107 ヌリ村到着
馬車が森を抜け、辺りが開ける。
「ブラックミストォ!」
それと同時に黒い霧を出して敵方の視界を奪ってやると、警戒してか、敵はやたらめったら攻撃するのを少し抑えてくれた。
その間に長めのワイヤーを作り上げ、右手に何重にも巻いていく。
「さてルナ、ドラゴンロアの用意をしておいてくれ。」
「ふぅ、はい。あ……。」
ついでにルナへそう指示すると、彼女が真剣な表情で頷いたので、緊張をほぐす意味でその頭を撫でてやった。
「気負うな。お前は強い。お前はただ盛大な一発を敵にお見舞いするだけだ。なにも考えなくったって良いからな?」
「ふふ、はい。」
すると微笑を浮かべた彼女を最後にもう一撫でし、ユイの方を向き、その手を取る。
「な、何よ?」
いきなり手を取るのはまずかったか……でも今回は許して欲しい。俺の命が掛かっているんだから。
「ユイ、お前に頼むことが一番大変だ。ルナを守りながら、これの端を持っていてくれ。絶対に離すなよ。」
作ったワイヤーの端を彼女の手に巻き付けながらユイに頼む役割を説明する。
「一人で突撃するつもり?さっきまでの攻防を見ていなかったのかしら?私だけじゃ相手の魔法を迎撃仕切れないわ。そもそもあなた一人じゃ多勢に無勢よ。」
「大丈夫だ、問題ない。」
「真面目に答えて!」
「……お前、結構日本のサブカルチャーに精通してるだろ。」
「常識よ!」
尚も怒鳴るユイ。
懇切丁寧に説明したいのは山々ながら、あいにくそろそろ霧が晴れる。
「まぁいいや、頼んだぞ!」
黒龍と陰龍を作り上げ、ユイの持つワイヤーのもう一端を黒龍と共にしっかりと握り込み、俺は馬車の後端を蹴った。
「え、ちょっ!?」
「ご主人様!?」
「ルナ、俺のことは気にせずブッ放せよ。はは、じゃないと俺が死んじまう。」
念を押し、俺は着地と同時に地面を蹴って霧が晴れて攻撃を再開した敵の馬車へと駆ける。
確かに全ての魔法の迎撃はユイには難しいだろう。それなら俺に注目を集め、尚且つ敵の数を減らせば何とかなる……はずだ。
飛んでくる魔法を切り、明後日の方向に流し、ステップを刻んでかわしながら走り、馬車が5メートル程先に来たところでそちらに向かって跳躍。
結果、目論見通り、馬車の方へ飛ばされていた魔法の半分程がこちらを襲ってきた。
「黒銀!」
全身を黒く染めて強化し、そのまま一個の砲弾のように御者台へと突っ込んでいく。
と、元同行者がこちらに掌に大量の赤の魔素が集まり始めた。
「ブレイズ……「無色弾!」なに!?」
それを無色魔素で瞬時に吹き飛ばし、元同行者の首を黒龍で掻き切ると同時に御者台へ着地。力の抜けた死体は御者台から転がり落ちた。
勢いそのまま馬車の荷台に踏み込むと、四方を元同行者と同じような黒ずくめに囲まれていた。
こいつら、まさかヴリトラ教徒か?……まぁ敵であることは間違いない。
慌てず、瞬時に彼らを観察、対処法を考える。
荷台の四隅にいる敵の内、すぐ左の一人は鞘から剣を抜きはじめていて、残りの男女三人は魔素を集めている。特に右の男は魔素の収束がワンテンポ早い。
「ハッ、突っ込んできたのが運の尽きだった、ガハッ!?」
攻撃される前に右の男の腹を黒龍でかっ捌き、痛みに怯んだ隙に彼の胸ぐらを掴んでこちらへ無理矢理引き寄せる。
「アイシクル!」
「サンダーランス!」
「ぐぁぁ!?」
そうして盾とした男の背中に、俺から見て左奥の女が放ったつららと、右奥の男の雷の槍が直撃し、それらに身体の半ばまで貫かれた盾はそのまま沈黙。
「ウォォ!スラッシュ!」
「牙突!」
しかし敵が仲間の死に動揺するなんてことはなく、すぐに左の男が片手剣を振るい、先程つららを放った女が短剣を持って突貫してきた。
やっぱりこいつらヴリトラ教徒なのか!?
疑念を確信に変えつつ、盾としていた死体を右奥へ向けて突き飛ばし、スキルの光を纏う片手剣を黒龍で俺の右側へ流しながら、陰龍を下から振り上げてカウンター気味に男の首に突き刺す。
「カハッ!」
そうして命を失い、倒れてきた死体を短剣を持った女の方へ蹴り、ついでに黒龍をそちらへ軽く投げて右奥にいる魔法使いに視線を向ければ、
「くそ、邪魔!」
彼は自らに飛んできた俺の盾――仲間の死体を忌々しそうに横へ蹴飛ばしていた。
あーあ、敵から目を離しちゃ駄目だろうに。
「ライトニ……ガッ!」
魔法使いが死体からこちらへ視線を移したところで、その眉間に俺の投げたナイフが突き立った。
左から金属音。
即座に目を向けると、この馬車で最後の一人となった女が飛んできた黒龍を短剣で弾いたところだった。
「ピアース!」
蒼白い光を放って向かってくる短剣。
対し、俺は短剣を包むように、その回りに右腕を素早く2回転させつつ、左へ体重移動。
「フン!」
そして短剣を大袈裟に避けながら鼻息を一気に吐き出し、右手を思いっきり、体を時計回りに回しながら引くと、あら不思議、右手に掴んでいたワイヤーが短剣を持った手に絡まり、俺の方へと引っ張られた。
自然、女はバランスを崩してこっちに倒れ込んでくる。
すかさず右腕で女の首にラリアットをかまし、
「ぐぇっ?がっ!?」
カエルの潰れたような声を漏らした彼女の後頭部に陰龍を突き刺した。
死体から右腕を離し、右手をクルッと捻ることでワイヤーを死体の腕から取り外す。
「ふぅ、もう一台。……ってうおっ!?」
さらに後続の馬車へ視線を向けると、手綱を持っている御者(黒ずくめだからおそらく前任は殺されたのだろう。)四人全員が魔法をほぼ完成させていた。
それも全て同色の魔素で。
「「「「ライトニングフロウ!」」」」
四人全員が協力した相乗効果か、見たところルナのドラゴンロアさながらの威力がある魔法が発動される。
「この、多重障壁!」
二メートル四方の障壁を瞬時に何枚も作り上げてそれに対抗するも、それらは雷撃を受け止めた端から次々と壊され、防ぎ切れるとは思えない。
「チッ、黒銀!魔装!」
だから最後の数枚の障壁を突き破ってくる前に俺は体を改めて硬化させ、鎧を纏った。
そして体を丸め、魔素を鎧にさらに込め、視界すらも塞いで俺は完全な防御大勢に入った瞬間、最後の障壁が破られた。
馬車が破壊される音、馬の悲鳴が聞こえ、俺はダンゴムシのように吹っ飛ぶ。
しばらくの浮遊感の後、ゴン、と地面に衝突。そのまま慣性でゴロゴロと地面を転がり、ある程度転がった後、右手が引っ張られてズルズルと引きずられる感覚が伝わってきた。
鎧の視界を戻して上半身だけ起き上がる。
おそらく馬車があったのであろう場所には、燃える木片やら焦げた馬が転がっていた。
「ご主人様、伏せて!」
と、引きずられている方向から警告が飛ばされた。
素直に地面にあお向けに寝る。
「ハァァ、ドラゴンロアァ!」
するとゴウ、と紅蓮の炎が俺の目の前を通過していった。
さっきは敵の雷がドラゴンロアと匹敵すると思ったけれども、こうして改めてドラゴンロアを見ると、まだまだ可愛いもんだ。
猛々しく燃え盛る炎が数秒間放たれ、収まり、俺は雨で濡れた草原を滑りながら、一度うつ伏せになってから体を起こし、
「「せーのっ!」」
急に右手を引っ張られて草地に顔から突っ込んだ。
「グバッ!」
「ああ!?ご主人様、ごめんなさい!」
「ルナさん、彼が勝手に飛び出したんだからあれは相応の報いよ。さっさと引きましょう。」
「……ええ、そうね。」
ルナ、何でそこでユイの意見に同意するんだ……?
色々疑問に思いながら、俺はズルズルと引っ張られてルナ達に回収された。
平静を取り戻した御者さんにより、ゴトゴトと穏やかに揺れる馬車の御者台の端に座っていると、簡素な村が遠目に見えてきた。
「そろそろヌリ村に到着だ。お疲れさん……って聞いちゃいないか。」
隣に座っている御者さんもそれに気付き、そう言って荷台を振り返ったものの、そこで寝てしまっているルナとユイを見て苦笑。
「朝っぱらからドンパチしてたんだ。勘弁してやってくれ。」
「ハッ、お陰で命が助かったんだ。文句なんて言えるかよ。それよりも一番暴れてたはずのあんたがピンピンしてるのが信じられねぇよ。」
「俺が使ったのは体力、あの二人が使ったのは魔力だからな。たぶん頭が休憩を強制してるんじゃないか?」
あれだけ派手に魔法を撃ち合い、それにルナに至っては奥の手を使ったのだ。流石に疲れたのだろう。
『フォッフォッ、黒魔法をさんざん使っておったお主が何を言う。』
まぁ才……『スキルのおかげじゃな。』……そーですね。
「ふーん、そういうもんか。」
話しているうちに村の入り口に辿り着いた。
「何のようだ?」
すると見張り役らしい、明らかに兵士ではないおっちゃんが少し高い位置の見張り台から声を掛けてきた。
御者さんがこっちを見る。
……ま、別に隠すことじゃないか。
「アリシアって知ってるか?ここが故郷だって言われたんだ。」
「アリシア?てーと、教会にいたアリシアちゃんか?」
「たぶんその子だ。たしかフルネームはアリシア・テリエル。俺は彼女のパーティーメンバーなんだ。」
「てことは、まさか……。」
と、見張りのおっちゃんの顔が蒼白になり、彼の思考を素早く察した俺は慌てて続きをまくし立てる。
「大丈夫だ、死んでない。無事にファーレンに入学したからその報告をしに来たんだ。」
そうだよな、冒険者についての、本人不在の報告なんてあったらまず真っ先にそいつが死んだって思うよな。
「ホッ、そうかぁ、アリシアちゃん、成功したんだなぁ。……ああ、そういうことなら通ってくれて構わん。引き留めて悪かったな。」
「いや、アリシアが愛されていたのが分かって嬉しかったよ。」
やり取りを交わし、通っていいと言われた御者さんは手綱を振って馬車をゆっくり前進させた。
「じゃあ俺は二人を起こすから。」
「分かった。……本当にありがとな。おかげで死なずに済んだ。」
「はは、そっくりそのまま返してやるよ。貸し借りなんてハナからないさ。」
「そうかい、ま、心からのサービスを期待しないで待っておけ。」
「分かった。」
御者さんに頷いて返し、俺は荷台に入ってぐーすか寝ている二人を起こしに掛かる。
「おーい、着いたぞぉ。」
「くー、くー……」
「スピー、スピー……」
よくもまぁ、ここまで気持ち良さそうに寝られるもんだ。
……ごめんな。
二人の鼻をつまむ。
待つこと数秒。
「プハッ、何するのよ!」
ユイが起きるなり俺の手を叩き落とし、
「ふぁ、あ、ご主人様の手……あむ。」
ルナは寝ぼけたまんま、俺の手に噛み付いた。
痛い。もちろん両方痛いけれども、ルナの方は現在進行形で痛みが増してきている。
「すまん、ユイ、でももうヌリ村に着いたからな。」
「あ、そういうことね……ごめんなさい。」
「謝る暇、が!……あったら……ちょっと手伝ってくれない……か!?ルナ、起きろ!」
ユイと話している内にルナの顎の力がかなり強くなってきた。
空いている手で揺するも、中々起きてくれない。
「え……あ、ふふ。ルナさん、幸せそうですね。」
そんなルナの様子を見たユイがほっこりした微笑を浮かべ、一方でこちらは焦りが増すばかり。
このまま行くと20余年も付き合ってきた指とおさらばすることになる!
しかし、強く、何度も揺すっても、ルナはあむあむと俺の手を噛み続けたまま。
……ここまでして起きないなら仕方ないか。
手袋に魔素を込めて硬化させる。
「あむあむ……がうっ!?……はっ!」
そうしてようやく違和感を感じたか、ルナは目を薄くながら開けてくれた。
「ルナ、起きたか?」
と、彼女が目を動かし、俺の手を噛んでいるのを確認。その顔がみるみる内に朱に染まっていく。
「ひゅ、ひゅひはひぇん!」
そしてルナは寝たまま謝罪の言葉を口にしたものの、テンパっているのか俺の手はくわえたまま。
口を開けさせるため、口の中で指をモゾモゾと動かす。
「ふぁ、あ。」
ルナが口を大きく開け、俺はそこから手を抜いた。
濡れてしまった手袋を四散させ、新たに作り直す。
「はは、しっかしまさか寝惚けて噛むとはな。」
「うぅ、すみません。……ひゃん!」
申し訳なさそうにうつむくルナの耳をモフる。
「お前は功労者なんだ。別に寝惚けたからって責めやしないさ。」
まぁそれでも手を噛みちぎられるのは遠慮願いたい。
「でもご主人様の方が……はぅ!」
ルナが余計なことを言う前にその耳をさらに2回ほどモフった。
「あ、潮の香り……。」
起き上がったユイが呟き、俺も鼻で呼吸してみると、なるほど確かに海の匂いがしてきた。
「……海か。」
子供の頃両親に1、2回連れていってもらったっきりだ。
「そういやユイ、お前は泳げるのか?」
「勿論。ルナさんは?」
「ええ、泳げますよ。」
ユイとルナが当然、といった風に言う。
「でも、水着が無いのが残念ね。久しぶりに海水浴というのも魅力的なのだけれど。」
「ん?形を教えてくれれば作れるぞ?まぁ、色は黒しか無いけどな。」
言った瞬間、ユイがバッと俺から飛び退き、ルナが居心地悪そうに俺の隣で身じろきした。
……何が起こった?
「ご主人様、その、形を、直接教えるのですか?」
「当然だろ?ていうか間接的にどう教えてくれるんだ?」
わざわざ人づてに頼むのか?
はにかみながら聞いてきたルナに聞くも、ルナは俺から目を剃らし、胸を隠すように自身を抱き、俯いた。
「……やっぱりあなた、むっつりね。」
馬車内の俺の反対側まで逃げたユイが自身を守るように両手を胸の前に組んで身を引き、俺を睨み付けてくる。
「ちょっと待て、何で形を選ぶ自由をお前らに与えてるのに俺が変態みたいな扱いをされるんだ!?」
理不尽にもほどがある。何なんだ、水着の話をするだけでここまで罵倒される必要なんてあるのか?
「選ぶ?」
「おう、ビキニでもスク水でもワンピースでも何でもござれだ。競泳水着みたいなフォルムでも何とかしてみせられるぞ。」
「あ、そういう……。そ、それでも胸の形を教えないといけないのは変わらないじゃない!」
「はあ?そんなもん、黒魔法の塊でも引っ付けて型を取れば良いだろ?そして俺はそんな胸の型ぐらいで興奮するような変態じゃない!」
「嫌よ!どっちにしろあなたの意思で裸にさせられるんでしょう?」
……あー、なるほど、確かに。いやしないけどな!?
「はぁ……、じゃあ水着を作る案はボツ、ということで。」
「ふん、当然ね。」
なおも睨み付けてくるユイに苦笑いをしながら応対していると、ルナが俺の袖を引いた。
「何だ?」
「私は、構いません。……ご主人様を信じていますから。」
「はは……。」
俺はその頭を力なく撫でた。
後半の部分は赤面せずに、俺の目を見て言ってくれていたら嬉かったなぁ。