128+β キャラバンでの日々⑧
「えっと、苦労?」
急に何の話だ?
「数いた護衛騎士候補の中より選ばれた時から私は、文武の才を合わせ持つベン様に相応しくあろうと努力、研鑽を積み重ねてきた……それがなんだ、どこの馬の骨とも分からぬ貴様は瞬く間にベン様に気に入られ、お互いに安心してともに浴場に入れる仲にまで……私が貴様のどこに劣ってるというのだ!」
体をフルフルとわななかせながら吐き捨て、ギリッと歯を噛み締めるセラ。
要はあれか?自分がずっと仲良くしたいと思ってそのために頑張っていたのに、何の努力もしていないように見える俺がそいつと仲良くなったのが気に入らないって事か?そうだとしたら失礼だなおい!?
これでもベンが王族だってことに内心びくびくしながら、本人の希望通りに接しようと俺も頑張ってるんだよ!
「護衛騎士のほかの候補には私よりも剣術や魔法、魔術の腕が上の者も大勢いた。ベン様の伴侶となるのだ、当然そこには容姿の整っている者しかいなかった。」
セラの自己評価が高いのか低いのか分からない。
「だがその中からベン様は私をお選びになった。それは私の誇りだ。だから私はその期待に応え続けたい、いや応え続けなければならない!」
ドン、と地が強く踏まれて砂ぼこりが立ち、セラを中心に巻き起こった風に乗ってそれが吹き荒れた。……簡易の砂嵐ってところか?近くで倒れてる奴等は本当に災難だな。
なんてグダグダと思考を巡らせていると、さっきから何度も刃を交えている白刃が左上に、砂ぼこりの中、かろうじて見えた。
体と剣の間に黒龍を滑り込ませ、その峰に左手を添えることで常人離れの力に対抗し、受け止める。が、左の籠手を俺の溝に綺麗に入れられた。
「ぐっ!?」
「これでも沈まないか……ハッ!」
体が浮き、少し後ろに強制的に吹き飛ばされ、さらに着地しようとしたときにぐにゅっ、と倒れていた誰かの体を踏んで体勢を崩してしまう。そこにすかさずセラの騎士剣が襲い掛かってくる。
やはり片手。だが一撃の重さは変わっていない。スキルの輝きは両手の時も纏っていたし、勇者みたいなスキルの重ね掛けか、白の魔法の身体強化ってところかね?なんにせよ、一番厄介なのはあの風の魔法だ。強風で相手を軽く後ろに吹き飛ばす。単純で地味な効果だが、これを食らう度に体勢を崩されるから、セラの剣の腕も相まって凶悪この上ない。
「くそっ、堅物のくせに……」
案外コズルい手も使うじゃないか。
『親近感でも沸いたか?』
黙らっしゃい!
「ふん、騎士学校の仲間にもよく言われた。だがそんな理由で負けては意味がない!」
じゃあ普段の人付き合いでもその柔らかい頭を使ってくれ!例えばそうだ、まずは俺と!
考えている間にも、セラの騎士剣が迫る。
手首を寝かせて放つ、真横からの一薙ぎ。
俺は姿勢を下げながら、それに対して少し斜めに、刃を少し上に向かせ、逆さにした状態で両手で黒龍を構え、受け止めた。そして騎士剣が黒龍の上をすべるのに合わせて両手を微調整し、騎士剣に円弧を描かせるようにしながら姿勢をさらに下げれば、騎士剣の軌道を潜り抜けるようにして、セラの懐に入り込めた。
「しまっ!?」
セラが剣を引こうとする。が、騎士剣はすでに力を俺の右側に振り抜かれており、その上から黒龍で抑え込まれている。魔法による仕切り直しも今は心配しなくていい。
左足を踏み込み、黒龍の峰から左手を外す。俺はセラの兜に手刀を叩き込んだ。
「ぐぅっ!」
セラの右手の騎士剣から感じられる力が弱まったところで黒龍を軽く宙に投げ、空中でそれを逆手に、峰が外側を向くように右手で握り直す。そして右足を踏み出し、腰のひねりを使って右腕を大振り。遠心力を活かし、黒龍の峰で兜を強打した。
「う、ぅぅ……」
二段目の頭部への痛打に、おそらく身体強化を施しているにもかかわらず、セラは左手を頭に当ててうめく。その足元もふらついている。
そこへ、俺は半身になったまま、一歩ですかさず距離を詰め、右腕でセラの体を左前に軽く押しながらその右足を払った。いわゆる小内刈りだ。
支えの足を払われたセラは抵抗することもできず、背中から地面に倒れた。
少し変形した兜がカラカラと転がっていく。
「か、はっ!」
受け身も満足に取れなかったようで、空気を求めて苦しそうにあえぐセラ。
これで戦意は削がれたはずだ。
「なぁ、俺がお前より強いかどうかなんてことはどうでもいいだろ?お前の方が地位も容姿もほとんどが俺よりも優れてるんだから。」
まぁ男女の容姿を比べて良い物かどうかは知らんが。
「…………く、ぐ……ふざ、けるな!」
セラは左手の平で地面を叩き、そこから再び、砂嵐が巻き起こった。
反射的に右腕で目元を防いでしまう。
「これで終わらせる!」
自分の魔法によるものなのかいつの間にか立ち上がり、地を蹴っていたセラは、兜で抑えられていた長い髪を風で振り乱しながら、騎士剣を片手で思いっきり振り下ろしてきていた。
声や行動とは裏腹に頭は冷静さを欠いている訳ではないらしいセラの狙いは、俺のガラ空きになっている左半身。
手袋とコートの左袖を硬化。
「黒銀!」
保険として左腕から肩甲骨にかけて黒銀を発動。俺は左手を騎士剣に叩き付けるようにしてその鍔を掴み、刀身を、硬化したコートとその下で真っ黒に染まっているはずの肌で受け止めた。
鳴り響いたのは金属音。
「馬鹿な!?」
騎士剣の刃は俺の腕に少し食い込むだけに終わった。
もちろんスキルや魔法で割り増しした力を完全に弾くことなんぞできず、鮮やかな赤が騎士剣を伝って、その鍔を握っている俺の指先を濡らしている。
……割と、いや、かなり痛い。が、予想はしていたのでそこは我慢できる。
今までの経験上、今さっきまでのセラが右腕一本で発揮していた程度の力じゃあ、俺の腕を、黒魔法製のコートと黒銀なんざお構いなしとばかりにスパッと斬ってしまう、なんてことになるとはハナから心配していなかった。まぁ勢いが付いていたからかすり傷って訳にはいかなかったが……でも結界オーライってことにしておこう。
もし両手を使っていたらこんなことは絶対にしなかった。
「もう俺の力は分かっただろ?いい加減剣を引け。」
なんなら土下座でもしてやろうか?……やった瞬間刺されそうな気がするのは気のせいじゃあないだろうなぁ。
「そんな訳にはいくか!この……放せ!」
「はぁ、良いぞ?でもこっからは二刀でやらせてもらうからな?」
「ま、まさか……に、二刀、使い?………………そん、な……。」
言ってなかったっけか?とその呟きに答えようとしたが、その前にセラが、あのセラがしゃくりあげたことに度肝を抜かれてしまった。……空耳?な訳ない……よな?
「…………私が……これまでやってきた……ことは…………いったい……。」
いや、異世界から来たってことで優遇された身体能力を持ってる上に成長率五十倍なんて物を持ってる奴によくやった方だ、って言いたいのはやまやまだが言える訳がないし、言ったところでってやつだろう。
「別にお前は弱くなかったぞ?」
『始終片手で相手をしていた者が言うてものう……。』
あ、しまった。
「……嫌味か貴様?」
「いや、いやいやいやいや、正直な感想だ。えっとほら、俺はファーレンで教えてたことがあったから、な?」
慌てて否定するが、歯を嚙み締めているセラの眼光は剣呑なまま……まぁいつも通りだが、その端には涙が浮かんでいる。
少し遅れて彼女自身もそのことに気付いたのか、左手で目元を素早く拭った。
「……チッ……さっさと放せ。」
「あ、ああ。…………ふっ!」
セラの舌打ちに素直に従い、剣を右手で掴んで一息に自分の左腕からそれを外す。
にしても痛い、後でユイに白魔法を頼もう。……なんか怒られそうだな。
これから起こるであろう事にちょっと頭を悩ませている間、セラは地に転がっていた鞘を拾って剣を納め、腰に吊りなおしていた。兜はさすがに変形してしまったのか、脇に抱えている。
そして無言のまま、俺に背を向けて歩き出した。
俺に完封されたのがかなり堪えたらしい。
「なぁ、外見とか剣の腕とは違う視点でベンがお前を評価したんだとは思わないのか?普通目には見えない部分でとか。」
思わず口からそんな言葉が漏れた。
するとセラは立ち止まり、軽く下を向いたかと思うと、こちらをチラと見て軽く笑みを浮かべた。
「…………だと、良いな。」
騎士としての態度を取り去った彼女が垣間見えた気がした。
「ああ、セラ、ここに、いたのか。なかなか、戻って来なから、心配、したよ。」
ビクッ、とセラの体が跳ねる。そして180回転し、片膝をつくまで、この間2秒未満。
「びぇ、ベン、さ、ま、し……ゴホン、心配をお掛けして申し訳ありません!」
「あはは、そんなに、かしこまらなくたって、良いよ。……無事なら、良いんだ。」
「……は、はい。」
差し出されたベンの手を握って立ち上がりながら返答するセラの顔は少し赤みを帯びていた。
さっき素に戻ったからか、なんか騎士としての態度が半端になってるな。……笑ったら寝込みを襲われそうなので黙っておこう。
「ご主人様、無事でしたか?」
と、ベンの後ろからルナがひょっこり現れ、駆け寄ってきた。
「お前は何をしてたんだ?」
「ふふふ、相手の弱点を呼んできました。」
なぁるほど。
「良くやった……とは言いたいんだけどな。ははは、まぁ一歩遅かったな。」
軽く笑い、騎士剣によってつけられた左腕の長い切れ込みを見せると、元気だったルナの狐耳がペタンと垂れる。が、そのまま少し首を傾げたルナは真紅の目を少し険しくしてこちらをもう一度見てきた。
「……ご主人様、私が助けを呼びに行った後、左の剣は使いましたか?」
「いや?どうしてそんなこ……アダッ!?」
いきなり左肩を叩かれた。それも割と強めに。
「……ユイに言いつけます。」
「へ?」
「ご主人様はその傷が治るまで反省してください!」
俺が痛みで何も言い返せないでいる間に、ルナはぷんぷん怒ったまま、宿屋へ戻って行った。
そしてバタン、と荒々しく閉じられるそのドア。
一体何なんだ?
そんなことをしていると、ベンの来た方向から大きなだみ声が聞こえてきた。
「おい、ベン!こりゃどういうこった!おめぇんとこの副団長が介入すりゃあ被害を抑えられるって話だったろうが!なんで俺の団員が全員のされてんだよ!?」
やってきたのはファーレンのツェネリを思い起こさせるような大男。
それが怒りの形相でドシドシとベン達の所まで歩いてきていた。
「セラ?」
ベンに促されたセラは大男に向き直り、てきぱきと話し出した。
「はい……私がここに付いたとき、抗争は既に終わっていました。」
抗争?……あー、そういやそんなことやってたな。状況からしてあいつは抗争相手の団長ってところかね?
「が、最後まで立っていたのはあの男です。よって我々の勝利と見なせるかと。」
なんでそこで俺を指さすかね?
『他におらんからじゃろ。』
まぁ確かに。
「はあ!?ふざけるな!被害者はこっちなんだ、そもそもおめぇら見てぇなバカでかいキャラバンと総力戦なんてこっちが不利に決まってんだろ!こいつらの治療代諸々弁償しやがれ!」
そぉら来た。
「さて、じゃあ俺はこれで……」
これ以上のいざこざはうんざりだ。
「おい待て、お前が最後まで残ったんだってな?本当なのか試してやる、掛かって来い!」
そうなるかぁ……ま、仕方ないか。
左腕が弱点になってることは、コートを再生することで覆い隠す。
が、ここでセラが間に歩み出た。
「いいえ、ここは私が相手しましょう……」
おお!
「手負いの者に我々の代表として戦われる訳にはいかないので。」
あ、そゆこと。
「ハッ、どっちでも良いや、団員の仇を討てりゃあなぁ!後悔すんなよ!?」
「……騎士にあるまじき行為ですが、少々憂さ晴らしに付き合ってもらいます。」
……さぁて、ルナをなだめて来よっと。
背後の破砕音や諸々の戦闘音は無視、俺は宿屋に戻った。
「アイタタタ……なぁ、もういっそユイに頼んで白魔法で……」
「ご主人様、怒りますよ?」
「痛い痛い痛い痛い。」
そうやってルナに包帯を巻いてもらっていると、部屋のドアが開いた。
「リーダー、お疲れさん。見てたよ、はは、頑張ってたねぇ。」
「お、フェリルか。……見てたんなら助けてくれ。」
「リーダーなら大丈夫だと思っただけさ。それに、僕までセラちゃんに怒られたくはないからね。いやー、リーダーが宿に戻ってからは凄かったよ、本当、久しぶりに人間を怖いって思ったよ。」
あっそ。
「はぁ……、で?結局なんの騒ぎだったんだあれは?」
「理由も知らずにあんなに暴れたのかい!?」
「いや、だってルナがァタタタ……」
グイッと左腕が締め付けられた。……ルナの機嫌を損ねないようにしないといけないってことか。
「はぁ……。」
「ご主人様、何か言いかけていましたよ?」
「バトルジャンキーに付き合わされたんダッ!」
流石獣人……。この一言に尽きる。
「あーはは、良いよ、もう分かった。」
フェリルの察しが良くて助かった。
「で、肝心の抗争の理由は?」
「ん?あー、昨夜僕達のキャラバンと向こうのキャラバンが同じ風呂で鉢合わせしたらしくてね、みんなで覗きしてるときにどっちのキャラバンの女の子が上か喧嘩になったんだ。昨日は眠かったから、今日決着をつけようとしたんだってさ。ま、とりあえずリーダーはお疲れさん。」
骨折り損のくたびれ儲け、か。はぁ……もうヤダ。