111 ランクS昇格レイド①
えっちらおっちら登山を続け、ようやく辿り着いたリオ火山の頂上には、直径が1キロメートルぐらいはありそうな火口がポッカリと空いていた。
外周の幅は10メートルほどとかなり広いものの、外側ならともかく、内側に一歩踏み外せば火口の中へと転がり落ちるからか、心拍数が若干上がっている。
「よいしょっと、おーい、ユイ、防具を持ってきたぞ。」
「貴方が奴隷に文句を言われるのも仕方ないと思うわ。」
ユイの防具入りの鞄をその場に下ろしてそのユイを呼ぶと、先に頂上に着いていたシーラが開口一番、そう言ってきた。
「そうか?」
「うん、奴隷を気遣う主人なんて早々いないよ。少なくとも僕はこれまでに見たことがないね。」
「くはは、そうか。」
彼女の隣のフェリルの言葉に、軽く笑い返す。
「ま、人それぞれってことだ。しっかし熱いな。ボルカニカが近くにいるのか?」
ボルカニカは確かネルの話では岩をも溶かす炎を吐き出す竜だったはずだ。
「ご主人様、あそこです。」
ルナの指差す方向、火口の中を見ると、湯気の立っている火口湖の中心に大きくて赤黒い塊があった。
仔細は遠くて分からない。
ただ、俺のいる場所から距離があるからこそ、今は丸まっているそれが本来はかなりの巨大だろうことは想像がつく。
「あれは……寝てるのか?」
「ええ、だからこそ朝を待たずにここまで登ったんじゃないかしら?」
丸まったまま微動だにしないボルカニカを見て呟くと、ユイがそう答えながらやって来た。
「ユイ、ほら、さっさと着てくれ。」
「あ、ごめんなさい、どうにも鎧を着たままというのに慣れなくて。」
「ま、戦闘時にちゃんと着てくれるなら文句はないさ。」
「ありがとう。」
彼女が防具をカチャカチャと身に付け始めたのを尻目に、視線をボルカニカに戻して観察する。
寝てる、よな?
『心配せんでもボルカニカは夜行性ではないわい。』
そりゃ良かった。急に起き上がってブレスを吐かれたら堪ったもんじゃない。
『ボルカニカは生来凶暴で短期な竜じゃからのう。』
へぇ、やっぱり人をたくさん殺す可能性があるから討伐するんだろうな。
『それも理由の一つじゃろうが、ボルカニカが武具の良い素材になる、というのが本命の理由じゃろうの。』
なるほどね。
あ、そういえば竜ってのはどうやって増えているんだ?ここには一匹しかいないし、もしかして後から親が増援に来たりとかは……。
『その可能性は無いと言って良い。竜の卵は硬い上に、竜種というのは孵化した瞬間からある程度の力を持つ。子を守るという概念が育たないのじゃよ。竜の親もサバサバしておっての、繁殖期に事をいたして卵を産んだらそれまで。また元の棲みかに戻るのじゃ。あ、相手を探すときに人の村や街を潰すこともあるのう。これも討伐する理由かもしれん。』
はぁ、卵の時にギルドが処理すればレイドなんて大掛かりなことはせずに済むのにな。
『ハッ、卵から生まれ、ある程度成熟したところで倒せば多大な富が手に入るのじゃぞ?卵の状態で竜を処理するか、成熟するのを待って竜を処理すると共に富を得るか。人が、それも現場にいない指令部の者共がどちらを選択するのかは分かりきっておるじゃろ?』
はいはい、俺達下界の人々は強欲ですよーだ。
『それで失敗なんぞしたときには、竜の伴侶探しに大勢の人々が巻き込まれるという手痛いしっぺ返しを食らうんじゃよ。フォッフォッフォ。』
……笑えねぇ。
『ま、せいぜい頑張ることじゃな。』
あいよ。あ、でもある程度のサポートは頼むぞ?
『いつものことじゃろ?』
ん?ま、そうだな。
『ん?とはなんじゃ!ん?とは!』
爺さんには邪魔やら妨害やらをされた覚えしかねぇんだよ!
「何か良い作戦でも考えた?」
爺さんと話していると、シーラに声をかけられた。
俺がボルカニカを眺めていたのを、作戦を練っていたと解釈したらしい。
「いいや、ただでっかいなぁって思ってただけだ。そういえばシーラの魔色は何なんだ?」
今更ながら、魔法使いだと教えてはもらっていても詳細は聞いていなかったな。
「言ってなかった?青は当然として、後は緑、茶色、そして無色ね。」
「へぇ、4色か。すごいな。」
「エルフとしては普通だけどね。無色なんて使う機会がほとんど無いし。」
「ちなみに僕は黒と青と黄色だよ。」
とここでフェリルが会話に参加してきた。
「はぁぁ、エルフって良いなぁ。」
恵まれてるなぁ、くそぅ。
『今のお主が言っても嫌みにしかならんからの?』
それでもたまに考えることはあるんだぞ?原色形の魔色適性があったら楽な場面なんてかなり多いし。
「ちなみに君の魔色は何なんだい?」
「黒と無色だ。」
フェリルになるべく素っ気なく答えると、案の定というか何というか、二人は苦笑いを浮かべた。
「ごめん。」
「気にすんな。俺は剣士だしな。ちなみにルナは赤一色、ユイは白と赤と……あれ、何だっけ?」
ユイが白と赤の魔法を使っているところは良く見るが、後一色を忘れてしまった。
本人に視線を向ける。
「茶色よ!」
「すまん。」
少し怒っているのが伝わってきたので謝る。
「ねぇ、貴方達は何でボルカニカ討伐を選んだの?使える魔法から考えると、ボルカニカとの相性はお世辞にも良いとは言えないと思うけど?」
「まぁ、皆剣士だからな。それよりも弓使いのフェリルは硬い鱗持ちのボルカニカ相手に役に立つのか?」
何も考えずに直近の依頼を受けただけだとは言えず、そ話の矛先を変えてみると、フェリルがこれでもかというくらいの得意気な顔をした。
「君は僕達エルフの弓術を舐めてるみたいだね。」
「鱗なんてお構い無しの強弓なのか?」
そこまで筋肉があるようには見えないぞ?
「まぁ、見ててよ。まず、エルフの矢は知ってるよね?」
ヒョイと手を軽く振り、フェリルはエルフの矢を摘まんだ。
「ああ、固有魔法か。知ってるぞ。」
「これだけでも良い矢としての性能はあるけど、……エンチャント、アイス!」
フェリルの掛け声と共にエルフの矢がうっすらと青色のオーラを纏った。
「ほいっと。」
そしてフェリルがその矢をそのまま地面に落とすと、矢の着地地点から細い氷柱が出現した。
「ね、この通り。」
「おー。」
「これは矢を壊さない程度で、なおかつ大きな効果を出す魔法だから、シーラみたいに大雑把な奴にはできないんだ。」
繊細な魔力の運用に思わず感嘆の声を上げると、フェリルは鼻高々になって口を滑らせた。
案の定シーラに掴み掛かられ、フェリルはポコポコ殴られ始める。
仲が良いなぁ。
「あの、ご主人様、私はご主人様の役に立てるでしょうか?……あ。」
一連の会話を聞いてか、ルナが心配そうに聞いてきたので取り敢えず頭を撫でておく。
本当、何も考えてなくてごめんな。
「当たり前だ。お前には剣士としての実力はあるだろ?」
「でもご主人様には敵いません。それにボルカニカ相手では私のドラゴンロアも効果はあまりないと思います。」
「……えっと、お前にはボルカニカの吐く炎から俺を守る役割をして欲しい。赤の魔法に特化したお前なら相殺は無理でも逸らすことはできるだろ?」
「ご主人様、今考えましたね?」
「アハハ……ハハ、すまん。」
笑って誤魔化そうとするも、ルナが俺への非難の目を辞めなかったので素直に頭を下げる。
「でもご主人様の言った事の他に思い付かないので、その役目、引き受けさせてもらいます。」
「おう、頼んだ。」
「ふふ、はい、任せてください。」
ルナが自信ありげに頷くと、少し離れた場所から声が聞こえてきた。
「各パーティーの代表者さん!集合してくださーい!」
召集か。作戦会議かね?
「ユイ、防具は着たか?手伝いは……。」
「大丈夫よ、今終わったわ。」
「よし。……フェリル、シーラ、仲が良いのは分かったからもうその辺でいいんじゃないか?」
「「仲良くない!」」
未だ続いていたフェリル達の一方的な取っ組み合い――ちなみにシーラ優勢――を収めようとすると、異口同音で言い返された。
「そりゃすまん。で、俺がこのパーティーの代表者ってことで良いか?」
「「もちろん。」」
またハモる二人。
これで仲良く無いなんて良く言うわ。
「りょーかい。じゃあ、また後でな」
集合の目的はやはり作戦会議だった。
誰が仕切るか等の悶着はあったものの、(俺としては普通に召集を掛けたやつがすれば良いのにと思った。)面倒臭かったのでファーレンの元教師の証を取り出して大半の冒険者達を黙らせ、まだ不満があった奴を腕相撲で倒して納得させ、俺がこのレイドの一時的なリーダーとして会議を仕切った。
結果、作戦は以下の通りとなった。
1.まず、冒険者全員を魔法使い等の遠距離系と戦士等の近接系に分け、火口の周りの半周上に遠距離系の冒険者を配置、残りの近接系と回復系はもう半周に配置する。
2.回復系の一人が簡単な魔法で合図。同時に遠距離系が未だにスヤスヤと寝ているボルカニカを攻撃。
3.攻撃が着弾した瞬間、近接系が突撃、続いて回復系。
4.後は御自由にどうぞ。特に回復系はくれぐれも死なないように。
注.近接系はなるべく遠距離系達とボルカニカを挟んだ位置で戦うこと。さもないと味方に殺されます。
うん、頼りないにもほどがあるな。チームワークなんて度外視している。
やっぱり冒険者のチームワークについて全くもって不勉強な俺が場を取り仕切ったのが間違いだったのだ。
『ハッ、今更何を。』
全くだ。
「はぁ。」
思わずため息を吐く。
「ご主人様、配置完了のようです。」
「分かった。……戦闘用意!」
ルナの言葉に頷き、俺が率いることとなった近接系冒険者達に向かって声を張り上げ、双龍を作り上げて懐から取り出す。
そして後ろの方にいるユイに目配せすると、ユイが合図の炎を打ち上げた。
同時にボルカニカに向けて俺達の反対側から色とりどりの魔法や矢が襲いかかる。
何重にも重なりあって聞こえてくる爆発音。
……これが今回の戦闘開始のドラだ。
「総員、突撃!」
叫び、俺は火口の縁を蹴って火口の中へ飛び込んだ。
「「「「「「ウォォォォォォ!」」」」」」
たぶん誰かが最初に飛び出すのを待っていたのだろう、俺のいるところから少し離れている場所からも、俺に続いて何人もの冒険者が縁から火口の中へ飛び下りている。
「グルゥァァァァァァァァァァ!!!!」
そして、無数の遠距離攻撃に晒されたボルカニカが目を覚まし、後ろ足二本で立ち上がって真上に向かって凄まじい音量で吠えた。
その体躯はおおよそ30メートルはあり、顔から背中、そして四肢の先や尻尾までが凶悪な、赤黒い棘のような鱗で覆われていた。
その頬(?)の辺りから真っ直ぐ前方に向けて延びた牙や、黒光りしている爪は見るからに鋭く、人一人を切り裂くのに大した力は必要ないだろう。
……両方に注意しないとな。
火口の側面に着地。黒龍を側面に刺してバランスを保ち、そのままズザザと土を削りながら滑っていく。
「俺の眠りを邪魔すんじゃねぇぇぇ!こんの、クソ人間どもがぁ!」
尚も魔法を乱射してくる冒険者達に向けてボルカニカが再び吠えた。
はぁ……、爺さん、飽きないのか?
『もう慣れたじゃろ?』
完全言語理解をいきなり付与されることに慣れたくないわ。
「ご主人様、大丈夫?集中しないと……」
「ああ、すまん、ルナがいるから大丈夫だ。ここからはちゃんと集中するさ。行くぞ!」
「え!?は、はい!」
そろそろ落下の勢いを殺せてきたので黒龍を地から抜き、ボルカニカへと駆ける。
「くそぉ……魔法をバンバンバンバンバンバンバンバン!……ぶっ殺す!」
ボルカニカが苦しそうに下を向き、顔を振り上げる。その口からオレンジ色の光が漏れた。
ブレスだ。不味い!
このままだと遠距離系の冒険者達が一掃されてしまう!
「悪いルナ、先行くぞ!」
「ご主人様!?」
脚のギアを上げ、双剣を密かに四散させる。
そして誰よりも早く辿り着いた火口湖の端で地を思いっきり蹴り、同時にワイヤーをボルカニカの首に飛ばして目立たないようにそこへ巻き付け、それをグイッと引っ張ることで俺はボルカニカに急接近。
その途中、ボルカニカの背中の棘の一つにワイヤーを引っ掛けてから、俺はその巨大な竜の真ん前に着水した。
……良かった、湖はそこまで深くない。加えて湯加減もなかなかいい。
「グオッ、何だ?……まぁ良い、まずはあいつらだ!焼き尽くしてやる!」
「花火でもやってろ!」
俺の腹の辺りまでの深さがある火口湖のぬかるんだ地面に、黒魔法で足の裏から杭を出して刺すことで踏ん張る。
そしてワイヤーを引っ張りながら体を後ろに倒して火口湖に肩まで浸かれば、
「ぐっ、グオォ!?」
ボルカニカは顔を上に上げたまま、容易に下ろすことができなくなった。
それでもやはりその巨体に見合った力はあり、俺はじりじりとボルカニカの方へ引っ張られ始めた。
さっさとブレスを、空に撃て!
「ぐ、ぐぅ、ぐぅぅぅ、ガァァァァ!」
そして、溜めに溜められた紅蓮の炎は、ついにボルカニカの口から吹き出された。
慌ててその進行方向を見ると、炎の柱は火口の縁にいる冒険者達の頭上を通って行った。
はぁ、何とかなったか。
……その一瞬の安堵が命取りだった。
気を抜いた瞬間、ボルカニカが勢い良く首を戻したのである。
引っ張られた俺の体は、俺がワイヤーを咄嗟に掴んでしまったために振り回され、ワイヤーの引っ掛かっていた棘を軸に半円を、そしてワイヤーのくっついた首を軸にさらに大きな半円を描いた。
そして俺はボルカニカの目の前、火口湖の水面に、強かに顔から叩きつけられた。
……火口湖にある程度の深さがあって本当に良かった。
「お前が邪魔したのか……許さねぇ。」
「ぐっ、はぁはぁ、だからどうした、方向音痴。」
「お前、言葉を……いや、どうでも良い、潰れろ!」
右前足を持ち上げて、俺を叩き付けにくるボルカニカ。
しかし俺の言葉で、息を整えるには十分なだけの時間が稼げた。
ボルカニカの左前足にワイヤーを飛ばして力の限り引っ張る。すると互いの重量差により、俺は勢い良く空を飛んでボルカニカの左側へ飛び込むことになった。
一瞬後、ボルカニカの目の前で激しい水しぶきが上がり、それを避けきった俺はワイヤーを消し、両手に双龍を作り上げながら姿勢をただした。
「チッ……!」
一瞬力んだかと思うと、ボルカニカの巨体全体が少し傾き、その背中がゆっくりとこちらへ迫ってきた。
棘だらけの背中から倒れ込んできたのである。
咄嗟に後ろに退こうにも、水が邪魔をして素早い動きができない。
……こんな凶悪なのしかかり、初めてだ。
「黒銀!」
全身を硬化させ、水の中に沈んでいるボルカニカの左半身の方へと潜り込む。
そして一瞬だけ掛かるボルカニカの体重を支えきり、左半身が浮き始めたのを見逃さず、俺はボルカニカの下から脱出。
そして仰向けになっているボルカニカの腹に、俺は蒼白い光を放つ黒龍を突き立てた。
「ハッ、その程度なら警戒する必要もないな。……フン!」
ボルカニカが鼻で笑い、左足を強く振る。
「グハッ!?」
黒銀を発動中だからと、体重差を考えずにそれをまともに受けたのが馬鹿だった。
ボロ雑巾のように、軽々と吹き飛ばされる。
何とか姿勢をただし、ボルカニカの方を見れば、彼はその背中に直撃し続けている魔法なんてものともせず、俺に向かって突進してきていた。
「死ねぇぇ!」
俺を串刺しにするつもりだろう。だがしかし、まだ甘い。
ボルカニカの眉間にワイヤーを飛ばして引っ付け、強く引っ張って距離を詰めて、俺は黒銀を伴い、飛び膝蹴りをその鼻っ柱にお見舞いした。
「うぐぅっ!?」
怯むボルカニカ。
「今だぁ!」
その隙を逃さず、他の冒険者達がようやく戦闘に加わった。
幾つもの剣が鱗の隙間に突き立ち、複数の戦槌が鱗を砕いてそこに何本もの槍が突き刺される。
側面から無数の攻撃を受け、さすがに激痛を感じたのだろう、ボルカニカが激しく頭を動かし出したので、その顔を蹴って俺は大きく距離をとった。
「このまま畳み掛けるぞぉぉ!」
誰かが叫び、
「「「「「「オウ!!」」」」」」
他も叫ぶ。
俺は再びボルカニカに向けて駆けた。