125 キャラバンでの日々③
早朝、どこからかで鳴らされた銅鑼によって俺は飛び起きた。
キャラバンはすぐに移動を移動を始め、俺は慌ててフェリルに馬車の後を追うようにという馬への頼み事をしてもらいながら、その縛られたフェリル本人を馬車に担ぎ込み、何とか無事に出発した。
……危うく忘れていくところだったなんて言えやしないよ、言えやしない。
そして今、馬車の右後ろ端に立ち、俺は暇つぶしに左後ろ端に立つフェリルとの弓術対決を繰り広げている。
ルールは簡単、御者台の両脇からユイとシーラが後方に向けて飛ばした、岩でできた円盤を俺とフェリルが射るという物である。
ちなみにルナは俺とフェリルの間に座り、どちらの矢が先に円盤を射ぬいたのかを審判している。
剣士ゆえの反射神経を持ち、かなりの速さで矢を放てる強弓を使う俺と、狩人として目標物の素早い察知ができ、熟達した無駄の無い、流れるような動きで弓矢を扱うフェリルとのスコアは拮抗しており、今のところ俺はフェリルに二枚差で負け越している。
「そういえばリーダー、次の目的地はどこなんだい?」
「フッ!ん?なんか言ったか?」
「ああ!?気を逸らそうとしてたのは僕なのに!」
「ハッ、甘いわ。」
「ご主人様がこれで53ですね。」
「ねぇ、もう少し円盤を小さくしても良いかしら?こう簡単に当てられると面白くないわ。」
「俺は構わん。」
「フェルも良い?」
「僕も大丈夫。」
「ていうか、そこら辺はお前ら二人に一任してるから、自由にしていいぞ?魔法の練習も兼ねたっていい。」
「ええ、分かったわ。」
「フフフ、言ったからね?私の魔法はもう貴方達の矢には当たらない。」
「シーラ、途中で曲げたりするのは無しだよ?あと大きさは遠くからでもある程度は見えるくらいにね?」
「え……。うん、はーい。」
本当に曲げるつもりだったのかよ……。
「それでリーダー、キャラバンの次の目的地はどこなんだい?」
「確かユージってところだったはずだ。何か温泉が湧いてるから行き帰りは必ず寄るんだと。……混浴だってあるかもしれんな。」
「……ほほぅ、もっと詳しく。」
「フッ!しゃあっ!同点だ!」
「なぁっ!?まさか温泉って嘘までついて……」
「嘘じゃないさ。俺はなんにも悪くない。お前は自滅しただけだ。」
混浴はある〝かもしれない〟って言っただけだしな。
嘲笑を見せつけ、得意になっていると、周りの馬車から野次が聞こえてきた。
「おーい!次はまだか!頼むから金色の方は頑張ってくれぇ!俺の身ぐるみが剥がされちまう。」
「良いぞ黒いの、その調子だぁ!俺の昼メシはあんたに掛かってる!」
「やったれ黒いの!」
「負けんな金色ぉ!」
どうやらいつの間にか賭けの対象になっていたらしい。
金色や黒いのってのはフェリルと俺の矢の色のことだと受け取れる。
「リーダー、僕はあの親愛なる誰かが身ぐるみを剥がされてしまわないために勝たせてもらうよ。」
誰だよ、親愛なる誰かって。
「寝言は寝て言え。フェリル、俺は哀れな飢えし者を救済させてもらうぞ。」
「知ってるかい?人は一食ぐらい抜いても平気なんだ、よ!」
「人は裸でもすぐに死にぁあ、しない!」
段々と円盤の速度が上がっていくが、俺とフェリルはお互いに軽口を言い合いながら一つ残らず射抜いていく。
「シーラさん、向こうはまだ余裕みたいよ、もっと速くしましょう。」
「そうね。それに飛ぶ方向も色々変えないと。」
「ええ、その通りね。」
御者台の方からそんな会話が聞こえてきて、俺とフェリルはそれに対して苦笑いを浮かべながらも矢をつがえて次の円盤を待つ。
右斜め上、フェリルの死角から円盤が見え、俺はフェリルが反応する前に動き出すことに成功。素早く狙いを付けて矢を放った。
が、円盤はカーブを描いて左の方へと飛び、俺の矢は文字通り的はずれな方向へと飛んでいく。
「なっ!?」
「フフ、掛かったわね。」
「残念だったね、リーダー。」
落ち着いて円盤の軌道を読み、俺が慌てて2本目の矢をつがえたときには、フェリルは既に矢を命中させていた。
心底イラつく笑顔を浮かべるフェリルに対して無理矢理笑みを作って返し、次の円盤にすぐ反応できるように構える。
頭上から円盤が飛び出す。
俺とフェリルは同時に動き出した。
俺の狙いは当然ながら円盤……ではなく、放たれたフェリルの矢。
俺の矢よりも若干早く射出されたそれに、強弓により初速が元から速い俺の矢をかすめさせ、予め用意していた2本目で円盤を射抜く。
「ぁあ!?」
「残念だったな、フェリル。ハッハッハ。」
今度はフェリルが親の仇を見るような目で睨み付けてくるが、気にせずに笑い飛ばす。
「よぉし、分かった。良いだろう。それなら僕にも考えがある。」
「やれるもんならやってみろ。」
「ケッ。」
「ハッ。」
一通り憎まれ口を叩き合い、再び視線を馬車の後方へと向ける。
円盤は、再び頭上から飛び出した。
さっきと同じように動き、俺は今度こそちゃんと円盤を狙って矢を放つ。
直後、俺の矢の尾を紙一重でかすめずに、光の矢が飛んでいった。
「チッ。」
「ご主人様が57ですね。」
フェリルが舌打ちし、ルナが淡々と点を加える。
「ハッ、矢の速さ自体は俺の方が速いんだよ。」
弦の張りが違うんだよ、張りが!
「スキルを使えば……」
「そうしたら俺は潔く敗けを認めてやるよ。スキルの補助でやっと剣士に勝てるって評価も喜んで与えよう。」
「……リーダー、自分が嫌いにならないかい?」
「生憎、俺はそこまで人ができちゃいないからな。」
精神攻撃を仕掛けてきたフェリルを突っぱね、俺は落ち着いて次の矢をつがえる。
フェリルもそれに倣った。
「さあ!これを射抜ける?」
円盤が飛び出したのは、なんと馬車の真下からだった。
「「はあ!?」」
慌ててそれに狙いを付けるも、もう遅い。この勝負を初めたときの何倍もの速さを持った円盤は、その後ろの地面に黒と金の矢が刺さったのを尻目に、彼方へと飛んでいった。
「やったぁ!」
「お見事!」
後ろを見ると、ユイ達が笑顔でハイタッチをしていた。そしてこちらの視線に気付くとお互いと小声で何やら話し、
「「フフン。」」
馬鹿にするように鼻で笑った。
「……リーダー。」
「……本気で行くぞ。」
「了解!」
味方は共通の敵によって得ることができると言う。
まさにそんな瞬間だった。
「なぁ、何で俺がこれをやることになったのかもう一回聞いて良いか?」
「貴様と貴様のパーティーがこの原因だからだ!」
聞くと、俺の後ろに立っておそらく憤怒の形相をしているだろうと声音から判断できるセラに怒鳴られた。
俺は今たった一人で、キャラバンを襲い、そして逆に殲滅させられたワイバーンの解体作業を行っている。
ちなみにワイバーンが襲ってきた理由というのは、俺とフェリルがやっていた弓矢勝負で運悪く矢の一本か意思の円盤の一つがワイバーンの群れを通過、刺激してしまったかららしい。
撃退したあと、そんな推論をベンに言われ、俺は改めてここが本当に魔物の巣窟だということを実感した。
今俺のいる場所はキャラバンの中心を走っている、一番大きな空間を持つ馬車の中。
これは本当に解体用のためのみに用意された馬車で、荷台の床は整えられ、巨大なまな板のようにのっぺりとしている。
そして俺はもう何匹目になるのか分からないワイバーンの翼を切り落とし、爪と尻尾と、尻尾にある毒の大元である毒袋を切りはずしている。
そして俺の隣で作成された、種類別の素材の山に軽く投げ、山を少し成長させた。
皮は剥いで積み重ね、肉はそのまま脇へ両手で転がした。
「なぁセラ、手伝ってくれないか?」
「誰が手伝うか。それに私に解体の技術は備わっていない。」
「はぁ、じゃあお前はなんでいるんだよ……。」
「監視だ。終わったのなら喋ってないで次に取り掛かれ。」
剣の入った鞘で強めに突付かれる。
コンチクショウ、それでも少しは手伝えることもあるだろうが。
「へーい。」
俺は生返事をし、座ったまま次のワイバーンを手で引き寄せた。
「ああ、君は、ここに、いたのか。」
解体するワイバーンがあと残り数匹になったとき、ベンが馬車を飛び伝ってやってきた。
「ベン様!あれほど危険な行動は避けるように言って……」
「あはは、大丈夫だよ、セラ。もう、コツは、掴んでるから。」
見兼ねて叱責しようとするセラをやんわりと押し止め、ベンは黙々と解体作業を続ける俺の手元を眺め始めた。
実際、キャラバンの速度はそこまで速くない。何かの間違いでフェリルを馬車から突き落としてしまったとしても、俺がダッシュで走ってフェリルを抱え、そのままダッシュで帰ってくることができるくらいだ。
……まぁ、馬車を伝って飛び回るのは危ないことに変わり無いが。
さて、それでこっちを眺め始めたベンだが、ふーん、とかほぉーとか言ってやたら感心し始めた。
「えっと、何か用か?」
ちょうどそのとき解体していた一匹をバラし終えたところで聞いてみる。
「いや、君の手際が、随分と良いと思ってね。」
「ギルドに所属してた自称元トップクラス冒険者に手取り足取り教えてもらってな。」
……あれは爺さん程ではないにしても、煩かったなぁ。
『何か言ったか?』
いやなにも。
「そうか、そうか……。よし、じゃあコテツ君、君を、臨時の解体隊長に、指名する。」
はい?
「拒否権は……あーいや、無いですね、分かります。喜んでその任を受けましょう。」
ベンの後ろでセラが剣を抜くのが見えた。なるほど、これが脅迫か。
「良かった、いつもは冒険者達の、交代制にして、いたけれど、ここまで、綺麗に解体されたのは、初めてだったから、ね。キガンテ雪山に、着くまでの、間だけ、頼んだ、よ。」
「……へい。」
俺はそう答えるしかなかった。
「団長ぉ、用件って何ですかい?言われた通り、今回のワイバーン退治で活躍したパーティーのリーダーを集めましたが?」
と、ここでゾロゾロと見知った顔の冒険者が数人、副団長のキールに連れられて入ってきた。
どうやら馬車渡りというのは皆身に付けている技らしい。
……後で練習しよっと。
「ご苦労、キール。そして、他の、皆を、呼んだのは、それぞれが欲しい素材を、優先して取ってもらう、ためだよ。」
ベンが言って、俺が作った素材の山を指し示す。
「「「あざっす!」」」
どこか体育会系なノリで冒険者達は感謝を口にし、早速素材の山に集った。
そうか、あれがこのキャラバンでの団長のとの普通の接し方か。まぁ、当然だよな、王族だし。
「はぁ。」
「考えていることは大体分かるが、今さら遅い。業腹だが、ベン様と節度を保って仲良くしてもらおう。いや、しろ。」
「言い直す必要、あったか?」
言い直す前と大して変わらない気がする。
「あった。」
そすか。
「はぁ……。」
もう一つため息をつき、慣れた手付きで再びワイバーンの解体に取りかかる。
「おお!これってもしかして毒袋か!?見ろよ、袋に傷一つ無いぜ!」
「なっ、おい、ずりーぞ。」
「あれ?これ……全部、毒袋じゃね?」
「「はあ!?」」
そんな会話がされる間に、俺はもうワイバーンを一匹解体し終えてしまっている。
俺のこの手際はもう、職人芸と言っても良いんじゃないだろうかね?
「なぁ、ベン「何かな?」……あーいや、毒袋ってそんなに凄いものなのか?」
ベンは本当にフランクに話しかけられたいらしく、名前を呼ぶと凄い勢いで振り返って見てきたために、若干詰まりながら質問する。
「冒険者にとって、毒はいわゆる、最後の切り札、だからね。自分の命を、ギリギリで、救ってくれる、ことも、ある。」
「肉は駄目になるだろ?」
「エスナを、使うことが、できれば、大丈夫だよ。」
あー、なるほどねぇ。
「それなら結構出回ってるはずじゃないのか?」
「出回ってないからあれらはあれだけ喜んでいるのだ。……ったく、毒なんて、貴様ら冒険者という者には誇りが無い。そして貴様はさっさと解体に集中しろ。さっきから口数が多い。」
「いや、もうワイバーンの解体なら完璧だ。こうやって話しながらでも……ほれ、いっちょあがりだ。」
セラにどや顔を見せ付けると、フン、と鼻で笑われた。
「おお、てめぇこの野郎、中々やるなぁ。」
代わりにキールが後ろから覗き込みながら感嘆の声をあげる。
うん、悪い気はしない。解体隊長、案外楽しいかもな。
『諦めが早いのう。』
そりゃ諦めるわ。今だってセラはいつでも剣を抜けるように腰のそれに手を当ててるんだからな?
「ん?副団長はできないのか?」
「いや、他の奴等も同じだと思うが、俺達のパーティーは狩るだけ狩って、必要な部位だけ取るか、魔物をそのままギルドに渡すかしてたからな。あ、てか副団長って言うんじゃねぇ。キールで良い。」
「あいよ。」
生返事を返して次のワイバーンに取り掛かる。
すると、さっきまで毒袋を漁っていた奴等が寄ってきてうおー、とかすげー、とか言い始めた。
……今度ネルに感謝の言葉でも伝えておくか。
俺は無意識の内に速くなっていた解体のスピードを何とか保ちながら、残りのワイバーンを解体し終えて見せた。