121 キャラバン
走る。
飛んできた氷塊を斬り、首を傾けて矢を避けながら走り続ける。
襲いかかってくる二本の刀を、黒龍と陰龍でそれそれ脇に流し、右足を半歩下げて両膝を曲げることで刀の所持者二人の放つ火炎を避けて右足、左足の順に地を蹴る。
一気に加速。刀使い二人の間を駆け抜けた。
前衛の二人は後、まずは後衛を倒すのが得策だと判断したのである。
「フリージア!」
後衛の片方が古代魔法を放つ。
凄まじい冷気を帯びた光線を障壁で一瞬だけ受け止め、その場を走り抜けることでかわし、四肢の動きを妨害しに飛んでくる矢は見切る。
「「ウォール!」」
あと数秒で後衛を間合いに入れられる、というところで四方で巨大な壁が一気にそそり立ち、囲まれた。上には分厚い氷で蓋をされた。
考えること数秒、黒魔法で人一人入るか入らないかぐらいの大きさのドームを作って囲まれた空間の中央に設置、隠密スキルを発動して壁の隅の地面に這いつくばる。
「さぁ、周りは囲んだわ!観念しなさい!」
「まだだ!俺はまだ戦える!」
外からの勧告に言い返す。
「リーダー、往生際が悪いとモテないよぉ。」
「ハッ、裏切り者が何を言うと思えば。そんなもん、とっくの昔に諦めたわ!」
あれ、目から汗が。
「ご主人様、大丈夫です。諦める必要なんてありませんよ?」
「慰めるな!余計悲しくなる……。」
「いい加減にしてよ大人げない。……皆、魔法を解除するから、用意して!」
一斉放火でも仕掛けるつもりだろうが、俺はそんなに甘くないぞ。
這いつくばったまま、いつでも動き出せるように体勢を少し変える。
そして、岩壁が瓦解した。
その破片が多少当たるが、我慢できる程度である。
同時に黒いドームに向けて色とりどりの魔法が叩きつけられる。
騒音が鳴っている隙に一番近くにいたルナに向かって、手で地を掴み、姿勢を低くしたまま獣のように駆け、飛び掛かった。
地面は岩肌なのでルナの銀髪に左手を置き、腰辺りに右腕を回す。そして声が出せないようにルナの頭を俺の体に押し付けて倒れ込む。
「ふぅ、 まずは一人だ。……おいこら。」
言って体を起こそうとすると、戦死扱いのはずのルナに体をまた引き寄せられたので、抗議の声を出す。
「あ!本体が奴隷ちゃんに!」
チクショウ、もう見つかったか。もう少し時間を稼げると思ったのに。
「待て!こいつがどうなっても良いのか!そのまま魔法を使えば直撃するぞ!」
仕方ないのでルナを抱っこする形で立ち上がり、脅す。
「ちょっと、ルナさんは戦死扱いでしょう?」
「放してくれないからしょうがないだろ?……ほらルナ、危ないから放せ。」
「これは愛の力です。だから放せません。」
「ここにはお前が体を張ってでも守りたい恋人でもいるのか!?それに体を張るのは普通男の方だろうが!」
「死体は喋れませんよ?」
……このやろう。
「ファイアボール!」
放たれた火球を障壁で防ぐ。
「こらユイ!危ないだろうが!」
「あなたならルナさんを傷つけないって信じてるわ。」
「……女の子が信頼してくれるなんて俺はとっても嬉しいよ。はぁ……。」
ユイといい、ルナといい、いつの間にこんな悪知恵を働かせられるようになったんだ……。
「フレイムアロー!」
「バカヤロー!」
ルナを左手で支えながら障壁を展開して火の矢を受け止め、ありがたいことに(?)ユイと違って俺を信頼していないシーラとフェリルを標的を絞り、黒龍を片手に走る。
まずはフェリルだ。
「リ、リーダー?」
すまんなフェリル、卑怯だと思うが悪く思わないでくれ。
「フェリルさん!そのまま真っ直ぐ射かけて!」
弓を構えるかどうか躊躇していたフェリルだったが、ユイの声掛けにより、流れるような動作で弓を構えた。
「悪く思わないでねリーダー。致命傷は避けるから、後でユイちゃんに治してもらって。」
嘘だろおい……。
距離はもう五メートルもない。
「龍眼!」
こんな所で使うはめになるとは。
矢が放たれる。進路は俺の右足の脛。
フェリルの弓から目を離さず、左足を無理矢理地に踏み下ろしながら右足を上げ、左足一本で軽く跳ぶことで矢を回避。
これでフェリルが油断してくれていれば楽だったのだがそんなことはなく、二本目の屋で左足の着地地点を狙われた。
両足をしっかりと曲げ、着地のタイミングを少し遅らせることで、先に地面に刺さった矢を上から踏みつける。もちろん弓からは目を逸らしていない。
流石に両手が塞がった状態で、至近距離で矢を対処した俺に目を見開いたフェリルは地を蹴って下がりながら、さらに二本の矢で牽制してくる。
が、どれも直撃コースではない。
そう、矢が放たれた瞬間に看破した俺は、両足で地を蹴り、接近しようとした。
……矢の軌道が急激に変わるまでは。
俺の左右に飛んでいくはずだった矢は空中でいきなり曲がり、俺の太股を正確に襲ってきた。
右側の矢を黒龍で叩き落とし、もう片方に対して障壁を作り上げる。
「ブリザード!」
俺の右側から今度は冷気を纏った突風が襲いかかってくる。シーラは俺に隙ができるのをずっと待っていたらしい。
咄嗟に前に飛び込み(もちろん俺に引っ付いているルナを抱き締めながら)、攻撃範囲から逃げる。
バッとフェリルに視線を戻すと三本の矢が立て続けに俺の体の中心に放たれていた。
障壁は間に合わないと判断、黒龍を小さな盾代わりとして矢を弾きながら走行を続ける。
フェリルが俺の間合いに入るまであと一歩。
「正確な射撃が仇になったな。」
おかげで最後の三本は黒龍で防ぎやすかった。
「勝負あったかな?」
ニヤリと笑うフェリル。観念してくれたらしい。
「往生際が良くて助かる!」
フェリルの肩を黒龍の持ち手で軽く叩こうとしたところで背後から気配を感じ、左肩越しにチラリと目を向ける。
ユイが接近してきていた。
フェリルの笑みはこれを見てのことだったか……。
走るのはやめない。
時間稼ぎのため、黒龍を左肩越しにユイに向けて投げ、そして腕を戻す勢いで肩から抜いたナイフをフェリル足に向けて投げる。
「!しまった!」
俺が背後に気を取られるとでも思ったのであろうフェリルは不意打ちに反応できず、ナイフはその太股をかすった。
フェリルの戦死を確認し、ユイへと視線を向ける。
「スピアー!」
投げた剣はさっさと弾き飛ばされ、刀の長いリーチを活かした突きが繰り出されていた。
新たに黒龍を作り上げ、体を時計回りに一回転。刀を側面から押して突きの軌道を逸らし、再びフェリルのいる方向を向いて、距離を取るためにさらに走る。
「仕方ないわね……オーバーパワー!」
目を向けると、俺は既にユイの間合いに入れられていた。
やっぱり勇者スキルはずるい。
「一ノ太刀!」
ユイが上段から、ご丁寧にもスキルを発動して、刀を振り下ろす。
……直撃コースである。
俺は左足、右足と地に足を踏み込んで体の動きを強制的に止める。黒龍を左肩越しに背中へ回して蒼白い光を纏った刀の一閃を受け止め、そのまま左側へと受け流す。
「お前、殺す気か!」
「いいえ、信頼していたのよ。……私達の勝ちね。」
「は?べっ!?」
俺が疑問の声を発すると同時に、頬に叩き付けられる氷の塊。
シーラに魔法で狙撃されてしまったらしい。
こうして俺達、Sランクパーティー〝ブレイブ〟は、大規模開拓団〝ハルバード〟としばらく行動を共にすることとなった。
さて、事の発端は一つ目の神器を手に入れたあと、いよいよ人間による支配が行われていない山岳地帯に入った俺達は、約2週間の放浪の末(魔物のいる場所を避けていたため、かなりの遠回りになったのである。)、山のような数の魔物に取り囲まれたのだ。
内訳はゴブリンが大半を閉めていた(幸いゴブリンキングはいなかった)が、あまりの数の暴力に、対抗しようとする意思すら芽生えず、俺の案内(=爺さんの案内)で逃走した。
そして、やっとのことで包囲網を抜けたところで、いくつもの馬車が寄り集まってできた、言わば移動する村、キャラバンが休憩していたのに遭遇したのである。
取り合えずキャラバンの方へと馬車を進めると、見張りが俺達を見つけ、キャラバンから数人の冒険者がやって来た。
始めは山賊の類いなんじゃないかと疑いを掛けられたが、魔物に取り囲まれて逃げてきたこと、そして俺達がギカンテ雪山を目指していることを説明すると、感心した風で少し待つように俺達に言い、今度は禿げた筋肉質のおじさん、本人が言うにはキャラバンの長を中から連れてきた。
そして、ギガンテ雪山まで行くのに協力するから一時的にでもキャラバンに加入しないかと聞いてきたのである。
俺は当然反対した。
安全を確保できるとしても確実ではないし、案外人間の集まっている場所を重点的に襲う魔物もいるかもしれない。それにこんな大所帯だと移動に時間がかかり過ぎるし、人間関係による変なトラブルに巻き込まれて時間を取られる可能性だってあるからだ。
他にも腕の良い料理人もいたり風呂を提供できたりと言ってきたが、少し我慢すれば両方どうにでもなるので俺はすっぱり断った。
ここで、俺はルナを含め、女性陣の猛反発を食らったのである。
どうも、この頃の食事(倒した魔物の肉を焼いて塩をかけた物と爺さん知識によって集めた、食べられる野草のスープや炒め物)に飽きが来ていて、その上長らく風呂に入れなくて不満がたまっていたらしい。
それぐらい、目的を達成したらいくらでもさせてやると言ったのだが、全くもって聞く耳を持たない。風呂に入りたいのなら青と赤の魔法によるシャワーで済ませれば良いなんて言ったときにはユイが掴みかかってきた。
そこで多数決を取ろうとシーラが言い出し、このままでは結果が確定してしまうと思った俺はパーティーリーダーの権力を振りかざして交渉。何とか俺の一票を二票分として数えさせることに成功する。
当然、多数決は膠着状態に陥る。俺は何度もルナを説得しようとし、向こうはフェリルに取り入ろうとしたが、何度やっても結果は変わらなかった。
そして、その様子を半分面白そうに見ていたキャラバンの長がフェリルに何事か耳打ち。
結果、フェリルは女性陣の味方となることを表明した。
はてさて困った俺は、ルナに恥も外聞も捨てて泣きついた。そしてルナの耳元で毎日尻尾をすいてやるとか、俺に協力しなければ二度と尻尾の手入れをしないと言い、なんとか寝返らせた。
女性陣からは非難の嵐が襲ってきたが、無視させてもらった。
再びの膠着状態。
そして決まらないならもう勝負で決めようということになった。ちなみに全員でのじゃんけんは人数差により却下した。
2体3かと思った矢先、ルナに泣き落としをされ、やむ無くその意思を尊重。1対4となった。
ルールは相手の手か武器にほんの少しでも触れられれば戦死、勝利条件は敵の全滅、という物である。
そして冒頭に戻る。
「ここが団長のテントだ。俺が報告とか色々やる間、てめぇは景色でも眺めておけ。」
キャラバンの長と名乗っていた男(実は副団長だったらしい)に周りよりも一際大きいテントに連れてこられた俺は、そう言い残されて指示通りボーッと周りを眺めた。
キャラバンというのは、スレインの北方、未開地域に足を踏み入れたSランク冒険者の集まりであるらしい。(まだSランクでない冒険者には帰るように言うらしい。)
各冒険者達の目的は様々で、ハンターや俺達みたいなトレジャーハンターもいれば、名声を轟かせたい者、興味本意で同行している者と様々であるらしい。
そしてこのキャラバン自体の目的は人間の支配地域の拡大。加わるも脱退するもかなり自由で、俺達みたいに途中までの協力関係を結んでいるパーティーも幾つかあるらしい。
……この制度で成り立っていることから、結構過ごしやすいのかもしれない。まぁ移動に時間が掛かるのは確実だが。
キャラバンの資金源は、討伐した魔物や採集した珍しい野草、鉱石の売買で、今は商売を終え、再び出発したところであるらしい。
「なぁ、ゴホン、質問して良いですか?」
「おいおい、まさか俺達を忘れたのか?あと少しで決闘もかくやってぐらいになってたのによぉ。」
口調を直し、敬語で俺の隣にいる冒険者に聞くと予想外の事実を言われた。
え?
「ヒント。」
「青の翼。」
「………………もういっちょ。」
これで分かっただろう、とどや顔を浮かべた男は、俺が人差し指を立てて聞き直すと、あからさまに落胆した顔をし、考え込んだ。
「そうだな……あ、知ってるか?毒竜の死体ってのはよぉ、ほっておくと自分の毒で自然に溶けてなくなるんだってよ。」
「あぁ!あれか、俺が毒竜を倒して得た金に僻んでた!」
「言い方をよぉ、もう少し考えてくれよ……。あのときは疑って悪かったって本人も思ってるからよぉ。」
「いやすまん、あのときの記憶はほぼ無かった。最近忙しくてな。それで、その本人ってのは……」
「さっきテントの中に入って行った奴だよ。」
「あの僻み野郎が副団長様かぁ。……出世したなぁ。」
「まぁ向こうも覚えてるだろうけどよぉ、あまり思い出したくないだろうから。あ、ちなみに俺の名前はヨーセルだ。」
「おう、分かった。俺はコテツだ。で、質問なんだが、何が高く売れるんだ?」
「俺は商売を受け持ってないから分からんがよぉ、レアモンスター、たとえばエルダーリッチなんかの体の一部は薬の材料に使えるらしいぞ?」
「へぇ……。」
相槌をうちながら右手の親指で中指に嵌まった指輪を擦る。
しばらくはリッチを使えないな。まぁ、呼び出さないといけないような状況には、なったらなったで困りものだが。
「おい、入ってこいってよ。」
テントから顔を出した禿げ……副団長が俺を呼んだのを聞き、ヨーセルが行ってこいと顎をしゃくる。
「キールと仲良くな。」
「あいよ。」
……副団長はキールって言うのか。
返事をした俺は、テントの上方にある気配に内心首を傾けながらも、テントの中へ入った。