114 ランクS昇格
「行くぞぉ!せぇーの!」
「「「「「いよいしょぉっ!」」」」」
数十人の冒険者が掛け声に合わせて巨大な竜の死体を転がし、その腹を空に向けさせる。
そして、皆すぐにボルカニカの腹側にある鱗や関節部に隠れたそれをナイフで剥ぎ始め、ボルカニカの背中のように、内側の肉を顕にしていった。
地味で地道な作業ながら、サボるものは一人もいない。というのも、ボルカニカは貴重な素材の宝庫なのである。
鱗や牙そして骨は防具や武器、あとは装飾品に用いられ、肉は食用、血は薬用、臓物はそのどちらの用途にも使えるそう。さらに骨からは出汁が取れ、目玉は美味だとまで言うんだから凄い。
しかし、余計な傷が一つつくだけでそれらの価値は激減してしまう。
「時間はあるから丁寧になさいよぉ!」
どこからか、そんな声が解体作業に当たっている全員に掛けられた。
何にせよ、俺を含めほとんどの冒険者達の今の役割は鱗の剥ぎ取りである。
肉を傷付けないように、ナイフを用いて一枚一枚、細心の注意を払って剥いでいく。
「「……。」」
押し切るのではなく、引いて切る。
「「……。」」
あ、焦らず、ゆ、ゆっくりと。
「「……。」」
「だぁーもう、降参だ!何なんだ?なにか言いたいことでもあるのか?」
さっきからじっっっとこちらを見続けているルナとユイの方をを振り向く。
「いえ、何でもありません。」
するとルナはそう言いながらつん、と向こうを向き、
「ええ、誰かさんが上空から勢い良く地に叩き付けられたり、ブレスに晒されたりして、今はせっせと解体作業をやってるのを見ても不気味だなんて思ってないわ。」
ユイはそう言って鼻を鳴らした。
不気味とは失敬な。
「はぁ、打ち身はまぁ酷かったけどな、火傷はそこまでじゃなかっただろ?それに俺を治したのはユイ、お前だ。俺がこうして解体作業に勤しめるのもお前のお陰だよ。」
「仕事をもっとしたいなんて、社畜の発言ね。」
「社畜かぁ……くそ、それでもなりたかったなぁ。」
やっぱり仕事に就きたかった……。
「あ……ごめんなさい。」
「いや、良いさ。もう俺はそんな悩みを抱えることはないからな。……はぁ。」
おかしいな、ボルカニカを倒せた達成感はどこへやら、失敗したときの落胆がのし掛かってきたぞ?
くそぅ、俺だって好きで母親の介護をしてたわけじゃないんだぞ?
「ッ!」
肉にナイフが突き刺さり、血が吹き出た。
しまったな、集中力が欠けてしまっていた。
「集中集中……。」
俺はそう自分に言い聞かせ、作業に没頭した。
「……そしてドン!と止めを刺したのが、僕の矢さ。僕がドラゴンスレイヤーになった瞬間だよ。」
「ドラゴンスレイヤー様!」
「格好いい!」
鱗を全て剥ぎ終えて額の汗を腕で拭いながら、声のする方を見ると、フェリルが何人かの人間の女性に今回の自分の武勇伝を語っていた。
そう、今回のボルカニカ討伐で止めの一撃を入れたのはフェリルなのだ。
ボルカニカき注ぎ込まれ続けていた水を魔法を付与した矢で凍らせ、ボルカニカを窒息死させたのが、フェリルというわけである。
「ドラゴンスレイヤーかぁ。なぁシーラ、毒竜を倒したことってカウントされるのか?」
俺からそう離れていない距離で、フェリルを憎々しげに見ているシーラへ声を掛ける。
「そんなわけないでしょ!?」
途端、激昂された。
「あんなの、フェルの技が運良く止めになっただけじゃない!それを鼻に掛けて人を口説いて!」
「そ、そうか。でもほら、貢献したのは確かなんだし……な?」
だから落ち着くように言うと、さっきまでの勢いはどこへやら、シーラは弱々しい、少し困ったような笑みを浮かべた。
「そう、ね。フェルも頑張ったんだし、少しぐらい自由にさせても良いの、かな?……「きゃっ!」「おっと、ごめんよコニー。」「ふふ、いいえ。」……。」
シーラの表情が消えた。
あちゃー、と思わず顔を手で覆った俺を置いて、彼女はフェリルへとずんずん歩いて行った。
「あーあ。」
こりゃ荒れるぞ。
「あれはフェリルさんが悪いわね。」
「ええ、シーラは怒って良いと思います。」
見えた結果に苦笑いすると、背後に来ていたユイとルナが揃ってエルフ達をそう評した。
まぁそれには俺も同意する。
「でもまぁ、あの二人はまだ恋人じゃないんだから、フェリルに非は無いんじゃないか?」
「あら、シーラさんの思いに気付いていたの?」
振り返り、一応同性のよしみでフェリルを弁護しようとすると、心底意外だといった様子でユイが聞き返してきた。
失礼な。
「あそこまであからさまなら誰でも分かるだろ。はは、まるでお前とカイトみたいだな?まぁカイトは他人を口説いたりはしてないけれども。」
「あ、あそこまでは……。」
「あったな。」
「でもちゃんと自重して……。」
「なぁ、ルナ。」
「はい、一目見て察せられました。」
「そんな……。」
愕然としてユイが座り込む。
「ご主人様は他人の恋に敏感ですからね……他人の恋に。」
「いや、あれは敏感じゃなくても気づくだろ……うわ、ありゃ痛い。」
言いながら視線を戻すと、ちょうどフェリルの股間にシーラの爪先が入ったところたまった。
思わず自分の股間を抑える。
しかしシーラはそれだけでは飽き足らず、前かがみになったフェリルの頬へさらに右フックを叩き込み、彼を大きく吹っ飛ばしていた。
周りの奴らは巻き込まれないよう遠巻きにそれを見ており、ただ、何人かの男連中はもっとやれと囃し立てている。
フェリルの人気が羨ましかったのかもしれない。
そして肩で息をするシーラは、すぅ、と大きく息を吸い、
「いい加減にしなさい!」
大声でそう怒鳴った。
どうして怒号を上げるのが殴る前ではなく後なのか、聞く勇気のある奴は少なくともその場にはいなかった。
「やぁ。」
「ハッ、酷い顔だな、何かあったのか?」
俺の側までやって来たフェリルの見るからにボロボロな姿を笑うと、彼は苦笑を返してきた。
「君も見てたでしょ?僕はちょっと女の子達と話していただけなのに、シーラと来たら、僕が女の子達をたぶらかしてるとかなんとか言って……この通りさ。」
「フン!」
そう言って非難がましくシーラを見やり、逆に鼻息荒く睨み返されて肩を落とすフェリル。
「でもそっちの方がドラゴンスレイヤーらしい顔だと思うわ。」
それを不憫に思ったか、ユイがそう慰めると、彼は目を輝かせて彼女に詰め寄った。
「そうかい!こっちの方が格好いいかい?」
「え、ええ。ね、ルナさん?」
「えっと……そ、そう、かもしれません、ね?」
ユイがルナに話を振るも、ルナは困り顔でそう言うや、サササと俺の後ろに隠れてしまう。
そしてフェリルはというと、ユイの左手を取って少し格好つけた笑みを彼女へ向けていた。
「どうだい?何なら君のためにこの傷を残しても……。」
「やめてください。治すからじっとしていて。」
途端、ユイはフェリルに即答。さっさと治療に取り掛かった。
「キュアー……!」
「あぁ、温かい。」
するとフェリルがキュアーを発動していユイの手を自らの両手で包み、ユイは驚いて肩をびくつかせる。
「フェル?」
そして、なかなか反省しない女好きのエルフの背に、低めの声が掛けられた。
後の展開は、まぁ、想像がつくだろう。
「Sランク昇格おめでとう……これがSランクプレート。材質はオリハルコン。」
ちっともおめでたい気持ちなんぞないという風に、セシルがそう言って俺たちを祝福した。
「これがオリハルコン、かぁ。」
机に出された金色のプレートをつまみ上げ、感慨深く思いながらそれを眺める。
「セシル、パーティーの登録し直しってできるか?」
「簡単。後ろの二人?」
答えようと口を開いたとき、フェリルに押し退けられた。
「僕はフェリルって言うんだ。ここを拠点にしてるから見たことあるかな?僕は君の事をいつも見ていたよ。声を聞いたのは始めてだけど、可愛らしいね。」
見てたって……それはむしろ怖くないか?
「知ってる。「本当かい!?」他の受付嬢の中でも有名。……通称、たらしエルフ。」
「た、たらし……」
「妥当な評価でしょ?ほら、邪魔になるからあっちに行って!」
一気にテンションの下がったフェリルがシーラに押されて歩いていく。
しかし、なんだかんだでシーラも一緒に行ってあげるんだな。ただの監視かもしれないけれども。
「で、パーティーの登録?」
「ああ、名前はもう前のまま……「ブレイブにしてくれないかしら?」……やっぱりブレイブでいけるか?」
ブレイブ……勇者だからか?
「はぁ、面倒臭い……。ん。大丈夫。」
セシルが机の下から分厚い本を取り出し、パラパラ捲って気だるそうに言う。
「じゃあ頼んだ。」
「少し待つ。」
「あいよ。」
俺は4枚金色のプレートを返し、セシルは机の上の他のプレートも持って転移していった。
「Sランクパーティー〝ブレイブ〟の登録、終わった。」
「おう、ありがとな。」
言いながら自分の分の冒険者証に鎖を通し、先に帰ったユイやフェリル達の分はポケットに入れる。
「で……。」
そしてそのままカウンターから離れようとする直前、セシルが声を掛けてきた。
「で?」
「ネルと話をさせろ。」
……命令ですかい。
「じゃあ昼に……」
「もう昼。こっちに来てさっさとネルに念話する!」
「仕事は良いのか?」
「ネルのためなら大丈夫。」
それはおかしいと思う。
しかしセシルの視線に逆らう事はできず、俺はカウンターの中に入ってセシルがいつの間にか用意していた椅子に座り、頬杖をついてイヤリングに軽く触れた。
「ネル、聞こえる?セシルだよ!」
いつ聞いても慣れないな、この変貌には。
[わぁ!?え、セシル?]
「うん!」
「俺もいるぞ。死んでないからな?」
この前死人扱いされたことを忘れた訳じゃないんだぞ?
[アハハ、あのときはごめん。でも、良かった……本当に。……あ、それで連絡してくれたってことはつまり?]
「おう、俺は晴れてSランク到達だ。これからは俺が先輩だな。敬ってくれても良いぞ?」
[ボクを敬ってくれたことなんて無いくせに……。]
「何だ、敬ってほしかったのか?」
[……ちょっとだけ、かな?]
「そうか、じゃあファーレンに戻ったらお前が俺の目上になれるようにおんぶでもして街中を歩いてやるよ。」
[うん……うん、約束だよ?]
え……。
「ネル、本当に良いのか?」
冗談だぞ?
[だって……それってつまりコテツが戻ってきてくれるってことでしょ?]
「俺ってそんなに信用がないのか?」
「[はぁぁ。]」
「おいこらセシル、ちゃっかり一緒になってため息をつくんじゃない。」
「ネル、大変だね。」
[うん。]
「信用なくて悪かったな!」
ムキになって言うと、セシルが心底呆れたという目で見てきた。
[はぁ……そうだよ!だってコテツ、絶対ボクとの約束守らなかったでしょ!]
「約束?」
[ボルカニカと戦っているとき、危なくなったらすぐに逃げた?]
「おう。当ぜ……「報告書があるよ。」……ん?」
ネルの声を一言も聞き逃さないためか、セシルは俺と耳を合わせながら器用に机の中から紙の束を取り出し、広げて、“報告書”とやらを読み始めた。
「えっとね、こいつは今回のレイドでは、誰よりも先にボルカニカに突っ込んだりボルカニカの突進を真正面から受けてたったりして攻撃の起点なったらしいよ。あと、ボルカニカが奥の手を使い始めたときは他の冒険者が待避するまでボルカニカを拘束したり、ブレスを紙一重で避けたり防ぎきったり、大活躍だったって。あと、その命知らずな勇猛さから〝切り込み隊長〟って二つ名もついたんだって。」
あー、言われてみればかなり危険なことをやったんだよなぁ。
[コテツ?]
「えっとほら、大活躍だったってさ。」
[ふーん。]
「……すみませんでした。」
[よろしい。今後は気を付けるように。]
「はぁ……。」
[返事!]
「へい。……あ、そういやネル、お前の二つ名ってたしか〝閃光〟だったよな?普通はSランクになってから付けられる聞いたんだが、何をしてそんなに有名になったんだ?」
[話を変えないの!もう!本当に心配してるんだから……。]
「はは、まぁファーレンに戻るって約束は絶対に破らないさ。」
[ちゃんとボクを迎えに来てね?]
「了解。何ならおんぶじゃなくて肩車でいいぞ?」
[うん。……でも恥ずかしいからやめてね?]
「はいよ。それで、〝閃光〟の由来は?」
[ほら、ボクって短剣に雷を纏わせて戦ってたでしょ?それでいつの間にかそう呼ばれてたんだ。]
「前は俺もそう思ってたさ。でも二つ名ってのはそんなに簡単に付けられるものじゃないんだろ?」
[ア、アハハハハ。]
ネルが笑って誤魔化し、俺は一気に興味が湧いてきた。
肘で軽くセシルをつつく。
「ネルが嫌がってるから教えない。」
そうだった、こいつはどんな状況でもネルの味方なんだった……。
「ネル、ファーレンで再会したら教えろよ?」
[うーん……分かった。死なないでね。]
「おう、お前のファンクラブを大切にな。」
あのファンクラブ、まだ存在してるのだろうか?
[なっ!?あ、あんなのボクと関係ないから!頼んでもいないのにボディガードとかボクを称える歌とか作って……もう、流石に迷惑だよぉ。]
「え、何だそれ、聞きたいな。」
[駄目!]
「俺がファーレンに戻ったら……」
[それでも駄目!それがそう何度も通じるなんて思ったら大間違いだからね!もう!]
「そうかい、残念だ。」
「ネル、私も知りたいなぁ。」
[セシル、怒るよ?]
「う、うぅ、ひぐ、ごべんなざいぃ。嫌いにならないでぇ。」
人の目もはばからず、セシルは涙を流し始めた。
まるで俺が泣かせたみたいになっていて、遠くからこっちを眺めていた冒険者からは睨まれ始めたから本当にやめてほしい。
「あーあ、泣ーかせた。」
そう言ってネルに責任を押し付け、セシルの対応を一任する。ていうか俺では手に負えない。
[え、えっとセシル、そんなに泣くほどのことじゃ……]
「ごめん、う、ひぐ、ごめんなさい嫌わないでぇ。」
[嫌わないから、ね?ほら、泣くのをやめてよ、ね?]
それからもネルの念話による必死の慰め言葉は続き、俺はセシルが泣き止む頃、終いには周りのほとんどの冒険者達からも厳しい目を向けられてしまっていた。