128+α キャラバンでの日々⑦
何かが砕ける音で目が覚めた。
続いて降りかかって来た何かの粉に二度寝を邪魔され、
「やりやがったなゴラァァ!」
真横から聞こえてきた怒号でさらなる睡眠への挑戦を諦めさせられた。
「くぁぁ……うえ、げほっごほっ……」
あくびをしようとして粉を吸い込み、咳き込んでしまうと同時に意識が完全に覚醒した。
さっと見回し状況を確認。
砕けたのは閉じていた木の窓。俺が咳き込んだのはその砕けた木の屑のせい。そして窓を砕いたのはおそらくそこに倒れているキールだろう。
ったく、散々な目覚めだ。
ルナは……まだ寝てるか。ニット帽のおかげかね?うん、我ながらいい仕事だ。
「待ってろ、後悔させてやっからなぁぁ!」
「おい。」
「ウオオオォォォォ!」
キールは窓から飛び出して行った。……そういや、どうやってここに飛び込んだんだ?宿泊部屋は二階のはずだろ?
「はぁ、何が起こってるんだ?」
ベッドから下りて窓から外を覗くと、通りは人でいっぱいだった。そして今さっき飛び降りたキールが、その群衆の中心の空いたスペースで腰に手を当てて立っている大男へと、群衆をかき分けながら向かっているのが見えた。
「ハッハ―、派手に吹っ飛んだなキール!」
俺が睡眠妨害されたのはあいつせいらしい。
「おいおいおいおい、何が吹っ飛んだってぇ!?冗談にしちゃ出来が悪いぞ、俺がちょっとつまずいただけで調子に乗るんじゃねぇぞゴルァァ!」
大男の挑発を笑い飛ばしたのか乗せられたのか分からないが、周りの野次馬から抜け出したキールはそのまま大男へと突っ込み、大男の方も負けじとキールへ踏み込む。
「なんだとォ!?ドゥルァァ!」
腕のリーチの差で大男の拳が先にキールの頬を捉える。
「かゆくもねぇ、なぁぁ!」
が、キールは怯むことなく前進、右フックを大男の脇腹に叩き込んだ。
「何かしたかぁぁぁ!?」
大男は足の大振りでキールから無理やり距離を取る。
「フーッ、フーッ……」
「はっはっはっ……」
しっかしあの二人、威勢の割にはかなり疲れてるな。結構前からやり合っていたのかね?
「キールゥ!負けんじゃねぇぞぉ!」
「ミザルてめぇ、負けたらただじゃ置かねぇぞぉ!」
大男はミザルって言うらしい。
「俺たちのエレナたんの裸を見たんだ!ぶっ殺したれぇ!」
「ざっけんな!おら達のリリちゃんを穢した代償を払わせろォ!」
「あぁ!?誰が誰を穢したってぇ?エレナたんに遠く及ばねえぞあんな奴!」
「なんだとゥォォ!?今叫んだ奴ぁ誰だ!?出てこい俺が直々にリリちゃんの素晴らしさを教えてやる!」
「あぁん!?文句あんのかグォラァァ!?」
あ、あそこで乱闘が……あっちもだ……お、そこでも。ほっほぅ、誰か吹っ飛んで行ってそこでも新たな乱痴気騒ぎが。
あーいかん、かなり楽しい。
「うぅん、ふぁぁ?ご主人様?外で何か?」
どうやら俺が安眠のために作ったニット帽でも外の喧騒をブロックしきれなかったらしい。この乱闘を目の前にすれば、バトルジャンキーなルナのことだ、どうせ参加しようとし、ついでに俺を道連れにするのだろう。 正直もう一度ベッドに戻って欲しい。
そしてその間にセラ辺りを起こしてきてこの状況を収めて貰おう。あいつが出てくればハルバードの連中は問答無用で大人しくなるだろう。
「お、起きたか。いや、ただ空が綺麗だと思ってな。」
「そうなのですか?てっきり外は煙や湯気のせいで空はあまり見えない物かと。」
空を見る。……おお、確かに。
「ま、まぁとにかく、ルナはまだ寝てていいぞ?」
えっと、セラはたぶんベンと同じ部屋だから……よし、一分以内に終わらせられる。
「そうですか?」
「おう……「ごらぁ、コテツ!てめぇも加勢しやがれ!」……うん、ま、大丈夫だから、な?」
ったく、キールの奴、間が悪いったらありゃしない。
ルナが無言でベッドから立ち上がり、俺を目で一歩下がらせたあと外の騒ぎを確かめる。……その目がスッと細くなった気がした。
「ご主人様……」
「ん?ど、どうした?」
「行かないのですか?呼んでいますよ?」
綺麗な笑みだ。
「怒ってるのか?」
「怒ってません。」
なるほど確かに怒ってはないな。ともあれここは取り合えず逃げよう。
「あー、ちょっとセラを呼んでくる。」
そのまま部屋の出口へ進もうとするも、すかさずコートの端を掴まれた。俺は何で師匠達の家から出発したあのとき、普通のコートじゃなくてよりによってロングコートなんかにしたんだ!
『鍛錬のため、常時使う魔力の量を増やすためじゃろうが。』
……なら仕方ないか。取り合えず説得を……
「なぁルナ……」
「私はご主人様と一緒に戦いたいの!」
こんのバトルジャンキーが!ったく、紅い目がこれでもかってくらいに生き生きとしてやがる。
「武器は無しだぞ?」
おそらくルナが求めているような戦いではないと暗に伝える。
実際見た限り、大規模なだけで本質はただの喧嘩みたいだしな。
「望むところよ!」
そこで燃えるんじゃない。
「ぐはっ!おいコテツ!さっさと来い!」
「ご主人様、行きましょう!」
俺の手を取り、素晴らしい笑顔で窓の方へと引くルナを見て、俺は喧嘩に参加することへの抵抗を諦めた。
「ルナ、手加減してやれよ?」
「ええ!ご主人様と一緒に戦う時間は長い方が良いものね!」
もういいや、後は野となれ山となれだこのやろう。
「今行くぞキール!」
「ぐふっ!?早くしやがれ!」
……俺とルナは同時に窓枠を蹴った。
「赤銅!」
渾身のルナの攻撃に、その目の前の男が崩れ落ちる。
ふぅ、と息を吐いたルナは次の相手を探して周りを見渡した。
「もう粗方片付いたぞ。にしても体術が随分とスムーズになって来たな。」
お疲れさん、とその頭を撫でる。
俺が先生に初めて魔素を体に通せって言われたとき、魔素なんて得体のしれない物を体に入れるなんて事を想像もできなかったんだがなぁ。やっぱり生まれた世界による認識の違いかね?
「ええ、小さい頃の感覚が思い出せてきたわ。」
「ん?昔は体術をやってたのか?」
「でも触った程度よ。」
触った程度の体術で大の男を一発でのせるのか。
「凄いな。」
「本気のご主人様には全く通用しないけど。」
「おいおい、俺を殴り倒したいとでも思ってるのか?」
「……押し倒したい。」
「やめなさい。」
恥じらうようにして視線をずらすルナに容赦なく拳骨を落とす。
「アイタッ!」
ったく、反応に困るだろうが。
「はぁ……で、だ。おいキール!何で……」
辺りを掃討し終えたのを確認し、結局何でこんな騒ぎになったんだ、と聞こうとキールのいる方を振り向くも、まだ大男と殴り合いは続いていた。
「ぜぇ、はぁ……」
「はぁはぁ……」
「「……ウォラァァァァァ!……グブォォッ!?」」
おそらく最後の力を振り絞ったのであろうパンチがお互いの顔を潰し、数秒後、両者がダウン。
……あいつら、実は仲良いんじゃないか?
そして、残ったのは何でこんな騒ぎが起こったのか全く持って把握していない、俺とルナだけとなる。結構広かったはずの通りは死屍累々で埋め尽くされ、よく見ると中には女性もぽつぽついる……これは栄えあるフェミニストとして許しがたい……いや、ルナも女性だし、女性を少なくとも一人守り切ったってことで問題ないか。
『とんだフェミニストじゃの。』
何事も妥協が肝心だ。
ま、なんにせよ、何故かは分からないが、このままじゃあなんかまずい気がする。
「ほぉ?貴様らがこれをやったのか?」
ほぉら来た。セラだ。
「まぁ聞いてくれ、セラ。お前が怒るのはよく分かる。……ヒェッ、お、王族の率いるキャラバンがしかもここである程度の特権を貰ってる奴らがこんな騒ぎを起こしたなんて、な、なぁ?」
声の下方向へ向き直る前に心の準備はしておいたはずだったが、もう剣を抜き身にしていたのには流石に肝が冷えてしまう。それに加え、おそらくセラの辞書に容赦なんて言葉が無いであろう事が、足下からの苦痛の訴えに全く耳を貸していない様子から易々と伝わってきて恐ろしいったらありゃしない。
踏みつけるくらいならむしろ蹴とばして無理やり道を作れば良いのに……そしてベンの奴はこんなときに何やってるんだ!助けてくれ!
「ああ、全くだ。だが、キャラバン同士の抗争というのは珍しいものではない庶民が皆貴族のような心構えを持っている訳もなし。」
「そう、そうだろう?」
流石はキャラバンの副団長、そこらへんは分かってくれるのか?
「だからこそ、ベン様はくだらない喧嘩で深刻な被害の出ることが無いよう、今までずっと相手のキャラバンの本拠地に出向き、話し合いによる解決を行ってきたのだ。今この時も、王家の一族でありながらわざわざ話し合いを行ってくださっている。」
「お前は一緒にいなくて良いのか?」
行くならさっさと行ってくれ。俺は事が収まるまでトイレにでも籠もっておくから!
そんな願いもむなしく、セラの、怒りのせいか若干御しきれていない口調の言葉は続く。
「私の仕事は抗争を中断させること、それが叶わずとも、ハルバードの団員の攻勢だけでも無理やり停止させることだ。敵味方の被害を最小限に収めること。それがベン様から指示だ!」
「まぁその方が話し合いもスムーズだよな。うんうん。」
腕を組み、頷いて同意を示す。
勝ってたら勝ってたで被害者面されるし、負けてたら負けてたで勝者の権利だとかなんとかを押し付けられる。ベンは人が良さそうだから、図々しく自分の方からそういうのを要求すること無さそうだしな。まぁ相手方も王族相手にそんなことができるとは思えんが。
目を薄く開け、チラリと盗み見。お怒りの様子のセラはまだそこに立っていた。
「だが、それがどうだ。敵は全滅、立っているのは貴様一人。」
あれ?ルナはどこに……あんにゃろめ、さては逃げたな?
「いや、別に全員を俺がやっつけた訳じゃ無いぞ?」
「過程がどうであろうと、結果はこれだ。……これで貴様が敵であれば、何のためらいもなく打ちのめしたのだが……致し方ない。」
「ま、まぁ、殺さないでくれるだけマシだ、な。」
「償いとして貴様を差し出そう。」
「そ、そりゃ暴論だ!」
冗談じゃない、こっちは未だに何でこんなことになってるのか分からないんだぞ!
「抵抗するのなら……半殺しだ。」
「待て、首謀者はキールなんだ。ほらあいつはもう半殺しみたいなもんだし、あいつを連れてけよ。な?お前もそう思うだろ、ルナ……はいないんだったな、はぁ……。」
額に思わず手を当て、ため息をつく間、セラは足元に転がっている体なんてお構いなしに蹴り飛ばしながら、俺との距離を詰めてきていた。
「もともと、貴様にはいつか痛い目に合わせなければいけないと思っていた!」
女性用だからか、ドレイクが持っていたものよりも小さめに見える、だがそれでも幅広に変わりはない騎士剣が上段から両手で振り下ろされ、俺は慌てて後ろへ飛びのく。
「おいセラ、俺が一体何をした!?」
「そうそれだ、冒険者稼業をしているとは言え、貴族や王族に対する礼儀という物が貴様には無いのか!?」
見ると、騎士剣は鞘に収まったまま。半殺しというのは本当だったらしい。……そんなことされるのは御免だが、ちょっと心に余裕ができたので心の声をなんとか言葉にできた。
「一応身分の差は意識してたつもりだぞ?」
敬語を使うなってのはベンの指示だし。
セラは一歩踏み込み、騎士剣を切り返して俺の胸へ向けて突き上げ、俺は手袋ともども硬化させた右手の甲でそれを俺の右へと押す。そのまま胸を開くようにし、俺は黒銀を発動させた右の二の腕で突きを流すと同時に姿勢を低くし、左の一歩でさらに距離を詰めた。
そして体をひねり、力を流されたがために伸びきったセラの両腕の間を縫うようにして、左アッパーをそのの顔に向けて放つ。
「……鉄塊……」
が、しっかりと顔で受け止められた。
「はあ!?」
「……ノック。」
そして俺が間抜けな声を上げる間に、セラは次の攻撃、騎士剣の柄による打撃を放っていた。
「くぉ!?」
柄が俺の顔面に埋まる前にギリギリで間に右手の平を滑り込ませ、騎士剣の柄を受け止める。
……この体勢のままはきつい。
「ラァァ!」
左拳をハンマーのようにしてセラの腹部に叩き込めば、金属を互いに叩き付けあったとき独特の音が響いた。
「ぐぅっ!」
よろめくセラ。俺はその間に素早く距離を取る。
しっかしさっきの魔素式格闘術の俺以外の人間の使い手は久しぶりに見たな。果たして流派は違うのだろうか?
「なぁ、体術は先生……アレックスに習ったのか?」
ま、先生と師匠はティファニアの近くに住んでるし、同じ流派って可能性の方が高いだろうな。
「相手に手の内を聞く?ギリッ……貴様はつくづく礼儀がなっていない!そもそも王族に敬意を払う者がベン様と同じ浴槽に入る訳がないだろう!」
まぁ確かに。普通遠慮するわな。普通は。
「でもほら、ベンはあまり王族として接されるのは好きじゃないみたいだぞ!?」
「だとしても敬意は常に持たなければならない!貴様はベン様の好意に甘えているだけだ!その根性、叩き直してくれる!……疾風!」
セラが地を蹴り、砂ぼこりとともに、気絶してしまっていた憐れな奴等がその後方へと蹴り飛ばされる。
「お前はもう少し下の奴らに配慮しろよ!」
もう本当に可哀想で仕方がない。
俺は右半身をセラに向け、両手から力を抜き、両腕を前に出して構える。
「まだ余裕があるか……我が剣は主の御ために……ハァ!」
駆けている途中、騎士剣を中段に構えたまま目を閉じ、一言呟いたセラの体は一瞬後、薄く蒼白い光を帯びた。そして同時にその動きも急激に速くなる。
初撃は左下からの切り上げ。
左手で騎士剣の腹を押し、その軌道を逸らす。
力を流されたと分かるやセラは即座に一歩下がってリズムを整え、俺はカウンターを打ちそびれる。だが残念がる暇はほとんどなく、セラは突きの動作に入っていた。
跳んで後退。
同時に騎士剣の先端が俺の眉間に向かって伸びてくる。
背を逸らし、上を向くと、俺の頭があった場所を騎士剣が風切り音をさせて通過した。……あんなの、痛いだけじゃすまんぞ!?
俺が姿勢を戻した途端、再度放たれた刺突は、剣の腹を両手の平で挟み、力で無理やり押しとどめた。
「放せ!」
「誰が放すか!」
「……ふん、そうか。」
ついさっき怒鳴ったにしては冷静だなと思ったのは気のせいらしく、スルリ、と俺が必至で抑えつけている鞘から騎士剣の刀身が抜かれた。
もうヤダ……。
慌てて数歩下がり、距離を取る。
「なぁ、ちょっと命乞いして良いか?」
「王族への無礼な態度、団の風紀を乱す好き勝手な振る舞い、そして剣士の風上にも置けぬ発言……度し難い!……疾風!」
……そんなに酷いかね?
足下なんぞ知ったことかと地を蹴り、距離を詰めたセラは抜き身の剣を横薙ぎし、俺はその軌道から必死こいて逃げる。そして流石に身の危険を感じ、背中に回した右手に黒龍を作り上げてあたかもロングコートの内側から取り出したようにして見せる。
うん、しっかり考えてロングコートにしておいて良かった。
『さっきと言っておることが違うぞ?』
なんのことだか。
「やっと抜いたか……これで貴様の力もわかるというもの!」
「それが本当の狙いか?っと。」
「シィッ!」
「一応これでもファーレンで働かせてもらってたんだ、力量はそれで推し量れるだろ!?」
ていうかこんなことをするくらいなら推し量ってくれ、頼むから。
「黙れ。殺すぞ?」
あ……そすか。
素直に黙り、剣戟に集中。大振りなくせに、スキルの恩恵なのか素早い切り替えしを見せる騎士剣の動きに黒龍を合わせ、一太刀々々々確実に捌く。
攻勢には敢えて出ない。というか出る必要がないし、全身に鎧を纏ってるセラに下手な攻撃を仕掛けるよりはの息切れを待った方が得策だろう。
とは思うものの、セラの腕前もなかなかの物なのでキツイことに変わりはない。
「力を量って何がしたいんだ!?」
「貴様には関係ない!」
言い放つとともにセラが上段から騎士剣を振り下ろす。
「なら俺を巻き込むんじゃあ……」
黒龍の峰を左手で支え、さっきまでよりも格段に重い斬撃を真っ向から受け止め、押し返し、
「……ない!」
ガラ空きになった胴を蹴り飛ばす。
「う、くっ!」
後ずさり、セラは地に転がってる誰かに突っかかったのか、尻餅をついた。鎧も相まって結構痛そうだ。
「おい、もう良いだ……「寄るな!」……ぬぉっ!?」
怒鳴るとともに真横に腕が振られ、同時に俺を襲った強風に思わず後ずさる。緑の魔法か?
次に何をしてくるのか警戒していると、セラはゆっくりと立ち上がって俺を睨みつけ、口を開いた。
「私がどれだけ苦労してきたか貴様に分かるか?」
何の話だ?