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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第四章:出世しやすい職業
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124 キャラバンでの日々②


 「ねぇ、あなたが今何をしようとしていたのか、教えてくれないかしら?」

 腕で俺の首を締め付けながら、いつのまにか戻ってきていたユイが聞いてくる。

 これがユイに頼まれたどこかの男だったら背後への肘鉄で済ませられたのに、ユイ本人なもんだから抵抗らしい抵抗ができない。

 なので俺は、せめて気道だけでも確保するために首に黒銀を発動させた。

 「イヤ、ごほん、いや、ちょっと散歩にだな……。」

 「……オーバーパワー。」

 「待て!俺が悪かった!でもほら、見ろよあの数を。弓だけじゃ処理しきれないだろ?」

 慌てて弁解すると、ユイも多少は納得したのか首を締め付ける力が緩む。

 「それでも、だからと言ってあの数に一人で突撃するのは無謀でしょう?」

 「いざとなれば空を飛べる。死ぬよりは手札を一枚さらしてしまった方が良いに決まってるからな。」

 「そう……一応は考えていたのね。」

 俺の首から腕が放された。

 「ふぅ、それでユイ、援軍はどうなった?」

 「私が戻ってくるときには急いで準備していたから、じきに来ると思うわ。」

 「よし、じゃあ俺はルナと一緒に数を減らしておく。ユイにはフェリルとシーラと協力して援護を頼む。」

 「いいえ、私も戦うわ。」

 指示を出して走り出そうとすると、ユイがそう言ってきた。

 「良いわね?」

 有無を言わせない表情とはこのことか……。

 「はいよ。じゃあルナとユイはペアを組んで、お互いをフォローしあってくれ。良いな?」

 「あなたは?」

 「うちの後衛職を頼りにするさ。…………頼んだぞ、良いな?」

 言いながら、ユイの背後にいるエルフ二人に、目でユイ達を守れ、と目配せをし、確認する。

 「「了解。」」

 二人は半笑いを浮かべて応答した。

 「よし、じゃあ突撃ィ!」

 なおも走ってくるコボルトへ向け、俺は軽く走り出した。


 途中でルナ達とは二手に別れる。

 三人で密集するのは、雪崩れ込んでくるコボルトに対応するのは非効率的だと判断したのである。

 俺達が走り出したのを見て、後から遅れて駆け出した他の冒険者も何人かいる。

 これでコボルト全員を受け止めきれるとは思えないが、だからと言ってあのまま援軍を待っていたら恐らく後衛職に接近戦を強いることになっただろう。

 さて、爺さん。所々で指示を出してくれよ?気配察知も完璧じゃあないんだから。

 『まぁ、良いじゃろう。ほれ、取り合えずいつも通り完全言語理解スキルを付与しておいたぞ。』

 いらんわボケ!

 そして、先頭のコボルトが俺の間合いに入った。

 俺はまず、結構ちゃんとした剣を装備しているので驚き、そしてコボルトが繰り出した突きが蒼白い光を纏ったのを見てさらに驚いた。

 「ピアース!」

 右足を踏み込みながらその突きを黒龍で思いっきり横にひっぱいて弾き、踏み込んだ右足で前方に跳ぶ。

 体の捻りを元に戻しながら黒龍を薙ぎ、コボルトの首をはねる。

 「「スラッシュ!」」

 右足で着地した瞬間、両脇から斬りかかってきたコボルトもそれぞれスキルを使っていた。

 俺は左足を右足の半歩後ろにして着地させ、体重をその左足に移動。

 腕を開くように振ることで左右の剣を体の外側へ押し流し、素早く切り返して首から血を吹き出させた。

 気配で退路を断たれたのが分かったが、無視。

 さらに踏み込んで、剣を振りかぶったコボルトの眉間を黒龍で突き刺す。背後に回ったコボルトに対し、俺は振り向かずに、逆手に持った陰龍をそのままコボルトの首の側面に突き立てる。

 「疾駆!」

 「ピアース!」

 「剛力!スラッシュ!」

 「疾風!」

 「怪力!クラッシュ!!」

 ……ったく、魔物がスキルを使えるなんておかしいだろ。これが南の魔物との違いって奴か?

 駆けてくる者にはナイフを投げ、突き技は力を操って他のコボルトを殺させながら黒龍で使用者の首を切り落とし、力任せに振られた剣を陰龍で受け止め、そいつへ右手でナイフを投げ付ける。

 隙をついて俺の間合いに入ったコボルトの短剣が突きだされる前にその腕を斬り、返す刀で顔を斜めに切り裂きながら、一歩飛び下がって槌の一撃を目の前に落ちるのを見切る。

 そして岩盤に大きなヒビが入ったのに目を見張りながら槌の上を飛び越え、左足、右足と着地、両龍をその大柄なコボルトの顎に突き入れた。

 剣を抜き、近くにコボルトがいなくなったので周りを見る。

 別にコボルトの群れを抜けたとかそういうわけではなく、ただ俺を警戒して周りに円を描くように並んでいただけだった。

 俺が一歩よると進行方向のコボルト達は一歩下がり、反対側が一歩詰めてくる。

 今度は試しに素早く二歩動いて止まると、進行方向のコボルトが急激に下がり、後ろを見ると二匹が俺の間合いに入ろうとしていた。

 「「しまっ!」」

 俺が隙を見せてしまったと判断し、勇み足で駆けてきたらしい。破れかぶれで振られた長剣とメイスを受け止め、弾き返し、それぞれの顔を深々と抉る。

 崩れ落ちる二匹。

 ……さてどうしようか。こいつら、隙を見せた途端に襲ってくるぞ。しかも全員が何らかのスキルを覚えているし。

 爺さん、援軍は?

 『交戦中じゃよ。お主のみ深入りし過ぎておるから分からないんじゃろ。』

 そうか、なぁ、このまま突き進むべきか?それとも戻った方が良いか?

 『戻った方が良いじゃろうな。こんなところで孤軍奮闘したところでコボルトの進行を止められる訳ではないしのう。』

 了解。

 構えたまま爺さんと話し、双剣を霧散させて魔装1を身に纏い、鉄塊を発動する。

 爺さん、キャラバンはどの方角だ?

 『お主は我武者羅にも程がある。……3時の方向じゃよ。』

 助かる。

 右を向き、俺は地を蹴った。

 案の定、後ろのコボルト達が駆ける音がしたが、無視。

 距離を取ろうとした先頭のコボルトを拳で吹き飛ばし、その後も肩から突進して道を押し開いていく。

 「来るぞぉ!我らが国土を守るために!剣を振るえ敵を倒せェ!」

 「「「「「倒せェ!」」」」」

 進行方向のコボルト達に後ろの方から掛け声が掛かり、逃げ腰だったコボルトはその場に踏みとどまり始めた。

 タックルの勢いがどんどん弱まり、勢いが無くなったと同時に幅広の大剣を作り出す。そしてそれを力の限り、技も何もなく、滅茶苦茶に大振りした。

 剣を砕き、槍を折り、コボルトを縦に横に斜めに断ち切る。

 力を見せ付け、コボルトの心を潰し、俺はその間を縫ってキャラバンの方へと走る。

 「何をしている!お前達に妻子は、家族はいないのかぁ!我等が安住できるこの国を、守っているのはお前達だ!敵を倒せ!敵を殺せ!人間共に国を渡してなるものかぁ!」

 「「「「「ゥォォォオオオオオ!」」」」」

 再び掛けられた声でコボルトはまた盛り返してきた。……国なんてあったのな。

 次から次へとコボルトが襲いかかってきて、俺の進行はまた遅くなっていく。

 これが士気の力か……。

 爺さん、掛け声を出しているコボルトはどれだ?そいつを殺らないと流石にキツイ。

 『一時の方向、約10メートルじゃ。気配察知でも判別できるはずじゃぞ?』

 ……あ確かに他のコボルトよりも一際って訳じゃあないが、気配が強いな。

 大剣を肩に担ぎ、腰を右に捻りながら右足を踏み出す。

 「セイ……リャアッ!」

 思いっきり大振りして右足を軸に回転、姿勢を低くしながら左足を前方に踏み込み、右足で地を蹴る勢いで大剣を振り上げた。

 そうして半径約二メートル程の空間を作り上げ、厄介な掛け声を発するコボルトの方へと駆け出……

 『あー、お主、やっぱり戻った方が良いぞ。あと、その鎧兜を見られたくないのなら早々に解除せい。』

 ……そうとしたところで、爺さんにそう言われた。

 取り合えず指示に従い、黒龍と陰龍に持ち直す。

 何で?

 『すぐに分かる。』

 「薙ぎ、一閃!」

 本当にすぐに分かった。

 強い気配があると思っていた場所を巻き込み、そこら一帯が薙ぎ払われたのである。

 使われた武器は薙刀。

 使った奴は上半身裸ではなく、ライトメイルのような物を着た団長、ベン。

 「ん?ああ、途中から、コボルトの集中が、散漫になっていると思ったら、君のおかげか。」

 俺に気付いて微かに目を開き、ベンは両手で薙刀を振り回しながら言った。

 ……援軍が到着したか。

 「護衛のセラは?」

 「僕は、一人で、来たんだ。セラは、僕に付いてこれないから、ね。それにしても、君は、ついてないね。ここに来た、次の日に、こんなことに、なるなんて。」

 それ、護衛の意味あるのか?

 「はぁ……、全くだ。」

 ベンの薙刀の攻撃範囲外を見極めながら周りのコボルトの急所を断っていきながらため息をつく。

 掛け声を出すコボルトがいなくなったからか、敵の士気は減衰していくばかりで、俺に背中を斬られるコボルトも出始めた。

 やっぱり大剣と言い、薙刀と言い、大きい武器は相手を圧倒するからなぁ。

 「ベン!さっさと戻るぞ!こいつらにはもう戦意はない。そいつらに無駄に体力を消耗するよりは戻ってキャラバンを守った方が良い。」

 「……はは、分かった。」

 ベンは薙刀を振り切った状態で面食らったような顔をし、少し笑って了承してくれた。

 そして俺はつい王族に向かって指図してしまったことを思いだし、王族を怒らせたんじゃないかと内心ヒヤヒヤしていた。



 コボルトを撃退しきったとき、空は既に茜色だった。

 「今日は、皆、お疲れ様。乾杯。」

 各パーティーのリーダーは本日2度目、団長のテントに集められ、酒の入った木製ジョッキを渡されたかと思うと、そこでベンに乾杯の音頭を取られた。

 「「「「「か、かんぱーい。」」」」」

 あまりにも急な流れに戸惑ったのは俺だけじゃないようだった。

 「な、なぁ、いつもこんなことしてる訳じゃないのか?」

 隣に座っている、パーティーリーダーの一人に聞く。

 「ん?あーいや、一々魔物を倒したぐらいで酒を飲むなんてのは初めてだ。まぁ、竜みてぇな大型の魔物やグランドボアとか、肉が旨い魔物を狩ったときはやってたが……。」

 と、その隣の冒険者も会話に入ってきた。

 「それによぅ、新入り、団長があんなに嬉しそうなのは初めて見るぜ。」

 なるほど、確かにベンはかなり嬉しそうだ。

 「何かの仇を討てたとかか?」

 「さぁ、分からん、でもまぁただで酒をくれたんだ。存分に楽しもうや、なぁ?」

 「「……だな!」」

 俺は調子を合わせ、笑った。

 ……でも明日出発するんだよな?大丈夫なのか?

 周りと調子を合わせて飲んでいると、チョイチョイと肩を叩かれた。

 振り返ると、腰の剣に手をかけた鎧姿の女性がいた。

 そしてそれを見て周りの冒険者達はしれっと俺から距離を取った。さすがというかなんというか、危機察知能力が高いなぁ。

 当然、肩を叩かれた本人の俺は一緒に逃げることができない。

 「貴様、王子を呼び捨てにしたらしいな。本当か?」

 「まぁまぁ待て待て!ほら、今は皆楽しんでるだろ?そんな物騒な剣から手を放そう、な?」

 「あの数のコボルトに対してたった数えるほどの者を連れて突っ込んでいった男の台詞とは思えないな。そして生還したことから、それなりに実力も伴っているらしい。」

  ……これは、褒めてるのか?

 「とにかく、私は王子に言伝を頼まれただけだ。『これからもベンと呼んでくれ。』だ、そうだ。」

 ……は?

 「罰とかそういうのは……」

 「無い。王子は前から民と親交を深めたいと思っておいででな、貴様に名を呼ばれてあのように喜ばれているのだ。」

 「それを知ってるならお前もあいつをベンって呼んでやれば良いんじゃないか?そうすれば他の冒険者達もベンって呼びやすいと思うぞ?」

 「わ、私は!その、王子の、護衛騎士として……。」

 「異性の護衛騎士ってことは婚約者なんだろ?どうしたってそのうち、そういう関係になるんじゃないのか?」

 もしかして恥ずかしがっているのかね?いや、たぶん恥ずかしがっているんだろうな。

 「き、貴様、なぜその事を!貴族でも無いのに……名もない没落貴族か?」

 「変な設定を勝手に付けるんじゃない。俺は貴族じゃないし、没落した覚えもない。貴族の子供に色々教えていただけだよ。」

 「それでもこれはそう軽々しく……あぁ、なるほど、理解した。」

 元教師証のバッジを見せると、セラは納得して静かになった。

 「まぁ、とにかく言伝は聞いた。わざわざありがとうな。お陰で安心して寝られる。」

 「寝首を掻くとでも?」

 「その通り。」

 「おうj……ベ、ベンはそんな奴じゃ、ない。」

 おお、頑張ってる頑張ってる。

 ニヤニヤ

 「俺が言ってるのはお前の事だよ。ベンのためなら何でもやりそうだからな。」

 「そんなことはない。……ベン、の、ためなら、私は騎士の誇りにかけて正々堂々と殺してやる。」

 殺すのは確定なのね……。

 「アハハ……まぁそのときは必死で逃げさせてもらうさ。」

 苦笑いをしながらセラから離れ、他のリーダーとの話に混ざりに行く。

 ……俺も成長したなぁ、今までだったらテントの隅の方で小さくなっていただけだったろうに。うんうん、成長するのは良いことだ。

 『命のやり取りを何度も行ってそんなことに怯える事の方がおかしいわい。』

 うっさい、それでも成長は成長なんだよ。感慨に浸らせろ!

 


 「ん。」

 「なぁルナ、もしかしてとは思うが、それってわざとやってるのか?」

 毎日やることになった尻尾の手入れは昨夜の件があってもやめるつもりは無いらしく、ルナは俺の右隣に座り、俺の肩にしなだれ掛かっている。

 「なんの事ですか?んん……ふぅ。」

 「それのことだ。2年近くこれをやってるが、慣れない物なのか?それとも俺が下手くそだとか。」

 「ご主人様は悪くありません。……むしろご主人様じゃないと嫌です。」

 「で、わざとやってるのか?」

 「気持ちいいのは本当ですよ?我慢はできますけど、そこはご主人様に甘えているんです。ふふ。」

 悪戯っぽく笑うルナ。そこら辺、どうも俺が強く出れないのは既に熟知されているらしい。

 「なぁ、惚れた弱みって言葉があるが、お前の場合、全部強みに変換してるよな……。勝てる気がしない。」

 「それはご主人様が優しいからです。……そしてそういうところも好きです。」

 「そう、そういうのに弱いんだよ俺は。……はぁ。」

 自分が情けなくてため息をはく。

 「嫌ですか?」

 「……困ったことに全く。」

 「大変ですね。」

 「はっ、誰のせいだ。」

 「ふふ、わがままですみません。」

 「全くだ。」

 あ……。

 ルナの頭を右手で撫で、俺は苦笑した。


 寝る直前、性懲りもなくまた娼婦を買いに行く途中、見張っていたシーラに見つかって縛られ、馬車の外に転がされたフェリルは大丈夫だろうか、とかなりどうでも良い思考が何故か頭をよぎった。

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