131 足止め
ユイに先導されて進んでいく内に途中から吹雪の勢いが減衰していき、代わりとでも言うかのように激しい攻撃魔法が降り注ぎ始めたのに対して手袋で魔法を叩き落としながら周りを見ると、いつの間にか黒ずくめ達に取り囲まれていた。
雪の積もったなだらかな斜面は岩もなく真っ平らで、隠れる場所は見つからない。自然、俺達は包囲の中心で固まり、各方向からの魔法を対処する形となる。
間髪置かずに飛んでくるつららや石は硬化させた手袋の装甲で防ぎ、炎や雷、風の刃は叩いて掻き消す。
ちなみに俺以外のパーティーメンバーは魔法に魔法をぶつけることでそれらを防いでおり、俺に向けられる、シーラとフェリルの信じられないとでも言いたげな目は無視させてもらっている。
しかし、こう連続して攻撃されちゃ息をつく暇もない。さっさと突破しないとな。
魔法の対処を右手一本に任せ、左手に可能限りの魔力を用いて無色の魔素を集める。
「イタッ、ちょっと、あなたの方向からの魔法が当たったわよ!」
「すまん、だがあと少し待ってくれ。」
怒らせてしまったユイに謝りながら、なおも無色の魔素は集め続ける。
「それは……そう、分かったわ。それで何とかなるのね?」
魔力視で俺の狙いに気付いたらしい。
「任せろ。……よし、突破するぞ!俺の前方に向けて全速力だ!」
指示を出し、即座に全員が指示通りに駆け出す。
「逃がしてはなりません!撃ち続けなさい!」
どこかで聞き覚えのある声での指示が成され、走る俺達を追って魔法が乱れ撃ちされる。
一番後ろを少し距離を開けて走っていた俺は、魔法が俺達の半径1メートル以内に入った瞬間、左手をルナ達の方へと向け、過剰に集まった無色魔素を、前方への指向性を加え、一気に解放した。
無色砲とでも名付けてみるか。
膨大な魔素の奔流により、今にも当たりそうだった魔素の塊が全て消し飛ぶ。
「くっ、魔法が……ぐはっ!?」
俺の手の向いた延長線上にいた黒ずくめは一時的に魔法を使えなくなったことで隙ができ、そこをユイに突かれて昏倒。
駆ける速度を上げ、俺達はなんとか包囲を駆け抜けた。
「行かせてはなりません!」
黒ずくめ達にはやはり逃がす気は毛頭無いらしく、叫んだ男を筆頭に俺達を追いかけ始める。
……思い出した。あれはたぶん、ふもとで俺達の入山を断固拒否した奴だ。
ま、だからと言ってやることに変わりはない。
「ブラックミストォ!……おいさっさと逃げ切るぞ!」
煙幕を張って敵の視界を奪い、俺は最後尾を走りながら怒鳴った。
「どっこいしょ……はぁはぁ、撒けたか?」
黒ずくめ達が見えなくなった後、ある程度の距離を走った俺達は、それぞれが平たい岩の端に腰を掛けて休憩を取ることにした。
俺とルナで一つ、フェリルとシーラで一つ、そしてユイが小さめの岩を独り占めしている状況だ。
「ぜぇはぁ、たぶん、ね。ユイちゃん、さっき痛いって聞こえたけど、怪我はないかい?」
「ありがとう、でも大丈夫。もう、治したわ。」
「すまんな。」
「大したことないわ。こうして無事なのだから。」
「はぁはぁ、それにしても、貴方達が後衛無しで戦っていた理由がやっと分かったわ。……貴方のこと、魔法使い殺しとでも呼んで良い?」
「はは、それは心の中だけに止めておいてくれ。……さてと、そんなことよりも、だ。」
変な二つ名をつけようとするシーラに苦笑しながら返し、これから真剣な話をするので笑顔を消す。
「お前ら、先に下山しておいてくれないか?」
俺は努めて短く、簡潔に言った。
沈黙が下りる。
……しばらくの静寂の後、意を決したように発された声は、ユイの物だった。
「……理由を聞いても、良いかしら?」
「その方が効率が良い。」
端的に告げる。
「あの黒ずくめの人達に見付かればまたさっきのようになるわよ?」
「大丈夫だ。避ける術はある。」
「それなら……」
「俺一人なら、な。」
言い返そうとしたユイの言葉尻を制し、そう言い切る。
ちなみに術と言うのは、爺さんの協力と隠密スキル、保険に気配察知も併用して山を登ることである。
隠密スキルを手に入れるには少し長い期間の訓練が必要らしいので、おそらくこの中にそれを身に付けている奴はいない。それに、爺さんの協力という、バレたらかなり面倒で特殊な方法を何度も使うことになるため、シラをきり続けるのは難しくなるだろうからという理由もある。
「相手を返り討ちにすれば良いじゃない。」
そりゃまた好戦的な。
『お主も人の事言えんじゃろ。』
うっせ。
「はぁ、交戦するってことはほら、それだけ時間を取られるってことだ。向こうが神器の奪取と俺達の足止めの両方に回すだけの人員がいるのに一々交戦してたら……まぁ、どうなるかは分かるだろ?」
神器奪取担当のグループに合流されて、殲滅されるのがオチだ。
「ええ……まぁ。」
「一度で向こうを全滅させられれば良いんじゃないの?」
言葉に詰まったユイの代わりとばかりに、シーラがそう言った。
俺に力不足だと言われて置いていかれるような気でもしているのだろうなぁ。……ま、隠密スキルを持っていないから、という点ではその通りだが。
「お前は人を殺せるか?」
そう言って、今朝シーラに話したことを彼女自身に思い出させる。
もし思い出せば、シーラではなく、ユイに人殺しができるか心配だと言うことが分かるはずだ。
「そういうこと……。分かった、下山する私達への追撃の心配は無い?」
……どうやら伝わってくれたらしい。
「おそらくな。俺が登っているのは変わり無いし。もし追撃に会ったら、俺が殺されたか、もしくは捕まったかだな。ま、下山して逃げ切るまでくらいの時間はあるさ。」
「どこで貴方を待っていれば良いの?」
「お、仲間思いだな。そうだな、昨日寝た場所で。でも追手が来たら諦めて逃げろよ。」
「そう、了解。」
「シーラ、どういうことか説明してくれないかい?」
急に意見を変えたシーラをいぶかしみ、フェリルが口を開いた。
「フェル、耳貸して。」
「?…………あぁ、なるほどね。」
おそらくユイに聞かれる事を避けるためにシーラがフェリルに耳打ちし、フェリルは取り合えず納得したようだった。
「多数決でご主人様の意見が通るみたいですね。ユイ、ご主人様は私が「ルナ、お前も下りるんだぞ?」……え?」
左隣に座るルナが言いながらこちらに寄りかかってきて、誤解を解消するために俺が言うと今度は俺の手をギュッと握ってきた。
が、今回は譲れない。
「後で合流するから、皆と一緒に待っといてくれ。な?」
「……駄目です。全員で神器を手に入れましょう。」
少し怒った様子でキッパリと断じるルナ。
「そうよ、ちゃんと説明しなさい!実力不足だとは言わせないわよ?これでもあなたと同じランクSだもの。シーラさんも、フェリルさんに何を耳打ちしたのか教えてくれないかしら?」
賛同者を得て、ユイは強気な声音で聞いてくる。
さて、どうしようか。人を殺すことになるからと言っても納得してくれそうにないし、だからと言って足手まといになられるのはごめんだ。
そしてこうしている間にも敵は神器へと近付いている。
『お主、急げ。敵の偵察に出された一人が近付いてきておるぞ。そのままじゃと見つかるのも時間の問題じゃ。』
くそ、もうちょっとゆっくりさせて……いや、ちょうどいいな。
「分かった。答えてやる。」
岩から立ち上がり、気配察知を使う。
くそ、見つからないか。爺さん!
『手頃な岩影に隠れよ。合図は任せい。』
了解。
「ちょっと、説明は?」
「まぁ待て、すぐ終わる。お前らもできればそこら辺の岩影に隠れるなり何なりしてくれ。」
言いながら、爺さんの指示に従って岩影に潜む。
皆、俺に従ってくれたようで、物音一つ聞こえてこない。
強めの風が肌を撫で、決して足場が良いわけではない山路を走ったせいでかいた汗がより冷たさを感じさせる。
『………………今じゃ!』
地を蹴って跳び、爺さんの合図の一瞬後に姿が見えた黒ずくめに向かって、俺は飛び付いた。
「何……ガハッ!?」
そのまま雪に飛び込みながら腹に全体重を乗せた右の膝を入れ、黒魔法で縄を作成。一時的な呼吸困難で開いている口にそれを両手で押し付け、否応なく猿ぐつわとして噛ませる。
「ん、ンンンン!?」
左足で地を軽く蹴り、少し遅れて暴れ始めた黒ずくめの腹に反動をつけて再度膝を押し込んだ。
「グブゥッ!?」
黒ずくめはくぐもった声を発し、抵抗する力が弱まる。
爺さん、他にはいないよな?
『うむ、安心してよい。じゃがそいつが帰らぬだけでもこちらで何かあったことがバレる事は分かっておるか?』
……それは考えてなかった。
でもその通りだな……ま、どちらにしろ早く動かないといけないことに変わりはないか。
もう一度念押しに殴り、すっかり大人しくなった黒ずくめが自殺しないよう、その頭の後ろで猿ぐつわの縄を融合させる。
そしてその四肢を、いつかのリッチのように地面に縛り付けて無色の魔素で包んだ。
「ユイ!来い!」
抵抗を完全に抑えられたのを確認し、声を張り上げる。言い聞かせて駄目なら実際にさせてみるしかない。
すると、パーティーメンバー全員がやってきた。
シーラとフェリルは俺がこれから何をしようとしているのか察したようで顔をしかめており、ルナは油断なく周りに視線を巡らせている。
「何かしら?」
呼ばれたユイ本人は困惑しながらも黒ずくめを睨んだ。
……敵意だけなら十分だな。まぁさっき襲われた相手だし、当然と言えば当然、か。
立ち上がり、脇に少し避けて黒ずくめを指し示す。
「ユイ、お前はこいつを殺せるか?」
「っ!?」
ユイは固まった。
エルフ二人はやっぱりかと嘆息し、ルナは驚いた様子で俺を見る。
「理由を、聞いても……」
「向こうの狙いは俺達の足止め、そしてその間に神器を手に入れる事だ。そして、俺も何としてでも神器を手に入れないといけない。だから足止めに会ったら敵は即座に切り捨てて行こうと思ってる。……それがお前にできるか?」
「ええ、できるわ!」
怒りの表情をを浮かべたユイだったが、その目はじっと黒ずくめに向けられていた。
「……でも、あ、相手を怪我させれば、それだけで複数人を戦線離脱させられるというのは有名な話でしょう?」
「残念ながら今回の敵は、俺の予想通りの敵なら、命なんざ簡単に捨ててくるぞ。」
「そんな……。」
「リーダー、その敵って誰なんだい?そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかい?」
代案を却下されて顔を歪めたユイを見兼ねてか、フェリルが口を開いて話題を少し変えた。
さて、これは正直に答えるべきか?
『まぁ問題ないじゃろ。その二人はヴリトラの手の者ではないからの。』
確証は無いだろ?黒ずくめじゃないから、なんて何の根拠にもならないからな?ファーレンの職員で黒ずくめに一番近い格好をしていたのはラヴァルだし。
「……」
「はぁ……、リーダー、僕たちはヴリトラ教徒じゃないよ。……よっこいしょ。」
言うなり、フェリルは上半身の服を脱ぎ捨てた。
「ほら、何の印も無いよ?……ていうか、一緒の風呂に入ったんだからそれぐらい分かっておいてよ。」
『全くその通りじゃな。』
いや、全然分からん。
何をしているのか分からずにいると、フェリルは上半身裸のまま一回転しながらそう言ってきた。
「印?」
「……有名な話だと思うんだけど、ヴリトラ教徒は体のどこかに焼印をしてるって、知らない?」
初耳だ!
『ん?言っておらんかったか?』
言ってねぇよ、このポンコツが!
「……そう、だったな。」
知ったかぶりをして、俺は黒ずくめの服を黒龍で半分に斬って黒ずくめを裸にする。
なるほど、たしかに腹部には縦に長いひし形と、それを縦断して上下に少し余った一本の線、という少し大きめの焼印があった。
……やっぱりヴリトラ教徒だったか。ていうかニーナにだってそんな話一度も聞いてないぞ!?
『まぁ、当たり前の、常識のような事じゃしのう。わしも黒ずくめとしか伝えなかった訳じゃし。』
常識、かぁ。
「……よく俺の敵がヴリトラだって分かったな。」
「黒ずくめで、狂信ゆえの命知らず。そして焼印。これは彼らの有名な特徴だよ。」
「そうか……。」
「え?」
つい気になってしまい、視線がシーラに移る。
「シーラはヴリトラ教徒じゃない!」
フェリルがダン、と地を踏みつけて怒鳴った。
「そ、そうか、すまん、疑って悪かった。」
「はぁ、リーダー、もう少し人を信用してみたらどうだい?」
「取り合えず、今のパーティーメンバーはもう全員信用してるさ。」
『よくもまぁ、ぬけぬけと。』
「で、だ。ユイ、殺せるか?」
ずっと刀に手を伸ばすこともなく、何度も手を握りしめ直しているユイに声を掛ける。
「ええ、大丈夫よ。」
意を決して、ユイが腰の刀を抜き放つ。中段に構え、肌を雪に晒されて若干凍えているヴリトラ教徒を睨み付けた。
「すぅ、はぁぁ。」
「刀を逆手に持て。心臓か頭に突き刺せば済む。」
言いながら、ヴリトラ教徒のフードを取り外す。
「え、ええ。」
刀がゆっくりと逆手に持ちかえられる。
「…………よし!」
「言っておくが、これは正当防衛じゃないぞ?お前は今、敵だからという理由で一人の人生を終わらせようとしているんだ。目の前で行動の自由を奪われて、雪山で裸に剥かれた奴をな。そしてここには何の結界も張ってない。致命傷を与えりゃ死んで、そいつの命は永久になくなる。」
「うっ……。」
『のうお主……』
今は忙しい、後でな。
「こんな風にな。」
今にも殺そうしているユイに忠告し、殺人を意識させ、躊躇した瞬間、俺はナイフをヴリトラ教徒の首に投げて突き立てた。
「ク、ヒュー……」
元からユイの意思に反して殺させる気はない。
『のう……』
少し待てって。
「そんなに躊躇ってたら時間が掛かる。だからこそ、お前には先に下山していて欲しいんだ。」
「あなたは何で殺せるのよ……私と同じのはずでしょう?」
「あー、俺はほら、魔物を人として斬ってきたからな。」
誰かさんのせいで。
だがファーレンで刺客とやりあえたのもそのお陰だと思っている。
「……訳が分からないわ。」
ま、だろうな。
「取り合えず、ルナ、フェリル、シーラはユイを頼んだ。ユイ、別に責めたりはしてないんだ。むしろお前は殺せないままでいた方がいい。」
元の世界に戻るからには、な。
「それは良いことを聞きました。」
と、少し鼻につく丁寧な言葉遣いの声が聞こえてきた。
バッと振り返ると、ヴリトラ教徒を引き連れてふもとで足止めをしていた男(足止め男とでも呼ぼう。)が立っていた。
「さぁ、今度こそ逃がしませんよ!」
足止め男が手を上げ、前と同様、俺達を囲むように配置されたヴリトラ教徒達が立ち上がる。
爺さん!
『さっきから何度も言おうとしたわい!』
……たしかにそうだったな。
「リーダー、どうする?二手に分かれるかい?」
「いや、この際だ。返り討ちにしてやろう。」
後顧の憂いを断てば、かなり速く山を登れるようになるはずだ。
「ユイちゃんのことは?」
「人を殺せなくったって防御はできる。心配ならフェリルが付いてやってくれ。俺は突っ込んで攻撃魔法の量を減らしにいく。あ、余裕が出てきたら援護もしてくれよ?」
「分かった。」
フェリルが頷いたのを確認し、俺は足止め男の反対側にいる魔法使いへ向けて踏み出した。