133 山頂
次の日、俺達は結局道中でヴリトラ教徒と接触することはなく、ギガンテ雪山の頂上付近まで辿り着いた。
爺さん、本当に敵を見逃してしまったりしてないか?
『しておらん。何故か今は頂上に留まっておるわい。』
爺さんが嘘をついていなければ、神器の奪取役を任されているヴリトラ教徒はすぐそこにいるはずである。
爺さんが俺を騙していなければ、 だが。
なぁ爺さん、本当に……
『やっかましいわこのアホォ!ったく、何なんじゃお主は!もう少しわしを信用せんか!バチなんぞは当たらん、むしろ加護が付くかも知れんぞ!?』
爺さん、ついにボケたか。
『ぁあ!?』
まさか爺さんの信用を失墜させたのは自分自身だってことを忘れるとは……しかも原因となった数々の悪行も含めて。
『わしを信用する根拠と成り得る数々の善行を忘れるとは、ボケたのはお主の方じゃろうが!可哀想にのう、その若さでのう。』
誰が若年性認知症だコラ!それに、なったとしても爺さん由来のストレスのせいだからな!?
『……そろそろじゃ。』
言われるまでもなく、黒ずくめの集団が見えてきた。
だとしてもな、爺さん、これから戦闘ってときに俺の脳内を乱すなよ。
『誰のせいじゃ!?』
黙れ、集中させろクソジジイ。
『くっ、こんの……』
まだ何かグチグチ言っている爺さんは無視。
一人で岩影に入り、そこにいるはずのヴリトラ教徒を覗き見る。
爺さんは嘘をついていなかった。移動速度を重視していたのか、視認できた黒ずくめは二人だけ。二人とも隠密スキル持ちらしく、気配は感じられない。
何やら話し込んでいるようにお互いと向き合っていて、こちらに気付いた様子はない。
背後に目配せし、フェリルが頷いて矢をつがえる。
「……フッ!」
ヴリトラ教徒達は同時にこちらを振り向いた。
しまった、危機感知スキルか!
「チクショウ!」
悪態をつきながら、両手に双龍を作り上げると、肩を掴まれ、引き止められた。
「リーダー、気付かれるのは予想の範疇だよ。」
フェリルがやけに落ち着いた声音で言い、俺はそれを疑問に思いながらもその場に踏みとどまる。
見ると黒ずくめ二人の手前で矢が破裂し、氷の礫をその周囲に勢いよく撒き散らした。
そんなこともできるのか……。
黒ずくめの一人がどこからか盾のような物を取り出して二人分の氷片を受け止めている。
「フェリル、シーラとユイを連れて援護に回ってくれ、ルナ、俺達はあいつらを一人ずつ受け持つぞ!」
それを尻目に指示を出し、俺は返事を待たずに敵の近くの別の岩へと駆け出した。
「……ルナ、援護射撃が始まったら行くぞ。」
「(コクッ)」
岩影に隠れ、気配のない、岩の反対側の黒ずくめ二人の動きに内心ビクビクしながらもそう隣のルナに伝える。
おそらく向こうも俺達が岩のどちらから俺達が飛び出すのか分からずにいるのだろう。
…………フェリル達はまだなのか?
「セェェイィッ!」
気合いの込められた叫び声がし、ガゴン、と岩の上部から音がした。
俺とルナは戦闘で得た勘に従い、即座に左右へ跳び、直後、鉄の塊が岩を真っ二つに割って雪の積もった地に刺さった。
岩影から跳び出、岩を切断したヴリトラ教徒を確認する。
そいつは、例に漏れず全身黒ずくめで、その大柄な体格の良さははっきりと見てとれた。
だが注目してしまうのは、岩を軽々とかち割ったのであろう、振り下ろされた大剣。幅広で、黒々としており、その刀身はパッと見で俺の足から鳩尾の少し上辺りまである。
こんなものを扱える筋力には称賛を送る他に思い付かないが、それは味方であればの話だ。
「シッ!」
大剣を振り下ろした体勢、ヴリトラ教徒のその隙だらけの体目掛けて左足を踏み込み、体の捻りながら黒龍を突き出す。
「フン!」
敵は柄を右の手首で少し捻りながら上に持ち上げることで、大剣の腹を盾がわりに、俺の突きを防いだ。
だが、距離は詰められた。
黒龍で大剣を押し込み続けながら右足を大剣の、地面に刺さった部分を踏みつける。
「ぐぅっ!?」
大剣の脇をすり抜けて攻撃しようとしたときに聞こえたフェリルの呻き声に反応して振り返ると、フェリルの左膝にナイフが突き立てられていた。
やったのは、残るもう一人のヴリトラ教徒。
援護射撃はいつの間にかそいつに阻止されていたらしい。
ルナは既にそのヴリトラ教徒に向けて走っていた。
「フェル!?よくも……凍れ、フリージア!」
頭に血が上ったシーラがビーム状の古代魔法を横薙ぎし、当たりはしなかった物の、ヴリトラ教徒を大きく下がらせた。
そして、ユイとルナが同時にそのヴリトラ教徒を自信間合いに入れ、交戦し始めた。
……2対1なら問題ないはずだ。
「余所見している場合か?グレネード!」
目の前の大剣使いが左手から爆炎を大剣越しに、ボーッとしていた俺に向けて放つ。
即座にしゃがみ、大剣を俺の盾として利用させてもらう。
「ハッ、させてくれよ……うぉお!?」
憎まれ口たたこうとしたところで、俺の体は大剣に押され、吹き飛ばされる。
姿勢をただし、雪を多少削りながらも着地。
見れば、ヴリトラ教徒は片足を振り上げた格好のまま、肩に大剣を担ぎ直していた。
どうやら大剣ごと蹴って俺を離れさせたらしい。
「くそ、馬鹿力が……。『後ろじゃ!』っ!」
爺さんの声に反応して振り向き、背後から俺の首目掛けて横薙ぎに襲ってくる短剣を視認、咄嗟に陰龍でそれを肩越しに防ぐ。
「炎閃!……チッ、ちょこまかと!」
次の瞬間短剣使いが飛び退き、少し遅れてルナの燃える刀が空を切り、焦がした。
短剣使いは確実に逃げ回りながら、隙を見せた相手を襲う戦法を取っているらしい。
存外向こうも長引くかもしれない。援護は期待できないな。
「ルナ、助かっ……「フレイムアロー!」後ろか!」
ルナが火の矢を俺の背後へ向けて飛ばし、俺は呼応するように後ろを振り返る。
大剣使いは大上段から大質量の剣を振り下ろそうとしていた。
その顔目掛けて真っ直ぐに飛ぶ火の矢を追うように俺も走り、蒼白く光る黒龍と陰龍で大剣を受け止めに行く。
梃子の原理を思いだし、俺はなるべく大剣の根元を受け止めるように心掛け、結果、俺は大剣の真ん中辺りの二点で真正面から受け止めた。
「ぐっ。」
俺に動きを止められたヴリトラ教徒は、顔の真正面に飛んでくる火の矢を頭を傾けることで回避するも、その黒いフードが火の矢に当たってめくれ、素顔が露になる。
「なっ!?」
「ハァァ!」
その顔に驚きを隠せず、動揺してしまい、両龍に込められた力が抜けたために大剣を押し込まれる。
大剣の力に対抗なぞせず、素早く左腕を引いて黒龍の刃を俺の左側に向かせ、押す力を上向きから左向きへと変換、大剣を俺のすぐ左側に振り下ろさせる。
「おい、どういうつもりだアルバートォォ!」
目の前にいたのは、イベラムで料理が売りの宿屋をやっていた、失踪中のローズの父親だったのである。
引いた左腕で勢いよく陰龍を突き出すが、アルバートは大剣から両手を放し、後ろに跳んで避ける。
「ほぉ、俺を覚えていたのかコテツ。」
アルバートの言葉には構わず、接近。
「お前はここで何をしているんだ!」
アルバートは腰に下げた袋から体積を無視するように、二本目の大剣を右手一本で抜き放ったかと思うと、頭上で柄に左手を添え、俺へと振り下ろしてきた。
アイテムポーチか!……そういやさっきの大剣もあそこから出してたな。
対して俺は、ぶつかる直前に地面を蹴って走る勢いにさらに力を乗せ、交差させた双龍を大剣に真っ向から打ち込む。
大剣の重さの乗った一撃を弾くには至らないまでも、拮抗することには成功し、押し合いに発展する。
「アルバート、この際だから細かい事を言う気はない。見逃してやるから、神器を置いてイベラムに帰れ。ヴリトラ教徒だって事は黙っておいてやる。」
「……何度も、何度もそう思った。だが、それは危険すぎる!」
瞬間、大剣が退かれ、押してきていた力を無くした俺はつんのめり、土手っ腹に爪先が蹴り入れられる。
「ぐふぅっ!?」
「地断!セイリャァ!」
呻く俺の真上から、スキルの蒼白い光を放つ大剣が振り下ろされてきた。
腹の痛みを抑えて真横に跳んで逃げる。数度転がった後、起き上がりながら腰を低くし、双龍の剣先を即座にアルバートへ向ける。
「くっ、やはり強い。……コテツ、後生だ、見逃がしてくれないか?」
「無理だと言ったら?」
「……押し通る。」
「そうか、じゃあ仕方ない、俺の要求は一つだ。神器を置いていけ!」
「それは無理だ。俺にも守る物がある!」
気のせいか、泣きそうな、心底辛そうな顔をしたアルバートは、大剣から手を放して後ろに飛び下がり、3本目の大剣を腰の袋から抜いた。
それは白い、いや、純白と言って良いほど綺麗な大剣だった。大きさはアルバートがさっきまで使っていた物と大差はないが、感覚的に特別な何かだと感じられる。
鑑定……する暇はもらえなかった。
大剣のリーチを存分に活かし、白い金属塊が振られ、俺は右足を雪に踏み込んでブレーキを入れることで左足を一歩退いてそれを回避。
「止めろ、ヴルム!」
アルバートが叫び、久方振りに力の波動が辺りに広がるのが見えた。
やっぱりあれが神器か!
瞬間、俺の右足の膝から下が地面に厚めの氷で覆われる。
力を入れてみるも、うんと寸とも言ってくれず、全く持って抜け出せそうにない。
……やられた。
「ウオォォ!」
アルバートがヴルムを斜め上から振り下ろしてくる。
仕方ない!
「ウォラァ!」
技術なんて物をどっかに忘れさり、黒龍と陰龍をヴルムに真っ向から叩き付ける。
大きく響く金属音の後、ギチギチと耳障りな音がヴルムとの接触点から聞こえきて、俺の両手が凍り付き始めた。
「くそっ!」
魔装2による補助を体全体に行い、両手を振り抜いてヴルムを弾き飛ばす。
大質量の大剣を弾いたばかりか、手袋と双流の四散と再構成して両手の氷結を回避した俺に目を見開くアルバート。
ここで追撃したいところだが、俺から一歩距離を取られるだけで逃げられてしまう。
もう一度ヴルムを肩に担ぎ、アルバートが俺の背後へと回る。
受け止められないのなら、受け流すしかない。
俺の背後に立つアルバートが、ヴルムを真一文字に、右から左へと振るい、即座に左足を前に振り出し、氷付けにされた右足の膝が直角になった辺りで左手を地につけていた俺は、黒龍を、ヴルムを上に押しながら振るうことで事なきを得る。
それだけの短い時間でも半ばまで凍らされた黒龍を破壊、作り直し、左手で地を押して二本の足で立ち上がる。
「地斬!」
アルバートは一歩退きながら振り抜いたヴルムの勢いを殺さず、体や手首の捻りで右斜め上から大剣を振り下ろす。
「……今っ!」
左足を右足の少し前に踏み入れ、俺の頭上で黒龍の根元をヴルムの刃に当てる。そして黒龍の柄でヴルムを押しながら背中を反らすことで無理矢理背後へと力を流した。
同時に左手で左肩からナイフを取り出し、適当に狙いをつけて投げる。
「っ!」
ナイフはアルバートの肩を掠め、予想していなかった痛みにアルバートが少し大きめに距離をとる。
「アルバート!バカ野郎!熱くなるんじゃねぇ!」
と、ここで俺以外のパーティーメンバーを惹き付けていたもう一人のヴリトラ教徒が叫んだ。
まだ捉えられてないのかよ!?一人に何を手間取ってるんだ!
だがそちらに視線を向けると、何故かはすぐに分かった。ヴリトラ教徒は決定力がないユイとの距離を狭め、周りのサポートを上手く惹き付けつつかわしていた。
そして、そんなヴリトラ教徒の声に、俺へさらに攻撃を仕掛けようとしていたアルバートの動きは止まる。
「そうだ、お前の目的は何か思い出せ!……思い出したら逃げろ!心配はいらない。俺が何としてでもこいつらを足止めしてやる!」
「お前は!?」
「……アルバート、こいつらは強い。そして俺は独り身だ、はは、家族もいない。……分かるな?」
「おい……」
「行け!」
いかん、不味い!
「アルバート!逃げるのか!神器まで手に入れて、俺に一太刀も入れられずに逃げていいのか!」
叫ぶも、アルバートは神器をポーチに入れる手を止めない。
考えろ、アルバートは守るって言ってただろ?あのヴリトラ教徒は独身だとか言ってたし、守るものは家族の事でたぶん間違いない!
「ローズが関係あるんだろう!?」
ぴくりとアルバートが反応し、俺へ視線を向ける。
「アルバート!耳を貸すんじゃ……「ファイアアロー!」くっ!」
ナイスだ、ルナ。
「その神器を持って帰らないと、ローズに危険が及ぶんだな!?教えてくれ、状況を。助けられるかも……」
「それ以上無責任な出鱈目を言うな!助けられる訳がない!」
アルバートが激昂した。
「あいつは、ローズは……「さっさと逃げろ!この馬鹿が!」……っ!」
叫びきり、アルバートは下山しようと頂上の端へと歩き出す。
追おうにも、右足は動かせない。
「フェリル、アルバートを!」
「了解!」
膝から矢を抜き、怪我はユイに治療してもらったらしいフェリルは矢をつがえ、放つ。
矢は刺さった……短剣使いのヴリトラ教徒の肩甲骨に。
「痛ぅっ!……はぁはぁ、アルバート!長くは持たん、俺の事は良いから、さっさと行け!走れ!」
「……っ!分かった。」
アルバートは一気にスピードを上げ、黒いマントをはためかせながら走る。
「おい待て!」
俺が声を出した数秒後には、もうアルバートの姿は視界から消えていた。