129 キャラバンでの日々⑨
温泉をこれでもかと堪能した後ほぼ一週間は、特に何事もなく過ぎていった。
実際、キャラバンの構成員は一応全員Sランクであるだけあって、度々襲ってくる魔物はことごとく返り討ちに会わせている。それも大して苦戦せずに。
「そういやてめぇら、ギガンテにはその格好で入るつもりか?……セイ!」
サイコロを入れた木製のコップを、コンッと音をたてて馬車の荷台に叩き付け、キールがそう聞いてきた。
「俺とルナとユイはおそらくこのままだな。フェリル、お前とシーラはどうなんだ?……丁!」
10シルバーを目の前に出しながら、フェリルに聞く。
「僕もシーラも何も用意してないと思うよ。たぶん僕たちもこのままだろうね。……あ、僕は半で。」
言って、フェリルは8シルバーを懐から出して置いた。
そして、俺とフェリルは二人してそのコップの木目を睨み付ける。
「てめぇら、今がどういう時期か分かってんのか?…………半!」
コップを上げ、中のサイコロの合計が奇数だと叫ぶキール。
「ぐおぉぉ!」
「あっはっは、リーダー、これで5連敗だね。向いてないんじゃないかい?」
バカにしくさった顔で俺を笑い、フェリルが俺の賭けた10シルバーから8シルバー取り、残り2シルバーがキールに取られる。
「うっせ。ほら、次だ次!」
「はぁ、しょうがないなぁ。」
「てめぇ、大丈夫か?」
ニヤニヤしながらフェリルが恩着せがましく言い、キールは可哀想な者を見る目で見てきた。
もう分かったと思うが、俺達は今、お手軽で単純な賭け事の代表格、「丁半」を行っている。色々な暇つぶしがことごとくセラに駄目だしされ、俺はついにこれを広めたのである。
広める際、何故掛け声が丁と半なのか聞かれたが、俺も知らないので様式美だと答えておいた。
これなら誰にも迷惑をかけない。我ながら、良いものを思い出せたと思う。
女性陣は皆、何かのために呼ばれて行き、今ここにはいない。
「なぁ、本当にてめぇらにギガンテを登る気はあんのか?今の時期は凍え死ぬぞ?」
「大丈夫だ、何とかなる。」
赤の魔法を使える奴はいるし、寒さが酷ければ黒魔法で分厚いコートでも何でも作れば言い話だ。それに、別に頂上まで登る必要は……『あるのう。』……そうかい。
「はぁ。……行くぞ?」
キールがため息をつき、カラカラとコップを振り始める。
そしていざ、今日何回目かにサイが振られようとしたところで馬車が揺れ、もう聞き慣れてしまった金属音と共に、このキャラバンの正義執行者がやってきた。
要はセラである。
「また……またしでかしてくれたな貴様ぁ!」
さて、今回セラがお怒りの理由は、俺が暇つぶしのために広めた「丁半」が俺の予想以上にキャラバン内での人気を見せ、そこらかしこで賭け事が横行、金を巻き上げられた被害者が多くなりすぎたかららしい。
初めの内は、セラもこれを無害な遊びだと認識していたらしいが、いかんせん、「丁半」は俺が教えたばかりなためにイカサマが無く、純粋な運試しとなってしまっているため、ベンも被害者の仲間入りをしてしまったのである。
イカサマのやり方を知っていれば、ベンだけは勝つように仕向けられたのに……くっ。
「はぁ、ままならんなぁ。……ぐぅ!?」
「「(馬鹿、黙れ。)」」
つい声が漏れ、セラに正座を強要された俺の両脇で、同じく正座をさせられているフェリルとキールから肘鉄を脇腹に食らった。
「何か言ったか?」
そんな俺達三人の目の前に、抜き身の剣を持ったセラが立ち、睨んでくる。
「「「いえ、何も。」」」
俺達は反射的に、異口同音でそう返答した。
「そうか、では貴様らの中に申し開きのある者は?」
舞い降りる沈黙、手を上げるどころか、誰一人として指先ひとつ、ピクリとも動かさない。
だがしかし、反論に失敗しようがこのまま沈黙を守ろうが俺の身に危険が及ぶと判断した俺は、少しの間を置いたあと、意を決して手を上げた。
セラは俺に剣先を向け、その怒りの視線を一身に浴びせかけてくる。
「言ってみろ。」
「か、賭け事は、じ、自己責任じゃないか?わ、わざわざおま……セラさんが、禁止する必要はないと思う、思います!」
「「お、おぉ……。」」
何とか言いきり、姿勢を正す。
両脇の二人からは称賛するような視線が送られてくるが、今はそれどころじゃない。
剣先は俺に突き付けられたまま微動だにしておらず、俺の生命の危機に変わりはない。
「このキャラバンは王族である……べ、ベン様の、物だ。それが賭け事にかまけて活動に支障を来したらどうするつもりだ?」
「い、息抜きは、必要では?」
「ほぅ、ベン様が貴様らを苦しめ、締め付けているとでも?」
締め付けてるのはお前だよ!と心の中で叫ぶ。
……ったく、ベン様って言うときたまーに引っ掛かるところを見て、普段なら面白いと思って俺はニヤニヤできていただろうに、その焦れったさがセラの怒りに拍車をかけているようなので口角をちっとも上げられない。
「そ、そんなことはな……ありません!そうだよな?」
さっきから俺にばっかり話させてちっとも協力してくれない両脇の二人に会話の矛先を向けると、二人はコクコクコクコクと何度もうなずき始めた。
「そうか、言いたいことはそれだけか?」
俺の意見を封殺し、セラが剣をさらに近付けてきて、俺は逃げるように首をそらす。
と、ここでどしん、と大きめに馬車が揺れた。
「セラ、何をして、いるのかな?」
……救世主の登場である。
「あ、いえ、な、何も。親睦を深めていただけです。……そうだろう?」
剣を素早く鞘に収め、さっきの威厳はどこへやら、言い繕おうとあたふたし始めるセラ。
が、最後に威厳を取り戻し、脅してきた。
「あ、ああ。」
「そうそう。」
「お、おう、セラさんといつも以上に仲良くなれて良かった良かった。」
内心の抗議を押し殺し、俺達は今夜を生き延びるため、作り笑いを顔に張り付ける。
「そ、それでベン、何のようだ?」
演技がそこまで上手くない事を自他共に認めている俺は、さっさと話題を変えることにした。
「うん、仲良くなって、くれたところ、申し訳ないけど、ギガンテ雪山が、見えてきたから、ね。」
……ついに、か。
「そうか……世話になったな。」
しれっと正座を解いて立ち上がりながら礼を言う。
「ああ、君とは良い友達に、なれると、おもったんだけど、ね。」
「一緒に風呂に入って酒を飲んで、飯を食べてはいろんな賭け事で遊んだ仲だろ?充分友達だと言えるんじゃないか?」
「それは、良かった。なら、困ったときは、頼ってくれて、構わないよ。」
「覚えておくよ。」
ベンが差し出した手を掴み、握手をする。
だが、セラはこんな空気の転換にやられるほど甘くはなかった。
「貴様、どういうことだ?べ、ベン様とは他にも賭け事をしていたのか!?」
「ベン、困った。」
「はは、それなら、友達として、助けよう。セラ、ちょっと一緒に、来てくれないか?あと、今後は〝ベン〟で構わないよ。」
「え、あ、はい……。」
穏やかな笑いを浮かべたまま、ベンは半ば無理矢理に、何か言いたげだったセラを連れて馬車から出ていった。
それを見届け、正座から体勢を崩したキールとフェリルへと視線を向ける。二人も俺と目を合わせ、沈黙、そして苦笑い。
「「「ふぅ……死ぬかと思った。」」」
俺達の声は、再びハモった。
「「……暑い。」」
我がパーティーの中で一二を争う発言力を誇る女性二人が耐え兼ねたように呟く。
時期は11月の下旬あたりで、まだ夏の暑さが残っている日は無いと言えば嘘になるが、今日はそうでもなく、というよりも俺達がいるのが北だからか、むしろ少し肌寒い程度だ。
「まぁ、だろうな。」
だがしかし、二人がそういうのも無理はない。何せ二人とも毛皮の防寒具を着込み、なんというか、ぶっちゃけモコモコだからだ。
もうすぐギガンテ雪山に着くということになり、気の良い(うちの女性陣の容姿が整っているという理由もあるだろう)冒険者達の何人かが制作、譲渡してくれたらしい。
これを渡すために三人を呼び、ルナだけは今現在着ている着物の機能がそこら辺も完備しているからと辞退したってところだろう。
しかし、獣人、というかルナに対する偏見はかなり薄まっているらしいな。
『共に魔物と何度も戦ったからのう。受け入れられるのは時間の問題じゃったんじゃろ。』
そういうもんか。俺の人徳ってことは?
『あるとでも?』
無いかぁ。
「リーダー、僕達の分はどうするんだい?」
「俺が作る。」
フェリルが心配そうに聞いてきたのに対して事も無げに答えると、フェリルは一層不安そうな顔になった。
「あはは……ちょっと仲の良い冒険者仲間に頼んでみるよ。」
「おい待て、何でそうなる。」
「リーダーに何かの拍子に解かれでもしたら大変だからね。」
「フェリル、俺はそんな性悪に見えるのか?」
あまりにもあんまりなフェリル言い掛りに額を抑える。
「ま、まぁ、故意じゃないとしても、だよ。それじゃあ行ってくる。」
取って付けたようにそう言って、フェリルはさっさと退散していった。
「はぁ……さてと、俺もキール辺りに頼みに行こうかね。」
「あなた、さっき防寒着は自分で作ると言っていなかったかしら?」
ため息をつきながら立ち上がり、フェリルの後に続いて馬車から出ようとすると、呆れ気味のユイにそう言われた。
「冗談じゃない。何かの拍子に解けたら凍え死んじまうだろ?」
それに、防寒着はあった方が魔力の温存に役立つ。
「……良い性格してるわね。」
「そうでもない。どちらにせよフェリルの分も貰うつもりだったしな。」
「フン、どうだか。」
「はは……はぁ。」
一年かそこらの付き合いだし、もう少し信頼してくれよとは思ったものの、今までの言動を思い出し、俺は仕方ないと再びため息をついて馬車から歩き出た。
「すみませんが、ここから先は立ち入り禁止です。」
ギガンテ雪山のふもとに着き、キャラバンの冒険者達と感動の別れ(憎まれ口の叩き合い)をやっていると、黒いフード付きマントを着込んだ何人かが来たかと思うと、その内の一人がフードを外しながら前に進み出て一方的にそう言ってきた。
フードから出てきたのは、ベンとは違った種類の穏やかさを纏った男だった。人の良い笑みを浮かべて、その上両手の平をこちらに見せているために警戒心が薄れさせられるのが自分でも分かる。
だが男を含め、その後ろの集団は全身黒ずくめなのだ。
ヴリトラ教徒かもしれないと思い、俺は頭の後ろを掻くふりをしながら、いつでもナイフを投げられる体勢に入る。
「それは、何故か、聞いても?」
「言えません。」
ニコリと笑顔のまま、ベンの質問が即答される。
「貴様、この方が誰だと!」
案の定セラがベンの制止を待たずに飛び出そうとするが、男の後ろから出てきた黒ずくめ二人が剣を交差させてセラの進行を阻む。
「おっと。……申し訳ありません。身分の高いお方とは露ほども知らず。しかし、もう一度出直してはくれないでしょうか。」
セラの反応から身分を予想したのか、男は一応謝りはしたものの、きっぱりと入山は断ってきた。
「なぁおい、狩り場の占有ってのはご法度だろうが!てめぇらに何の権限があるってんだ、あぁ!?」
「ありません。しかし、我々にも込み入った事情という物がありまして、どうか、今回ばかりは。」
「……チッ。」
キールが語気を荒げて言うが、徹頭徹尾下手に出る男に押し黙る。
キールが荒くなるのは久々に見たな。だが他の冒険者達もキールと同じように怒りを含んだ目で睨み付けていることから、キールの言う〝狩り場の占有〟というのは相当な掟破りに値するらしい。
ま、考えてみれば当然か。
「山に入るのはたったの5人なんだ。それくらいなら大丈夫じゃないか?」
「すみません。」
俺の質問に全く罪悪感を感じてる様子も無く言い、男は譲歩の「じ」いや、「し」の字も見せない。
「せめて、理由を言ってくれると、こちらとしても、やり易いけど。」
「言えません。」
言って、男は再びニコリと笑う。
……埒が明かないな。
「分かった。ベン、ここまで連れてきて貰って何だが、今度で良いよ。別に急ぎじゃないからな。」
「そうか?分かった。じゃあ皆、目的地は変更だ。移動の、用意を。」
「「「「「へーい。」」」」」
一方的な要求にキャラバンの誰一人として納得した様子はなかったが、ギガンテ雪山に行きたいと言っていた張本人の俺が譲歩したことで、冒険者は仕方なく準備に取り掛かっていった。
「ご理解、感謝致します。」
「いえ、説得しようとしても無意味だと思わされただけですから。せめていつまでこの通行止めが続くのか聞いても?」
「短くて2周間、長くて一ヶ月は掛かると思います。ああ、そうですね、ユージ辺りに行かれてはどうでしょうか?これからの時期、ギガンテは冷え込みます。しっかりと英気を養われるとよろしいかと。」
つまりこいつらが目的を達成するまでにはまだ時間がかかるってことか。敵対することになるかどうかは分からんが、そうなるとしても猶予はあるな。
「分かりました。では。」
「はい。」
終止穏やかな表情を崩すこと無く、男率いる黒ずくめの一団はゾロゾロとギガンテ雪山へと引き返していった。
それを見送り、これからの行動指針を話そうと馬車に戻ろうとすると、キールに腕を掴まれた。
「おい、てめぇ、何であそこで引き下がった。無茶言ってんのは向こうなんだぞ?」
キールの言葉に、他のパーティーリーダー達もそうだそうだと頷いてみせる。冒険者にとって、こういう謙虚さは美徳にはなり得ないらしい。
ま、謙虚さなんて物を見せた覚えは、これっぽっちも無いが。
「無茶を言うってことは、何をしたってここを通らせるるつもりはないってことだからな。……だから、堂々と入るのは早々に諦めた。」
そう言い、口角を上げる。
しばらくしかめっ面をしたままのキールだったが、俺の言いたいことが伝わったのか、キールを含め、その場にいた他の冒険者達もニヤッと笑った。
「馬車は、どうする?何なら、僕達の方で、預かる、けど。」
「上手くやる方法はもうある。だから心配いらない。」
「貴様、相変わらずいけすかないが、今回は許す。」
「誰がいけすかないだ。ったく、でもまぁ許しを出してくれたのは良かった。」
ベンの申し出をやんわりと断り、苦笑いをしてセラの言葉に応対する。
二人もあのヴリトラ教徒っぽい男に良い感情は抱かなかったらしい。
「……ま、そんなわけで、俺達〝ブレイブ〟は今日をもってこのキャラバンを抜ける。また機会があったらよろしく頼む。」
別れの挨拶をし、元の世界からよ癖で軽く頭を下げる。
「おい、シーラさんとユイちゃんはしっかり守れよ。」
「おう。」
「暇つぶしのネタ、帰ってきたらまた教えてくれや。楽しかったぞ。」
「はは、当然。」
一通りの返事を返し、俺は出発の準備のため、パーティーの馬車へと戻った。