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 転職勇者   作者: まずは深呼吸
第四章:出世しやすい職業
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108 故郷

 「あ、おはようございます、神父さん。」

 寝床から起き、部屋を出たところでヌリ村唯一の教会の神父さんとばったり出くわした。

 かなりの高齢である彼は細身の、常に優しい笑みを浮かべた人で、この人あってのアリシアだということがよく分かる。

 「おはようございます。旅の疲れは取れましたかな?」

 「ええ、お陰さまで。わざわざ部屋を用意して貰ってすみません。」

 「空き部屋ならいくらでもありますから。」

 実は宿として教会の一室を使わせてもらったのである。というのも、ヌリ村に宿屋がなかったのだ。ここへ立ち寄る旅人が稀だから宿屋なんて商売にならないんだとか。

 「後の三人は?」

 「まだ起きてきてはいないようです。余程お疲れだったのでしょう。」

 「……そうですか。」

 やっぱり無理をさせてたんだろうなぁ。

 「ま、急ぎの用なんて無いし、好きなだけ寝させておくか。……あ、それと神父さん、昨日は早々に寝てしまってすみません。アリシアの話を聞きたいって言ったのは俺なのに。」

 昨日、教会の中の宛がわれた部屋に入るなり、俺はベッドにダイブ、爆睡してしまったのだ。

 雨に濡れたことで俺も体力をかなり奪われていたようで、ルナとユイがまだ熟睡しているのも仕方のないことなのかもしれない。

 「いえいえ、謝る必要はありませんよ。私の娘と言っても良いあの子を手助けしてくれたことに感謝すべきは私の方ですから。」

 「ありがとうこざいます。」

 「ええ、では今夜あたりにお話させていただきますね。それまでは、長い雨が止んだことですし、休憩がてらにこの村を見て回るのはどうでしょう?小さい村なのであまり見るものはありませんが。」

 「いえいえ、どんな環境であればアリシアのような純真無垢な少女が育つのか興味があります。」

 「ははは、そうですか。では、私は今夜のためにアリシアとの思い出をなるべくうまくまとめておきましょう。老人の思い出話はついつい長くなりますから。」

 とても清々しい笑みを浮かべて老神父が言い、

 「はは、長ければ長いほど嬉しいですよ。」

 俺もつられて笑った。



 「それで、どこから見て回るつもりなのかしら?」

 教会で朝食を食べさせてもらい、ユイ、ルナと三人で教会を出たところでユイがそう聞いてきた。

 「まぁ、宛もないし、海に行ってみようと思……。あのな、造船場があるんだよ。変なこと考えてないでさっさと行くぞ。」

 目にも止まらぬ速さで俺から距離をとったユイに呆れて言い、さっさと歩き出す。

 最近、こいつは妄想が少し、いや、かなりたくましいんじゃないかと思えてきた。水着=卑猥なんて方程式、そうでもしないと成り立たないだろう。

 ……告白=卑猥なんて方程式もあったりするんだろうか?

 「なぁルナ、ユイってあんなだからカイトに思いを伝えきれないんじゃないかって思わないか?」

 「ふふ、そうですね。自身の警戒心が高いばっかりに、カイトも含めて他の人も警戒心も高いはずだと思って、告白しても成功しないのではないかと恐がっているのだと思います。」

 小さく笑いながらルナが言う。

 「あーなるほど……そうか警戒心か。」

 「あの、ご主人様、私は警戒心は低いですよ?」

 その言葉に妙に納得していると、ルナが急に声を潜めて恥ずかしい秘密を教えるようにそう言ってきた。

 ただまぁ正直こちらとしては、“何を今更”としか思えない。

 「そりゃあ、ファーレンで男の俺と、一年間ぐらい同じ部屋で安心して寝れていたんだからな。あれで警戒心が高いんだったら俺もびっくりだ。奴隷になる前もそんなだったのか?」

 「そんなわけありません!うぅ、ご主人様だから、隣で無防備でいたんです……。」

 俺からはへたれオーラか何かが溢れ出ているのだろうか?

 「はぁ……、俺以外の前では警戒しろよ?」

 ため息を吐き、首筋を軽く掻く。

 ま、それでもユイみたいに変に警戒されるよりはマシか。

 「はい。」

 にこやかに笑いながら、ルナは返事をして俺の手を取った。本当、俺に対しての警戒心は微塵もないのな。



 ヌリ村は周りを海と申し訳程度の柵で囲まれた、かなり小規模な、しかし集落というほど小さくはない村で、歴史は五十年ぐらいと浅く、今は村を発展させている途中であるとか。

 農業はしておらず、村は総力を上げて造船のみを行っているらしい。

 ……朝食中に神父さんから聞いたのはこんなところまでだ。

 そして今、俺達はこの村唯一の産業である造船の様子を外から眺めながらぶらぶらと海沿いを歩いている。

 おそらく倉庫として使われている小屋から大きな丸太が何人もの男達によって担がれて行っては、切られ、削られ、熱せられて船の一部へと加工されていく。

 船大工全員が機械のように何から何まで手早くやる様子には、見ているだけでも少し感動を覚える。

 「あんたら、昨日やってきたっていう旅人さんかい?よくもまぁこんな辺鄙なところに来たねぇ。」

 声をかけられ振り返ると、人の良さそうな笑顔のおばあさんがおり、俺は何を言うでもなく苦笑し、頷いて返した。

 「たしかアリシアちゃんのお仲間さんだったよね?」

 「はい。彼女には本当に助けられました。」

 「そうかぁ、あのアリシアちゃんがねぇ……。知ってるかい?あの子はね、前に船と一緒に売られかけたんだよ。」

 「売られかけた?」

 おばさんの口調からそんなに真剣な事ではないことは察せるものの、内容が内容だけについつい声に真剣身を帯びさせてしまう。

 人攫いにでもあったのだろうか?

 「他の子と一緒にかくれんぼをしていてね。よりにもよって売られる直前の船に隠れたんだよ。船が動き出したことに気付くことなく、取引先の港で見つかってね。」

 あーそういうことか。……うん、確かにやりそうだな。

 「ははは、アリシアらしい。」

 「あの子が冒険者になりたいって言ったときには皆大反対したけどね。聞いたよ、ファーレンに行けたんだってね。良かった良かった。たっはっは。」

 そうして彼女と一緒に笑っていると、袖をくいくいと引っ張られた。見ると、ユイが真剣味を帯びた目を船大工達へ向けていた。

 「どうした?」

 「ねぇ、あの人を見て。様子がおかしいわ。」

 彼女の指差す方を見れば、追加の丸太をえっちらおっちら運んでいる男の集団がいた。

 遠目に見ても仕事に精が出てるなとしか思えない。ただ、少し目を凝らせばユイが何を疑問に思ったのかが分かった。

 男達の顔は明らかに疲労困憊と言った様子なのに、動きが全く衰えていないのだ。

 何故だろうと思って一人に注目してみると、彼が力尽きて転けそうになる度に彼の目と胸の辺りが桃色の光を発し、かと思うとその体がまたテキパキと動き出すのだ。

 ……奴隷、か。

 「見たことないのか?あれは奴隷紋によって強制的に行動させられてるんだよ。」

 「奴隷?あの人達って全員奴隷なの?」

 「いや、俺に言われてもな。」

 まぁたぶんそうなんだろう。答えを教えて、とおばさんの方を見る。

 「そうであってそうじゃない。」

 すると、おばさんはなんとも分かりにくい答えを返してきた。

 「奴隷であって奴隷じゃない?」

 全く意味がわからず、戸惑いながらも聞くと、おばさんはそうだ、と笑みを崩さずに頷いた。

 「そう、この村ではね、親は自分の子に奴隷紋を刻むんだよ。」

 「「は?」」

 耳を疑い、ユイと一緒にもう一度聞き直すと、おばさんは服の袖を捲って二の腕に描かれた二重丸を見せてきた。

 「ほら、こんな感じでね。とは言ってもあたしはもう年だから両親は死んでる。奴隷紋はあってないようなものさ。」

 「いや、そもそもどうして自分の子供に奴隷紋なんか……?」

 「子供が安全に育つためだよ。奴隷紋なら危ないことをするのを禁止できる、それに親の言い付けも守らせられるからね。」

 ……そんな使い方があるのか。

 「でも奴隷よ?無茶な命令をする親もいるかもしれないじゃない。」

 ユイがさらに問うと、おばさんは今度は大きな声で笑い出した。

 「ここは小さい村だよ?そんなことをしたらすぐにバレて周りが必ず止めに入る。そしてそんなろくでなしの親は追放もしくは……こうだね。」

 おばさんは言いながら自分の首に手刀を軽く入れる。

 「隠し通せている人がいないとは限らないんじゃないかしら?命令で口止めもできるでしょうし。」

 「もちろんその可能性はある。だから子供は毎年2回やってくる奴隷商人様に教会で奴隷紋を外してもらって、親に何かされていないかを話せるように機会を与えているんだよ。そして何かあれば教会が引き取って、何もなければ奴隷紋を付け直して親元に返すのさ。」

 「じゃあ子供への初めての奴隷紋もその商人に?」

 聞くと、おばさんは大きく頷いた。

 「ああ、流石に生まれたばかりだと何が起こるか分からないからね。2才になってから奴隷紋を付けて貰うんだよ。」

 おそらく奴隷商人というのは俺にルナを売った、カイルの事だろう。ここに旅人が来るのは珍しいことらしいし、アリシアが冒険者を目指そうとしたきっかけとなった冒険者はカイルの護衛役だったのかもしれない。

 「じゃあアリシアにも奴隷紋が?」

 「いいや、あの子は特別でね、奴隷紋は無いんだよ。なんたって……。いや、これはあたしの口からは言えないね。聞きたいのなら教会の神父さんから聞くと良い。」

 アリシアの両親は亡くなっているし、そりゃ言いにくいわな。

 「でも奴隷だなんて……」

 まだ納得していないユイをまぁまぁと柔らかく両手で制す。

 「分かりました、今夜にでも聞いてみますよ。でも毎年奴隷紋の解除と付け直しをするにはかなりの金が掛かるんじゃないんですか?」

 「多少は掛かるが、そこまでじゃないよ。それに、やらなかったら周りからの信頼が落ちるからね。それに比べりゃ安いもんさ。」

 「随分とその奴隷商に肩入れするのね……。」

 まだ不貞腐れているのを隠そうともしないユイの言葉に苦笑い。

 しかし、おばさんは否定することなく、むしろ大きく頷いた。

 「当たり前さ。2年前、アリシアが出ていった数日後にブワッと病気が流行ってね、無理を承知で奴隷商に薬の工面を頼んだら数日後に必要以上の治療薬を持ってきてくださったんだよ。感謝してもしきれないさ。」

 奴隷商なんて俺からすれば悪い奴って感じなのに、良いやつもいるんだな。

 それから俺達はおばさんとたわいのない事をあれやこれやと話し、なんやかんやでおばさんの家で少し遅めの昼御飯をご馳走してもらった。

 ちなみにおばさんの子供の背中にも二重丸の奴隷紋があった。



 夜。

 「アリシアの事、話してくれませんか?」

 ユイ、ルナ、御者さん、そしてアリシアの親代わりの老神父と一緒に教会らしい質素な夕御飯をご馳走してもらった後、俺の方からそう切り出した。

 「ああ!ええ、ええ、そういえばそうでした。ではまず、まだあの子がまだ4歳の頃…………と、どうやら真剣な方の話を求めているようですね。」

 すると神父さんは意気揚々と話始めたようとしたものの、俺の顔を読んで話を止め、表情を引き締めた。

 「はい、アリシアに何故奴隷紋が無いのか話してくれませんか?」

 昼間のおばさんの様子からして随分と言いにくいことかもしれないが、気になるものはしょうがない。

 『お主……』

 アリシアの両親が亡くなった事はもう知っているんだ。聞いたって良いだろ?

 「ええ、その顔からすると、アリシアの両親が亡くなってしまった事はもう知っているようですね。」

 声のトーンを少し下げ、困ったような笑みを浮かべる神父さん。

 「何か真面目そうな話みてぇだし、俺は先に部屋に戻らせて貰う。神父さん、夕飯助かったよ。」

 すると俺達の様子を見て部外者があまり聞かない方が良い話だと察してくれたか、御者さんは席を外してくれた。

 空気を読む能力って偉大だ。

 「で、神父さんお願いします。」

 改めて言うと、俺の左に座るルナとユイも居住まいを正した。

 「ええ、分かりました。取り敢えず始めから、あの子の産まれた時から話しましょう。……アリシアの母親がまだ赤ん坊のアリシアを抱いて、この教会に半ば倒れるように駆け込んで来たのは、冷たい、雨の日の夜でした。驚く私に赤子を渡した彼女は赤子の名がアリシアだということだけ私に伝えるとそのまま崩れ落ちてしまい……私は精一杯の治療を試みましたが、力及ばず……。」

 その当時を思い出してか、沈痛な顔になった神父さんは言葉を切り、水を飲んで一呼吸おいて再び口を開いた。

 「……元々体の弱い方でした。夫に先立たれてからも、病と戦いながら生まれたばかりのアリシアを深い愛情をもって世話していましたが、己の限界を悟ったのでしょう。私がもっと彼女の元へ足しげく訪ねていれば……いえ、今言っても仕方がありませんね。それにまだ問題は残っていました。手渡されたアリシアも、命の危機にあったのです。そして私は考えうる限りの手段を持ってアリシアを治療し、なんとか命を繋ぎ止めました。」

 ここで神父さんはまた口を閉じ、水を口に含んだ。

 どうして母親が治療できずに死んでアリシアが治療で助かったのかぼかされた気がする。ただまぁ、教えられたとしても回復魔法に詳しくない俺じゃあ分からないだろう。

 「ただ、私の行った治療の副作用でアリシアはずっと体が弱いままでした。寝込んでしまうことが多く、心配で堪りませんでしたが、それも5歳になるまでのことです。アリシアの容体は6歳になると急に回復し、それからは村の他の子供達と共に元気に遊ぶようになりました。……まぁ、少し元気になりすぎましたけれどね、はは。」

 アリシアが元気になったことが余程嬉しい事だったのだろう、神父さんの顔が明るくなり、彼はそれからは笑いまじりにアリシアの失敗談や彼女が冒険者になろうとしたときの事が話してくれた。

 おかげで後でアリシアを弄るのに十分以上のネタを仕込めた。

 「それで神父さん、アリシアに奴隷紋が無いのは?……ていうか神父さんにも奴隷紋はあるのか?」

 「ああ、この村の制度も知ったのでしたね。私の物は背中にあります。そして私はアリシアの親では無いので、あの子に奴隷紋を付けさせなかったのです。」

 「他の村の人達は何も言わなかったのかしら?村の決まりだからと強く言う人もいると思うのだけれど?」

 「今考えると不思議な事ですが、そのような事は一切ありませんでした。やはり親以外に奴隷紋を付けられるのは本物の奴隷と代わりがないからかもしれませんね。」

 「そう……。」

 ふーん、とユイは一応の納得を示し、神父さんはそのあともアリシアの話を活き活きと話してくれた。

 あの天然娘はかなり色々とやらかしていたようで、神父さんが話終えた頃にはもう深夜だった。

 アリシアはやっぱり小さい頃からアリシアだった訳だ。

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