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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第四章:出世しやすい職業
135/346

132 モラル

 「おぞましい!何と穢らわしい!」

 「ハッ、おいどうした、口調が崩れてるぞ?」

 「では主よ、我はこれで。」

 縛られたまま、悪態をついたリーダー格のヴリトラ教徒を挑発していると、後ろに立つサイに重々しい声をかけられた。

 「おう、助かった。」

 「彼らは……」

 サイは背後を振り返り、そこにボーッと立ち並ぶ十数人のゾンビを骨でできた左手で示す。

 右腕は、やはり砕かれたためか簡単には再生しないらしく、肩が元に戻っただけに留まっている。

 「ああ、墓の警備にでも回してくれ。……ええと、エルダーリッチのサイに従え。ただし最優先は俺だ。……これで良いか?」

 指輪を通して命令し、確認のためにサイを見る。

 そう、サイはヘール洞窟で俺の支配下になったエルダーリッチの名前である。

 「有り難い。ゾンビ共よ、我と繋がれ……では。」

 「おう、また頼む。」

 差し出した俺の右手を取り、サイはその場に跪く。ゾンビ達はわらわらと手を繋ぎ、ゾンビの何人かがサイの背に触る。

 「おい、何を?」

 「いつ如何なるときでもお呼びください。」

 まるで口付けするように俺の手の指輪に口を当て、サイはゾンビもろとも転移していった。

 「……これ、すげー。」

 「リーダー、随分と軽いね……。」

 右手を開き、中指に嵌まった指輪を眺めていると、フェリルが苦笑いをしながら言ってきた。

 「いや、だってお前、見てただろ?一人目を殺した後、二人目が仲間が目の前でゾンビになったことに驚いて、その間にその二人目もゾンビにして……五人目をゾンビにしたときには敵ももう戦意喪失してたぞ。」

 「はぁ……そうだね。でも、奴隷ちゃんまで気味悪がってるよ?」

 見ると、シーラとユイは心底軽蔑したような目を俺に向けており、ルナは顔色を悪くしていた。

 ……ま、仕方ないか。

 「命の冒涜だ!ぐぇっ!?」

 わめきたてるヴリトラ教徒の腹を蹴って黙らせる。

 「うるさい。……フェリルは平気なのか?」

 「いや、僕も正直、それを叩き壊したいと思ってるよ。アンデッドを作り出すなんて、人がやってはいけない。」

 「分かった、なるべく自粛する。サイ達の召喚に留めておくよ。」

 「アンデッドを従えるのもどうかとは思うけど、そこは譲れないのかい?」

 「ああ、こいつの意味がなくなってしまうからな。」

 右手をヒラヒラと振って言い、ついさっき蹴飛ばされ、寝転がったまま咳き込んでいるヴリトラ教徒に向き直る。

 「何だ、穢らわしい邪教徒め。」

 そりぁあお前だろ。と、言い返すのはやめておき、さっさと本題に入る。

 実際、こいつにとってみればヴリトラ教徒以外は全員邪教徒だろうし。

 「さてと、お前、あの集団のリーダーをしていたよな、ヴリトラ教内でも一定の地位には着いていたんだろう?」

 「……だから?」

 「ファーレンにいる内通者は誰だ?」

 「っ!何故それを!?」

 どうやらファーレンに内通者がいるというのはガセネタでは無かったようだ。本当に少しだけだったが、ニーナ、疑ってごめん。

 「良いから答えろ。何ならヴリトラの弱点とかでも良いぞ?」

 「ヴリトラ様は完璧です!弱点など!」

 お、口調が戻った。

 「そうか、なら答えろ。」

 「ヴリトラ様に仇なす行為は死んでもしません。殺された方がマシです!」

 「死んでも、ねぇ。それも良いかもな。……はは、アンデッドにして聞けば早い。」

 嘲笑い、右手の指輪を撫でると、ヴリトラ教徒は顔を真っ青にした。

 「だ、だとしても、私の意思ではない!そうです、私の意思はヴリトラ様とヒュッ!」

 「チッ、やっぱり駄目か。」

 開き直ってしまったヴリトラ教徒の気道を外気に晒し、縛っていた縄を霧散させる。

 「アンデッドにしないのかい?」

 「この指輪は疑似の魂を死体に埋め込む物らしくてな、肉体は同じでも中身は別物になるんだよ。サイみたいに理性を持ったアンデッドになったとしても、生前の記憶なんて無いんだ。……それにさっき約束しただろ?アンデッドは作らないって。」

 一部始終を隣で見ていたフェリルに肩をすくめながら答える。

 元の魂を戻せたとしても体の機能が回復するわけではない。血が行き渡らなくなれば脳は死に、中にある記憶も消えてしまうって事なのかもしれない。

 ……まぁ、アンデッドになった後の記憶をどうやって保持しているのかは知らんが。

 「リーダー、それでこれからどうするんだい?そろそろ夜だけど。」

 「ん?あーしまったな……。向こうの足止めは成功した、か。……仕方ない、休もう。夜の雪山は危ないし、それに追いかけられたり迎撃したりで疲れてるだろうからな。」

 爺さん、ヴリトラ教徒は頂上に辿り着いたか?

 『まだじゃよ。……じゃがもう追い付くのはもう諦めい。』

 そうか……面倒な事になったな。

 まぁいい、なってしまった物は変わらない、割り切ろう。爺さん、ここら辺に手頃な洞窟はあるか?

 『少し離れておるが……』

 それで良い。案内を頼む。

 「フェリル、三人を連れて俺にきてくれ。俺は今は叱られたくない。」

 「良いよ。でも、どうせ後であの三人に責められる事になるってことは分かっているのかい?」

 「重々承知だ。ただ、今はまだやることがあるからな。食事までは顔を会わせないようにする。」

 「懐かしいな、僕もその手はよく使ってたよ。」

 そう言って、フェリルは今まで見たこともない程穏やかな表情を浮かべる。

 「故郷、取り返せると良いな。」

 「取り返すよ。」

 「……要らん世話だったか。じゃ、先に行ってくる。」

 「りょーかい、僕は三人のご機嫌取りでもしておくよ。」

 うんざりと言った顔で笑うフェリルに笑い返し、俺は爺さんの案内に従って、純白の雪に覆われた斜面を進んだ。

 あ、爺さん、ついでに獲物とか山菜も。

 『はぁ……、ま、良いじゃろ。』


 「「壊しなさい。」」

 先に安全確認をするからという理由でしばらく洞穴の外に待たせていた他のパーティーメンバーを、兎肉の鍋を用意してから呼び入れると、ユイとシーラは開口一番命令してきた。

 「いや待て、腹、減ってるだろ?まずは食べよう、な?」

 「「チッ。」」

 舌打ちをし、二人は鍋を挟んで俺の反対側に座る。

 どういうことだ、フェリルがご機嫌取りをしてくれるんじゃなかったのか?

 軽くフェリルを睨むと、本人は目で謝ってきて、俺の右隣に座った。

 「(あまりにも怒っていたから僕もそっとしておくしか無かったんだ。)」

 「(そ、そうか。)」

 どうしよう……。

 「ご主人様、隣、よろしいですか?」

 「んあ?あー、もちろん。」

 頭を抱えた状態からルナの方をチラリと見て言うと、ルナは俺の直ぐ左に座った。

 「(ご主人様は好きなようにして良いんですよ?私は構いませんから。)」

 「(お前もあの時は顔を青ざめさせてたぞ?)」

 「ご主人様、そろそろ食べましょう。」

 「あ、ああ、そうだな。……いただきます。」

 鍋が一旦沸騰するのを確かめ、俺達は兎の肉とそこら辺で漁って手に入れた様々な種類の山菜のごった煮を食べ始めた。

 ……味は、まぁまぁだった。やっぱり何らかのタレが必要かぁ。

 だが今回の俺の本題はそれではない。

 「なぁユイ、それにシーラ、アンデッドとは言ってもな、これは疑似の魂を入れて死体を動かしているだけなんだ。本物の魂には何の強制をさせてない。言わばゴーレムみたいな……。」

 「「全然違う!」」

 あらら、もう少し腹を膨れさせてから話した方が良かったかもしれん。だがしかし、もう遅い。

 「ゴーレムはあくまでも無機質な物の塊でしょう?命を持っていた人間の体とは全く違うわ。」

 「そうそう、それに人は皆、死んだら土に還るべきよ。魂が無事にいなくなったからって体は自由にして良いなんて事はないの!」

 「まぁまぁ、元に命があるのは木々も同じだし、それに比べれば切ったり削ったりしないだけマシだろ?それにほら、アンデッドは核を壊されれば土に還るさ。時間の問題って奴だ。」

 必死で考えながらユイ達の主張を、屁理屈上等という精神で否定する。

 「そんなの屁理屈よ!」

 「俺の下らない理屈に反論できないならお前のそれは屁理屈だって事だぞ?」

 案の定俺の並べた理屈を全て無意味な物だと否定しようとするユイ。が、用意していた返しでそれを阻止する。

 『開き直っただけじゃろ……。』

 「それでも、それは人がして良いことじゃない。」

 「ああ、フェリルにも言われた。だからアンデッドはなるべく作らないようにする。」

 「「なるべくぅ?」」

 「ひぃっ!こ、今後一切しませんのでどうか許してください。」

 ただでさえ怒りをひしひしと感じさせるのに、その上鍋を熱している火により下から照らされて末恐ろしい顔に見える女性二人。

 何の言い訳も思い付かず、俺はただただ謝った。

 「「よろしい。」」

 「へい。」

 もうやだ、何でこのパーティーの女性は皆おっかないんだよぉ……。

 「ご主人様、食べないんですか?」

 「ああ、もう鍋の中は食べ尽くしたのか……。」

 「うっ、すみません。」

 「いいよいいよ、ほら。」

 唯一の例外が俺のお碗の中の兎肉を物欲しそうに見ていたので、それをつまみ、食べさせてやる。

 「……ん。ふふ。」

 とても美味しそうに兎を食べるルナの姿に心を癒される。

 ったく、どっかの鬼神どもとは大違いだ。

 「それにしても、疑似の魂を作るなんて、神様も遠回りな事をなさるねぇ。」

 触らぬ神に祟りなしとでも思ったのか、フェリルが俺に声を掛けた。

 「そうか?」

 腹がもう少し欲しいと訴えてきたので、兎肉の出汁が効いたスープをお碗に入れながら聞き返す。

 「だって、魂をそのまま使った方が便利じゃないかい?あ、僕も。」

 「はいはい……ほらよ。「ども。」……死んだ直後ならともかく、それだと死んで数年経った死体には何の効果も無くなるぞ?」

 「ふーん。リーダーは魂と体は完全に別物だと思ってるのかい?」

 「ご主人様、私も。」

 「ん?ああ、……ほら。「ありがとうございます。」……まぁ、そうだな。」

 爺さんは俺の体という器を壊すしてから魂を引っこ抜いたらしいしな。

 「そうかい、僕は魂は肉体と共にあると思うんだ。だからこそ、人は命を大事にするんじゃないかい?」

 「ご主人様には命をもっと大事にして欲しいです。」

 「そっか、まぁ確かに例外もいるね。アハハ。」

 「……笑い事ではありません。」

 「あら、そうかい。まぁ確かにリーダーはスタンドプレーが多いよね。出会って半年も経ってない僕が言うんだから間違いない。」

 「ええ、全くです。」

 「それなのにドジを踏むことがあるし……」

 「(コクコク)」

 「諦め悪いし……」

 「(コクコク)」

 「女癖もねぇ……」

 「ング!?」

 「(コクコク)……えぇ!?」

 「ゴホッゴホッ、そりゃお前の事だろ!」

 俺の両脇で俺の悪口を並べ立てては肯定するというやり取りに対し、スープを飲んで我関せずの姿勢を貫いていたが、最後の奴でむせ、咳き込みながら言い返す。

 「えー、そんなことないよ。」

 「(フェリル、お前の娼館通いをここで暴露してやろうか?)」

 「いやはは、冗談だよ冗談。」

 「ホッ。」

 「そしてルナ、一々信じないでくれ……。」

 「でも万が一という事も……アイタッ!?」

 「はぁ……、根拠は?」

 「え!?それは、ご主人様が、その……」

 ルナの額ににデコピンを放ち、ため息をしながら聞くと、ルナは居心地悪そうに身動ぎし、恥ずかしそうに言葉に詰まった。

 普段なら、ルナに女性に好かれない奴だと思われてるのか、とため息をまたつきたくなる所だが、ルナの気持ちを知っている今なら何を言おうとしたのか予想がつく。

 気恥ずかしくなって頬を掻き、お碗をあおる……スープがもう少ししか無いのを思い出した。

 「ほほぅ、リーダーは奴隷ちゃんとの親睦を順調に深めてるみたいだねぇ。」

 そんな様子を見てニヤリと笑うフェリルにイラッとしたのは仕方のない事だろう。

 「ああ、お前が金を使って親睦を深めている間にな。」

 「ぁあ!それは言わない約束じゃなかったのかい!?」

 「おっとすまんな、口が滑った。実は俺、嘘をつくのは苦手なんだよ。」

 「そうかい、そうかい……確かに今の嘘は下手くそだね。」

 「だろ?」

 肩を軽くすくめながら言い、フェリルは憎々しげに俺を睨む。が、数秒後には恐怖に怯える表情となった。

 「フェル?」

 「いや、待ってよシーラ。僕は……「言い訳は後。」……はい。」

 フェリルは洞穴の奥へ、深い闇の中へと引きずられていった。

 「……私もそろそろ寝るわ。ルナさん、おやすみなさい。」

 「ええ、おやすみなさい、ユイ。」

 「明日も早いからな。」

 「ええ、分かってるわ。……そしてあなたは約束を守りなさいよ?」

 最後に俺を睨み付け、ユイも暗闇の中に歩いていった。

 アイやユイと言いシーラと言い、恋する乙女って何で揃いも揃ってこう、怖いんだ。

 「はぁ……、片付けるか。」

 「手伝います。」

 「いや、片付けるっていうか、ただ鍋に蓋をするだけだから。おたまとかは黒魔法だし。」

 立ち上がろうとするルナに、まだ中にスープの残っている鍋に黒魔法の蓋をする。

 明日の朝に飲むのもありだと思ったのである。

 皆が座っていた小さな椅子や使っていたお碗等の食器を霧散させ、鍋を乗せた三脚をそのまま洞窟脇に退ける。

 「火は、このままで良い、か。」

 ま、洞窟の入り口が塞がれなければ一酸化炭素中毒とかは大丈夫だろう。

 一通りの片付けをしてゴツゴツとした岩肌の床に寝転ぶ。

 明日も早いし、さっさと寝よう。

 「ご主人様、そういえばこの穴の主は?ここまで広いのなら何かがいるはずではないですか?」

 「ん?あー、熊なら殺したよ。奥の方で冬眠してたから、急所を貫いておいた。」

 「いらない心配でしたね。……あれ?ご主人様はあの暗い中でどうやって熊だと?」

 「そりゃあ直接見たからな。」

 「どうやって……あ、そういえばさっきの鍋を熱していた火もどこで手に入れたのですか?」

 ……!しまった。

 この世界には、魔法があるためか、火打ち石は存在しない。もちろんどんな石が火打ち石に使えるのかは俺も知らない。

 「……サイに頼んだ。」

 「サイ、と言うと、あのエルダーリッチに!?」

 「(声が大きい!)……まぁほら、味に影響はないんだから。」

 「……うぅ、そうかもしれませんけれど。「ほら、寝るぞ。」あ、はい。」

 ルナはまだ文句を言いたげな様子だったが、俺はさっさとそう促し、寝かせる。

 ……ったく、火ぐらいで大袈裟な。あの鍋がサイの茶色の魔法製だって分かったらどうするのだろうか。

 うん、問答無用で殺されそうだ。黙っとこ。

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