110 パーティー増員
ヌリ村に行ったときとは比べものにならないほど大所帯の馬車群が土煙を上げながら岩肌の地面を進んで行く。
その内の一つに揺られ、俺達が向かっているのはSランク昇格レイドが行われるリオ火山。
やはり大人数を運ぶからか、俺達の乗る馬車そのものは今まで見てきた中で一番大きく、8人の冒険者が余裕を持って同乗できるほど。しかし効率は良いとは言え、見ず知らずの冒険者とずっと向かい合っているというのはなかなかにつらいものがある。
これで御者さんが話のネタを投下してくれれば助かるものの、そんな気配は微塵もなく、馬車内の奴等の大半は沈黙を守っていた。
まぁ大半は、だ。
「ねぇ、僕のパーティーに入らないかい?」
「いえ、私は……」
そんな中、俺の隣に座っているユイは同年代くらいの若い男に露骨に勧誘、というかナンパされていた。
「まぁまぁそう言わずにさ。ね、僕と一緒に冒険しよう?きっと楽しいよ?」
「私はもう、パーティーに入って……」
チラッとこっちを見るユイ。その様子を薄目で眺める俺はというと、努めて狸寝入りを決め込んでいる。
こんな案件に関わって碌なことがある訳がない。
隣に座るルナは、数週間かけて材料の調達と作成を行った風鈴を片手で弄んでおり、さっきから風鈴が故意に揺らされては澄んだ音を響かせている。
一応、風鈴が故意に揺らす物じゃないというのは何度も伝えはした。ただ、どうも焦れったかったしく、ルナの風鈴は情緒の欠片もないただの鈴に成り下がっていた。
幸い、それに文句を言ったり彼女を睨んだりする者はいない。案外良い音だと思っているのかもしれん。
「ふふ。」
本人も楽しそうだ。
「ねぇ、どうだい、僕と?」
「だから私はもうパーティーに……起きて!」
と、ユイが焦れたように怒鳴り声を上げたかと思うと、俺の腹に重い一撃が入った。
「ぐぼぉっ!?」
狸寝入り、破れたり。
「ほら、私がもうあなたのパーティーに入ってるって言いなさいよ。」
「げほっ……だ、そうだ。」
咳込みながら再度男を見上げる。
件のナンパ男は、肩幅のあまり広くなく、線の細い印象を受ける、優男、という言葉がとてもよく当て嵌まる男だった。加え、耳が長い……なるほど、エルフか。
ファーレン以外では久しぶりに見るな。
なんだか感慨深く思っていると、ユイが袖を強く引っ張ってきた。
「(もうちょっとしっかり引き留めなさいよ!)」
「(想い人はもういますって言えば良いだろうが。)」
「(言えるわけないでしょう!?)」
それぐらいは言っても良いだろ!
「僕は見ての通りエルフだよ?そこの人間よりは魔法の腕はあるし、弓だって得意だ。僕のパーティーに入った方が得だと思うけど、どうかな?これでも見た目には自身があるんだ。」
キラリと彼の白い歯が光った。
「(何とかしなさいよ。)」
「何とかって言われてもねぇ……。あ。」
小声で俺と口論するユイに対し、尚も勧誘を続けるエルフの青年への対応をどうしようかと考えていると、その後ろで沈黙を守っていた、フード付きの深い緑のローブを着た人が青年の肩を掴んだ。
「フェル?さっきから聞いてたけど、それって勧誘のつもりなの?」
「も、もちろん。し、シーラだって、そろそろ二人じゃ依頼を達成するのが難しくなってきたと思わないかい?」
緑色のローブを着た――声から判断して――女性は、シーラと言う名前らしい。
「私の目を見てもう一回同じことを言ってみて?」
フードを外し、エルフの青年フェルの顔を両手でガッチリと掴み、自分に向けさせるシーラ。
ちなみにやはりというかなんと言うか、シーラは女性のエルフだった……。
その耳はフェル同様、長く、目鼻立ちは整っていて、怒っているからか、眼光は鋭い。
……ま、後は任せよう。
寝やすい体勢に戻り、二人のエルフを眺めながら眠気を待つ。
「僕は新しい仲間が必要だと思う。」
フェルがシーラの目をしっかりと見て言う。
「……。」
「……。」
じっっ、と見つめあうエルフ二人。これだけで絵になるんだから凄い。
「そう?じゃあ一人に限定しなくても良いのね?」
「え、あ……うん。」
「どう?私達とパーティーを組まない?見たところ奴隷一人と人間二人のようだし、ギルドが規定するパーティーの定員6人以内には収まるわよ。」
フェルが渋々と言った様子で頷いたのを確認し、シーラは即座にユイへと向き直ってそう聞いてきた。
戦力増強という意味ではシーラも自身のパーティーへの俺達の加入には賛成であるらしい。
……まぁ、誘い方そのものは流れに流されたという感じが否めないけれども。
「え、私?……ちょっと、このパーティーのリーダーはあなたでしょう?」
まだ睡魔を待っていた俺を、肩を叩いて起こし、ユイはそう言って会話から逃げやがった。
俺がパーティーのリーダーだなんて初耳なんだぞ……まぁいいか。
「えっと、俺が一応このパーティーのリーダーのコテツだ。役割は剣士で、まぁそこそこ強いとは思うぞ。さっきそっちの、シーラだったか?が言った通り、奴隷一人、人間二人のパーティーだ。あと、多少の魔法は使えはしても、俺達は三人とも剣士だ。」
まずは軽く自己紹介。
考えてみると凄まじい脳筋パーティーだな。
見ると、エルフの二人は苦笑いを浮かべていた。
そこら辺を突っ込んでこないのは優しさだろう。
「僕はこのパーティー、〝魔の弓〟のリーダーでフェリル。役割は狩人で、魔法もある程度は使えるよ。パーティーの構成は僕と魔法使いのシーラの二人だけ。ちょうど足りない前衛役も揃うし、入ってくれれば僕達としては大助かりだよ。」
フェルは愛称だったらしい。
狩人の役割は確か主に弓を使うはずだ……つまり前衛役が足りないどころかいないんだな。
結構良い組み合わせかもしれない。
「組んだとしても、俺達はSランクになった後はある特定の宝を探すことに従事すると思う。それでも良いか?」
俺の目的はあくまで神の武具探しである。
忘れてないぞ?
『お主がリジイとアレックスに対抗心を燃やしさえしなければもう探し始めていたと思うんじゃが?』
師匠達だけでなく、ネルも驚かせたいという理由もあるな。
『今は非常時じゃと言うのに。お主、アホじゃのう。』
いつだって平常心でいることは大切だろ?
『はぁ……』
「ああ、僕達の目的は、知ってると思うけど、故郷ティターニアの奪還だからね。そのために強くなろうと思って冒険者になったんだ。宝探しを通して強くなることもできるかもしれないし、協力するよ。」
「お、そうなのか。助かる。それなら俺からは何も言うことは無いな。ユイはそれで良いか?」
「私の目的は分かっているでしょう?それさえ守ってくれるのなら文句はないわ。」
ユイに異論は無いらしい。
「よし、なら話は早い。パーティーを組もう。これからよろしくな。」
言いながら手を差し出す。
「うん、僕からもお願いするよ。」
フェリルが俺の手を握った。
「にしても、とんでもない勧誘方法だったな。」
ナンパから始まったよな?
「そこは言わないでくれると嬉しいね。それにちゃんとした勧誘方法なんて知らないよ。」
「はは、俺も知らん。」
握手を交わし、笑いあう。
「えっと、これからよろしくお願いするわ。」
「ええ、よろしくね。あと、フェリルには気を付けて。……人間の女の敵だから。」
ユイもシーラと握手を交わし、シーラの真剣な声にしっかりと頷いた。
「そんなこと無いよ!シーラも新しい仲間に変なこと吹き込まないでよ!」
「フェルはエルフよりも人間の方が魅力的だと思ってるの。本っ当に見境ないから、くれぐれも……」
「ええ、気を付けるわ。」
フェリルの抗議なぞどこ吹く風とばかりにユイへの警告を続けるシーラ。
「そうなのか?」
「それはほら、エルフの常緑樹のような恒久的な美よりもさ、僕は人間の一瞬の儚い美の方が遥かに綺麗だと思うんだよ。なるべく多くの美しいものを愛でたいと思うのは当たり前だろ?どう?分かってくれるかい?」
結構酷い人物評に、思わず本人に聞いてみると、評価がしっかり裏付けられた。
「おーい、ユイ。用心しろよ。」
「分かってるわよ。」
「そうか、ユイちゃんって言うんだ?可愛い名前だね。僕のことは気軽にフェルって呼んでよ。せっかく同じパーティーになったんだし、親睦を深めるために今度食事でもどう?良いお店を知ってるんだ。」
そしてここで、この状況で、フェリルは改めてユイを誘い出した。もう馬鹿と言って良いんじゃないだろうか?
あ、フェリルの背後からシーラがヘッドロックをかけた。
少しの抵抗の後、フェリルがその腕を叩き始め、しかしシーラは全く意に介さず彼の頭を絞め続ける。
馬車に乗っている他の冒険者達はそれを見て笑っていて、誰も止めようとはしていない。
……まぁ、うるさいって怒鳴られて空気を悪くするよりはマシか。
俺は座り安い姿勢に座り直して、エルフ二人の一方的なプロレスを観戦することにした。
で、爺さん、さっきは聞かずに当然のように流したけれども、フェリル達の言っていた故郷の奪還って何の話だ?
『はぁぁ、お主、考え無しにも程があるとは思わんのか?』
たまに。
まぁ、別に神の武具探しを手伝ってくれるってんなら万々歳だろ?
『わしとしてはヴリトラを封印しようがしまいがどちらでも良いんじゃがの。お主と協力した方が面白いと思っただけじゃからのう。』
またまたぁ、そんなこと言って実は自分の信者達が皆殺しにされるのを防ぎたいんだろ?なぁ?ヴリトラを封印したことで恐らくどの神よりもヴリトラの怒りを買ってしまってるお爺さん?
『えぇい、やかましいわ!』
で、故郷の奪還ってどういうことなんだ?
『はぁ、何故お主の想い人のミヤが人間の王宮でメイドとして働いているのか覚えておるか?』
たしか、故郷を魔物に襲われたときにエルフの難民を受け入れてくれたスレインへの恩返しだったよな?
あ、つまりその故郷を魔物から取り返そうって訳か。
あと蒸し返すな!
『うむ。エルフとは本能的に森に棲む種族じゃ。街中で生きていけないということもないが、落ち着かないのじゃろうな。それにいつまでも人間の世話になるというのも肩身が狭いのじゃろうて。』
なんか田舎のお爺ちゃんお祖母ちゃんみたいだな。
『お主、そんなことを口外なんぞした日には矢の雨に晒されるぞ。』
へいへい。
「そういえば、その獣人はどっちの奴隷なんだい?ていうかその子、本当に奴隷かい?」
「フェル!?」
「違うよ!」
と、フェリルがした質問にシーラが焦ったような叫び声を上げ、その疑いを晴らそうとフェリルがさらに大声でを上げる。
……元気だなぁ。
「ルナは俺の奴隷だ。まぁ見て分かる通り、ほとんど奴隷扱いしてないけどな。ルナ本人からもっと頼ってくれって言われる始末だ。」
「そうか、ルナちゃんって名前なのかぁ。」
フェリルがそう言ってルナの方を見ると、ルナが身震いし、風鈴が微かな音共に、ササッと俺の背後に隠れた。
何かを感じ取ったらしい。
「まぁ、獣人もお前らエルフに比べたら儚い命だしな。」
「フェル!」
「痛いよ、あばら骨に当たって……力を込めないで。押し付けないで!」
今のはフェリルが悪いな。無い胸の話はネルもよく怒っていたし、禁句やタブーの一種なのだろう。
「ご主人様、本当にあのエルフとパーティーを?」
コートを引っ張られ、振り向くと、ルナが嫌悪感をこれでもかと露にしていた。
意外と珍しい。
「男は弓使い、女の方は魔法使いだそうだ。近接戦闘に特化した俺達にはちょうど良いだろ?」
「弓ならご主人様も使えますから、男は除外しましょう。」
「そんなに嫌か?」
「はい。」
そこで即答しないでくれ……。
「まぁほら、ルナへ手出しはさせないから、な?」
全くもって説得力の無い説得だなと言いながら思ったものの、ルナは俺の言葉を聞くと何故か目を輝かせた。
「はい、それなら構いません。」
一体何がルナの心に響いたのか、全く分からない。
「フーン、フンフフン……」
そして急にご機嫌になったルナは、鼻唄までしながら風鈴を揺らし出した。
本当に女性っていうのは分からない。
他の馬車とも合流し、目的地であるボルカニカの住処――リオ火山に到着したのは、太陽がついさっき沈んだことからして、6〜7時ぐらい。
「ここがボルカニカのいる火山……まさかとは思うけれど、ここからは徒歩なのかしら?」
馬車から下り、ユイはそびえ立つ山を見て、思わずといった様子でそう聞いてきた。
それだけ山が大きいのだ。
「周りを見ろ。皆もう歩き出してる。何なら肩車でもしてやろうか?」
他の冒険者達が重そうな武器を背負い、防具をガチャガチャ言わせながら山登りを始めたのを指し示してみせると、ユイは
「肩車、肩車…………ハッ!」
と一瞬考える素振りを見せた後、鼻で笑って頭を振り、他の冒険者達と同じように歩き出した。
……どうやら肩車に一考の余地があるほど山登りが嫌だったらしい。
「ルナ、荷物は俺が持つから。」
「大丈夫です。私はご主人様の奴隷ですから。」
いつも通りの返答ながら、今回ばかりは命がかかっているので譲れない。
「駄目だ、これからレイドを組むほどの強敵と戦うんだから、お前にはなるべく万全の体制でいて欲しい。こんなところで死なせたくない。」
「……分かりました、これを。アイタッ!」
風鈴を差し出してきたルナの脳天にチョップをかます。
「ほら、全部貸せ。」
言いながら彼女の持っている、旅行鞄並の大きさのバッグを取り上げ、肩に下げる。
ちなみに中身はユイの防具である。普段から身に付けて置くのは億劫らしかったので、そのための鞄を俺が作ってやったというわけだ。
「あ、壊れて……。」
「ちゃんと黒色魔素を通して強化したから大丈夫だ。ほら、行くぞ。」
風鈴をバッグに投げ入れ、心配そうにしたルナにはそう言って聞かせ、さっさと山道を歩き出す。
「えっと、か、帰りは私が持ちますから!」
するとルナは申し訳なさそうに言って俺の横を歩き始めた。
「はぁ……分かった。帰りは頼むよ。」
そこまで献身的にならなくても良いのになぁ。