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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第四章:出世しやすい職業
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112 ランクS昇格レイド②

 「煩わしいんじゃゴラァ!」

 冒険者に寄って集られ、袋叩きにあっていたボルカニカが叫び、無闇矢鱈に暴れだした。

 その体に取り付いていた者や周りにいた者は堪らず吹き飛ばされ、火口湖の内外に落下した。

 俺も例に漏れず、背中で湖面を強打した。

 「がはっ!いつつ……まだ、まだ。「待ちなさい!」ユイ?」

 呻きながらも何とか起き上がり、すぐまた攻撃に転じようとしたところで、ユイが声を荒げて駆け寄ってきた。

 俺がさらに何か言う前に彼女は俺の胸へ両手を翳し、白い魔素をそこに集中させ、俺の身体の各所に熱が集まり、鈍痛が消えていった。

 「あなた馬鹿なのかしら?たった一人で突っ込んでいくなんて。」

 「まぁほら、あのままだと上の連中が危なかったし、な?」

 火口の縁で今尚援護射撃をしてくれている冒険者達を指差し笑うと、ユイに深いため息を吐かれた。

 「はぁ、聞く耳持たないのね。」

 「あはは……よし、このくらいで大丈夫だろ。「あ、ちょっと、まだ!」ありがとな!助かった!」

 ある程度痛みが引いたのを確かめ、再びボルカニカへと走る。

 「ご主人様!今度こそ私も一緒に行くわ!」

 と、ルナが俺に合流してきた。

 ただ、今はそれよりもしてほしいことをがある。

 「いや、ルナには伝令を頼みたい。」

 「え……。」

 「向こうのの魔法使い達に、量より質を重視してくれって伝えてくれ。魔法を連射したってボルカニカへの牽制にもなってないみたいだ。」

 「……分かったわ。でも伝えたらすぐに戻って来るから!」

 少し不服そうにしながらも、彼女は念を押すようにそう言い残し、火口の縁へと走って行った。

 「退けやクソがァァッ!」

 俺が走る間もボルカニカは暴れ続け、身体に張り付いこうとする冒険者を次々と薙ぎ払っている。

 さぁ、振り回される足や尻尾をどう掻い潜ろうか。

 そう考え始めたとき、何故かボルカニカの両目が俺のそれと合った。

 赤黒い目が憎悪に染まる。

 「テメェッ!」

 俺を識別するや、冗談のような速さでこちらへ突っ込んでくる、赤い装甲を纏う竜。

 周囲の冒険者達のちょっかいなんて気にも止めず、邪魔する者はただ進むだけで跳ね飛ばし、盛大な水飛沫を上げて迫る大質量の塊による体当たりは一発でも喰らえばお陀仏だろう。

 「龍眼!」

 もちろん、まともに喰らえばの話だ。

 視界の全ての動きが鈍くなる。

 さて、大体の生き物の走り方は何の脈絡もなくいきなり変わったりはしないし、走ってる途中で意図的に変えることは難しい。

 もちろん目の前の煉獄竜だってそうだ。

 身体の各所に生えた鋭い棘に、鋭く突き出た牙もあいまってかなりの圧迫感は感じるけれども、見切れば何ら問題ない。

 腰を屈め、まずは俺を貫かんとする鋭い牙を潜り抜ける。

 さすがと言うべきか、魔装の背中の装甲は容易く破られ、左肩から右脇までの背中の皮膚が斜めに薄く斬られた。

 それでもしかし、問題はない。

 「チッ!」

 ボルカニカは外したと思っているのだろう。もしかしたら次の攻撃に思考を走らせているのかもしれない。

 ただ、俺にとって本番はここからだ。

 上半身を右に捻り、ボルカニカの左前足が着地した瞬間、上がる水飛沫や泥に怯まず、その足の内側に右足を踏み込む。

 上半身の捻りを解放し、左右の剣を水平に、それぞれの根元まで使ってボルカニカの左前足に斬撃を入れれば、大量の血が勢い良く吹き出てきた。

 よーし、内側の鱗はそこまで硬くないな。

 両龍を振り抜きつつ、右足に重心を完全に移し、それを軸に反時計回りに回転しながら双龍を今度は右の腰だめに構え、上半身を再び右へ強く捻る。

 ボルカニカの左後ろ足が着水。

 またもや飛び散る水に泥。

 すかさず左足を巨大な短足のすぐ左へ踏み込んだ俺は、腰の捻りを最大限用い、二太刀目をボルカニカの足の付け根に叩き込んだ。

 地を蹴った右足は今度は踏み込まず、左足一本で一回転。再びボルカニカの左後ろ足の、さっきとは違う部分に追加の三太刀目を打ち込んだ後、俺は右足を下ろして回転にブレーキをかけ、ボルカニカの方を向いて自らを静止させた。

 そしてそのまま火口湖の外へと駆け抜けんとしていたであろう赤鎧の竜は、間抜けにも左に転ける形となる。

 「ぐっ、くそ……はぁはぁ……舐めるな!」

 その姿に安堵の息をついた瞬間、真横から太く、厚い、棘だらけの尻尾が襲い掛かってきた。

 すぐにその場で跳躍……しようとするも、水かさが太ももまであるせいで上手く跳べない。

 だからといって水の中に潜ろうにも迫る尻尾の太さとこの水かさからして避けきれる物でもない。

 ……しまったな。

 「黒銀!」

 仕方ないので両腕を立てて顔の前に構え、衝撃に備える。

 「ドラゴンロア!」

 しかしそこで聞きなれた声がしたかと思うと、構えた腕の隙間から熱風を感じ、待っていた衝撃はいつまでもやってこなかった。

 「ルナか!?」

 「はぁはぁ、間に合った?」

 振り返ると、切り札を使ったからか、かなり疲弊したルナの姿が数歩先にあった。

 「ああ、バッチリだ。」

 彼女の方へと歩いていき、その手を取って一緒に火口湖から歩いて出る。

 ボルカニカの方を見ると、俺に足を深く斬られ、動きが鈍ったためか、他の冒険者達が怒濤の追撃を行ってくれていた。

 「あ、伝令はもうやってくれたのか?」

 「ごめんなさい、ご主人様が心配で、ユイに頼んだわ。」

 「そうか、ごめんな、安心させてやれなくて。」

 守ろうと思っていたのに、逆に守られるとは世話がない。

 「あ、そういうことじゃ……」

 「いや、さっきは正直助かったよ。ルナがいなけりゃ吹っ飛ばされてた。」

 「そう?」

 嬉しそうに聞き返したルナに頷く。

 「おう、だからルナはここでしばらく休憩な。」

 「え!?」

 「ドラゴンロアを使ったんだ。あれは消耗が激しいことは俺も知ってるんだぞ?」

 「でも……」

 「回復したらまた助けてくれ、な?」

 「……ズルい。」

 「まぁほら、それまでは俺の少しは格好良いところを期待しないで見ててくれ。」

 あぁ、自分で言いながら情けなくなってきた。

 それでも取り敢えず力なく笑いかけ、俺は両龍を携えてボルカニカへと向き直る。

 「ご主人様、背中が!?」

 おっと、忘れてた。

 「何の事だ?」

 慌てて背中の装甲を作り直し、何ともない風を装う。

 「今しっかりと見えたわよ?」

 「あっはっは……何の事だか。」

 とぼけ、ボルカニカへとまた駆け出す。

 格好つけるつもりが、結局またルナに心配をかけただけだったなぁ。

 呑気に考えながらバシャバシャ走っていると、向かう先で雄叫びが上がった。

 「ふざけるなよ、馬鹿にしやがって!」

 ボルカニカの体の内側にオレンジ色の光が宿るのが見える。

 またブレスか?

 警戒しつつさらに歩を進めたところで、ボルカニカの足元の水が消えた。

 火口湖はまだ存在している。ただ、ボルカニカのいる場所だけポッカリと水が無くなったのである。

 それと同時に、見えない力に押されるように、ボルカニカ付近の冒険者達が空を舞った。

 何に吹き飛ばされたのかは、遅れて吹きつけた熱風ですぐに理解できた。

 火口湖に落ちた冒険者達により、あちこちで幾つもの水柱が上がる。

 俺のところに到達した風はただ熱いだけだったものの、吹き飛ばされた冒険者達のほとんどが体のあちこちを火傷し、その痛みに呻いているのを見る限り、発生源近くではとんでもない熱風だろう。

 つまり、ボルカニカは凄まじい熱を体から一気に放出することで、冒険者達を振り払ったのだ。

 ……聞いてないぞ。

 これは下手に接近すると手痛いしっぺ返しを食らってしまう。

 「ハッハー、良い気味だ!……さぁテメェ、終わりだ!今度こそ焼け死ね!」

 ボルカニカが今度こそブレスの予備動作に入った。狙いはどうも俺らしい。

 なかなかに執念深いな。恨みを根に持つタイプだろうか?

 『お主と同類じゃな。』

 そうかぁ?

 爺さんに軽口叩く間もボルカニカは攻撃を始めない。

 おそらく今は誰も自分に迂闊に近づけないことをあいつ自身分かっているのだろう。目一杯力を溜めているのが傍から見ているだけで分かる。

 このままだと俺の後ろの冒険者達に被害が出る。何とかしてもう一度阻止しないといけない。

 「激痛を我慢できない奴等は無理せずすぐに回復してもらえ!俺は今からまたボルニカに隙を作らせる!まだ戦える奴は遅れるなよ!」

 指示を叫んで伝えながら走り続ける。

 『フォッフォ、らしくないのう。』

 覚えていないかもしれないけどな、一応これでもこのレイドのリーダー的な役なんだよ!

 その責任感が若干ある。

 ワイヤーをボルカニカの頭の棘に飛ばし、引っ張って一気に距離を縮める。

 「ハッハー!バカめ!」

 するとボルカニカが笑い、開けていた口を閉じた。

 オレンジ色の光が首から胴体へと移動。

 まずい!

 「黒銀!」

 魔力を総動員し、使うのは俺が扱える中で一番信頼の置ける防御技。

 漆黒の像と化した身体を灼熱の風が叩き付け、吹き飛ばすと、掴んだワイヤーが張り、しかし俺はそれを意地でも離さなかった。

 風が止み、水に落下。

 「はぁ、はぁ、どうだ、クソ野郎……。」

 息を切らしつつ、ボルカニカが俺の方へと歩いてくる。

 「潰れろッ!」

 そしてその巨体がトドメとばかりに右前足を振り上げたところで、俺は黒銀を解除。ヒリヒリと痛む身体を叱咤し、ボルカニカの左足――俺の入れた斬撃の跡に手刀を肘まで突き入れた。

 これには堪らず、ボルカニカは情けない悲鳴を上げる。

 「ぐぁぁぁぁぁぁ!?テンメェ、まだ!」

 「今だ!やれぇ!」

 「「「ウォォォォォォォッ!」」」

 身体中の痛みに耐え、叫ぶと、冒険者達は一斉に攻撃を再開してくれた。

 さすがのボルカニカもこれまでのダメージの蓄積からか、体勢を崩して膝をつく。その間に俺は乱戦からさっさと抜け出した

 正直これ以上はキツイ。少なくとも数秒は休まないと身体がまともに動きそうにない。

 「なっ!……ぐぅっ。」

 ボルカニカは俺を追う様子を見せるも、周りからの攻撃に怯んで対応できていない。

 良いペースだ。

 そのまま火口湖から抜けると、目の前の地面に光の矢が突き立った。柄に「読んで」と書かれた布が巻き付けられてある。

 ……矢文か?

 開いて中身を読む。

 〝指示は分かった。これから用意をするからそっちにはボルカニカの防御力を削いでほしい。 フェリル〟

 どうやらユイは無事に伝令の役目を果たしてくれたらしい。

 ていうか良くもまぁここを狙えたな。流石はエルフってことなのかね?

 そういえばファーレンのトーナメントで神弓を使っていたエルフも矢を曲げたりしてたっけ。

 しかし、そうか。じゃあ休憩時間はもう少し先送りだな。

 竜の四肢や尻尾による攻撃を防ぎつつ、硬い鱗の隙間へ攻撃を畳み掛ける冒険者達の方へ足を向け直す。

 下半身に纏い、動きの鈍い身体を補強。

 数歩の助走の後に大きく飛び上がり、俺はボルカニカの背に飛び乗った。

 「棘を折れ!鱗を剥げ!もしくは砕いてやれ!このくそったれな竜を丸裸にするぞ!」

 叫びながら、足元の鱗の両端の隙間に黒龍と陰龍を差し込み、鱗を剥がしとって脇に投げ捨てる。

 鱗の下には柔らかそうな肉が見え、試しに刃を軽く突き立ててやれば容易く血飛沫を噴いた。

 よし、方針は間違ってないな。

 「ぐあぁ!やめろ、やめろぉぉ!」

 そのまま鱗剥ぎに専念していると、ボルカニカが遂に悲鳴を上げ、その体の中で小さなオレンジ色の煌めきが見えた。

 疲れているからか、その光量は前より随分弱々しい。それでも、警戒すべきであることに変わりはない。

 「熱風だ!離れろ!」

 声を張り上げ、俺は鱗の棘を足掛かりに飛び上がり、真下に向けて垂直に障壁を作成。

 そのまま少し自由落下をしたかと思うと、凄まじい推進力を受け、俺は真下から障壁ごと吹き上げられた。

 最高点に達した所で障壁を解除、全身に黒銀を発動して高低差からかなり荒くなるだろう着地に備える。

 このままボルカニカの背に着地して、鱗をさらに砕いてやれれば万々歳だ。

 しかし、落ちている途中で真横から強打され、俺はボルカニカから少し離れた地面に勢い良く叩き落とされた。

 頭を腕に抱え込み、転がって衝撃を逃がす。

 「ぐぉぉ……尻尾か、あーくそ。」

 呻き、悪態をつく。

 黒銀を発動して、その上転がったとはいえ、身体を走る激痛が凄まじい。特にロングコートで隠している長い傷がヒリヒリ痛む。

 それでも、ここで攻撃をやめる訳には行かない。

 うつ伏せの状態からゆっくり立ち上がる。

 「あああ!煩わしい!離れろぉ!」

 ボルカニカの方を見れば、側面からの攻撃を振り払おうとそちらへ尻尾を叩きつけたり、足をばたつかせたりしているものの、冒険者達はそれらの攻撃を的確に避け、攻撃が済むとまた攻勢に出ている。

 流石はランクA冒険者ってところかね?

 参加しようと歩き出したところで、またオレンジ色の光がボルカニカの首に集まってきた。

 「熱風が来るぞぉ!」

 「距離を取れ!」

 「「「おう!」」」

 それに気付いた者が他の奴等に呼び掛け、光が強まり始めた頃には冒険者達は射程範囲外に出ていた。

 慣れたもんだ。

 しかし、ボルカニカは体内を輝かせたまま上体を少し起こしたかと思うと、真っ直ぐに突き出た牙を地に突き刺した。

 「ガァァァァァ!」

 紅蓮の炎が吐き出される。

 度重なる熱風で水量が激減していた火口湖が一気に蒸発、水蒸気が辺り一面を覆う。

 いきなり場を支配した白いもやの中、勢いの衰えた様子のない炎が見えた。

 目を凝らすと、炎はボルカニカを中心に放射状に、かなり速いスピードで広がっているのが分かる。

 危険を察知した冒険者達が一目散に逃げていく。

 「ご主人様!良かった、走れる!?」

 もう少しよく見ようとすると、ルナが靄の中から走り出てきた。

 彼女も戦闘に参加していたらしい。

 「ああ、炎はそんなに激しいのか?」

 ここからボルカニカまでは結構距離があるのに、まだ逃げるのか?

 「分からないけど、念のために。」

 「分かった。取り合えず視界が悪くない場所まで退こう。」

 ルナの言葉に頷き返し、その後ろを付いて退却した。

 

 「よし、ここまでくれば大丈夫か。」

 火口の端付近まで走り、振り返る。

 既に水蒸気は無くなっており、視界は戻っていた。

 ボルカニカのいたところには大穴が空いていており、目を凝らすとその穴の縁が仄かに赤熱しているのが分かった。

 どうやらボルカニカは岩をも溶かす炎とやらで穴を作って逃げたらしい。

 見た限り危険は無さそうなのでルナと共にその大穴に向かって小走りで近寄る。

 「これで完全に逃げられたらレイド失敗ってことになるのか?」

 「レイドはボルカニカの優秀な素材を集めることが目的だから、そうかもしれないわ。」

 ルナの少し考えながらの返答に苦笑いを浮かべる。

 もしそうなら堪ったもんじゃないな。

 大穴に着いた。

 落ちないよう、恐る恐る中を覗き込むと、ブワッと熱気に顔を包まれる。薄目を開けて見ると、真っ赤な液体が下の方に溜まっているのが、ずっと下の方に見えた。

 おそらくあれが熱気の発生源だ。溶岩、か?気のせいかそのかさが段々上がっている気がする。

 『うむ、ボルカニカが火山を活性化させたのじゃ。まぁ、本来の噴火の時期ではないから大爆発なんぞは起きんし、溶岩の量も多くてこの火口を満たすぐらいしか増えないじゃろうが。』

 アッハッハ、こりゃ逃げないとヤバイな。まさかボルカニカがこんな手を持っているとは。

 「ご主人様、間違っても飛び込まないでね?」

 「俺はそんなにアホに見えるのか?」

 「ちょっとだけだけど……。」

 おいこらすぐに頷くんじゃない。少しは考えてから頷いてくれ。

 「はぁ。」

 さて、どうしよう。

 爺さん、ボルカニカはわざわざ火山を活性化させたぐらいだし、逃げてないんだよな?

 『うむ、そこは安心せい、お主の真下におるぞ。』

 そうか、良かっ……真下!?

 心の中で謝りながらルナを引っ張り、腕力にものを言わせて俺の後ろへ投げる。

 「え、きゃっ!?」

 俺も続いて後ろに飛び退く。

 直後、俺のいた場所が赤熱し始め、次の瞬間、ゴウッと炎の柱が天に伸びた。

 チリチリと前髪が焦げるのが視界に入る。

 爺さん!警告ぐらいしろや!

 『はあ?お主が気配察知を使えば分かったことじゃろ?お主が気配察知を使っておるかどうかが分かるわけないわい。』

 気配察知を使う癖が身に付いてないのは知ってるだろ!?

 『知ったことか!』

 「はぁ、本当に気配察知をする癖を付けないとこれから先は大変かもしれんな……。今度から気を付けよう。」

 独り言を言っていると、ボルカニカの牙が地から突き出た。

 右足を前に踏み込んで膝を曲げ、力を溜める。両龍は腰だめに構え、本体が出るのを待つ。

 そしてついにボルカニカ本体が出てきた。こちらに背中を向けて……大量の溶岩と共に。

 あれに突っ込む?冗談じゃない。

 右足を蹴って予定とは逆、後ろへ飛び退き、ルナの側に着地してボルカニカに注意を向けたまま屈む。

 「ルナ、さっきはすまん、立てるか?」

 「ええ、大丈夫。」

 「よし、逃げろ。あ、できれば他の冒険者達にも声をかけて、な!」

 指示を出してワイヤーを両手から無数に飛ばし、ボルカニカの体の棘に巻き付け、同時に俺の持っているワイヤーの端を地面に引っ付け、固定していく。

 「ご主人様は!?」

 「時間稼ぎ、だ。」

 ワイヤーが引きちぎれないよう、それぞれにさらに魔素を込めながら答える。

 「……なら私も協力するわ。」

 「そりゃありがたいけどな、やることなんて無いぞ?だからルナ、俺がさっさと逃げられるように他の冒険者達を退却させてくれ。」

 俺が先に逃げるとおそらくワイヤーの強度を保てなくなる。

 幸い、ボルカニカが出てきた穴からの溶岩は微々たるもので、大した量ではない。水(?)面が今も上昇している、ボルカニカが潜ったときの穴が心配ではあるものの、溢れるまで時間はまだある筈だ。

 「ご主人様、すぐに戻ってくるから。」

 「いや、戻ってこなくても……行ったか。」

 いざとなれば足場を作って空を飛べばいいのでわざわざ危険を犯して俺を連れだそうとする必要は無いんだけどな。

 ……ルナが来たら抱えて飛ぼう。

 「またお前か!放せぇぇ!」

 「断る!」

 「オォォォ!」

 こちらに気付いたボルカニカは雄叫びを上げたかと思うと、その顎から縦に真っ直ぐ伸びる2本の牙を赤熱させ、自身を拘束するワイヤーにそれらを押し当てた。

 おそらくその高温の牙は、金属すら容易く切ってしまえふ優れものだろう。

 しかし、生憎と俺のワイヤーはビクともしなかった。

 「くそっ!なぜ切れない!」

 そりゃ魔法だしな。

 強度は鋼鉄並みもしくはそれ以上。その上熱や錆びに強く、劣化や虫食い、腐敗の心配もない。

 難点は近くにいないとこれだけの能力は維持し続けられないってところだろう。それに近くにいたとしても永遠に発動していられる物ではないし、攻撃しようとして集中を切らしてしまえばあっさり引きちぎられる。

 ……まぁ、永遠にワイヤーを張り続けられたとしても、ボルカニカが穴の底から尻尾でもなんでも使って溶岩で攻撃してきたら俺も拘束を諦めて逃げるしかないけどな。

 「切れるさ、きっと。ほら、もっと頑張れ頑張れ。あんたならできるよ。偉大なる獄炎竜様ならこれくらいどうってことないだろ?」

 だから煽る。煽って煽って煽りまくる。

 「ウオォォォ!」

 そうこうするうちにワイヤーを固定した岩盤の方が盛り上がり始めた。

 ……煽りすぎたらしい。

 「ご主人様!全員待避したわ!」

 冷や汗をかきながらボルカニカの拘束を続けていると、ルナが良いタイミングで来てくれた。

 「良くやった!逃げるぞ!」

 「え、ひゃぁ!?」

 いわゆるお姫様抱っこでルナを抱え、足場を作りながら空を全速力で駆けて火口の外周へと逃げる。

 いきなりで驚いたであろうルナには心の中で謝っておく。

 「待てゴラァ!」

 背中への怒号は無視。

 「逃がす……ぐおぉ!?」

 チラと振り向くと、莫大な量の水がボルカニカに直撃したところだった。かと思うとその水は一瞬にして凍り、ボルカニカをその場に拘束してくれた。

 あれが、質を求めた魔法ってやつか。

 ……俺も使いたかったなぁ。

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