119 ヘール洞窟②
リッチとの間に居並ぶ無数のアンデッドの大軍とぶつかる直前、鎧の補助を最大限活かして大きく跳躍し、その頭上を通過。
ルナ達には申し訳ないけれども、彼らに一々構っている暇はない。
「隙だらけだ墓荒らし!」
しかしそうして一気に距離を詰められることを許すつもりはないようで、御輿の上のリッチは骨張り過ぎた右手を俺に向けた。
「ヘルフレア!」
低く響く声と共に放たれたのは放射状に広がる無数の黒い火の粉。
一見、危険そうには見えるものの、要は小さな火の粉だ。できて軽い火傷を追わせるぐらいだろう。
だから防御を鎧に任せて身体を丸め、そのまま黒いモヤへ突っ込めば、俺が触れた端から火の粉が小爆発を起こし、リッチへ向けて落下していた俺の身体をあらぬ方向へふっ飛ばした。
「うぉぉっ!?」
痛みや怪我は大してない。ただ、あの中で自由に動くのが無理なことは思い知った。
きりもみする身体を空中で何とか制御し、真下へワイヤーを飛ばして引っ張り、着地。踏み潰したゾンビ兵がグチャ、と気持ち悪い音をさせたのは無視。
「ブロウ!」
そして地道に地面を走り始めた途端、強い向かい風が吹き、小さな爆弾の群がそれに乗って襲い掛かってきた。
爆発のタイミングはリッチの意のままなのか、俺との距離がまだある火の粉はアンデッドに触れても爆発せず、俺の近くの物のみ、閃光と爆風を撒き散らす。
「クソッ、面倒な!」
対し、俺が後退しながら作り上げたのは厚めの盾。
それを目の前に立て、半ばブルドーザーのように火の粉とアンデッドとを押し退けながらリッチとの距離を詰める。
爆発の振動が縦越しに伝わるも、俺を押し返す程ではない。
「小癪な!クリエイトゴーレム!」
しかし、そんな快進撃が続いたのは、いきなり現れた全長5メートル程の巨人の足に真正面からぶつかるまで。
岩でできた巨大な人型を押し退けてやろうなんて考えはすぐに捨てた。盾を消し、目の前の太い柱の右を駆け抜ける。
幸い、周囲に舞う火の粉はもうほとんどない。
「ゴーレム、ねぇ。」
走りながら呟きつつ、岩人形へと目を向ける。
体の色はここの土と同じ。短い銅からは体長と比べると若干細め手足が伸びており、ただしそれらの先は異様に太い。そして胴の上には小さな頭が申し訳程度にちょこんと乗っている。
……なかなかに愛嬌があるな。
我ながらのんびりとそう考えていると、いつの間にか目の前にそのゴーレムの左拳が迫っていた。
「速いっ!?」
蹴り出していた右足を真下に下ろして無理矢理走る軌道を変え、右へと跳び込んだ直後、細めの腕に対して不釣り合いに大きい左拳が地面を削りながら俺のいた場所を通過。そして初速をつけ過ぎた振り子のように虚空へ巨大なアッパーが放たれた。
……あんなのに当たったらただじゃ済まないぞ。
ほぅ、と息をついたのも束の間、リッチがこちらへ骨の指先を向けているのがアンデッド達の間から見えた。
即座にゴーレム肩へワイヤーを飛ばし、思いっきり引っ張り、横へ倒れ込もうとする自身のベクトルを振り子運動で無理矢理前へ変換する。
「ダークレーザー!」
レーザー?
少年心をくすぐる魔法名に振り向くと、細く黒い線が一本、何体ものアンデッドの体を貫通して、俺のいた地面に突き刺さっていた。
「逃がすか!」
正直しょぼいと思った瞬間、リッチがレーザーを放つ指を腕ごと振り上げる。すると黒い線はアンデッド達の身体をやすやすと切断しながら真っ直ぐこたらへ向かってきた。
慌ててワイヤー長さを伸ばして高度を落とす。しかし次の瞬間、熱線に触れたワイヤーの方があっさり焼き切られてしまった。
堪らず背中から地面に着地。ただ、鎧のおかげでダメージはない。しかし間髪おかずに熱線が横へ一振りされると、斬られたゴーレムの胸から上がこちらへ滑り落ちてきた。
即座に立ち上がり、前へと全力で走って落石から逃れる。
しかし走る先では2体目のゴーレムが生まれようとしていた。
このまま地面を走っていても埒が明かない。……手札を一つ見せるしかないか。
空中に足場を作り、蹴る。
そのまま階段を駆け上がるようにして、自身の高度を上げ、俺はついでに新生ゴーレムの後頭部を後ろに蹴飛ばしてリッチの方へと加速した。
「ほぅ、飛べるか!面白い!だがこれを避けられるか?」
感心した風に言い、リッチがその十本の指からあの厄介な黒い熱線が伸ばした。
「如何なる方法だろうと飛行の魔法は一種の到達点だ。我が軍門に下れば一層取り立ててやろう!」
軍門に下るって、真下のアンデッド達みたいになるってことか?取り立てられて何になるんだか。
黒い檻が段々と俺に迫ってくる中、リッチの腕を切断ししようと魔素の遠隔操作で長剣をリッチの頭上に作り上げる。
やはり魔法使いだからか、こういう視界外からの攻撃に対する勘は鋭くないようで、それに気づかれる様子はない。
「なに!?」
直後、俺の周りからレーザーが全て消失した。
リッチが驚愕の声を上げたけれども、俺だって驚いている。何せ作り上げた剣はまだリッチの上で待機しているのだ。
ただし現実問題としてリッチの手首から先は既になく、その脇には光の矢の刺さり、凍り付いた骨の手が転がっている。
「僕の援護はどうだい、リーダー!」
フェリルか!
「助かった!」
どこからか聞こえてきた得意げな言葉にに声を張り上げて返し、リッチへ向けて空を駆ける。
「……させるか!ヘルフレア!」
もちろん、相手は魔法を封じられた訳じゃない。
迎撃のため、黒い火の粉が再び俺を襲い来るけれども、その対処法なら既に確立している。
「二度も効くか!」
作るのは障壁2枚。
それをくの字に繋げて目の前に置き、俺の身を隠すような盾とすれば、連なる爆発はその表面を撫ぜるだけに終わり、本命の俺には届かなくなる。
後はリッチの気配へ向けて一直線に落下するのみ。
「ダークレーザー。」
しかし、自らの視界を遮っていたのが仇となった。
落下の途中、黒い熱戦が盾を貫き、咄嗟に身をよじった俺の右脇腹を鎧ごと抉ったのだ。
「ぐあぁ!?」
すぐに障壁を消せば、リッチの指が俺を指差してるのが見える。
せっかくフェリルが射落としたってのに、元々着脱可能だったらしい。
それでも彼我の距離は10メートル弱。十分以上に詰められていた。
激痛を堪えて鎧を操作し、体勢を整えて地面に着地。
「ブラックミスト!」
「ヘルフレイム!」
同時に煙幕を張って横に転がれば、全く検討違いの方向で爆発が起き、そこにいたアンデッド達が吹き飛んだ。
「無駄な足掻きを!」
やっぱり目眩ましは有効か。着脱可能な手首なんていう人間離れした要素がある割に、五感は人間と同じと見て良いのかね?
頭を回しつつ立ちあがり、脇原を補助、補強する。ついでに纏っていた鎧は魔装2へ形を戻した。
まさかあのリッチの魔法の前だと防御力がほとんど意味をなさないとは。……あと、何で俺の右半身ばっかり負傷するのだろうか。
ともあれ、残り数メートルの詰め方は考えついた。あとは実践あるのみ。
未だ濃い霧の中、地面を思いっきり蹴飛ばしてやり、
「龍眼。」
眼の能力を底上げして、
「鉄塊。」
スキル光を纏ってさらにはナイフを右手に持って構える。
「そこか!っ!?」
そして煙幕から脱したと同時に投げたナイフは、こちらに目を向けたリッチの額に正確に刺さり、遥かな天井を見上げさせた。
「こんな、物で!」
もちろん効くとは思ってない。目的は俺から視線を外させ、少しでも時間を稼いでこちらの間合いに相手を入れること。
すかさず周りにいたアンデッド達が武器を持って押し寄せてくるけれども、俺の横を通りすぎていった岩石で押し潰され、飛んでいった。
シーラの援護だ。……あの二人が仲間になってくれて良かった。
おかげで攻勢を緩めずに済む!
作るのは、これまで数々のアンデッドを、その核の在り処なんぞ知ったことか叩き潰してきた黒い物体。位置は当然、リッチの頭上だ。
「ハンマーッ!」
「無駄だ……プレシディウム!」
しかし、相手は額のナイフを片手で抜きながら、上から落ちてくる大質量の黒い塊を左手一本で防いでしまった。
決まり手だとは元より思っていなかったものの、まさか真っ向から防がれるとは思わなかった。
確か、シーラのフリージアを防いでいた魔法だよな?何の魔法が……
『茶色の古代魔法じゃ。必要な魔力が多すぎるために範囲は小さいが、完全無欠の防御魔法じゃよ。』
こいつ、物理攻撃が効かないのかよ。
『なに、お主の剣戟全てに付いて行くには魔力がいくらあっても足りぬわい。』
そりゃ助かる。
「フレアストー……何!?」
リッチが黒い火炎を纏った右腕を振り上げ、それをぶっ放そうと振り下ろ……せず、そのまま固まる。
タネは簡単、振り上げられたままの右腕は、ワイヤーによりリッチの背後の地面に繋げられているのだ。
「く、貴様ッ!」
左手の平が素早くこちらに突き出される。
しかし惜しくもそのせいで、その手は俺の間合いに入ってしまっていた。
集まっていた黒い炎ごと、骨ばり過ぎた左手首が宙を舞う。
さらに振り抜いた黒龍を切り返させれば、リッチの背骨や着ていたマント等の立派な装束が揃って上下に分かたれた。
しかし、そこに核は無かったらしく、リッチの身体のみがすぐさま元のようにくっつく。
「剣士が我に勝てるはずなど無いのだよ!我はあらゆる痛みを感じない。この体も核さえあれば不滅である!さぁ、我が軍門に下るが良い……ブレイズストーム!」
そして、リッチは体勢を崩すどころか怯むことさえなく、いつの間にやら再生した左手を今度こそ俺に向けた。
しかし、なにも起こらない。
「ハッ、大した魔法だ。」
タネは俺の無色弾。
心底馬鹿にしたように笑って挑発してやる。
「貴様ぁ!」
右手首のワイヤーを無理矢理焼き切り、両手が俺へ思いっきり振り下ろされる。今度こそどす黒い炎を纏わせているから受け止めるのは悪手だろう。
だから後ろに素早く二歩下がり、太めのワイヤーを地面から伸ばしてリッチの両手を縛って拘束した。
「だからどうした、ストーンパイル!」
直後、俺の足元から何本もの杭が花開き、破裂した。
この野郎、手以外からも魔法が使えたのかよ!?
避けることは不可能だと判断。どうしても直撃するもののみを対処し、残りは体を捻って掠り傷に収めた。
「そこだ、ダークレーザー!」
「ぐぅ!?」
リッチの縛られたままの手の指先から出た熱線に左腕を貫通される。
即座に相手手を拘束するワイヤーを鋭く細くし、縛る力を強めて手を絞め、切る。
意味がないのは分かっている。ただ、一瞬でも魔法を中止させるにはこれしか方法がない。
「手はなくとも魔法は使える。ダークレーザー……くっ、またか!」
無色魔素の膜を作って飛ばし、発動されようとした魔法を中断させる。
無色弾は最小限の魔力で使える代わりにどこから魔法が来るのかを予測しないといけない。無色の膜なら対象の体の近くに発動点があれば無効化できる。
ただし、多目の魔力と、必要な魔素を集めて形を為すまでの準備のために時間がしばらく必要なところ、そして無駄になる魔色が多いことが欠点だ。
「無色の魔法、面倒くさいだろ?」
小馬鹿な口調で挑発をしながら再度接近。魔法が何度も不発に終わり、それに対する怒りで刹那的な判断の鈍っているであろうリッチの右肘を切り落とす。
再生するとて、その手間を増やせるだけでも御の字だ。
あとは稼いだ時間の中で、核の在り処を探り当てること。
「クリエイトゴーレム!」
背後から地響き。
「くそ、そう来るか!」
見れば、前と同じ形のゴーレムが拳を今にも振り下ろそうとしていた。
「ヘルフレイム。」
同時に正面のリッチが口から火を吐いた。
咄嗟に真横に跳び込む。
しかし二つの攻撃から逃げた次の瞬間には、ゴーレムがもう片方の手を地を凪ぎ払うようにして振りだしたのが視界に入った。
飛びこみ前転をして飛び上がり、巨大な手が来る前にゴーレムの胴体にワイヤーを飛ばし、向かってくる掌を飛び越えようと、引っ張る。
「レーザー!」
しかしそのワイヤーは即座に焼き切られた。
「そう簡単に行くとでも思ったか!
両腕の直ったリッチは心なしかニヤリと笑った気がした。
事実、もうゴーレムの手はすぐそこまで来ている。避けられる距離では無い。
「チッ、仕方ない。」
双剣を霧散させ、腕を交差、衝撃に備える。
「黒銀!」
そして俺は、巻き込まれた哀れなアンデッド達と共に吹っ飛ばされ……ず、そのまま石の手に捕まれた。
……騙された。
咄嗟に魔装に魔力を込め、筋力も総動員して共にゴーレムの手の平をこじ開けようとするも、ウンともスンとも言ってくれない。
「もう動けまい、貴様もここまでだ。ヘルフレイ…………まだ足掻くか貴様ぁ!」
あからさまに手の平を向けて魔素を集め始めたので無色弾を使ってやれば、リッチは大声で怒りを顕にした。
……当たり前だと怒鳴り返したい。
とはいえ、体を圧迫する力は強くなっており、黒銀を発動した体も流石に痛みを感じ始めた。
頭を回転させ、対応策を考える。
……力業だ。でも他に思い付くことはない。それにこの際だ。やってみるか。
黒色魔素をゴーレムの手に纏わり付かせ、俺を握る手の主導権を狙う。
リッチの方も常に意識し、防御と侵食を同時に行う。
こいつの大体の魔法は、協力な代わりに体の一部を起点にしないと使えないらしく、無色の魔法が成功例しやすい。そしてその体から離れた場所からの――ストーンパイル等の――魔法にも逐一反応して防いだ。
後の問題は、俺の反応しきれない魔法を使われた場合、致命傷は防ぐとして、それ以外を甘んじて受けるしかないことと侵食が遅々として進まないことか。
「えぇい、面倒な!ヘル……くっ、今度は矢か!」
魔法を放とうとしたところで光の矢を手に受け、魔法は明後日の方向に発動される。
リッチは身動きのとれない俺に背を向け、フェリル達との遠距離戦に集中し始めた。
その足元は半ば氷付けにされており、腕に刺さった矢からも氷が発生して動きを阻害している。
「リーダー!自力で抜けられるかい?」
「時間をくれ!」
「時間稼ぎ……それなら私の取って置きの出番ね!」
フェリルの声に叫んで返すと、シーラの若干ウキウキとした声が聞こえてきた。
……楽しんでるのか?
取り合えず今はゴーレムの手よ主導権奪取に集中。リッチが俺から注意を逸らしているため侵食ははかどり、体を圧迫する力はもう感じられない。
「フロストトゥーム!」
地面から何本もの氷の柱がリッチを囲うように作り上げられる。
しかし、相手は慌てることなく、手元に魔素を集中させ始めた。
……あれ?むしろ盾になってしまってないか?
実際、射掛けられるフェリルの矢が表面の氷にに弾かれてしまっている。
「シーラ!」
「ごめんなさい!」
フェリルの攻めるような声と泣きそうなシーラの謝罪。
やっぱり失策だったらしい。
「盾をくれたことを感謝しよう。その礼だ、我が最大規模の魔法を見るがいい。……地獄の業火よここに在れ……インフェルノ。」
そしてリッチが呟き、その身を守っていた氷が全て水蒸気となって消えたとき、俺はやっとゴーレムの手を掌握、転がり出たところだった。
すぐさま遠隔操作のワイヤーを用いてその魔法を上に放たせようとするも、やめる。
何故なら適役が他にいたのだ。
「龍の威を我に……ドラゴンロア!」
フェリル達のいる場所へと放たれたどす黒い炎の前にルナが駆け入り、それに紅蓮の炎を真正面からぶつける。
「獣人が我に魔法で敵うとでも?ハァァァッ!」
紅蓮の炎はじわじわと押されているものの、しかし見る限り問題はない。
ゴーレムの方はリッチが集中を欠いているからか、大きな動きは見せていない。
双龍を作り上げ、〝加勢〟しに走る。
「あなたに魔法を使わせなければ良い話でしょう?ハァッ!」
そして、リッチの両腕の肘から先が、真横に接近していたユイの一太刀で斬り飛ばされた。
「何っ!我が兵たちは!?」
「ご覧の通り突破したわよ!本当に、死ぬかと思ったわ……。」
そりゃすまなかったな。
「くっ、スチームブロウ!」
「熱っ!?」
俺が後二、三歩でリッチに辿り着くというとき、リッチの体から勢いよく白いもやが吹き出、至近距離にいたユイが飛びずさって距離をとった。
その隙に、リッチは魔法使いの有利な距離を稼ぐためにさらに退いていく。
爺さんあれは!?
『蒸気じゃよ。』
よし、なら突っ走っても死にはしないか。
一瞬落としてしまったギアを再び引き上げ、リッチへとワイヤーを飛ばし、強く引っ張りながらながら接近する。
「寄るな!」
対し、ワイヤーを素早く焼き切ったリッチは、そう怒鳴って黒いレーザーを乱雑に振り回した。
「お前の核は何処にある!」
その不規則な軌道を速度を殆ど落とさないまま躱し、避け、ようやく間合いにリッチが入れった瞬間、右足を大きく振み込んで黒龍で相手の胸を切り上げる。
「残念、少なくともそこではない。ブレイズ……ッ!」
しかし核はそこに無かったようで、リッチは周囲に弾け飛んだ肋骨などお構い無しに黒い火炎を左右の手に灯し、直後、その両方を無色の魔素に吹き消された。
「くはは、残念。」
笑い、致命的な隙を見せたリッチの身体をさらに切り刻む。
「貴様ァッ!」
……正直、多少の焦りはある。
あちこちが破け、もしくは焼けているリッチの衣服の中をいくら探しても、核らしき物が見当たらないのだ。
下手な鉄砲で幾度も斬りつけてはいるものの、どうも俺は下手過ぎるらしい。
「離れろ!アイアンピラー!」
リッチが怒鳴った途端、ピタリとくっついて双剣を踊らせる俺の真下から鈍色の柱が勢い良く伸びた。
咄嗟に陰龍の腹でそれを受け止め、もう片側、剣先近くの腹を、黒龍を握った拳で押しながら地を蹴る。
「一か、八か……!」
膝を曲げ、陰龍を支点に宙返りで鉄柱を越えて左足、右足、と着地し、俺はそのままの勢いで黒龍を相手の頭蓋に思いっ切り叩き込んだ。
結果、中は空洞。
「この……脳足りんがぁ!」
切られ、外れた頭蓋の半分を両手でカパッと付け直したリッチに、俺は思わず悔し紛れに叫んだ。
「黙れ!ヘルフレイム!」
兜割りで一瞬動きの滞った俺にどす黒い炎が襲い掛かる。素早く障壁を作り上げるも至近距離なためかあっさりと割られ、左へ逃げようとしていた俺は右半身にその直撃を受けた。
「がぁっ!?」
「エクスキュアー!」
しかし背後から走って追い付いてきたユイが火傷をすかさず回復してくれ、即座に戦線復帰できた。
「助かる!」
「お礼は後で良いわ。シィッ!」
鋭く息を吐き、ユイが通常は心臓のある位置を貫くも、やはり効果はないよう。
「ええい、目障りな。ウィンドカッ……くそっ!」
「ユイ、四肢をもぎ取るぞ。核はそのあと探した方が早い!」
風の刃が不発にさせつつ、指示を出すと、ユイは二つ返事で頷いてくれた。
「ええ、こうも見つからないとそれしかないわね。」
「剣士風情に何ができる!ヘルフレア!」
俺達が踏み出すのと同時、広範囲に黒い火の粉が撒き散らされる。
「今度こそ任せて!ブロウ!」
が、俺達の後方から吹いた――シーラの汚名返上を狙った――一陣の風でそれらはリッチの後方へと吹き飛ばされた。
「小癪な!……「炎閃!」くっ!」
そしてその追い風に乗り、心強い援軍もこちらに追い付いた。
ルナだ。
リッチの下腹部が切断され、燃える。
「私の一太刀の範囲は広いわよ?果たして核はどこにあるのかしら、ね!?」
「フンッ、ならば……アイアンピラー!」
しかし彼女の返す一太刀は、下から伸びた鉄柱に刀を半ばまで食い込んで止まった。
そうして距離を取ろうとリッチが後退していくと、
「疾駆!」
ユイが素早く距離を詰めて相手の身体を再び刺した。
「無駄なことを……「フリーズ!」なにっ!?」
そして刀を中心に花開いた巨大な氷は地面にまで達し、リッチをその場に縫い付ける。
「こんなもので私を止めたつもりか!」
しかし氷のオブジェになって尚、リッチは白旗を上げなかった。
強い風がリッチへと吹き込む。
「ならこれでどうだ、ハンマー!」
それを何かの予兆と感じ、俺は相手の腹に、真正面から巨大な黒い柱を叩きつけ、貫通させた。
「……フフフ、外れだ。吹き飛べ、トルネード!」
それでも動きを止めず、笑い、リッチは自身を中心に竜巻を生み出した。
「キャッ!」
「……おっと。黒銀!」
突風に飛ばされてきたユイをキャッチしつつ黒銀を発動。
ルナは鉄柱を片手で持ち、それを支えに耐えていた。
強く踏ん張りながら、ユイは足元に伏せさせる。そして俺は体を小さくし、一歩一歩、地面に足を埋める勢いで踏み締めながら、竜巻の中心へ歩を進めた。
目を開けるのも難しい、息をするのさえ一苦労な中、とにかく前へ歩く。身体を浮かせようとする風に対しては、ロングコートを魔力で下に引っ張ることで対処した。
「フレア!」
前方から声。すると火の粉が竜巻に煽られて撒き散らされたものの、とにかく堪え、歩みを止めることはしない。
そして、身体の大半を再生途中のリッチの姿が目に入った。
「ダークレーザー!」
「フン!」
熱線を屈んで避け、突進を敢行。腕を大振りしてラリアット気味にリッチの頭を掴み、風に煽られる前に真横へ倒れ込んだ。
「何を!?」
「バインドォォ!」
即座にリッチの体全体をワイヤーで一気に地面にくくりつけ、拘束する。骨の隙間という隙間、穴という穴にワイヤーを通してほんのの些細な動きさえも封じていく。
「こんなもの!ダークレーザー!」
焦りからか、竜巻が止んだ。
代わりにワイヤーを数本焼き切られたものの、それらは即座に修復され、リッチをさらに強く拘束し直す。
「離、せぇぇぇぇッ!」
「断る!」
閉めに無色魔素で包み込まれ、ようやくリッチの抵抗は止まった。