126 キャラバンでの日々④
「……ってことがあったんだ。解体を教えてくれてありがとうな。」
解体隊長として活躍しはじめて2週間が経とうとしていたとき、馬車の中で一人、ボーッと雲の形でしている内に、そういえばネルに感謝の言葉を伝えようと思っていたことを思い出した俺は、妙に嬉しそうだったネルに諸々を説明して感謝の意を述べた。
ちなみに何故俺が一人なのかだが、まず知っておいてもらいたいことは、弓勝負を禁止され、俺は暇潰しのために様々な遊びを考え出したということだ。
例えば
・ナイフ投げ大会(弓勝負と同じことをナイフでする物。)
・魔法の発動スピード勝負(俺の合図と同時に魔法を打ち出す、魔力だけでなく、反射神経も問われる勝負。)
・後部馬車合同、腕相撲と指相撲大会
などである。
だが、そのことごとくは開催したその日の夜か、もしくは途中でセラによって禁止もしくは中断された。
そして今日、余計なことをする前にということで俺達四人に馬車渡りを教え込むよう、副団長たるキールに言い渡したのである。
……本当、まさかルナまで含まれるとは思わなかった。
そして他の誰よりも早く馬車渡りをマスターした俺は、一人でポケッとしておける程、暇になったのである。
[あー……へぇ。うん、まぁ感謝の言葉は素直に受け取っておくよ。珍しいし。はぁ……期待して損したなぁ。]
「何をだ?」
[今日はさ、ボクの誕生日だったんだ。もしかしてコテツが祝ってくれるために連絡取ったんじゃないかなって思ってたからね。]
「俺はお前の誕生日を教えられた覚えがないぞ?」
[そりゃあ、教えてないもん。]
「……はぁ、無茶言うな。」
祝おうにも祝えないだろうに。
[まぁ去年の今頃はファーレンに着いてどたばたしてたから。でも今日からは覚えておいてね?]
[おう、分かった。今日、ネルはまた一歩老け込んだ……]
[違う!もう、全く!ボクはまだ10代だよ!]
[嘘じゃ……]
[ない!はぁ……。それでさ、その……ボクにもさ、コテツの誕生日をね、教えてくれないかなぁ、なんて……]
「俺の……」
[あ、でもコテツが嫌なら別に良いんよ!?]
いきなり叫ばれ、俺は思わず首を反対方向に傾ける。
「ネル、聞こえてるから、叫ばないでくれ……。」
[あ、ごめん。]
「それで誕生日だったな、すまん、分からん。俺はこの世界に来て日付の感覚が分からなかったからな。」
俺は嘘を付いて、謝った。
実際は、師匠のところでそこら辺の感覚を身に付けたし、暦が元の世界と変わらないから誕生日は逆算していつ頃なのかは分かっている。
だが、流石に親の命日に自分が祝われるというのは居心地が悪い。
[そう……じゃあさ、こっちに帰ってきたら一緒にコテツの誕生日がいつ頃なのか探してみようよ。]
……そう来るか。
「まぁ、帰ったらな。」
俺は問題を先送りにした。ほぼ一年後のことだから、たぶん忘れてくれるだろう。
[うん!それでさコテツ。ボクに何か言うことは?]
「……2年生への進級、おめでとう?」
[え、あー、確かにそうだね、ありがと。]
期待してた答えとは違ったらしい。
「……明けましておめでとう?」
[それ、何ヵ月前の事が分かってる?]
「10か11ぐらいか?」
[……うん、じゃあなんでよりによって新年の挨拶なんて言ったのか聞いても良いかな?]
若干の怒り混じりにネルの声が聞こえてきた。額に手を当てて苦笑いをしている姿が目に浮かぶ。
[年が明けて数日後に言う人もいるからな、数ヶ月後でも何とか……ならないか?]
[ならないよ……。それに数か月じゃないよ、それ。]
[……ネルは相変わらず美人だよなぁ。]
[!?……てもう、ズルいよ。困ったらボクを取り合えず誉めれば良いって思ってるんじゃない?]
[駄目か?]
[……駄目じゃない。……でもそうじゃないよ、もう、本当は分かってるくせに。……素直に言ってよ。]
[はいはい、誕生日おめでとう。]
どうにも照れ臭くて投げ遣りに言う。
[うん、ありがと。クク、照れなくても良いよ?]
見透かされてましたか……。
このやろう。
「それでネル、プレゼントは何が良い?ワイバーンの毒袋なんてのはどうだ?」
[ボクみたいな美人さんに毒が似合うとでも?]
ちょっと反撃しようとすると、ネルはそう言い返してきた。
ネルが美人だと俺にまた言わせたいのが見え見えだが、そう簡単には行かせない。
「そうだな、……」
[うんうん。]
「……毒は口だけで十分だ。」
[あっ!?こら!]
「そんなわけで、プレゼントに解毒剤なんてのはどうだ?」
[いらない!]
「そうか、生半可な解毒剤じゃ気休めにも……」
[コテツとはよぉく話し合わないといけないみたいだね……。あ、そうだ!コテツ、ボクの誕生日プレゼントだけど、〝帰ってくるまで、毎晩ボクに念話でおやすみって言うこと。〟これで良いよ。あ、もちろん忙しいときは良いけど。]
なんだかとんでもない方向に会話が飛んだ気がする。
「待て、何でそうなった。」
[だってこっちから連絡するとコテツの邪魔になるかもしれないから……駄目かな?]
そんな恥ずかしそうに聞かないでくれ。ただでさえ人の頼みを断れない性格なのに。
「……はぁぁ、美人さんと恋人みたいな事ができるなんて、俺は幸せ者だなぁ。」
ため息をつき、吐き捨てるように言ってみせると、ネルはイヤリング越しに軽く笑った。
「まぁ何にせよ、約束は守るさ。あーあと、これはアリシアにも言ってあることだが、そっちが何か大変なことになったらいつでも連絡しろよ。」
[うん、分かった。今夜からボクの愚痴に付き合ってね?]
「おそらく俺の方が愚痴は多いぞ。」
パーティーリーダー兼、解体隊長を舐めるなよ?
あれ?両方押し付けられた役割のような気がする。
『気がするも何もその通りじゃろうて。』
くそぅ。
[それでもいいよ、ボクは。夜、約束だよ?]
「はいはい。」
ネルに適当に返事を返し、俺は早速何を話そうかと考え始めた。
「おーい、着いたぞぉー。」
日が傾き、空がだいだい色になって数時間後、キールがそう大きめの声で言いながら、馬車渡りをして通りすぎていった。
伝令役のようなものを請け負っているらしい。
……あいつは俺と似たような境遇な気がする。副団長という地位も縁の下の力持ち的なイメージがあるし。
俺は座っていた、もう俺の定位置と化している馬車の後ろ端で立ち上がり、馬車の幌の上部を手で握り、その幌へ黒色魔素を流し込む。
「ご主人様?」
「ちょっと見てくる。」
隣に座っていたルナにそう返し、腕の力で幌の上に乗る。その場で立ち上がり、俺はユージを一望した。
ユージとは岩肌の地面にできている割りには結構大規模な、成長中の村だった。
家屋は全て馬車を変形させたような物で、何人もの冒険者達が寄り集まってできている村だということがわかる。
村のあちこちに煙突があり、そのほとんどが白い煙を吐いていて、遠くに見える火山の頂点からも立ち上る煙が見えた。
村の入り口に近づく内に段々と強く臭ってきた、腐った卵のような臭いは、これぞ温泉、という気分にさせる。
……そういえば、師匠の家の近くにも天然の温泉が湧いていたが、硫黄臭はしなかったな。
試しに深呼吸をし、この世界に来て初めて嗅ぐ硫黄臭で思わず涙が出て、苦笑い。
地獄めぐりなんて物もあるのかね?
『あるにはあるが、場所はラダンじゃな。……ところでお主、どのようにしてラダン入るつもりなんじゃ?』
密入国しようと思ってる。
無事入ったあとは獣耳と尻尾でも作って付けて、そっからは素知らぬふりとかすれば良いんじゃないか?
『お主……それで本当にボロを出さんですむとでも思っておるのか?』
駄目か?
『わしは止めん。ま、捕まったときは腹を抱えて笑ってやるわい。』
やっぱり変装なんて無理がある、か。
『当たり前じゃ。わしはむしろ、何故お主がその計画に成功の可能性を感じたのかが疑問じゃ。』
はぁ、そうだな。
「ご主人様、呼ばれています。」
「休憩地に着いたらパーティーリーダーの召集なんだ!なるべく急いでくれ!」
と、ルナが荷台から俺を呼び、副団長の声が聞こえてきた。
「おう、今行く!」
返事をし、俺は幌の上から御者台に下りて、マスターした馬車渡りで団長用テントに向かった。
「おお、ベン様、そして〝ハルバード〟の皆さん、お久しぶりです。」
「ああ、今年も、よろしく、頼むよ。」
テントの中では、どうやらユージの村長か何からしい男とベンが話している。
と、その男がこちらに向き直った。
「それでは、早速取引といきましょう。まずは規定の品の交換を……」
「キール。」
「はい、ちゃんと用意してあります!」
気をつけの姿勢でそう言い、キールは何人かの他の冒険者に手で指示を出した。
……こいつ、副団長のくせにベンに対して一番緊張してるんだな。
「それで、そちらの、方は?」
「ええ、もちろん。しかし現物を確認してから渡すのは現物を確認してからです。」
「持ってきやしたぁ!わっせ、ほっせ……」
冒険者達が数人がかりで運び入れてきたものは、いくつもの樽だった。何往復かの末、数十樽が所狭しと並べられる。
そして目の前に置かれた樽の一つをユージの長が開け、中には色とりどりの野菜が敷き詰められているのが見えた。
俺達がこのキャラバンに加わってから、野菜を買っていた様子はないので、おそらく南の方で買ったのだろう。
「ふむ、では失礼して。」
ユージの長は手を肘まで樽に突っこみ、葉っぱを一枚、生で食べた。
「問題は、無かった、かな?」
「ええ、文句はございません。毎度言っていますが、新鮮な野菜をありがとうございます。おかげでこの村が存続できますので。」
新鮮?漬物じゃないのか?
『魔術じゃよ。』
へぇ、樽に魔法陣が書かれてるのか……。
ユイがカイトに借りてたアイテムバッグみたいな、中の時を止める魔法陣かね?
『はぁ、そんなわけないじゃろ。精々温度や湿気調節と震動の緩和じゃろうな。』
それ、新鮮って言うのか?
『世辞じゃよ。要は食べられれば問題ないのじゃからの。』
あー、なるほどね。
「別に、僕たち以外にも、取引している、キャラバンは、いるよね?」
「しかし感謝に代わりはありません。それでは、私達からはこれを。」
そう言って、ユージの長が長方形の札を懐から取り出し、即座に進み出たセラに手渡す。
「リーダーは、それぞれ自分のパーティーの人数を言え!分かったか!」
「「「「「おう!」」」」」
高圧的なセラの物言いにはもう慣れているのか、パーティーリーダー達は若干笑いながら返事をした。もちろん俺も。
セラが人数の確認をし、人数分だけ札を渡していく。
「なぁキール、あれは何なんだ?」
「ここでの衣食住全てを一日だけ半額で使って良いって許可証だ。ユージってのは現金が少ないからな、権利を取引に出してんだ。」
野菜の代金の代わりか。
「それで成立するものなのか?」
「他は知らないが、うちは鬼の副団長セラさんがいるから素行は良い。それに団長が王族でお人好しってのもある。おそらくこんな取引が成立するのはうちくらいのもんだ。」
かなり高い信用があるってことか。
そんなキャラバンに偶然出くわすことになるとは、俺の運も好転してきたってことかね?
『幸運の加護を与えるわしが案内したからじゃろうな。むしろお主は加入を反対しておったじゃろうが……。』
くそぅ……。
「50!」
「奴隷は数えない!」
俺が内心少し悲しんでいると、怒鳴りあいが聞こえたのでそちらに目を向ける。
セラと対峙しているのは
奴隷の分の札を渡すか渡さないか言い争ってるらしい。
「あいつらを養うには金が掛かるんだよ!」
「嘘をつくな!あの売女どもが他の冒険者に貢がせていることは私も知っている!」
段々とヒートアップしていく二人を、周りはまたか、と言った感じで気にしていない。ベンとユージの長も別の場所で楽しく談笑している。
……貢ぐってどういうことだ?
「キール、説明頼む。」
「ん?てめぇ、このキャラバンの娼館に行ったことがねぇのか?」
「ああ、ない。」
「なら知らねぇのも無理ねぇか。あいつは娼館の運営をしてる奴だ。性奴隷を買ってきてキャラバンの他の冒険者の相手をさせてる。まぁもちろん金は払わせるが。」
へぇ、そういうシステムなのか。
それに、セラがカールに対して良い感情を持っていない様子も頷ける。
ていうか、冒険者に貢がせてる奴隷までいるのかよ……。フェリルの奴はいくら貢いだんだろうか?
「お前も貢いだりしてるのか?」
「あー、まぁこれでもSランク冒険者だからな、太っ腹な所を見せねぇと。」
……貢いでるのね。
「セラ、ジンさんは、奴隷の分も、渡して、構わない、そうだよ。」
「……はい、分かりました。」
見兼ねてか、ベンがそう言い、セラは渋々ながら札をカールに渡した。
「あ、それならうちにも奴隷が……あ、いな、なんでもありやせん。」
一人が立ち上がりかけ、セラに睨まれて大人しく座り直した。
「で、貴様は3人だったな?」
「4人分頼む。」
「チッ」
聞きながら凄んでくるセラから目を逸らし、俺はルナの分の半額札も貰う。
王族の護衛騎士が舌打ちなんてして良いのかと言いたいが、さすがにそんなことに命を張る度胸は俺にはどこを探しても無かった。
受験勉強に集中するため、残りの幾つかのストックを解放した後、しばらく休みます。
急にこんなことを言ってすみません。