134 下山
「へっ……久しぶり……だな。」
「ああ、2年と少しってところか?」
右足の氷に黒色魔素を流して支配、自壊させることで右足の自由を手に入れた(流石は神器というべきか、かなり時間を食った。)俺は、地面に寝転がっている、イベラムで俺が始めて言葉を交わした衛兵スティーブへ挨拶を返した。
……その腹に黒龍を突き立てて。
「もう……あれからそんなに……なるか。」
「ああ、時ってのは飛ぶように過ぎていくからな。……アルバートも含めて、お前らはハナからヴリトラ教徒だったのか?」
軽い雑談を切り上げ、本題に入る。
もう分かったと思うが、アルバートとスティーブが、今回ギガンテ雪山の頂上で俺達〝ブレイブ〟と交戦、出し抜いた、二人のヴリトラ教徒の正体である。
「そのヴリトラ教徒ってのは、こうやってヴリトラのために命を掛ける奴のことか?それともヴリトラ教徒と関わり合いになって協力することになった奴のことか?……ぐっ!」
「さっさと答えろ。お前にも大した時間は残ってない。」
黒龍を捻り、スティーブが苦しむ様子を見ながら言う。
「酒を飲み交わした知り合いを治してくれないのか?」
「そんな記憶はない。あのときは俺が一方的に飲み干しただけだっただろ?……良いから答えろ!」
「カハッ!?」
尚も小馬鹿にしたような顔を崩さないスティーブの胸を陰龍の取っ手で強打。
「ゴホッゴホッ、ったく……うぐ、はぁはぁ……恐ろしいな。」
何かをはきそうになったものの、それを飲みこみ、スティーブが話し出す。
「なにがだ。」
「始めて会ったときは、殺意とは縁のねぇ、ボンボンだと思ってた奴が、今じゃあ一目で肝が冷えちまうような目をしてやがる。……ゴボッ!」
こいつ、まだしらばっくれるつもりか!
「御託は良いって言ってるだろうが!おい!」
「ぐあぁ!?……ぜぇぜぇ、そりゃあ、ねぇぜ。」
「……はぁ、分かった。質問を変えよう。アルバートの抱えてる問題はなんだ?」
ついに血反吐を吐き、咳き込み始めたスティーブの肩に陰龍を刺して尋問を続ける。
「何故それを知りたい?」
「アルバートをこっちに引き込めれば神器が手に入る。」
「利にかなってはいるが、お前らが神器を手に入れればローズが死ぬ。ぐぐ……はぁ、アルバートの野郎は応じねぇよ。」
「じゃあローズを助けてから……」
「無理だ。解決してもアルバートの方が殺される。神器も手に入らないから誰の得にもなりゃしない。」
「せめてローズがどんな危険に晒されているのかぐらいは教えろよ。」
「万が一でも手出しをされるわけにはいかねぇ。これはアルバートにしか解決できねぇ、いや、アルバートしか解決しちゃいけねぇ事だ。……ぐぅっ!?」
「そうかい、じゃあ何も話すことはないんだな?」
「待て、一つだけ、頼みがある。」
何の協力も無しに一方的に頼み事かよ。
「一応聞いてやる。何だ?」
「ローズに会っても、アルバートの事は黙っておいてくれ。ローズ本人は命の危険を知らないが、……ぜぇぜぇ、状況の小さな変化でも命取りになっちまう。」
スティーブと言いアルバートと言い、揃いも揃ってローズを守るためにヴリトラ教徒に協力している、というのは本当の事らしい。まだ協力の余地はあるか?
「……分かった。気が変わった、治してやるから、その代わり協力して貰うぞ?」
実際、俺達を相手に、アルバートが逃げるまでの足止めをしていたということから、結構使えるってことは明白だ。
「へっ、そりぁあ、ぐっ、駄目だ。俺が裏切った事が……ゴボッ、バレねぇとは限らねぇ。」
「……何でそこまでしてやれるんだ?」
仲が良いからって命を賭けてまで助けることは普通じゃない。
「さぁな。もしかしたら、っ……ふぅ、俺もお前ら相手に逃げ切れる気でいたのかもな。へへ。」
「……分かった。今から楽にしてやる。」
「おう……ありがとな。死体はここに置いていけ。」
高いところが好きなんだ、とそう言って、スティーブは血だらけの口の端を上げ、目を閉じた。
剣を抜けば痛みがまたスティーブを襲う。
俺はナイフを右肩から取り出す。
「早いところしてくれ。決心したのに挫けそうだ……ふぅ。」
「ハッ、そりゃいかんな。……袖振り合うも多生の縁だ、また、来世で。」
来世があるのなら、な。
「おう……。」
俺はナイフをスティーブの眉間に突き刺した。
「良かったのかい?知り合いだったみたいだったけど。」
脇でやり取りの一部始終を見ていたフェリルが聞いてきたが、今さらだ。
「人を一人殺したくらいで動揺してられるか。ほら、行くぞ!」
乱暴に吐き捨て、俺はさっさと頂上を後にした。
さて、次はラダン、か。
まだファーレンに戻る時までは半年以上あるし、ラダンに侵入する時間は十分と言って良い。
結果はともかく、ペースはかなり良い方だろう。
小刻みに足を動かして雪の斜面を下りながら、頭の中で再確認する。
『ほう?てっきりアルバートを追うかローズを助けに行くかすると思っておったわ。』
詳しいことが何一つ分かっていない物に関わるほど俺も馬鹿じゃない。
『ほう?てっきりそうじゃと……』
ほっとけや!
『それに、お主が気に掛けるべき事は神器以外にもあるぞい?』
ぁあ!?
『ほれ、あの奴隷との関係じゃよ。』
あ、あー、あぁー……どうしよ。
『このへたれが!』
うるせぇよ!
ていうか、爺さんは人のそういうのに無関係だったんじゃないのかよ!
『他人の恋は蜜の味、とはお主の言葉だったかのう?うむ、今なら良く分かるわい。』
呪呪呪呪……
『くっ……ほ、ほれ、そうやってすぐに逃げおって!つまりは恥ずかしいんじゃろ!?どうなんじゃ?ん?ん!?』
こんのクソジジイが!
『……で、実の所どうするつもりじゃ?』
時期を見計らって……
『ヘタレ!』
下山してから考え……
『ヘタレ!』
いや、今はどうみても駄目だろ?さっきルナの目の前で知人を拷問、そして殺して見せたんだぞ、俺は……なぁ!
『今さら何を言っておる!お主はもう、散々殺してきたじゃろうが!?それに今回は一番マシじゃろ?相手もそれを望んでおったではないか。……はぁ、全く、これじゃからお主は。』
何だよ。
『時には非情になるくせして、妙に感傷的になることもある。扱いに困るわい。』
悪かったな。
『ま、たまには良いじゃろ。納得するまで悩めば良い。わしがお主の気持ちを切り返させようとして出した話題も逆効果になったしの。』
……気遣いは有り難いが、他に選択肢は無かったのか?
『無い。』
即答すんな。
「すぅぅ、はぁぁぁ。」
肺一杯に空気を入れ、吐き出し、俺は降りるペースを少し落として下山した。
「「「聞いてない!」」」
馬車の中に入り、いつもの場所に座ってこれからラダンとの国境に向かうという旨を伝えると、ルナ以外の三人が声を上げた。
「あれ?そうだったか?」
「「「(コクコク)」」」
「ラダンに侵入しようと思う。」
「「「ふざけるな!」」」
お前ら、仲良いなぁ。
「リーダー、何でラダンに行くのか聞いても良いかい?」
「スレインにあった、誰も所有してない神器は今の二つだけだ。他の国に行くか、貴族の家に侵入するかを天秤に掛けた結果、決めたんだ。」
「どちらにしても、貴方は犯罪を犯すってことよ?分かってるの?」
「だから、より穏便に済ませられそうな方を選んだんだよ。」
「穏便に済ませる?何か考えでもあるのかしら?」
「ん?ああ、もちろん。今回はルナを利用しようと思う。」
「え?私ですか?」
俺の隣で会話の成り行きを見守っていたルナが自分を指差して言う。
「おう、俺達の衣食住は全部ルナの家族に出してもらおうと思ってる。ルナの奴隷として、な。」
言い切り、全員の感嘆する顔を予想して見回す。
……全員仏頂面だった。奴隷の主役となるルナまでそうだったのはかなり以外だった。
「駄目か?」
「「「「駄目!」」」」
「理由を聞いても?」
「リーダーはね、奴隷が普通どんな扱いを受けてるのか全く分かってない。」
四人を代表してフェリルが言った。
「例えば?」
「まず衣食住なんてまともに用意してくれないよ。」
「ルナが獣人の寛大さを見せつけているってことにすれば良いんじゃないか?」
言うと、皆の視線がルナに集まる。当の本人は集まった視線にモジモジと居心地悪そうに身をすくめながら、小さく、
「……理由は違いますが、そこに関しては大丈夫です。」
と言った。
「な?」
「危害を加えられるかもしれないわ。何せ私たちは親族を殺した種族なのよ?」
「ルナの所有物なんだから、そこはルナに守って貰うしかない。」
「ご主人様、私の奴隷紋がバレる可能性も。」
「手袋を作る。前みたいに、な?」
「それでもバレる可能性は十分あります!何かの拍子に外すことになるかも知れません!」
「ルナ……」
優しく名を呼んで微笑み、深紅の瞳に目を合わせる。
「私は、ご主人様が心配……です。」
少し顔を赤らめ、恥じらう様子を見せるルナ。こちらも変な気分になってくるが、言わねばならぬことは言わねばなるまい。
「そこを何とか、上手く頼む。……うお!?」
肩に噛み付かれた。
雰囲気をぶち壊したのがよっぽどお気に召さなかったらしい。
「貴方の計画って穴だらけね……。」
シーラ、人は完璧じゃないんだ。少しぐらい許してくれよ。
『少し、のう……。』
爺さんは黙ってろ!
「いや、でも良く考えてみろ。貴族の家に侵入する場合、必ず無くなった事は露見して、捜索されるはめになる。だがラダンに侵入する場合、上手くいけば何の騒動も起こさずに済む。」
「はぁ、その上手くいけば、という部分が難しいのよ?分かっているのかしら?」
額に手を当ててため息を吐くユイ。
「試す価値はあると思わないか?」
「貴族の家に盗みに入っても、私達だってバレないかもしれないわ。」
「盗みは犯罪だしなぁ。」
「密入国もよ!というよりも、密入国の方が深刻な犯罪よ!」
「同じ犯罪だろ?毒を食らわば皿までって言うし、ラダンに行こう。それに、だ。たとえバレたとしても、スレインに逃げれば何とかなるだろ。」
密入国がバレればスレインにも指名手配される可能性もあるってことは黙っておこう。ま、爺さんの案内があれば国境の監視の目を潜り抜けることはできるだろうから、逃げ帰るのも可能だろう。
そこら辺は頼んだぞ、爺さん。
『できる限りの協力はしてやるわい。』
ありがたい。
「手の平を返すに止まらず、ついに開き直ったわね……。」
「でも、リーダーの言うことも一理ある。貴族の家を襲う場合、僕達の逃げ場は無くなるよ?」
長い説得が功を奏し、ついに味方が表れた。
「フェリルさん?」
「フェルがそう言うのなら……。」
「そんな、シーラさんまで!?」
「よし、多数決でラダン侵入に決まりだ!」
不満そうなユイの言葉を上書きするように叫び、俺は無理矢理パーティーの方針を決めた。
……今度から真っ先にフェリルを味方につけることにしよう。
そしてルナ、いつまで噛んでるつもりなんだ?そろそろ痛い。
向けられた背中に、ルナと同じマークに変形した黒魔法の塊をへばりつかせ、固定化する。
「なぁルナ、万一お前の本物の奴隷紋を見られたら、忘れっぽいからだとでと言えば良いんじゃないか?」
「嫌です。家族にそんな情けない娘だと思われたくありません。」
フェリルの背中のマークが落ちないのを確認しながら提案すると、断固拒否された。
「別にそんなことしなくても、ルナさん自身が奴隷と偽ってスレインを通ってきたということにすれば良いんじゃないかしら?」
「それは駄目ね、奴隷ちゃんを奴隷扱いしたと思われて私達が殺されるのがオチよ。」
奴隷の扱いって普通はそこまで酷いのか……。
「俺、甘かったんだなぁ。あ、フェリル、もう大丈夫だ、問題なベッ!?」
「やめなさい。」
感慨深く言い、少しふざけようとしたところでユイに氷の礫で頬を強打された。
「イタタタ……」
「ご主人様、私にはもっと甘くしていただいても構いませんよ?」
頬を抑える俺には構わず、ルナはそう言って俺に寄りかかる。
何だろう、もしかしてこうやってユイに攻撃される一連の流れはもう、いつもの事ってことで流されているのかね?威厳がぁ……
『何度も言うが、お主とは縁遠いものじゃよ、そんなもの。』
へーい。
「はは、そんなことを言える程自由な奴隷は早々お目に掛かれないね。」
上半身の衣服を着ながら、フェリルは軽く笑った。
「ルナ、ラダンでは俺を見習った奴隷の扱いをしてくれよ?」
「そうですね、ご主人様は私の思いのまま……」
「こぉら。」
頭突き。
「アイタッ!うぅ、はい、ご主人様を見習わせていただきます。」
「ルナ、その〝ご主人様〟もやめろ。ラダンに入ったら〝コテツ〟で通してくれ。」
「コテツ……様?ひゃう!?」
敬称を付けてしまったルナの耳をモフる。
「呼び捨てなさい。俺以外を呼ぶときは大体そうしてるだろ?」
「ご主人様はひゃん!……コテツ、様みゅう……うぅ、コ、コテツは特別できゃん!さ、最後のは何でですか!?」
「恥ずかしいだろ……。」
頬を掻いて目を逸らす。
ったく、今特別だとか何とか言われると困るんだよ。
『さっさと応えてやれば良かろうに。惚れっぽいくせに妙に奥手で、本当に面倒な奴じゃのう、お主は。』
うっせ。
「ふふふ、ご主人様は……あ!」
失敗に気付き、ルナが俺から素早く距離を離す。が、
「きゃん!?」
「モフモフ……」
背後のケモナーに、これ幸いと捕まえられ、ルナの耳がこれでもかと揉みしだかれた。
……ユイの奴、幸せそうだなぁ。