる。」
「そ、そうそう、僕だってアイスランスで失敗したこと……ないけど!でも!えっと……」
「学年トップの二人は黙っていてください!」
「「うっ。」」
「ネルさん、やってみてください。本っ当に難しいんです!」
「そ、そうなんだ……」
ネルがこっちを向いたからオレは向かい側のアイの方に視線を移して逃げる。
「どうしたの、カイト?」
「いや、えっと、アイってさ、ずっとオレと一緒にいて良いのかなって。他の友達といるところをあまり見ないし。」
「大丈夫、心配するようなことはないよ。それに友達はアリシアとネルがいるし……」
「ならアイ、友達のよしみで助けてくれないかな?カイトでも良いんだけど?」
「……カイトの事は大切に思ってるよ。」
ネルが頼んできたけど、アイが聞こえないふりをしたから、オレもそれに倣う。
「そう、オレもアイは大切な友達だと思ってる。でも毎日迎えに来てくれるのは流石に悪いよ。」
「大丈夫、カイトを変な虫から守らないといけないから。」
「虫?」
「うん、この頃増えてきててね。……ねぇカイト、そんなことより来年、どうするか決めた?」
アイが急に声を潜めて聞いてきた。
「こんなところでする話じゃ……それに王様の命令なんだから、従う他にないよ?」
「カイトも私も十分強くなった。今年度が終わったら、一緒にどこかに逃げようよ。」
「何を言ってるんだよ。駄目だよそんなこと。ユイが城に帰って来るし、それに何よりもスレイン王国軍として戦争で勝たないと。」
ユイがおじさんとスレイン城を出るとき、スレイン王国は信用し過ぎないでって言ったのも気になるからね。……たぶんあの魂片を知らずに入れさせられてたのに怒ってたんだと思うけど、それだけでスレイン王国全体を疑うとは思えないし。
「そう……。」
アイがとても残念そうだ。悪いこと言っちゃったかな。
「あ、いましたわ。貴方達!」
後ろを振り向くと、オレ達が集まってるテーブルに女子生徒の一団がやってきてた。声を掛けてきたのは先頭にいるオリヴィアみたいだ。
あ、後ろの子が小さく手を振ってきた。あのケープ……一年生かな?
オレも少し笑って手を振り返すと、周りの他の子達も手を振ってきた……かと思うとお互いを睨み付け始めた。どうしたんだろ?
「「「「「ヒッ!」」」」」
疑問に思っていたら、女子生徒達が急にこっちを見て悲鳴を上げた。
オレも前に向き直ったけど、アイが不思議そうな顔でこちらを見てきているだけだ。……本当にどうしたんだろう?
「貴女方、少し静かにしてくださる?」
「「「「「は、はい。」」」」」
オリヴィアの一喝で、女の子達は皆、まるで王国の兵士さん達のように声を揃えた。
こういうところが少し怖くて、正直言ってオレはオリヴィアが苦手だけど、この学園にいる、アイの数少ない女の子の友達だから仲良くしたいとは思ってる。
それにしても、仲良くしてる女の子としゃべるときのアイは、もっと長い付き合いのはずのユイとしゃべるときよりも楽しそうな気がする。
オレとしてはオリヴィアよりも距離を置きたい、魔族のクラレスとも、やっぱりユイとしゃべるよりも楽しそうにしゃべっている。
「それでカイト、貴方は確か、テオとルームメイトでしたわよね?」
「ああ、今朝だってオレ、ベッドから落ちたテオを戻して上げたし、それがどうかしたの?」
「そのテオが今どこにいるのか私に教えてくださる?今日は一度も姿を見ていませんの。」
あれ?そういえばオレもアイと一緒に部屋を出てからテオとは顔を会わせてない。
「オレもあれから会ってない。アイはどう?」
「え?私はずっとカイトと一緒にいたでしょ?」
もしかしたらすれ違ったかもと思って聞いてみたけど、アイは口許に指を当てて顔を傾けながらキョトンとした顔をしてた。
「うーん、ボクは見た覚えがないけど……アリシアは見た?」
「いえ、テオさんとはまだ挨拶をしていませんよ?」
「クラレスとフレデリックは?」
「私も見てない。フレドも私と一緒にいたから見てないはず。」
「ああ、僕は見てない。どこか心当たりがある奴はいるか?」
フレデリックがその場にいる皆に聞くが、誰も応えられずに沈黙が舞い降りた。
「そう……分かりましたわ。私は私でさがしますわね。では、ご機嫌よう。」
少し落胆した表情を浮かべたオリヴィアは、女子生徒達を引き連れて歩き去っていった。
本当に、何処に行ったんだろう?
その日の放課後、オレ達は探索を行った。そして遂に、ツェネリ先生に付きっきりで回復魔法を掛けられている、意識のないテオの体を治療室で見つけた。
ちなみにオレ達が着いたとき、オリヴィアは既にテオを見付けていたらしく、その側で一人、テオの容態を見守っていた。
ツェネリ先生によると命に別状はなく、ただ、度重なる後頭部への強打がこの原因だと知らされ、何か心当たりが無いかと聞かれたので、寝相が悪くてベッドからよく転がり落ちていた事を話すと、そこにいる皆、オリヴィアまでもが吹き出した。
ただし一つだけ、テオの寝込んでいる原因を知ったときからアイがずっと青ざめた顔をしていたのは何故だったんだろう?余程心配だったのかな?
翌日、テオにはお布団が支給された。
章末にカイトの話を入れるのをすっかり忘れてました。