130 登山開始
「はぁはぁ、あぢぃ。」
「ふぅ、でも、何とか……」
「ああ、何とか入れたな。」
夜、闇夜に紛れて空を飛び、地を駆け、俺達はギガンテ雪山への侵入を果たした。
なるべく手荷物を減らすため、そこまで寒くもないのに防寒着を着ているのでかなり暑い。
気配察知では山を囲むように黒ずくめの集団がいるのが分かっているが、今のところ、周りには気配を感じない。
「取り合えず、向こうに隠密が使える奴がいないことを祈るばかりだな。」
「大丈夫よ。周りに人はいないわ。」
「なんで分かる?」
「木々が教えてくれたの。」
「……便利だな。」
「「便利言うな。」」
感想を漏らすとエルフ二人が口を揃えてそう言った。
便利な物は便利だと思うんだがなぁ……。
「そうかい、ま、取り合えず今はさっさと登ろう。」
「リーダー、空を飛んで頂上まで行けないのかい?」
「行けるかもな。だがそれじゃあ敵に確実に見つかる。それに、いざというときに魔力が使えなくなってしまってたら世話がない。」
フェリルに答えると、今度はシーラが口を開いた。
「急ぎじゃないの?」
「まだそうと決まったわけじゃない。」
できればそうであって欲しくもない。
なるべく穏便に、何の戦闘もなく、目的の神器を取って退散したい。
『大抵の場合、お主の方から飛び込んでおる気もするがの。そう思わんか、切り込み隊長?』
……否定はしない。
それで爺さん、黒ずくめの目的は予想が付くか?
『この山にある目ぼしい物は神器のみじゃ。他に考えられはせん。何らかの資源や食料ならば、わざわざ魔物の多いここでなくとも取れる物ばかりじゃ。』
チッ、まだ向こうの手には渡ってないよな?
『うむ、未だに山の頂上に向けて登っておるわい。わしが協力してやっておるお主と違い、魔物に散々足止めされておるわい。感謝せい。』
ヘイヘイ、ありがたやありがたや。で、神器は頂上にあるんだな?
『雪に埋まっておるかもしれんがな。』
だとしても、場所が分かってるんならそれだけでありがたい。先に神器を取られたとしても、奇襲で奪い取るなり寝込みを襲うなりすれば良いしな。
それじゃあ爺さん、最短ルートの案内を頼む。道の悪さは度外視で。あと引き続き魔物は避けてくれよ?遠回りするよりも時間がかかってしまうのは避けたい。
『奇襲なぞの卑怯な考えはこの際じゃから流すとして、うむ、良いじゃろう、任せておけい。まずは……』
「ご主人様?」
「ん?どうした?」
ルナに呼ばれ振り向くと、心配そうな目が見上げてきていた。
「いえ、心ここに在らずといった様子でしたので。」
どうもしばらくの間呆けてしまっていたらしい。
「いや、何でもない。ここの地理を思い出していただけだよ。」
「それもファーレンで覚えたとでも言うのかしら?」
「おう、その通り。ほらこっちだ。付いてこい。」
信用なんて物をどこかに捨てて行ったんじゃないかというような顔のユイから目をそらしながら答え、誤魔化すのも兼ねて先導して爺さんに言われたルート通りに、獣道へと踏み出した。
「ちょっと、今夜はどこまで登るつもりなのか聞いても良いかしら?」
借りた防寒着を全て袋に一纏まりにして担ぎながら、急な斜面をしばらく登っているとユイがそう聞いてきた。
「ん?俺はこのまま夜通し登る気でいるぞ?」
「「「は!?」」」
ユイに返答した途端、ルナ以外の全員が信じられないと言った表情で声を出す。
「いや、だって向こうさんに先を越されるのはやっぱり嫌だろ?」
「明日の朝早くに起きれば良いでしょう?」
「夜通し登っても朝早く登ることになるさ。」
『……暴論にもほどがあるのう。』
「なあに、一日ぐらいなら大丈夫だろ。どうせ寒くなったら動きたくとも動けなくなったりするんだから、それまではペースを上げさせてくれ。」
そのうち雪が深くなってくれば進行も遅くなるだろうし、黒ずくめ達に追い付くのは困難になるからな。
「リーダー、それってつまり雪が積もってくるまでは休憩しないって聞こえるんだけど……。」
「……行くぞ!「行くわよ!」「「「(コクッ)」」」ぐぉ!?」
フェリルの指摘を無視して進もうとした俺は、四人がかりで押し倒され、四肢を封じられ、取り抑えられた。
この間、僅か2秒足らず。
こいつら、動きに迷いが無かったし、影で練習でもしてるのか!?
「くっ……ルナ、お前もか。」
俺の右腕を掴むルナに、通じないと分かっていながら、かの有名なシェイクスピアの言葉を引用して声をかける。
……お、ユイが鼻で笑った。
「ご主人様、明日は早起きしましょう?」
少し申し訳なさそうに言うルナ。
「はぁ、4対1なら仕方ないな。」
素直に諦め、俺は地面に取り抑えられたまま、もう片手間でできるようになったテントの作成をし始める。
「「「便利……」」」
「お前ら……朝起きたらテントが無くなっていても知らんからな?」
「あなたが明日を迎えられなくても知らないわよ?」
俺の右足を抑えているユイが言い、同時に足首にヒヤッとした金属の感触が感じられる。
おそらく鞘だろう。流石に抜き身の刀身じゃない……はず、……だよな?
「……密閉してやる。」
「良かった。それなら屋根が無くなることもないわね。」
……自爆したぁ!
「くそぅ、はぁ、分かったよ。……ちゃんとテントを作るから。そろそろ放してくれ。」
不貞腐れてそう言って、俺は無言で四人分のテントを作成を続けた。
斜面に対して出入り口は垂直に作り、板のような物を一枚、下に敷くことで木の根やら石ころやらを背中に感じなくても良いようにする。
「それじゃ。」
そして俺はそそくさと完成したテントに潜った。
「「「あ、逃げた。」」」
……うっせぇよ。
翌日のまだ暗いうちから登山を再開、俺達は、襲い掛かってくるホーンラビット等の小さい魔物を返り討ちにしながらギガンテ雪山を順調に登っていた。
爺さんの魔物探知性能の悪さがついに露呈し……
『しておらんわ!簡単に処理できる魔物は視野にいれておらんだけじゃ!』
さいで。
「なぁシーラ、お前は人を殺せるか?」
山道に雪がつもり始め、皆が防寒着を着て、木々に囲まれた山道を歩いていた頃、ふと気になって隣を歩くシーラにそう聞いた。
「え、貴方、よく知りもしない、同種族よ人達を殺すつもりなの?」
「場合によっては、な。」
ヴリトラ教徒かもしれないから、と続けたいが、確証はないので黙っておく。何の関係もないただの登山グループの可能性も少しはあるしな。シーラ達までを変な騒動に巻き込む必要はない。
「奴隷ちゃんはあなたに従うのは分かるけど、ユイちゃんもそれは承知しているの?殺すことは、魔物と人とでは全くの別物でしょ?」
俺達の後ろで、フェリルにちょくちょく話しかけられても無視し、ルナと話しながら着いてきているユイを見ながらシーラが聞いてくる。
たしかヌリ村に行く途中でヴリトラのらしき集団に襲撃されたときはバンバン魔法を使ってたよな?
でもあれら乱戦だったし、直接人を殺したという経験も死刑囚だからという理由あっての物しかないよなぁ。
「どうだろうな。取り合えず後衛に回せば……。」
「あの子がそれを承諾してくれるとでも?」
「後衛のお前ら二人に頼んで良いか?」
最もな反論をされ、答えに窮した俺は情けないと思い、苦笑しながら頼む。
「……気は進まないけど。一つ、貸しね。」
「はいはい、借りました、と。……で、お前らはどうなんだ?」
「私よりもフェルが心配ね。魔法は人を殺すというより、怪我をさせて戦えなくする物だけど、弓矢だとそうは行かないもの。でもフェルの弓の腕は確かだから……」
「フェリルなら弓矢で相手を先頭不能に追い込むことができるってことだな?……うん、よし、ならそれで行こう。」
シーラの言葉を引き継いで言い、大体の行動方針をある程度決めておく。
「神器を集めているのもその、人を殺すためなの?」
「まぁ、人とは限らないがな。大丈夫、用を終えれば約束通り神器は渡すか……待て!」
「?そういう心配はして、むぐ!?」
気配を感じ、半ば強引にシーラの首根っこを捕まえて引き寄せる。一瞬呼吸を止めさせてしまったが、許してほしい。
シーラの少し先の方向に少し殺意が感じられたのである。
「ちょっと、何を……キャッ!?」
ドッ、とシーラが進もうとしていた場所に矢が突き刺さった。
それは、この頃見慣れてきた光の矢だった。が、振り向いてもフェリルにそれを投げてきた様子はない。
逆にいきなり自分を振り向いたパーティーリーダーに困惑した表情を浮かべている。
爺さん!
『……遅かったのう。もう既に逃げ出したわい。』
俺達以外の奴がいたら教えてくれても良いんじゃないか?
『わしからは、通りがかりなのかお主らを狙っているのかは判断できんわ。』
ここは通行止めされてるんだから、黒ずくめ以外がいるわけないだろ?
『敵かどうか分からないと言っておったのはお主も同様じゃろうが。』
はぁ……、そうだな。じゃあ爺さん、今度からは「12時に一人」とか、そんな感じでの指示を頼む。
『うむ、良いじゃろ。』
「リーダー、いつまでシーラに抱きついているつもりだい?」
爺さんと話しながらも周りを警戒し続けていると、若干怒った様子でフェリルがシーラを俺の右腕の中から自分へと引き寄せる。
「あぁ、すまん。」
「フェル、私は大丈夫。矢に当たりそうになったのを避けさせてくれただけだから。」
「矢が?」
シーラの言葉に目を見開き、確認するに俺を見てきたフェリルへ地面に刺さっていた事を示してくれる穴を指差す。
「……リーダー、ありがとう。ごめん、いきなり血迷ったんじゃないかって思ったよ。」
……この、一々俺を怒らせようとする風潮はどうにかならないだろうか?
「別に良いさ。それよりも、だ。」
「ああ、シーラに矢を放ったの奴は……」
「すまん、逃げられた。そうじゃなくて、通行止めがされているこの状況で、矢を問答無用に放ってきたってことは、あの黒ずくめが敵の可能性が大きくなったってことだ。」
弓を片手に辺りを睨み始めたフェリルに言うと、ハッとしたような表情になって弓を担ぎ直した。
「ご主人様、つまり敵に気付かれた、ということですか?」
「生憎、な。」
「それで、どうするのよ?」
腰に手を当て、周りを気にしながらもユイが聞いてきて、他の三人も俺に注目する。
「……ペースを上げる。さっさと神器を手に入れて下山しよう。」
言い、皆が頷いたのを確認した俺は、軽く駆け足になりなって山道を登り始めた。
もちろん、爺さん任せは怖いので、気配察知も併用して。
『少しは信用せんか!』
寝言は寝て言え!
そして、周りを囲んで視界を悪くしていた木々が途切れ始めた。
広がっていたのは当然ながら綺麗で幻想的な雪景色……と思いきや、横殴りに思いっきり吹雪いていた。
数メートル先ならなんとか見えるが、遠目に山の頂上を見ることなんざ無理に等しいと思わせる程の激しさだ。
爺さん、もう方向は全て任せる。
『くっ、良いじゃ、ろう、ぷっ。』
笑いを堪えるような返事だったが、おそらくペースを上げようと言った矢先にこんなことになったことを笑っているのだろう。
防寒着のフードを深く被り、俺は他のパーティーメンバーを引き連れて吹雪の中に踏み出し……
「「「ああ!」」」
……いつかと同じように雪の中に腰まで埋まった。なるほど、デジャ・ヴって奴かい。
『やりおった!クク……やはりお主は期待を裏切らんのう!フォッフォッフォッフォッ……』
爺さんがイラつくのはいつものこととして……解せぬ。
さっきまではしっかりした地面だったのに、何でいきなりスッカスカの地面になるんだ!
……木の根が支えていてくれたのかね?
「うちのリーダー、ドジだねぇ。」
「ええ、かなりしっかりしてる方だと思っていたんだけど。」
「ふふ、ご主人様、手を……」
「いらん。」
流石に半笑いになって手を差し伸べてきたルナにぶっきらぼうに返し、空中に黒魔法で棒を浮かべる。そのまま維持し、懸垂の要領で雪から出た。
あーくそ、恥ずかしい。
「穴があったら入りたい……。」
「目の前にあるわよ?」
心底馬鹿にしたような笑みを浮かべて言うユイに雪玉を投げ付ける。
「お前も去年……んべっ!?」
「それは言わないでおいてくれると嬉しいわ。」
意趣返しも含めてか、俺の口に雪を押し付けて黙らせながら、ファレリルを彷彿とさせる笑みを浮かべてユイが言う。
本人もあれを恥ずかしいと思ってはいるらしい。
「ペッ。……はぁ、行くぞ!」
「「「はぁーい。」」」
俺が何事も無かったように流そうとしたのはバレバレだったようで、ユイ以外の三人にはほんわかした笑顔で気の抜けた返事をされる。
ショートスキーを作り出して足に取り付け、俺は今度こそ、吹雪の中へと踏み出した。
爺さん、吹雪が止むのがいつになるか判断が付くか?
『これが普通の物ならば雲行きで予想することはできるじゃろうが、いかんせん、作為的な物じゃからのう。原因を叩かぬ限りは難しいじゃろうな。』
……作為的?
「ねぇ。」
『これも敵の攻撃の一ついうことじゃよ。さっきの矢でお主が気配察知スキルを持っている事が分かったからのう。奇襲は諦めて、足止めに力を入れたんじゃろうな。』
吹雪の術者がどこにいるか分かるか?
『わしが教える必要はないわい。』
どういう……
「ちょっと、聞いているかしら?」
「ん?どうした。」
さっきから肩が揺らされてるなと思って振り向くと、ユイが真剣な顔で腰の刀に手を添えていた。
「この吹雪、魔法かもしれないわ。これを操る魔力が見えるもの。」
そういえばユイは魔力視のスキル持ちだったな。
「了解。追えるか?」
「ええ、こっちよ。」
「よっしゃ。おいお前らも行くぞ!説明は後でする。」
「「はぁーい。」」
お前ら、ぶん殴っても良いか?