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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第四章:出世しやすい職業
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116 今更ながら

 「自己紹介をしよう。」

 ヘール洞窟に向けてイベラムを出発し、御者のいない馬車に揺らされていると、御者台に内向きに腰掛けたフェリルがふとそう提案した。

 「今更か?」

 荷台の後方で、薄緑の平原に青い空という、外の牧歌的な風景を眺めていた俺は―――右肩をルナに枕代わりにされているため――首だけで彼の方を振り返って聞き返した。

 あまり激しく動くとルナが馬車から落ちてしまいそうで怖い。

 「お互いのことをよく知った方が、きっとパーティーとしての連携も取りやすいよ。ユイちゃんもそう思わないかい?」

 「え?私?そう、ね。それは確かに、そ うかもしれないけれど……。」

 急に話を振られたユイが遠慮気味に頷く。

 「ああ、間違いなくそうだよ!なら……」

 「どうせフェルがユイちゃんのことを知りたいってだけでしょ?」

 我が意を得たりと喜ぶフェリルの言葉はしかし、すぐ足元に座るシーラの、確実に的を射た推測にさえぎられた。

 「あーなるほど。はは、そういうことか。」

 納得ついでに笑ってしまう。

 「シーラはともかく、パーティーリーダーまでメンバーの僕を信用してくれないのはどうかと思うなぁ。」

 「おいこら、いつの間に俺がリーダーなんかになった?」

 変な役割を押し付けるな。

 「「「え、違うの?」」」

 ……俺がリーダー役なのは俺以外の共通認識だったらしい。

 「はぁ……、同じパーティーだったユイはともかく、お前らはそれで良いのか?」

 エルフ二人を見て問うと、彼らは揃って頷いた。

 「それにこのパーティーは基本的に貴方の目的のために動くんでしょう?」

 「はは、確かに道理だな。じゃあ自己紹介は言い出しっぺからして貰おうか。」

 シーラの言葉に笑って頷き、目だけでフェリルを指名する。

 「あはは、勿論。元からそのつもりだったよ。ええと、まず僕の名前は……長いからフェリルでいいよ。」

 「早速手を抜いたな。」

 「やっぱりユイちゃん目当てね。」

 「シーラだって僕の名前が長いことは分かってるはずだよね?これくらいは許してくれないかい?」

 「……分かった。」

 心底嫌そうにシーラは渋々頷いた。

 「さて……ええとね、魔色は黒と青と黄色で、役割は狩人。武器はこの弓。特技としては、こんなことができるよ。」

 側に置いてあった弓を拾い上げ、フェリルが光の矢、要はエルフの矢を流れるような動作でそれにつがえる。

 「まずは……青!」

 その矢が青い光を放ち出したかと思うと、それは風切り音をさせて俺の頭上を通過し、馬車の後方に落ちるなりそこに巨大な氷の柱を作り上げた。

 「もちろん敵の足場を凍らせたりもできる。次は黄色!……って言いたいところだけど、相手を痺れさせるって効果だからここでは見せられないね。そして黒だけど……リーダー、動かないでね。」

 苦笑し、再びエルフの矢をつがえて先程よりも弦を強く引き絞るフェリル。矢の光は徐々に弱まり、そしてそれが黒く染まると同時に、

 「フッ!」

 フェリルは弦を解放した。

 またもや俺のすぐ頭上を一直線に飛んで行った矢は、今しがた作られた氷の柱の中心に吸い込まれ、そのまま貫通。できた大穴から見える空の彼方へと消えて行った。

 「弓の弦を黒色魔素で、一時的にかなりの強弓にして、矢もああやって強化すれば、大抵の鎧は射抜けるんだ。……こんなところかな。どうだい?」

 少し疲れた様子で、しかし得意気に、皆ではなくユイの方を向いてフェリルがキメ顔を作る。

 「えっと、凄い、わね。「そうかい!」え、ええ、まさか弓矢であんなことができるなんて。魔法で防壁を作っても、それごと凍らせられたらたまらないわ。」

 ユイに素直に褒められたフェリルは見るからに上機嫌となり、うんうんと頷きながらついには腰を浮かせ、

 「フェル?」

 シーラの絶対零度の視線によって御者台に再び腰掛けた。

 「ねぇ、次は私の番でいい?」

 「お、おう、もちろん。」

 おっかない雰囲気をまだ宿したままのシーラの問いに一も二もなく頷き返す。

 「ありがとう。それじゃあまず……私の名前も長いからシーラでいいわ。魔色は青と緑と茶色と無色よ。役割は魔法使い。魔法発動体は使わないことにしているけど、そこらの魔法使いよりは腕は確かだと思ってるわ。」

 「ちなみに魔法発動体を使わない理由は森の中での移動のときに邪魔だったからだよ。それに、よく無くすからお金の無駄……痛っ!」

 フェリルが茶々を入れると、その脛がシーラの裏拳で打ち据えられた。

 「コホン、私のアピールできるところは……一つは魔法の同時行使ね。例えば……ダブルマジック、サンドストーム!」

 シーラが唱えると、茶色い粒子が涙目のフェリルに向けて飛び、操られた風に乗って彼の頭の回りを乱舞し始めた。

 「え、ちょ、ぺっ、シーラ待っ、痛っ!?目に入った!目に入ったから!ぺっ、狩人の目を潰さないで!」

 「そして次は魔素の混合よ、マッドショット!」

 「ぶべぁ!?」

 これは青と茶色の混合か。

 砂だらけだった顔を泥だらけにさせられたフェリルは情けない悲鳴を上げ、しかしこういうことに慣れてはいるのか、顔を御者台から外に出し、魔法で水を生み出して自身の顔を洗い始めた。

 「あー、酷い目に遭った……。あ、ユイちゃん、もう泥がついていないか見てくれないかい?そうそう、もっと近くに来て……「ブリザード!」ぎゃぁっ!?」

 一息ついて顔を馬車の中に戻すや、フェリルは懲りずにユイを手招きし、直後、3つ目の魔法をシーラにぶつけられた。

 かなりの強風を吹き付けられているらしく、外に転げ落ちそうになるのを、御者台の縁を掴んで耐えるフェリル。

 すると今度はフェリルの顔が凍りつき始めた。

 なるほど、これは青と緑か。

 「多才だな。」

 「ふぅ、ありがとう。私の自己紹介はこのくらいね。」

 シーラが一息つき、彼女の猛攻を耐え抜いたフェリルは半ば固まった顔を手の熱で暖め始める。

 「……ファイアボール。」

 さすがにやり過ぎたと思ったのか、シーラは小さな火球をその顔に添えた。

 「次はユイな。」

 「ええ、分かったわ。私の名前はユイよ。魔色は白と赤と……」

 ユイがこっちを睨む。

 何を言いたいのかはすぐに分かった。ユイめ、根に持つタイプだったか。

 『お主が言うか?』

 やかましいわ。

 「茶色だったな。……はぁ、あのときは覚えてなくて悪かったって。」

 「ふん。それで、役割は剣士……今まではもっぱら回復職に回されていたけれど。それで武器はこれなのだけれど、私の奥の手のような物は……」

 ここでユイが再度俺を向く。おそらくルーンのことを言って良いのかどうか悩んでいるのだろう。

 ただ、それは俺が決めることじゃない。

 “任せる”と目で伝えると、彼女は再び視線をエルフ達へと向けた。

 「奥の手はこれ……現界、魔槍ルーン。」

 唱え、ユイが朱槍をその手に握る。

 「「魔槍!?」」

 「ええ、能力……と言っていいのかしらは分からないけれど、この濡れているのは毒液で、乾くと穂先から炎を吹き出すわ。……帰還。」

 かなり驚いているエルフ二人組に一通りの説明を終え、ユイはルーンを手から消した。

 同時にシーラが一気に距離を詰め、ユイの手を両手で包んだ。

 「ユイちゃん、魔槍の使い手だったのね!」

 「え、ええ、まぁ。」

 「どうやって魔槍なんて手に入れられたの?」

 「私は、その、恵まれていて、ゆ、譲り渡されただけで……。」

 ユイは自分が勇者だってことは秘密にしておこうと思ったらしい。

 「そ、それなら魔剣とか魔槍とかの場所に心当たりはある?」

 「えっと、ごめんなさい。」

 「なら……」

 しかし、シーラの奴、異様に食い付いてくるな。

 『彼らの目的を考えればそう不思議なことではあるまい?』

 故郷の奪還、か。そうだな、持てる力は少しでも強くしたいわな。

 「シーラ、その辺にしてやってくれ。ユイは魔槍とかに関しては本当に何も知らないんだ。」

 「あ、そう……。」

 すると、ついさっきまでの興奮はどこへやら、シーラはすっかり意気消沈し、俯いてしまった。

 「えっと、期待に答えられなくて、ごめんなさい。」

 「ううん、ユイちゃんは悪くないわ。私がちょっと驚き過ぎただけだから。ごめんね?」

 首を振り、シーラはユイの手を握ったまま力ない笑みを浮かべて見せた。

 さっさと話題を変えよう。

 「よし、じゃあ次は寝ているこいつな。名前はルナベインで、見ての通り銀狐族。扱える魔色は赤一点。でも一番の火力持ちだ。役割は剣士。」

 スピースピー寝ているルナの頭を、起こさないように優しく撫でながらざっくりと紹介する。

 「銀狐族で火力が高い……龍の力の顕現ってところ?」

 ズバリ言い当てたシーラに、別に隠す必要は無いだろうとも思い、俺は大きく頷いて返した。

 「大事にしてるんだね。そんな綺麗な状態の奴隷なんて中々見ないよ。耳を隠せば奴隷だってこともバレないんじゃないかい?」

 「良心の呵責って奴だ。はは、奴隷の主人失格だな。」

 「奴隷なら君の物だからね。扱い方は君の一存だよ。」

 「そう言ってくれると助かる。……じゃあ一通り自己紹介が終わっ……アタッ!冗談だからそんなに強く蹴らなくても良いだろ?」

 ボケをかまそうとすると、すかさずユイの爪先が俺の脇腹に突き刺さった。

 「はぁ、俺の名前はコテツだ。魔色は黒と無色で、剣士をやってる。剣術と体術をスキルに昇華させているから、大体の近距離戦闘は任せてくれ。」

 「へぇ、剣技と身体強化系のスキルじゃなくて剣術と体術を、か。凄いね。」

 「貴方みたいな人間も中々見ないわね。」

 好評価を受けて内心少し嬉しがっていると、背中に再び蹴りが入れられた。

 「ふざけているの?」

 なるべく端的に分かりやすく自己紹介したつもりだったものの、ユイは何か不満があったらしい。

 「いや別に?」

 「あなた以外の全員は自分の特殊性をアピールして手の内を少しだけでも明かしたのよ?あなただけ隠している情報が多いと思うのだけれど?……黒魔法なんてその最たる物ね。」

 言っちゃった。

 「ていうか、俺の秘密はそれしかないぞ?」

 爺さんと念話できるとか元勇者だったとか、ユイに伝えていない秘密を除外すればの話だけれども。

 「分かっていて聞かないでくれるかしら?これから一緒に協力する上で、重要性が大きいってことよ。」

 まぁ確かに。ここの説明は省くべきじゃないか。

 「フェル、どういうことだと思う?」

 「僕が矢を強化したみたいなことじゃないかい?でもそれなら秘密ってほどでも無いよね……。」

 見ると、案の定、置いてきぼりを食らったフェリルとシーラは俺の秘密を当てようと熟考していた。

 仕方がないので手を軽く叩いて注目を集める。

 「簡単に説明するからこっちを見てくれ。」

 ルナのせいで体ごと振り向くことはできないので、左手を頭上に上げてヒラヒラと振る。

 「行くぞ、1、2、3!」

 そして3と言うと同時に黒龍を作り出した。

 「手品かい?」

 「手品よね?」

 ……そうなるか。

 「あー、じゃあ……ほい!これならどうだ。」

 自分の周りに数十本の剣を浮かべ、並べて見せる。

 「おぉ!凄いけど、手品じゃないのかい?」

 「手品にしか見えないわね。」

 ……これでも駄目なのか。でもルナを起こさないようにしながら黒魔法だって証明する方法はもう思い付かない。

 「これは全部黒色魔素を集めて作ったものでな……」

 仕方がないので口頭で説明した。

 魔法に精通していて、尚且つ人間よりも長い経験を持つ二人には中々信じてもらえず、納得させるのに時間がしばらくかかった。


 「これが本当の黒魔法なのね。初めて見るわ。」

 「魔力さえあれば黒魔法はこうなるのか。僕ももっと魔法の練習を積んで置けばよかったかな。」

 即席で作った弓と矢をしげしげと触りながら感慨深げに言うフェリルとシーラ。

 「「……便利そう。」」

 「便利言うな。」

 なぜか、別にけなされているわけじゃないのは分かっているのに、彼らの一致した感想にはなんか無性に腹が立った。

 「ちょっと試し打ちさせてもらって良いかい?」

 「ん?あ、いや、たぶんお前じゃ無理だぞ?」

 俺の弓を片手に立ち上がったフェリルへ首を横に振って返す。

 何せ俺の弓の弦は恐ろしく硬いのだ。

 しかし忠告したにもかかわらず、フェリルは物は試しとばかりに矢をつがえて弦を引っ張り、しかし殆ど引き絞れないまま固まった。

 次第に顔が充血していくも、弓の方は何の変化も示さない。

 「おいフェリル、無理するな。」

 言うと、彼はようやく諦め、詰めていた息を一気に吐き出した。

 「はぁはぁ、リーダーは、これを最後まで引けるのかい?」

 「じゃないと意味がないだろ?ユイ、ルナを頼めるか。」

 「ええ、もちろん!ふふ、ルナさん、可愛い……。」

 未だに眠ったままのルナを肩から優しく退かし、目尻を垂らしたユイに預け、フェリルから真っ黒な弓を受け取ってその場に立ち上がる。

 そして矢を作る、弓につがえる、近場の岩を狙って矢を放つ、の一連の動作を流れるようにやって見せ、狙った岩に矢を突き立てた。

 「ほらな?」

 「へぇ、弓の扱い自体もなかなか上手いんだね。」

 「お、そうか?」

 「うん、C、いや、Bランクの弓使いだって言われても納得するよ。」

 本職に言われるとは嬉しいな。

 「あは、フェルが自慢気にやってたこと、あっさりやられちゃったわね。」

 「っ!」

 と、横からこちらを眺めていたシーラが言った瞬間、フェリルの笑顔が固まった。

 ……俺は別に氷の柱なんて作れないぞ?

 『黒魔法を用いた矢の威力の底上げのことに決まっておろうが。』

 あー。

 「そ、そういえばその弓の弦はどうやって作っているんだい?黒色魔素だけなら普通の弓の伸縮性は再現できないんじゃないかな?」

 「無色の魔素を少し混ぜて、疎密の具合を調製してるんだよ。弓を使い始めた頃はまだまだ緩くしてたんだけどな、今はもうこの通り……あ。」

 取り繕うように尋ねてきたフェリルに肩をすくめて答えたところで、ようやく俺はフェリルの真の意図に気づいた。

 まぁ気付いたからと言って、もうどうにもならないけれども。

 「え、黒と無色の魔素を混ぜたって、こと……?」

 「あれ?シーラが得意気に話してた自分の特技は何だったっけ?」

 すっとぼけた調子でフェリルが言い、シーラは分かりやすく言葉に詰まる。

 「う……、ふ、ふん、魔法は私の方が多彩よ。黒と無色のダブルなんかに負けないわ。こっちはトリプルだし。」

 しかし彼女はすぐに持ち直してそう言い返し、

 「僕だって、弓の腕そのものなら剣士なんかに負けないよ。」

 フェリルもフェリルで自分の能力が俺に勝っていると自信に溢れた言葉を口にした。

 「はは、二人とも頼もしいな?」

 「「ちょっと黙ってて。」」

 「あ、はい。」

 特技がちょっと被るぐらい、別にどうだって良いだろうに。……自己紹介は俺が最初にやるべきだったかね?

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