118 ヘール洞窟①
筋肉もないのに元気に動く骸骨の振り回す腕を黒龍で受け止め、左足でその骨盤辺りを思い切り蹴飛ばす。
蹴られたそいつは背後にいたアンデッド達を巻き込んで背中から飛んでいき、そうして空いた空間へ俺が素早く歩を進めれば、背後にいた“ブレイブ”のメンバーもピタリと俺の背中にくっついてきた。
アンデッドが詰めに詰め込まれた広場へ高台から飛び降りてから感覚として小一時間、俺達はそうしてとにかく孤立を避けて一塊に纏まり、命を大事に進んでいる。
囲まれないせめてもの工夫として壁伝いに移動してはいるものの、それでも無限に思える数の敵を相手するのは体力的にはもちろん、精神的にもかなりキツイ。
「リーダー、いつまでこの状況が続くんだい!?」
だからフェリルがそんな悲鳴に近い言葉をっするのも無理はない。
実際、それは既に数分前に俺が爺さんに聞いている。
「もう少しだ!」
爺さんの言葉を信じれば、の注釈付きだけどな。
半ば自分に言い聞かせるつもりで大声でフェリるに答えた俺は、目の前のゾンビの赤紫色の顎へ陰龍を振るい、しかしその斬撃は錆びだらけの剣で弾かれた。
「「「「「憎い……」」」」」
そして今さらながらアンデッド達の声も聞こえてきた。
ていうかこいつら喋ってたのな。腐肉やら骨やらが擦れあったり空気がその間を通り抜けたりしているだけかと思ってたぞ。
『すまんのう、今の今まで忘れておったわ。』
……そのまま認知症にでもなってしまえば良いのに。
俺の攻撃を弾くもそのせいで体勢を崩したゾンビを真横に蹴飛ばしてさらに歩を進め、次に襲いかかってきたスケルトンの振り下ろした斧を陰龍で受け止める。
「武器持ちが出てきた、注意しろ!」
そして警告を背後へ飛ばした俺は、相手肩に見つけた赤紫色の球を黒龍で切り上げで真っ二つにした。
その途端、体を支えていた何かを失ったそいつは人型を崩して小さな骨の山と化す。
爺さん、部屋を繋ぐ細い道まであとどのくらいだ?
『ん?もうその入り口は見えておるはずじゃぞ?』
……また隠し扉か?
そう思い、壁を強く蹴るも、砕けそうになったのはこちらの足の方。
「ぐぅっ!?」
走った痛みに思わず呻く。
『見えておるだけじゃ!まだ目の前に立っているわけではないわ!』
それを早く言ってくれよ……。
「ご主人様!?ハァッ!」
怯んだ俺に声をかけ、刀を大振りして周りのアンデッドを吹き飛ばすルナ。
「すまん、助かった。つまずいただけだ。……ハンマー!」
彼女に心配をかけないようすぐに立ち上がり、俺は距離を詰めてきたゾンビを上から叩き潰した。
爺さん、このまま真っ直ぐで間違いないか?
『うむ、ふくっ、あと数歩先じゃ。』
……?信じるからな?
集中を戻せば、目の前のスケルトンが槍を突き出してきていた。
即座に両龍を霧散させ、槍を掴み引っ張ることで奪い取る。そして即座にそれに黒色魔素を通して強化した俺は、前方にいたアンデッド達を一息に薙ぎ払った。
「うぉぉ!」
そうしてできた空間へ踏み込みつつ、槍の軌道を無理矢理真逆に変え、さらに振るう。
一振り目と違い、二振り目の手応えが異様に軽く、訝しげに思いながらも空間へ踏み出し……俺はそのまま洞窟の床を踏み抜いた。
落し穴。それもかなり深いものだと理解するのにそう時間はかからなかった。。
二振り目が軽かったのは、この落とし穴の上をアンデッドが避けていたからだろう。
『やりおった!こやつ、やりおったぞ!フォッフォッフォッ!』
真っ逆さまに落ちながら、俺は爺さんを呪った。
『のう、お主、そろそろ許してくれんか?』
誰が許すかクソジジイめ!呪呪呪……
『やめい!謝る!わしが悪かった!隠し通路が足元じゃったからつい、出来心でな?お主も理解できるじゃろ?それにこれくらいでお主が死なんと信じておったしの。うむ、頑丈なのは良いことじゃ。』
あーあー、そうですか。信頼してくれて俺は心から嬉しいよ。呪呪呪呪……。
『ぐぉぉ!?』
ったく、黒魔法で網を作れたから良かったものを。
何にせよ、無事に穴の底へ辿り着けはしたので、あとは他の仲間を呼ぶだけだ。
「ご主人様!大丈夫ですかーっ!?」
そう思い、落とし穴の口を仰いだところでちょうどルナがこちらへ呼びかけてきた。
ただ、声にあまり緊迫感がないのがちょっと気に掛かる。口調も平常時に戻ってるし。
『わしと同じくお主を信頼しておるんじゃよ。』
……こんなに嬉しくない信頼は初めてだ。
「はぁ……、こっちは問題ないぞー!そっちは大丈夫か!?」
「はい!シーラが氷の壁を作ってくださいました!」
「そうか、じゃあルナ、まずはこっちに光をくれ!」
「はい!お任せください!」
この隠し通路にアンデッドの気配がないことは気配察知で分かってはいる。ただ、やはり光源が無いと迂闊に身動きが取れない。つまずいて岩に頭から突っ込むなんてことにはなりたくない。
『経験則じゃの。』
うるさいぞ。
そう、実は穴の底に落ちて一歩目で転けたのである。……咄嗟に黒銀を発動していなかったら危なかった。
数秒前の苦い記憶をさっさと頭の片隅に追いやっていると、落とし穴の口に人の頭ぐらいの大きさの火の玉が現れて、ゆっくりとこちらへ降りてきた。
縦穴の側面が照らす火球は、穴が驚くほど綺麗な円筒形を為して居ることや、その形を保つために石が敷き詰められていることを明らかにし、この穴が人工物だってことを考古学の素養のない俺にも教えてれる。
そして、暖色の光源は俺の肩ぐらいの高さまで来て止まると、今まで真っ暗なせいで気付いていなかった横穴の存在を示してくれた。
「よし、お前らもさっさと飛び降りてこい!俺がしっかり受け止めてやる!」
穴の中途に蜘蛛の巣状の網を張りつつ、落とし穴の口へ向けて再度声を張り上げる。
「本当にちゃんと受け止めるんでしょうね?」
と、そう聞き返してきたのはユイ。
「おう、任せとけ!そうだな……少しでも怪我したら何でもいうこと聞いてやる!」
「本当でしょうね?」
「男に二言はない!」
ていうか疑いすぎだろ。
自信満々に返しつつ、俺は網の目を小さくした。
「よーし二人とも、言い訳があるなら聞こう。」
「「言うことを聞かせたかった……。」」
「ほほぅ、命を危険にさらしてまでか?」
「「(コクッ)」」
「フン!」
「「アイタッ!?」」
固い岩盤の上で正座をしたユイとルナの頭に拳骨を落とすと、二人は揃って頭を抑えて蹲った。
構図だけ見ると俺が虐めているだけのよう。しかし、こいつらが悪いのだ。
というのもこの二人、わざわざ落ちるときの姿勢を垂直にし、尚且つ落し穴の壁を蹴って加速しやがったのである。
もちろん網で堅実に受け止めてやったけれども。
「はぁ……、命を大切にしろ。」
「あなたにだけは言われたくないわね。」
「ん?俺はいつも命を大事にしてるぞ?何にだって勝算を持って挑んでいるつもりだ。」
「例え勝算が低くても、と続くんでしょう?」
「無いよりマシだ。ほら立て、神器は爺……俺の勘じゃもうすぐそこだ。」
二人を立たせ、再びパーティーを先導して洞窟へと歩き始める。
にしても、どうして俺はユイに“命の知らずの馬鹿”だってレッテルを貼られているのかね?そんなつもりは毛頭ないってのに。
『……にしてはいつも周りに流され、その結果として命懸けの橋を渡ってきてこる気がするがのう?』
まぁ言われてみれば状況に流されている感じは否めない。それでも一応、戦わない選択肢も考えた上で、自分からそういう騒動に巻き込まれに行ってきたつもりだぞ?
『ならば命知らずの馬鹿、というのは本当のようじゃな。』
……せめてオブラートに包んで勇敢とでも言ったどうだ?
『なんじゃ、今さら勇者に戻りたいとでも?』
何が今さらだ。そんなことは常日頃から思ってるわ。
『フォッフォッフォッ、本当に今さらじゃな……。さて、雑談もここまでじゃ。次が最後じゃよ。最後の部屋、というより空間は大きいぞ。じゃがさっきの部屋のようにアンデッドが詰め込まれているわけではない。何とかなるじゃろ。』
そうかい。神器は本当にそこにあるんだろうな?
『あるのは確実じゃ。しかしこれ以上詳しくは分からん。じゃが神の作った物は大抵飾られてとるか、一番の権力者が身に付けるかしておる可能性が高い。それでも無ければ地道に探すかないのう。』
そうかい。
前を見ると、微かな光が見えた。十中八九、あそこが最後の部屋の入り口ってことで合っているだろう。
「次の部屋に目当ての神器がある。かなり広いから、その分アンデッドが多い可能性が大きい。気を付けろよ?」
後ろへそう呼び掛け、皆が頷いたのを確認し、俺は思わず早足になりながら光の方へと向かった。
出た先は、洞窟と呼ぶには広過ぎる空間だった。
天井は遥か彼方にあり、そこからところどころに松明の取り付けられた垂直な壁で繋がった地面は、かつて戦った古龍リヴァイアサンが寝床にできるくらいには広い。
ただ、一番目を引くのはその空間の中心に立つ太い石の柱、そしてその周りに隊列を組んで並ぶ、武具を装備したアンデッド兵だろう。中でも、数人の骸骨兵が御輿のように担いだ立派な椅子の上にどっかと座り、指輪だらけの骨の手を頬に宛がって頬杖を付いている、きらびやかな装束とマントを羽織った骸骨は良く目立つ。
ていうか爺さん、ありゃ何だ?元貴族のスケルトンとかか?
『かもしれんの。……ともかく普通のスケルトンではない。死者の王と言われることもある魔法の使い手、リッチじゃな。』
神器を身に付けているとしたらあいつだろうな……。
「ねぇ、急に止まらないでよ。外はどうなってるの?」
数十メートル先にいるアンデッド兵団を眺めていると、背後からのシーラが催促してきた。
「あーすまん。なぁシーラ、リッチと魔法戦なんてやってみる気はないか?」
素直に謝って横穴の口からずれつつ、微動だにせず、つまらなさそうに虚空を眺めるリッチを指差す。
「リッ……チ?」
「リ、リーダー、流石にそれは無茶じゃないかい?」
「フェルは黙ってて。……そうね、ええ、やってみる価値はあるかも。」
一瞬固まったシーラは、しかし心配そうなフェリルの言葉を片手で制し、自分を奮い立たせるようにそう言ってもう片方の手に拳を握った。
「よし、じゃあ頼む。リッチはこっちに気付いてないから、一旦背後に回って……「フリージア!」……あ。」
背中から襲い掛かろうと俺が言い切る前に、シーラは早速明るい青のビームを掌からぶっ放した。
「……古代魔法が使えたんだな。」
「必要な魔力が洒落にならないから滅多に使わないけどね。……でも、古代魔法を使うときは大抵、シーラがはりきりすぎちゃってる時なんだ……はぁ。」
え?
嘆息したフェリルの言葉に不安にさせられ、古代魔法の行方を目で追うと、それはちょうどリッチに直撃するところだった。
対するリッチはただただ億劫そうに片手を上げただけ。
「プレシディウム。」
そして重く響く一言が発されたかと思うと、その掌に当たった光線が四方に散乱し、周囲の壁に当たるやそこに氷の花を咲かせた。
「へぇ、あんな簡単に……これならどう?ロックブラスト!アイシクル!ウィンドカッター!」
しかし、フェリル曰く張り切り過ぎているシーラにへこたれる様子はない。
威力でのごり押しから数での攻めへと作戦を変更したらしく、彼女は今度は無数の魔法を放ち始めた。
「無駄だ。」
しかしリッチはそれらを軽い手の振りで起こした暴風で全て吹き飛ばしてしまい、ゆっくりと余裕を持った声を巨大過ぎる空間に響かせた。
「……侵入者よ、何用だ。答えによっては我が精鋭を襲わせる。考えて話せ。」
……お?もしかして交渉可能なのか?
「喚くんじゃない、ブリザ「やめい!」えっ!?」
発動前の魔法に無色魔素を叩きつけ、リッチへ向けて声を張り上げる。
「争うつもりはない!ここにある宝を一つ、譲って欲しいだけだ!」
「ほぅ……宝を、だと?」
「ああ、そうだ。」
「そうか、そうか……やはり貴様らも墓荒らしの一党かァッ!」
激昂し、リッチか椅子から立ち上がる。
俺の答えはどうも一番まずい類のものだったらしい。
……そういえばこれって人間の言葉なのか?それともアンデッドしか理解できない言葉なのかね?
チラと死刑大好き女神の契約者――ユイヘ目を向けると逆に睨まれた。しかし何も言ってこない辺り、問題はないよう。
「まだやれるわ!あんなリッチなんかに負けないから、もっと凄い魔法を使って見せるんだから……「後でな!」……ああ!?」
「フェリル、後方支援は任せた。ついでにこいつの頭を冷やしとけ!」
「そこで僕に振るのかい!?」
シーラが性懲りもなく集めていた魔素を吹き飛ばしてしまい、彼女をフェリルに押し付ける。
「……我が精鋭なる守護隊に加わるが良い。」
“アンデットとして”が省略されているのは言われずとも理解できる。
「逃げるぞ……ブラックミスト!」
煙幕を張る。
「小賢しい!ヘルフレイム!」
直後、爆音と共にズン、と地が震えた。
アンデッドの軍勢から距離をとるように逃げながら、チラリと振り返ると、俺達が入ってきた入り口の大きさが二回り程大きくなっていた。
「なぁ、シーラ。」
「な、何?」
「あれでも真正面からの魔法戦、するか?」
「パス。」
それを見てようやく、シーラは落ち着いてくれたらしい。
「さぁ我が兵達よ!誇り高き王家守護隊よ!久方ぶりの出陣だ!行け!生きていようが死んでいようが構わん、我の前に連れてこい!」
そして、大量のアンデッド兵達が同時に動き出した。
これは良くない、非常に良くない。
「リーダー、どうする?」
「ルナ、ドラゴンロアであれを全部やれるか?」
「ごめんなさい、でも全力をだせば半分程を、なんとか。」
やっぱり無理かぁ。
いや、それでも半分も消せるなら儲け物かね?ていうか全力ってまだ出してなかったのな。もしかして詠唱の長さとかが関係しているのだろうか?
ま、そんなことは今は良い。
「それで良い、やってくれ。フェリルとシーラはリッチに向けて攻撃。別に倒せとは言わないからなるべく敵の攻撃に注意を払ってくれよ?」
「私は?安全な場所で待機、なんて冗談は笑えないわよ?」
ユイを危険から遠ざけると言う俺の今までの行動は彼女に結構な鬱憤を堪らせていたらしい。
別に今まで待機を強要していたのはユイの実力を疑ってるからって訳じゃないんだけどな……。
回復役を負傷させてしまうことを避けたかっただけだし。
ま、数が数だから今回はそうもいかないみたいだけれども。
「……安全な場所があるんなら俺が知りたい。ユイにはルナと一緒にアンデッド兵の対処を頼みたい。俺は何とかあのリッチを……「ふざけているの?」………………解散!「ちょっと!」ルナ、行け!」
ユイの制止は無視して指示を出す。
フェリルとシーラはさらに距離を取るために走り去っていき、足を止めたルナは魔刀、不死鳥を両手に鞘ごと持った。
そのまま彼女は目を閉じ、物理的には動けるはずの無い、走ってくる敵に向けて両の手を突き出す。
「至高の炎龍、バハムートよ!力の枷は疾うに無し、龍の威よ我にあれ、万象全て灰燼と為せ!……ドラゴン、ロア!」
そして、猛り狂う炎がアンデッドの集団に襲い掛かった。
火の海、と言っても過言ではないのかもしれない。
炎の壁は放射状に大きく広がり、ルナの背後にいる俺の前髪までもがチリチリと焦げる。
ルナの数歩先の地面はあまりの火力に赤熱していて、半ば溶けてしまっている物まである。
ボルカニカ程ではないにしても、凄まじい魔法だ。獣人族は魔法が弱いだなんて、口が裂けても言えないな。
炎の奔流が俺達のいる地下空間を照らし、やがて猛火の放出が止まると辺りを彩っていた炎の勢いは減衰していった。
「はっ……はっ……はっ……」
「ルナ、良くやった。お前はやっぱり凄いよ。」
荒い呼吸のルナの背中を軽く叩いて褒め、座らせて、俺はその前に進み出る。
未だに燻っている所もある、赤く、変形して滑らかになった地形が、ルナの攻撃範囲の広さを分かりやすく伝えてくる。
向かってきていたアンデッドは跡形もなく、出遅れたアンデッド達が走ってきているのが分かった。
……ったく、多すぎるだろ。
「じゃあ俺がリッチを足止めするから、ユイとルナは残りのアンデッドを殲滅でき次第、俺に加勢しに来てくれ。時間はかけてくれても良い。俺は時間稼ぎだけは得意だからな。」
二人に言いながら、体に魔装1を纏っていく。格闘家用に作られた鎧であっても、その機構は基本的に体の動きの補助が中心だ。剣士が使っても大した支障はない。
……大きい籠手が邪魔だな。ここは普通のガントレットぐらいに調整するか。
「ご主人様……はぁ、はぁ……無理を、しないでね?」
息を乱しながらそういうルナに思わず苦笑いしてしまう。
「くはは、お互いに、な?」
ったく、どっちが無理をしてそうなのかは端から見ても明らかだろうに。
「すぐに加勢にいくわ。」
「頼む。」
鎧を着たまま軽く跳ぶことで具合いを確かめ、ユイに感謝の言葉を告げるやいなや、俺はリッチへ向けて直線距離を駆け出した。